2019年10月2~3日の2日間、東京都目黒区 ホテル雅叙園東京にて、blockchain conference b.tokyo 2019が開催されました。
b.tokyo 2019では、株式会社bitFlyer Blockchainによる新しく開発したブロックチェーンを用いた個人認証IDシステム「bPassport」の発表や、デジタル通貨「リブラ(Libra)」のビジョン説明を目的に、「カリブラ(Calibra)」ビジネス開発ディレクターが来日するなど、ブロックチェーンビジネスに関するさまざまなニュースが発表されました。
しかしブロックチェーンは、世間の注目を集めるニュースの多さとは裏腹に、実際に、企業のシステムをブロックチェーンで動かしている、という事例は少なく、ブロックチェーンシステムの開発経験があるエンジニア自体がまだまだ足りないのが実状です。
ビジネス面において多くの注目ニュースを発表したb.tokyo 2019ですが、イベントの最後に、CTOスペシャルトークセッション「ブロックチェーン技術の課題」と題したセッションが開かれました。
本セッションでは、モデレータを務めたJapan Digital Design CTOの楠正憲氏、メルペイ 取締役CTOの曾川景介氏、LayerX CTOの榎本悠介氏、Akamai Technologysの日本法人(以下、アカマイ・テクノロジーズ)CTOの新村信氏という、ブロックチェーンの研究開発に取り組むCTOたちが登壇。
モデレータの楠氏が、ブロックチェーンの技術的な課題や今後の展望など、ブロックチェーンの動向に関心があるエンジニアなら誰でも気になる質問をCTOたちへ投げかけ、セッションはインタラクティブに議論し合う場となりました。
今回から、前編と後編に分けてパネルディスカッションの模様をお届けします。
なぜブロックチェーンの研究開発に取り組んでいるのか?
まず、モデレータの楠氏から、「ブロックチェーンを用いたシステムは概ね事業化するまでのハードルが高いにもかかわらず、なぜ研究開発に取り組んでいるのか?」と、CTOたちに研究開発に取り組む理由を聞きだすところから、議論がスタートしました。
曾川氏は「ブロックチェーン、と一口に言っても、それは暗号技術やコンセンサスアルゴリズム、既存のデータベース技術などを組み合わせた、複数の技術の集合体と言える。メルペイの事業も、これらと類似する多くの技術を応用しながら、プロダクトを開発している最中」とブロックチェーンへの見解について、現在進行形の事業と重ね合わせながら語ります。
そして「ブロックチェーンが果たそうとしている具体的な目的の1つに『分散的な台帳管理を実現する』ことがあるが、メルカリの事業においても、台帳を作成・管理することは非常に重要で、この部分で一致するところがある」と述べ、今すぐブロックチェーンを使ったプロダクトの開発が目的というよりは、将来的にブロックチェーン技術がさらに発展したとき、「メルペイにとってのコア技術になるかもしれない」という期待を抱いているため、早い段階から研究開発に取り組み始めていると語りました。
パブリックチェーンの課題とは
次に榎本氏は、楠氏の質問に対して「ブロックチェーンのビジネス利用について考えるときには、まずパブリックチェーンとコンソーシアムチェーンの2つは、分けて考えないとならない」と前提し、各パネリストへ問いかけていきました。
パブリックチェーンは、BitCoinに代表されるように、管理者が不在で、一旦動き出すと誰にも止められないシステム。榎本氏はパブリックチェーンのことを「完全に新しいパラダイム」と語ります。
しかし、パブリックチェーンはデータが公開されているシステムであるため、不特定多数からの攻撃に晒される可能性が高い欠点もあります。
「STO(ブロックチェーン上で発行されるトークン化された証券)をパブリックチェーン上でやり取りしようという取り組みもあるようだが、管理者にとってコントロールできない要素が多いので、パブリックチェーンをビジネス利用として検討することは現段階では非常に難しい」と事業化の難しさを語り、現時点では、複数の企業が管理者として運営するコンソーシアムチェーンをビジネス利用に検討するのが現実的、と榎本氏は考えを述べます。
しかし、「LayerXとしては、パブリックチェーンの欠点、課題とされている点も、数年後には多くが改善されていく」と榎本氏自身の見解を述べました。
具体的には、オフチェーンやサイドチェーン、秘匿化技術の向上によって、多くの課題を改善に向かわせていき、パブリックチェーンもビジネスで利用される事例が増える、と榎本氏は予想します。
ブロックチェーンの必要性、注目しつつも課題のある秘匿化技術
榎本氏はここから少し話題を変え、「異なる企業間の共有台帳の需要」について触れながら、ブロックチェーンのそもそもの必要性を論じました。
たとえば、同じ業種でも企業が異なれば、請求書や領収書のフォーマットはバラバラになり、支払い情報の整合を確認する作業が発生して非効率、といったビジネスシーンは誰しもが経験します。この確認作業を自動的に処理できればいいのに、という「共有台帳の需要」はこれからもずっとあり続けるでしょう。
ただ、こういった話を聞くと「わざわざ分散管理するのではなく、中央管理するデータベースやAPIを用意すれば解決できるのでは?」という疑問が湧いてきます。この疑問に対して榎本氏は「多くの業種においてそれができていない、というファクトがある。複雑な利害関係にある複数企業間のデータベースを一元的に共有管理できるプレイヤーなんて、現実的にはなかなか登場しない」と答えます。
