IoTの民主化と最先端をシアトルから ―ソラコム米国法人を支える安川CTO & 川本CEOに聞くグローバル戦略

2015年9月に最初のサービスである「SORACOM Air」をローンチして以来、顧客と時代のニーズに適したサービスを発表し続け、日本のIoT業界を大きく変えてきたソラコム。この4年間で導入ユーザ数は1万5000、国内のセルラー回線契約数は100万を突破、7月2日に都内のホテルで開催された年次カンファレンス「SORACOM Discovery 2019」は約4000名を超える来場登録者数を記録し、名実ともに日本のIoTを支えるプラットフォーマーとして認知される存在へと成長しました。

国内での地位を固める一方で、ソラコムはその企業理念「世界中のヒトとモノをつなげ共鳴する社会へ」に掲げるとおり、創業時からグローバル展開を重要な戦略として位置づけてきました。2016年11月にグローバルSIMカード「Air SIM Global」⁠現在は「SORACOM IoT SIM⁠⁠)の提供とともにグローバル進出を開始、翌2017年2月には欧州でもサービスローンチを発表しています。クラウドベンダおよび回線キャリアとタッグを組み、SIMカードを軸にしたIoTサービスを幅広いユーザ層に向けて提供していくというソラコムのアプローチは、グローバルでも導入ユーザが2000を超すなど、一定の評価を獲得しつつありました。

しかし国内で成功したビジネスモデルをただ海外に展開するだけでは、イノベーションのスピードが速いIoT市場で、世界中のプレイヤーを相手に戦い続けていくことはいずれ難しくなります。ソラコムが本当の意味でグローバル企業となるには、日本以外の場所、それも世界最高レベルの先進性を実感できる拠点、クラウドやIoTのカッティングエッジに常に触れられる環境が必要でした。世界中のヒトとモノを、日本とは違う場所をハブにすることで、より共鳴する社会へ ―本稿では2017年から米国で活動するソラコムの共同創業者 兼最高技術責任者(CTO)の安川健太氏、そして2018年からソラコム米国法人(Soracom Global, Inc. America)のCEOを務める川本雄人氏に、米国を中心とするソラコムのグローバル戦略について、Discoveryの直後にお話を伺いました。

お話を伺った株式会社ソラコム CTO 安川健太氏(右)とSoracom Global, Inc. Americas CEO 川本雄人氏
お話を伺った株式会社ソラコム CTO 安川健太氏(右)とSoracom Global, Inc. Americas CEO 川本雄人氏

ソラコムはメンバーが世界中で活躍できる「疎結合で非同期なチーム」

――ソラコムのCTOである安川さんが米国に移住すると聞いたときはずいぶん驚いたのですが、まずは渡米に至ったきっかけを教えてもらえるでしょうか。

安川:ソラコムが最初にグローバル展開を開始した2016年の段階から、イノベーションが世界でいちばん最初に始まる場所、つまり米国に拠点が必要だということは玉川(ソラコム 共同創業者 兼 代表取締役社長 玉川憲氏)ともつねに話してきました。我々のゴールはソラコムを世界中で使ってもらえるプラットフォームに成長させることで、そのためにはつねにチャレンジする文化が根づいている風土の中で、最先端のトレンドに触れながら新しいものを生み出していくアプローチが不可欠だという結論になり、開発の責任者である私が行くことになったんです。

――安川さんが日本を離れてしまったことで、重要な決定やコミュニケーションに支障が出たりすることはありませんか。
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安川:ソラコムはもともとメンバーがあちこちに分散して働いている"疎結合で非同期なチーム"なので、全員が同じオフィスで同じ時間帯に仕事をする文化はありません。だから米国にいても日本のメンバーとの間で齟齬が生じることはないですね。コミュニケーションもSlackなどでつながっていれば問題ないですから。

――現在はシアトルのオフィスで川本さんと一緒に働いていると伺っていますが、赴任当初はシリコンバレーにいらっしゃいましたよね?

