NTTデータでサービスデザイナーとして働いている、HCD-Net認定 人間中心設計スペシャリストの風間みなみ氏。モバイル系の部署に所属し、お客さまの新規サービスや既存サービスの改善に関わっているそうです。人間中心設計の思想に基づき、仮説立案からサービスリリース後の改善まで、お客さまと二人三脚でエンドユーザにサービスを届けています。現場でどのような活躍をされているのか、お話を伺いました。
ひとつひとつのエンドユーザの声が届いた結果、顧客の中に変化が生まれ、一緒にサービスを良くしていく
当時は、エンドユーザを中心に考えられていない案件のほうが多かったと、風間氏は数年前をふりかえります。どれだけシステムを開発したかが重視されており、アウトプットが見えにくいデザイン分野は、お客さまに価値を理解してもらうのが難しかったそうです。そんな状況から、お客さまのマインドがどうして変化したのでしょうか。「大きなきっかけがあるわけではない」と風間氏。
「小さく進めることが、デザインという思想を最も効果的に使える方法だということを、常に我々のほうから意識的にお伝えしています。実際にお客さまが実感できる機会を、どれだけ与えられるかが大きいと思います」(風間氏)
大きなシステムづくりでは、事前にすべてを考慮して開発するという考え方が、知らず知らずのうちに刷り込まれているのではないか、と風間氏は分析します。新しい取り組みは、お客さまも不安やリスクを負うことになります。そのため、できるだけ小さく、手始めに取り組みやすい部分から、顧客のリスクを可能な限り軽減する提案をするそう。「NTTデータでは、お客さまとの信頼関係を大切にするマインドが根付いています。信頼があるからこそ、チャレンジングな案件にも取り組めます」と風間氏は信頼の大切さを語ります。
対象を絞り、小さな範囲のユーザの体験の改善を何度も重ねることが、最終的なサービス全体の体験へとつながると考えている風間氏。インタビューや、実際にプロトタイプを使ってもらうことで、エンドユーザやお客さまからの評価が明らかになります。
「本当に、小さなことの積み重ねです。ひとつひとつのエンドユーザの声が、お客さまの気持ちの変化につながっていると思いますね」と風間氏は強調しました。エンドユーザの声を直接聞く体験を繰り返すことが、デザインの意味や大切さをお客さまに伝える一番良い方法だと教えてくれました。
「仕事を受けているベンダーというより、お客さまと同じ立場に立って、一緒にそのサービスをよくしていきたいという思いでやっています。その思いも一緒にお客さまに伝わればいいな、と活動しています」(風間氏)
思いを持ってサービスを作りたい、インフラエンジニアからデザイナーへの新たなチャレンジ
風間氏がデザイン分野の仕事をするようになったのは4年ほど前のこと。それまでは、インフラエンジニアとして仕事をしていました。デザインに出会わなければそのままインフラエンジニアの仕事を続けていたと思うくらい、とても魅力的な仕事だったと語ります。
その一方で、自らが携わるサービスが、実際はエンドユーザにどのように見えているのか、触れる機会がなく、サービスを作るということから遠い場所にいるとも感じていたそう。風間氏の中に、もっと思いを持ってサービスを作っていきたいという気持ちが、少しずつ芽生えていきました。ちょうど所属する事業部の新たな方針に人間中心設計が含まれたタイミングがあり、新しいチャレンジとしてデザイン分野に踏み込んだのです。
「インフラエンジニアとして、システムの土台であるインフラの仕組みや重要性を学ぶことができて、すごくおもしろかったです。それでも、様々な分野に挑戦してみたいという興味があり、キャリアのひとつの選択肢としてデザインがありました」(風間氏)
まっさらな状態からの冒険、さまざまな情報を吸収し、自分自身がその分野を育てていく
「プロジェクトも変わり、最初は本当に手探りでした」と風間氏は当時を振り返ります。当初はどのスキルを身に付けていくべきか、まったく整理がつかない状態だった風間氏がどのようにして人間中心設計のデザインプロセスを身に付けたのでしょうか。
NTTデータには、デザイン分野をはじめとした新しい技術の活用支援を行う、事業部を横断した専門部署があり、自社に合う形に検討されたデザインプロセスのノウハウが蓄積され、プロジェクトで利用可能なアセットとして提供されています。
風間氏は、社内でデザインという分野が確立していなかった初期段階から、アセット整備にも携わることで、学習を進めました。横断部署と連携し、プロジェクトに適用するための試行錯誤を繰り返したそう。他にも、横断部署が主催するファシリテーションスキルのセミナー参加や、社外で開催されているさまざまなワークショップの進め方を観察することがスキルアップにつながっていきました。
特定のことに限ることなく、どん欲に学びを吸収している風間氏。それでも「案件の中での学びが一番大きい」と力強く話します。自社チームと働く際には、検討したデザインプロセスの実践を振り返ることで学び、外部のデザイン会社との協業では、それまで触れてこなかった視点を吸収しています。
「さまざまなところから情報を吸収し、自分自身が分野を育てていく気持ちでやっていかないと、前進するのが難しいです。会社側へ働きかけをすることで、社内のデザインという分野を大きくしていくことにつながると思っています」と、人間中心設計の社内浸透への思いを語ります。
お客さまにデザインの価値を感じてもらうためには、実際に一緒にプロジェクトをやってみること
実際、どのようにプロジェクトを進められているのか、お客さまの新しいサービス体系のリリースに関わった事例を伺いました。
プロジェクトのはじまり