だからこそ、ブロックチェーンを活用した異なる企業間の共有台帳の構築が注目され目指されている、と榎本氏はブロックチェーンの必要性を力説しました。
しかし、現実として、ブロックチェーンはビジネスユースではなかなか普及していません。その理由を「現在のブロックチェーンシステムは、技術的に安定運用が難しく、SLAが保証されていないプロダクトもまだまだ多いのが実状だから」と榎本氏は説明します。
そして、向上が見込まれる秘匿化技術についても、ビジネス的な相性の悪さがあると、榎本氏は補足を加えます。
ブロックチェーンはあらゆるデータを共有することに特徴がありますが、「ビジネスにおいてはデータを共有・公開することにインセンティブがないことが多いので(≒他社にはないデータを自社が保有している優位性を手放すことにつながるので)、せっかく集めたデータをブロックチェーンのシステムに置こう、ということにはなりづらい」と、ビジネス利用がなかなか進まない要因を解説しました。
今後、「異なる企業間でデータの共有は行いつつも、公開したくない特定のデータは隠せる」といった条件を満たすような秘匿化の技術が求められる、と見解を語りました(※)。
すでに新型ブロックチェーンのペイメントシステムを導入予定のアカマイ・テクノロジーズ
LayerX榎本氏から、パブリックチェーンでの事業化の厳しさや、向上が期待されながらもビジネス利用としては相性の悪い面もある秘匿化技術について解説され、ブロックチェーンをビジネス利用することの難しさが伝わりました。
榎本氏の話を受け、モデレータの楠氏は、すでに2020年にブロックチェーンを用いたペイメントシステムの実用化を予定しているアカマイ・テクノロジーズの新村氏へ、「なぜブロックチェーンを導入したのか?」とそのメリットや価値について実践者の声を聞き出しました。
質問を受けた新村氏は、まず「アカマイ・テクノロジーズがブロックチェーンに対して期待している役割が、世間のブロックチェーンをビジネスに活用しようと考えている多くの企業のそれと、大きく違うと思っている」と前置きしつつ、アカマイ・テクノロジーズが運用するペイメントシステムの目的を「データを安全に保全して、なおかつ高速にイミュータブルできること」であると述べました。
そして、この目的を達成できるなら「別にブロックチェーンじゃなくても何でもよかった」とまで語ります。
それなら既存のRDBベースのシステムやストレージの方が安定的に運用できてよいのではないか?と疑問を覚えますが、アカマイ・テクノロジーズが昨年のプレスリリースで検証に成功したと発表した「決済処理速度2秒以下、毎秒100万件超」という取引処理性能の実現は、新村氏は「RDBでは遅すぎてできない」と言います。
そして「ブロックチェーンに期待している特徴は、アペンドオンリーのデータベースである点」であり、削除など他の処理がなくデータの追加のみと単純な処理で済むため、「マシンの性能を最大限に活用できるテクノロジーになる可能性がある」と、ブロックチェーンを実利用した実績があるからこそ見出された興味深い知見を語りました。
新村氏は、ブロックチェーンでの高速決済処理が実現できた理由を、アカマイ・テクノロジーズがこれまでのコンテンツ配信事業の実績から培ってきた高速ネットワーク網とオペレーションによるもの、と説明します。
「当社は、世界に約4,000ヵ所、日本国内に約70~80ヵ所と多地に配置したサーバーを運用している実績があり、ブロックチェーンで事業化する際に最初の壁になるであろう『ノードを多地に大量に配置させること』が、元々当社が備えている高速ネットワーク網とオペレーションをそのまま応用することで乗り越えられた。
当社のプラットフォーム上のコンセンサスノードは、すべて当社のコントロール下に置き、高速にシステムやサービスを保全することに集中させている。スピードを落としたくないため、パブリックチェーンのように、コンセンサスノードを外部に開放する考えはまったくない。
当社では『新型ブロックチェーン』と発表しているが、コンソーシアムチェーンよりもさらに小規模なプライベートチェーンと分類されるシステムだ」とアカマイ・テクノロジーズのブロックチェーンシステムの特徴を語りました。
管理者不在、ノードが不特定多数に公開される、という一般的にパブリックチェーンの特徴といわれる技術とは異なり、あくまでアカマイ・テクノロジーズの事業目的にそったブロックチェーンシステムとして語られました。
以上、トークセッションの前半の模様をお届けしました。ここまでのセッションを振り返ると、LayerX榎本氏の説明からパブリックチェーンでの事業化の難しさが伝わりつつも、アカマイ・テクノロジーズ新村氏からは「アペンドオンリーのデータベースのため、マシンの性能を最大限に活用できるテクノロジーになる可能性がある」という、現段階で活用できる、ブロックチェーンの技術的特徴を聞くことができました。
続く後編では、
- ブロックチェーンシステムのアップデート対応の難しさ
- ブロックチェーンエンジニアに求められること
- 今後ブロックチェーンの発展のために期待すること
などの議論の模様をお届けします。
技術面に関してより深掘りする議論もされつつ、今後の展望に関する話題が多く上がりました。