安川:最初はFacebookの本社にも近いメンロパークにいたのですが、シアトル在住の川本に強く誘われて、いまでは私もシアトルにいます。川本が北米の事業責任者としてソラコムにジョインしてくれたことは、我々の海外展開にとっても大きな分岐点でした。

――川本さんがソラコムにジョインすることを決めた理由を教えてもらえますか。

川本:私はもともとAWSで7年間働いていて、玉川や安川とはAWS時代の同僚でもあります。AWSでは東京リージョンの立ち上げ(2011年)に関わったあとに米国本社(シアトル)に移り、その後はAmazon EC2やデータベースビジネスを担当してきました。私はどちらかというと「0から1を作り出す」よりも「1を100に拡げる」ほうが得意で、AWSでも立ち上がったサービスを大きくすることにフォーカスしてきたんですが、7年も経つとさすがにAWSでできることはやり尽くした感があったんですね。そろそろ新しいことにチャレンジしたいと思っていたタイミングで、以前から誘ってくれていたソラコムからの申し出を受けることに決めました。

最終的に入社の大きな決め手となったのは、開発責任者の安川がすでに米国にいたことですね。ひとりで海外法人をドライブするのはさすがにきつかったと思います。米国でのトレンドやユーザの動向をリアルタイムで開発チームにフィードバックできる体制が最初から用意されていたことは私にとってもありがたかった。だから強引に安川をシアトルに引っ張ってきました(笑)

もうひとつの大きな理由はソラコムがすでに日本のテクニカルプラットフォームとして成功していたことです。日本発のプラットフォームをグローバルに拡大していく、その最初のステップとしてシアトルからチャレンジしてみることに可能性を覚えました。

安川:ソラコムが米国でのビジネスにチャレンジするには、現地の事情に精通しつつも日本の文化やビジネスを理解している人材がどうしても必要で、玉川とも「もう北米のビジネスを任せられるのはユージーン(川本氏)しかいないよね」とよく話していました。日米両方の市場を理解している人材はそうはいないですからね。

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アメリカにいるから見えるもの/見せられるもの

――素人考えだとシリコンバレーのほうが最先端のITトレンドをキャッチアップしやすそうに思えるのですが、シアトルに本拠地を構えるメリットは何でしょうか。

安川:シアトルはいまや"クラウドシティ"として米国でも重要なテックハブとして位置づけられています。AWSはもちろん、MicrosoftやGoogleも開発拠点をシアトルに置いており、クラウドに明るい人材を採用しやすいというメリットは大きいですね。ベイエリアでのハイアリングはコスト面も含めて本当に大変で、しかもせっかく獲得した人材の定着率があまり高くない傾向にあるのですが、シアトルはそういった感じはありません。あとベイエリアに比較して街がコンパクトにまとまっているというか、都会と田舎のバランスがちょうどいい。ベルビュー(シアトルの中心地)から30分圏内でたいていの用事を済ませることができるので、ビジネスを進める上でも非常に動きやすいですね。

川本:AWSやMicrosoftのようなテックジャイアントだけではなく、ベルビューには現在、たくさんのテック企業が集まっていて、開発者やユーザを巻き込んだエコシステムが構築されつつあります。開発者のレベルはもちろん、ビジネスユーザのレベルも高い。とくに企業の中にいるエンジニアのレベルが非常に高くて、自分たちで手を動かしてさくっとプロトタイプを作ってしまう。シアトルに限らないかもしれませんが、米国の企業内エンジニアのレベルの高さは、SIerに頼りがちな日本企業との大きな違いかもしれません。ソラコムのサービスはAPIベースなので柔軟に組み合わせやすいのですが、その"勝手に"作れる感じを好んでくれるユーザは多いですね。とくに自社内の技術レベルが高い企業ほど我々のサービスは響きやすいようです。セルフサービスが進んでいると、我々にとってもセールスコストが下がるというメリットがあります。

