メンバーズキャリアの執行役員は、全員が現場のクリエイターという特徴を持っています。なぜなら、クリエイターが世の中を支えていくからこそ、影響力の強い立場に立つべきだという考えに基づいているから。
今回、メンバーズキャリアのUXデザイン分野をリードしている人材として、執行役員を担うUXデザイナー三上陽平氏(HCD-Net認定 人間中心設計専門家)に伺いました。
世の中を支えるクリエイターが影響力の強い立場に立つこと
メンバーズキャリアの執行役員の役割の1つには“多くの人を巻き込んでいくこと”があります。勉強会開催やセミナー開催などの活動をSNSで発信していくことが非常に重要です。
三上氏はUXのエバンジェリストとして、メンバーズキャリアへ移籍した2016年からの3年間、ずっとUXデザインに関する公式の勉強会を続けており、ときに新卒の社員向けには、福岡まで赴くこともあります。「UXは今後のビジネスの基盤として常識になっていくと思っています。みんなが知っておくべきだと思っているので、私は勉強会をやっています」と三上氏は語りました。
どれだけ勉強しても、何も発信しなければ相手に伝わらない。広くさまざまな人に伝えていくことを大切にしている三上氏は「実は私は営業マンかもしれないです。実際、同僚に“三上さんって、デザイナーというよりはエバンジェリストだよね”って、この間言われたんです。確かに伝道師的な役割だと思っています」とコメントしました。
また、執行役員になってからは、人の意見を聞いたり、相談に乗る状況が増えたそうで、三上氏は、自分の意見だけではなく、外部から講師を呼び、さまざまな視点の意見やアドバイスを共有できる環境づくりにも注力しています。過去には、UXデザインを研究している千葉工大の安藤教授を呼び、UXデザインの発表会を開催しました。
役職がついたことで、ひとりの枠を越えたさまざまなチャンスと可能性が増えたと感じており、「ひとりのクリエイターだけではできないようなことをやることが自身のミッション」と三上氏は自身が求められている立場について力強く表明しました。
「情報を整理することによって、世の中を便利にする」「お客さまにありがとうと言ってもらいたい」UXデザインへ向かう原点
三上氏は、大学のころの情報工学の授業をきっかけに、「これからは、情報が爆発する時代になる。情報を整理することによって世の中を便利にしたい」と強く思い、プログラマーからキャリアをスタートしました。その後、学生時代の自転車の整備士のアルバイトで、お客さまに「ありがとう」と言ってもらえたようなことを業務で感じたいと、よりユーザに近いWeb業界に転職し、さまざまな会社で業務実績を積みました。
業務の中でログ解析に関わるうちに、人を深く知ることが重要だと感じ、人間中心設計やUXデザインに興味を持ち始めた三上氏。はじめはやりたいことを伝える技術もなく、右往左往していたといいます。セミナーに参加したり本を読むなどして勉強したものの、実際の制作ディレクションの中ではやれることは限られており、UXデザインにはなかなか取り組めませんでした。
それでも、三上氏が持っていた「UXデザインが必要だ」という信念はぶれず、2016年にメンバーズキャリアに転職。もう一度基本を学び直そうと、産業技術大学院大学の人間中心デザインを履修しました。「大学に通ってからは、がらりと仕事の仕方が変わった」と振り返ります。
メンバーズキャリアへ転職してからは、会社側から勉強会を開いてほしいと要望を受け、大学で学んだUXデザインの勉強会を開くようになりました。常駐先にも恵まれ、自分の中で整理できたものを業務に活かせたとのこと。ワイヤーフレームにユーザのイラストを入れ、改良前と改善後でどのような感情の変化がありそうか、UIを裏付けるためのコミュニケーションを試みたりしました。
人間中心設計の資格を持っていることが次の仕事へ――-UXデザインのあるべき論の殻から抜け出し、心構えが変わった
