9月30日、2014年までアマゾンデータサービスジャパン技術本部長を務めていた玉川憲氏が代表取締役社長として創業し、その動向が注目されていた(株)ソラコムが具体的なサービスを発表、提供も開始した。それはまったく新しい発想のIoTプラットフォームだった。発表に先立ち29日に行われたメディア向け説明会の模様を交えてそのサービスのもたらすものについて紹介する。
IoTに特化したMVNOプラットフォーム「SORACOM プラットフォーム」
説明会の冒頭、玉川氏はAWSの前職であったIBMで10年以上前、Apple Watchのようなデバイスの開発に当たっていたことを明かし、そのときから今に至っても未解決の問題がデバイスネットワークにはいくつかあると語った。中でも玉川氏が最も問題視するのが「通信手段」に関するものだ。
IoTには無線LANなどの通信手段が使われることが多いが、基地局がどこにでもあるわけではなく使われる場所が限られる。携帯電話網を利用すればその問題は解決するが、通信料等が「人向け」のプランしか用意されていない。さらにデバイスネットワークを管理する仕組みがない。ここに踏み込むには自ら通信キャリアと直接接続し、パケット交換、帯域制御、顧客管理、さらにはISP的な役割
を果たすしかない。これはMVNO(Mobile Virtual Network Operator)そのものになってしまう。
しかし現状だれもが考えるような形のMVNOサービスには「テクノロジのイノベーションを持ち込む隙間がない」(玉川氏)。また携帯キャリアの基地局だけを借り、接続するデータセンターを所有し、ISPも自前で行うとすると「2ケタ億円の投資が必要」とのこと。ソラコムのようなスタートアップベンチャーにはとても手を出せるものではない。
そこで同社が考えたのが、携帯基地局と専用線接続したクラウド上にパケット交換、帯域制御、顧客管理等のシステムを載せるというアイデアだ。これにより大量の「モノ」がつながり、クラウドを利用することによってムダなリソースやコストがかからなくなる。これが同社の提供する「SORACOMプラットフォーム」の基本的なコンセプトだ。
携帯基地局と同社のクラウド上のデータセンターを直接接続したことでセキュリティ上も有利になった。デバイス間の通信がインターネットを通らないため、閉域網に近いセキュリティが確保されることになる。携帯網独自の暗号化によりVPNなども不要となり、通信データのオーバーヘッドもかからない。
デバイス専用データ通信SIM「SORACOM Air」
ただ「クラウド上だけのサービスではおもしろくない」(玉川氏)との考えから、同社はさらに一歩踏み込み、携帯キャリアと提
携して同社専用のデータ通信SIMカードを販売する。これが「SORACOM Air」だ。NTTドコモのLTE/3G通信網を使用するSIMカードで、同社のサイトおよびamazon.co.jpから1枚単位で購入することができる。購入は企業はもちろん個人でも可能で、1枚の購入は事務手数料、送料込みで580円。通信料は基本料金が使用前5円/日、使用開始後が10円/日、データ通信による従量課金が通信速度(32k~2M)によって0.2~1円/MBとなっている。このほかSMS機能つきのカードもラインナップされている。
SORACOM Airの最大の特徴は、SIMの通信開始、休止、速度制御、状態監視などをWebのユーザーコンソールやAPIを利用したプログラムを使ってコントロールできる点にある。Air SIMを装備した遠隔地にある数万におよぶIoTデバイスを一度にアクティベートするといったことが簡単に可能となる。夜間だけ通信速度を上げて昼間は止めるといった細かい制御も可能である。APIについては公開されており、同社の開発者向けサイトや公式ブログで利用例など積極的に情報が提供されていく予定。
なおSORACOM Airの料金を従量制にした理由について、同社ではIoTでの通信利用の特殊性を挙げている。IoT利用者によっては通信速度をまったく必要としなかったり、1日数分だけ使用すれば済む場合など、通信量についてもごくわずかしかかからないケースが意外と多い。固定料金が有利なケースも確かにあるが、それはユーザやパートナー企業等が自由にデザインしてサービス提供することも考慮しているという。
IoTの高負荷処理やルーティングをクラウドへ「SORACOM Beam」
先に挙げた携帯キャリア網と同社のクラウドデータセンターの直結によるメリットを生かしたサービスが「SORACOM Beam」である。IoTデバイスから機密情報をサーバ等に送りたい場合、リソースの限られたデバイス内で暗号化処理を行うには荷が重い。このような場合にSORACOMプラットフォーム上でデバイスからのデータを暗号化する。携帯キャリア網からSORACOMプラットフォームまでは事実上閉域網となっているためセキュリティは確保されており、クラウドのリッチなリソースを使って高負荷な暗号化処理を行うことができる。接続相手の認証やデータ内容の改竄チェックも可能になる。
また、SORACOM Beamにデータの送信先を固定することにより、そこからの通信ルートを自由に設定することができる。通信ルート変更のためにデバイス設定を変える必要が無く、ユーザーコンソールから複数のデバイスの送受信ルートを一括して変更可能となる。さらにこの通信ルートをパブリッククラウドサービスに振り向けることで、デバイスからのデータを直接クラウドの各種サービスで処理させることができる。とくにAWSにはインターネットを介さず直結しているため、セキュリティを確保した処理が可能となっている。このあたりのサービスはさすがにAWS出身者が中心となった企業のメリットと言える。
なお、このSORACOM Beamは現在のところPublic Betaとなっている。
すでに多くの企業で導入が進むソラコムのサービス
同社のサービスが公式発表されたのは9月30日だが、すでに特定のパートナー企業や顧客にサービスを試験的に提供しており、そのフィードバックを受けてすでにサービスの立ち上がりやクオリティはかなりの水準と考えて良い。このビジネスの進め方もAWSと同じで、玉川氏をはじめ共同創業者でCTOの安川健太氏等、AWS出身者が持てるノウハウを惜しみ無く投入しているのが見て取れる。
発表でも玉川氏の紹介でリクルートライフスタイルの「Airレジ」での活用例、東急ハンズの端末システムのバックアップでの利用、GMSでのSORACOM Beamを使った大規模かつセキュアなIoTビッグデータ網など企業の第一線でクリティカルに使用されている例が次々と発表された。
さらにこれらのパートナー企業を支援するプログラムもしっかり用意されている。これが「SORACOMパートナースペース(SPS)」だ。パートナー企業の業種によりデバイスパートナー、ソリューションパートナー、インテグレーションパートナーに分かれており、それぞれすでに数社が事前登録してSORACOMプラットフォームのサービスを自社サービスに利用しはじめている。発表ではこれらパートナー企業によるSORACOMサービスの利用の実際と可能性についてパネルディスカッション形式での紹介が行われた。
IoTを使ったクラウド上のサービスと言えば、通常思いつくのはミドルウェアやアプリケーションレイヤ等の上位レイヤでアイデアを発想するケースが多いが、経験に裏打ちされた問題意識を元にしたまったく違うアプローチでユニークなサービスを実現させる技術力と企画力は非常に魅力的だ。今後は海外展開やマルチキャリアも視野に入れているという同社に注目していきたい。
- 株式会社ソラコム
- URL:https://soracom.jp/