――日本と米国のIoT市場の違いについてもう少し教えてもらえますか。

川本:まず規模が圧倒的に違います。軽く見積もっても日本の10倍、20倍以上の市場規模で、当然ながらプレイヤーもたくさんいます。そしてこの北米市場でのビジネスを大きくしていくこと、とくにネイティブな新規顧客をできるだけ開拓することが、当面の私のミッションになります。

安川:ソラコムはNTTやKDDIといった回線キャリアと提携することで日本でのビジネスを大きくしてきましたが、その背景には総務省などによる法制度のサポートがありました。しかし米国は完全市場主義なので、キャリア側も具体的なメリットが提示されなければ我々の話を聞いてくれません。日本の知名度に頼らないアプローチが必要になります。

――そうした広大な市場の中にあって、ソラコムの強みをどう見せていこうと考えているのでしょうか。

川本:大まかに言うと、エコシステム、サポート、そして"民主化と最先端"のバランスが我々の強みだと認識しています。

まずはエコシステムの確立ですね。IoTはハードからソフトまで、チャレンジの幅が本当に広い領域なので、たとえ知名度が小さくてもチャンスはあります。しかし幅が広いからこそ、1社ですべてをカバーすることはできません。日本でも同じですが、ハードはわかるけどクラウドのことはさっぱりわからない、逆にクラウドネイティブなサービスの開発は得意だけど、ハードの知識がない、というユーザは米国にもたくさんいます。我々はそうしたクラウドとデバイスの間にあるギャップを埋める存在となりたい。そのためには"IoTはチームスポーツ"という認識をもって、開発者やパートナーシステムを含めたエコシステムの確立と拡大を北米でも進めています。

米国市場に限っていえば、クラウドはわかるけどハードに関しては何から手をつけていいかわからないというユーザがかなり多いように見受けられます。そこで昨年(2018年)からIoTの新規事業を始めるユーザや開発者に向けてIoTテクノロジアクセラレータプログラムの提供を開始しました。このプログラムにより、たとえばデバイスの製造パートナーを見つけやすくしたり、プロトタイプを迅速に作成できるツールキットやデバイスマネジメントのコンソールを無料で利用できるようになります。

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安川:複数のパートナーのポートフォリオをうまく活かしてサービスに適用していくのも我々が得意とするところで、たとえば今回のDiscoveryで発表したプログラマブルカメラのリファレンスモデル「S+ Camera」が良い例かと。S+はRaspberry Piベースのハードウェア(カメラデバイス)の上で「SORACOM Mosaic」というプラットフォームが動いていますが、Mosaicはとくにラズパイに特化しているフレームワークというわけではなく、別のハードウェアをサポートすることも可能です。たとえて言うなら、S+はAmazon Echoのようなデバイスで、MosaicはAlexaのようなエンジン的な存在。Mosaicは現在、パートナー向けにプライベートベータを提供中ですが、今後は彼らのフィードバックがモザイクのように反映されたフレームワークとして成長していけばと思っています。

――サポートに関してはどうでしょうか。日本と同じようなきめ細やかなサービスレベルをやはり米国でも求められているのでしょうか。

川本:先ほども触れましたが、米国のユーザは自分で手を動かしてモノを作っていく傾向が日本よりも強いので、APIとドキュメントさえ提供しておけば勝手にいろいろと組み合わせてプロトタイプを作り上げてしまいます。そうした技術力の高いユーザはむしろ"放って"おいたほうがよくて、⁠ソラコムはしつこく連絡してこないところがいい」と言われることも(笑⁠⁠ でも、それでもやはり技術的にわからない部分にあたってしまうことはあって、そうした場合でもユーザの疑問に答えられる体制を組んでいるのは我々の強みのひとつですね。実はこの辺をきっちりとサポートできるベンダは米国にはそれほど多くなかったりします。⁠サポートがちゃんと問い合わせに答えてくれた!」とテレコムのユーザから驚かれたこともありますから(笑)