現在、HCD-Net認定 人間中心設計専門家の資格を持っている三上氏は、実は認定資格を3回受験しています。
産業技術大学院大学在学中の2016年にスペシャリストに合格したのち、2017年に専門家にチャレンジしたのですが落ちてしまったそうです。それでも再度チャレンジし、2018年に専門家の認定を受けたとのこと。
「意地ですね。妻に迷惑をかけながら大学に通っていたので、最後までやらなければと話をしていました。3年間、本当につらかったです」(三上氏)。
「資格を取れた後、資格を持つことの価値を強く感じている」と三上氏は述べます。
ある常駐先では「人間中心設計の認定資格を持っている人材が欲しい」という条件があり、すぐに資格が役に立ちました。その企業では、UI、UXの部署の立ち上げに関わった後、UIの使いやすさを5段階評価で表現する指標の作成やサイトリニューアルのためのインタビューを実施したり、インタビュー結果の分析や改善案の提案にも関わることができたそうで、「資格を持っていたからこそ、より一歩進んだ業務へ関わることができたことを実感した」と言います。
一方、別の常駐先では、プロダクトオーナーを担当し、リリースまでこぎつけました。しかし、本当にそのサービスが必要かという話までは踏み込めなかったとのこと。その当時、三上氏には「UXデザインはこうあるべきだ」という自分の殻があり、その殻から抜け出せなかったのです。
しかし「次のプロジェクトで、あるUXデザイナーとの出会いが自分自身の心構えをがらりと変えた」と、ターニングポイントを三上氏は振り返ります。そのデザイナーは、理想とのギャップに悩む三上氏に理解を示す一方で、「今やれることは何かを自分と一緒に考えよう」とアドバイスをくれました。結果、プロジェクト進行の空き時間に一緒に戦略を考え、あちこちに散らばっていた情報を集約し因数分解し、一緒に戦略を描くことができたのです。
何が大きなポイントだったのでしょうか。三上氏に、このときどのようなことを行っていたのか、具体的に教えていただきました。
まず、ユーザの分類とユーザごとのアプローチについてとりまとめたとのこと。
制作するサイトのユーザを、5つのターゲットに分類し、各ターゲットに向けたコンテンツやアプローチの方法をまとめました。続いて、その仮説に対しての認識合わせを目的としたインタビューの実施。プロジェクトの開発メンバー全員を集め、三上氏がインタビュアーになり、ユーザ像に当てはまるメンバーに公開インタビューをしながら、その場でペルソナを仕立てました。
ちなみに、このとき作成した資料は、ひょんなことから上層部の手に渡り、高い評価を得て、戦略の必要性を合意するに至るという副次効果にもつながったそうです。ここで作成された2体のペルソナは、現在のそのサイトにも活かされているそう。
振り返ってみても「要件定義から細かな仕様に至るまで設計に関わり、それまでのキャリアの中で一番大きなプロジェクトとなった」と三上氏はコメントしました。
「常駐先のUXデザイナーの彼女のことは、今でもすごく尊敬しています。僕はその人を目指してるのかもしれないです。殻に閉じこもっていないで、混沌としている時間の中でもできることを考えて、自分の考えに少しづつ柔軟性を持たせられたことが、すごく大きかったですね」
担当者との信頼関係を作り、組織を巻き込んでいくための戦略
もう1点、現在の三上氏が持つ「組織の巻き込み方」に強く影響した出来事について伺いました。
「今、自分の強みと感じている上層部などへの影響を見据えた組織の巻き込み方は、前職での学びが大きいです。メンバーズキャリアに転職する前は、EC事業関連の会社に勤めていたのですが、そこで営業の視点と事前のネゴシエーションの大切を学びました」。
三上氏は、プロジェクトそのもの価値向上以外に、プロジェクトをスムーズに遂行するためには、関係各所、とくに上層部を中心とした組織の巻き込みが重要と考えます。
実際にはどのようにするのでしょうか?