NTTデータでは、「デザイン」は顧客の新しいニーズに応えるための、大きな手段だと考えられているそうです。提案時には、具体的な活動のイメージを膨らませてもらうため、風間氏も営業に同行します。この事例では、お客さまの話に耳を傾けた結果、「単にシステムを作るだけでは、お客さまの最終的な目標に到達するのが難しそうだった」と判断し、プロジェクトの開始準備をしました。また、ユーザ体験を中心に取り組んでいきたいというお客さまの希望もあったため、小さく施策を考えていくことになりました。
「デザインの価値を感じてもらうためには、プロジェクトを実際にやってみることが一番重要だと思います。お客さまがデザインの思想を取り込みやすい方法は何かというところが、一番の鍵ですね」(風間氏)
エンドユーザに関する情報収集
プロジェクトを開始するにあたって、まずは情報収集からはじめたそう。「お客さまの社内でも、ユーザインタビューやアンケートは実施されています」と風間氏。すでにお客さまが取得している既存の調査結果を、どれだけ活用できるかがポイントです。相対する部署以外にも、複数の事業部を巻き込み、現状の契約者数など散らばっている情報をかき集めました。
併せて、新しいサービス体系の位置付けなど、お客さまのビジネス戦略や商品開発の思いなども集めました。一方、新たな調査として、新しいサービス体系を促進する仮説を立案するために、ユーザインタビューを行いました。
仮説づくり
このような情報を元に、エンドユーザがどのような体験を得られるのか、具体的な仮説を検討していきました。
まず、既存のサービスのユーザ層など、事実情報から対象とするターゲット像を描きます。そして、どのように価値を届けるのか、新しいサービス体系を知るきっかけや、サービスが欲しくなるタイミングなど、いくつかのユーザストーリーを描き、その後、関係部署の方を対象にワークショップを2回開催し、サービスの仮説を形づくっていったそうです。
プロトタイピングと仮説検証のためのインタビュー
そのあと、UIデザイナーやお客さまと共にプロトタイプを検討しました。PC版とスマートフォン版のプロトタイプの検証として、それぞれ6人ずつ、実際にユーザ候補にプロトタイプを操作してもらい、デプスインタビューを実施。
「2回目のインタビューは、我々の仮説の検証という意味があります」と、風間氏は1回目のインタビューとの違いを述べます。ユーザストーリーが現実的かというUXの側面と、情報の構成というUIの側面の検証を行っているわけです。
「検証のサイクルを小さく回すことを意識している」と風間氏。なぜなら、大きなサイクルの最後でユーザから予想外の反応があった場合、手戻りの影響範囲が大きくなってしまうから。お客さまにとっても労力が無駄になってしまいます。
「自分の会社のサービスであれば、どれだけ大きな失敗でも弊社だけで何とかすればいい。我々はBtoBtoCの会社なので、お客さまのビジネスも考えたうえでデザインに取り組もうとすると、この進め方が合っていると思います」(風間氏)
課題の改善
インタビューの結果、メイン導線以外のページ間をスムーズに行き来できず、迷子になってしまうことがわかりました。インタビューによって、エンドユーザがどの段階で、新しいサービス体系を認知し、何を疑問に思い、どのような情報を必要としているのか、思考回路が見えたそうです。また、PC版とスマートフォン版で、与える印象が全く異なることに、このとき気が付けたとのこと。検証でわかった課題を洗い出し、改善方針を検討していきました。
システム作りにおいて、デザインプロセスの理解が得られにくい中、なぜ2度もインタビューに組み込めたのでしょうか。「お客さまがデザインに一番求めているのは、開発者の目線でも会社の目線でもなく、エンドユーザの目線であるというのが一番大きいです。」と、風間氏はその理由を語ります。リリース後も、お客さまとサービスに寄り添い、改善の活動を続けています。
人間中心設計の資格取得が新たな学びや、社内の動きを促進していくエネルギーのひとつになる
風間氏が人間中心設計の資格を見つけたのは、デザイン分野へと進んだ際に、身に付けるべきスキルセットの参考として資格を探している最中でした。当時は受験資格を満たせませんでしたが、「プロジェクトで経験を積み、ユーザの体験を設計することが、自分がプロフェッショナルとして持つべきスキルだと見えた段階で、資格取得を考えました」と、風間氏は取得のきっかけを振り返りました。人間中心設計スペシャリストの申請書類を書くことで、それまで案件で実践してきたことが言語化されたことも印象的だったと話します。
「資格を得ることが目的でしたが、それ以上に受験する期間も学びになりました。今までの取り組みを整理するきっかけになりました。自分のスキルを別の観点から見ることができるので、チャレンジする価値はあると思います」(風間氏)
資格取得は、社内でサービスデザイナーの認定を受けるための武器になりました。自身のスキルは、公にも認められたものだという裏付けとして活用できたのです。人事部に対しても、人間中心設計の大切さと、お客さまからのニーズを証明できました。資格取得は、社内の動きを促進するひとつのエネルギーになり、今ではさまざまな事業部からデザインの取り組みが新たに出続けています。
「もっといろいろな人がデザインの魅力に気付いて、エンドユーザにサービスを届けられる人がもっと増えれば、魅力的な企業になります。IT業界の中でも、特色を持った会社になれる可能性をデザインに感じています。“この会社でのデザインというのは何か”を、率先して考えられる人材になっていけたら、と考えています」(風間氏)
インフラエンジニアから転向した当時は、キャリアのひとつの選択肢くらいの感覚だったデザイン分野でしたが、「今では自分のアイデンティティ」と風間氏は語ります。デザインに関わる人たちの思いを見聞きするなかで、思いが強くなっていきました。その思いは、人間中心設計と自社の強みをかけ合わせることで、もっとおもしろい世界が見えそうだという確信に変わっています。