安川:ソラコムのサポートはチケットシステムであるZendeskのサポートプラットフォームを利用していて、日本とモーリシャスからグローバルユーザに向けてテクニカルサポートを行っています。インバウンドのリードを取り込みやすいようにAIベースのチャットボットも導入していて、導入ユーザに対しては顧客ごとにSlackのチャネルも用意していますが、最大の特徴はエンジニアがローテーションを組んでサポートに入っている点で、ユーザからも「技術レベルが非常に高い」と評価をいただいています。我々にとっても、現場のエンジニアがユーザの悩みを直接知ることができ、次のアップデートや新サービスではその声を最初から反映させて開発できることは大きなメリットですね。

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米国ユーザの声から生まれた最新IoTサービス

――最後の"民主化と最先端"は玉川さんがよく使うフレーズでもありますよね。IoTの最先端技術をキャッチアップし続けながらも、コストの低減や使いやすさの向上をはかることでよりいっそうのIoTの普及を推進していく―安川さんが米国に行ったのはその"最先端"の部分をカバーするためだと思っているのですが。

安川:いや、両方です。最先端の技術を米国で追いかけていくという面もありますが、より多くのユーザにIoTサービスを届けていくための民主化を図っていくことも私の重要なミッションです。

川本:たとえばクラウドの世界も10年前とはずいぶん変わっていて、以前はEC2ですべて構築していた環境も、いまはコンテナやサーバレスにリプレースされている領域も増えています。しかしひとつの技術がすべてをカバーすることはありません。Webの中だけで完結するシステムなら、極端な話、仮想サーバはもういらない世界になりつつあって、APIのバックエンドや迅速応答が頻繁に求められるHTTPリクエストなどはコンテナが適しています。また、セルラーのイベントドリブンなシステムならサーバレスが入っているとやりやすい。一方で特殊なプロトコルを要求されるテレコムの世界はWebのアーキテクチャだけでは解決できない部分が多く、EC2のニーズはまだ高い。要は適材適所で技術を使い分けるべきで、だからこそ我々はプラットフォーマーとして広く技術を俯瞰している必要があるんです。

――最先端を含む広い範囲の技術トレンドを網羅しつつ、現実解としての落とし所を見つけていく感じでしょうか。

安川:今回のDiscoveryで私が発表した「SORACOM Funk」「SORACOM Napter」は米国のユーザの声をかなり反映しており、そういう意味では"最先端と民主化"のバランスを考えたからこそ生まれたサービスと言えるかもしれません。

Funkでは"オーバーヘッドが少なく、IoTデバイスがしゃべりやすいプロトコル"を念頭に、デバイス側が負っていた機能(ロジック)の多くをクラウド側にオフロードし、サーバレスでクラウド上のコードを実行することで、デバイス側の負荷を軽くしています。またNapterでは、必要なときだけオンデマンドでリモートデバイスにセキュアにアクセスできる"一時的な閉域網"の構築を可能にしました。エッジコンピューティングのニーズが高まっても、すべての末端のデバイスにGPUを搭載することは現実的ではなく、閉域網の重要性は理解できても新規に構築/維持するのは困難 ―そうしたニーズとトレンドのバランスをプラットフォーマーなりに考えた結果がこの2つのサービスにあらわれているかと。

――グローバル展開であってもソラコムの基本軸は変わらないようで、ある意味、安心しました。

安川:どんなに最先端の技術に精通していても、開発者が独りよがりで作ったサービスはただ尖っているだけで、ユーザには使ってもらえないものになりがちです。技術的に複雑すぎる方向に行ってしまうと誰もついてこない。自分たちが作ったものに対するユーザの声をフィードバックを真摯に受けとめ、次の開発に活かしていく ―AWS時代からそうだったように、日本でも世界でもこのスタイルをこれからも続け、新しいIoTサービスの開発につなげていきいたいと思っています。

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