まず、プロジェクトをはじめる前に、座組と決済権がある人物を明らかにしていく。交渉する際にどの人物を中心に話をするかも想定しておくのが重要です。資料は、上層部に渡ることを想定して、常に戦略的に作る。
三上氏の言う“組織を巻き込む”というのは、自分だけが動くのではなく、想いをのせた資料が社内で広がっていくことも含まれているのです。
また、さまざまな要因が絡み合い、あるべきUXデザインや人間中心設計ができないのはよく耳にする話でしょう。その中でも「積極的に自分が関われることを探し、できることをいつでも出せるように、常に準備することが大切だ」と三上氏は言います。たとえば、空き時間にペルソナやジャーニーマップをあらかじめ自ら作っておき、担当者に見せておけばイメージしやすくなります。
地道な活動を繰り返すのは大変ですが、種まきをしておくわけです。「人間中心設計のエッセンスを少しずつ浸透させていき、いつの間にかできている状態になれば幸せ」と、三上氏は和やかに語りました。
チャンスが来たときに、戦略的に見せられる手札をどれだけ持っているかが勝負
やりたいことを実現するために手を尽くすことを、三上氏は野球に例えて「ストレートばかりを投げていても通用しません。緩急を付けていく中で、どれか1つに反応してもらえれば良いのです」と語ります。最初は「これこそがUXデザインだ」とストレートばかりを全力で投げていた三上氏は、その当時担当者にはまったく届かなかった経験を振り返りました。
変化球を投げられるようになったのは、地道なコミュニケーションの成果だと言います。たとえば、メンバーと一緒にご飯を食べに行くだけでも十分です。人に興味を持ち、信頼関係を築いていくことがとても大切という考え方です。
三上氏の経験談で興味深い話を教えてもらいました。あるとき社長が、三上氏の知り合いからこれまで聞いたこともないような話を引き出したそうで、その後、社長から「専門家でなくてもこれだけインタビューができる。三上は本当に人間が好きなのか?」と問いかけられたそう。このとき、三上氏は、仕事を進めていくうえで、人に興味を持つこととはどういことなのか、人を好きになることが本質だということに気づいたのです。
そしてもう1つ。
プロジェクトにおいてUXデザインに関わる話題に担当者が反応してくれたときに、自分が出せる次にカードを持っているかどうか、これがさらなる展開につながるかどうかのカギを握ります。その意味では「人間中心設計の資格を持っている」「執行役員である」というのもカードの1つになりえます。どの手札を見せていくのか、戦略的に考えていくことが必要です。
「ここに辿り着くまでにかなり時間がかかったし、つらく長い旅路でした。まだまだ旅は長いと思いますが、やっとここまで来られたように思います」(三上氏)。
まわりを巻き込み、仲間とともにさまざまな人たちに広げていく
三上氏は、2019年はさらに、ワークショップデザイナ―の養成講座に通ったそうです。「今度はワークショップを通して、UXデザインや人間中心設計を広めていくことにチャレンジしていきたい」という想いがあったから。
ただ座学で知識を知るのではなく、みんなで取り組み切磋琢磨するのがとても大事なのだと言います。ワークショップを通して自分たちで学ぶと、「自分を中心とした仲間たちと何をやるのか」という風に、主体性の持ち方が大きく変わるからです。
三上氏は最初はひとりでこつこつやっていたことに、まわりを巻き込めるようになりました。最近は、執行役員という立場を活かしながら、より多くの、さまざまな人たちにUXデザインの楽しさを広めています。「仕事がうまくまわり、さらに自分自身の楽しさが増すという、良いサイクルに入っている感覚がある」と、三上氏は現在の自分を評価します。
「正直、死ぬほど挫折もしました。思うような仕事に就けなかったり、自分の気持ちが強すぎて伝わらないこともありました。それを少しずつ解決していく手段が、学習し続けることだったんです。知らないことを知ることは純粋に楽しいです。やっぱり、少しでも世の中の役に立つことをしていきたいですね」(三上氏)。
挫折を乗り越えながらも試行錯誤を繰り返し、組織までもを巻き込んでいく姿にはとても勇気付けられました。これからも多くの人たちを巻き込み、三上氏のUXデザインへ向かう旅は続きます。