多くの注目ニュースを発表したblockchain conference b.tokyo 2019。イベントの最後に開かれたセッション「CTOスペシャルトークセッション ブロックチェーン技術の課題」の模様をお伝えする後編です。
- ブロックチェーンシステムのアップデート対応の難しさ
- ブロックチェーンエンジニアに求められること
- 今後ブロックチェーンの発展のために期待すること
と、技術面に関してより深掘りする議論もされつつ、今後の展望に関する話題が多く上がりました。
ブロックチェーンシステムのアップデート対応の難しさ
3者それぞれの現状のブロックチェーンに対する考察が述べられた後、進行役のJapan Digital Design CTO 楠正憲氏から、自身がブロックチェーンで事業化を行おうと考えたとき、かねてより感じていたという疑問を各者へ投げかけました。
「サービスを安定的に提供するには、CI/CDがきちんとできていて、オープンソースのライブラリなどにバージョンアップがあれば、次の日にでもデプロイしてテストする、という柔軟な対応が前提。しかし、たとえば3年前にパブリックチェーンで動かしていた古いバージョンのシステムを今でも塩漬け運用しているユーザに対して、どうやってシステムのアップデートを促していけばよいのか?」と対処を考え出すと途方もない気持ちになったそう。
この問いかけに対しては、CTOたちの回答はおおむね「古いバージョンのシステムを運用しているユーザは珍しくないので、現実として確立した対処方法はほぼなく、厳しいだろう」といった論調でした。
LayerX CTO榎本悠介氏もその論調であり、「Ethereumのエンタープライズ系プロダクトは何か変更があったときには、ハードフォークは避けられ、なるべくソフトフォークで対応しようとすることで後方互換性を保とうとはしている」としつつも、「ただ、もう基盤自体のアップデートをスムーズに行おうとなると、クラウドサービス事業者のコンソーシアム機能に期待するしかないかな、と考える」と、それぞれが個別に取り組むだけではなく、ブロックチェーンに関わる企業や団体、全体での取り組みが必要だと語りました。
加えて、「Ethereumなどのスマートコントラクトで構築したシステムのアップデートは、本当にしんどい作業になるだろう」と言います。
スマートコントラクトは「改ざんが難しい」という特徴の裏返しで、アップデートが非常に難しくなる特徴もあります。「仮にアップデートが必要となった状況の場合には、(アップデートするのではなく)まったく新しいスマートコントラクトシステムに移行してデプロイする、という思い切った対応が求められる」と榎本氏は自身の見解を述べました。
そして対処方法としてもう1つ上げたのは、「初期の設計段階からアップグレーダブルなスマートコントラクトシステムの構築を意識する」こと。
たとえば「Proxy Contractによるロジックとデータの分離」など、細かで複雑な事前設計を施しておく方法を例に上げました。
メルペイ 取締役CTO 曾川景介氏も、榎本氏の指摘に同調しながら、システムのアップデート対応は「かなり大変な作業になるだろう」と語ります。
曾川氏は、「複数のバージョンのスマートコントラクトがデプロイされている状況だと論理的な破綻は避けられず、同じスマートコントラクトであっても、どのノードでバリデートしたかによって結果は変わってきてしまう」と語り、榎本氏が上げたProxy Contractによる事前設計方法に関して、より技術的に深掘りした議論を始めました。
ブロックチェーンエンジニアに求められること
システムアップデートの話題から、テクニカルな議論を白熱させるCTOたち。
議論内容が、ブロックチェーンシステムの設計や運用の経験がある人でないと理解が難しいフェーズになってきてしまい、モデレータの楠氏が次の話題へ進めます。
楠氏は「今の技術的な議論をお聞きしていると、ブロックチェーンシステムの開発は、まだまだ運用のプラクティスが確立されていないので、マイクロサービスなどモダンなサービスの開発経験もあって、クラウドについても詳しく、なおかつブロックチェーンの最先端についてキャッチアップしながらスマートコントラクトのコードまで書ける、なんてスーパーマンのような人でないと取り組むことが厳しいように感じてしまう。
そんな人材を探すのは本当に難しいと思うが、皆様は自社の事業においてどんなブロックチェーンエンジニアを求めているか、お聞かせください」と、ブロックチェーンに取り組むために必要な人材に話題は移ります。
この質問に対しても、3人のCTOたちの見解はほぼ一致しました。
それは、「新しい技術分野であるブロックチェーンにおいても、エンジニアには既存のプロダクト開発でも通用する知識や経験が重視される」ということです。
榎本氏は「楠さんのおっしゃるような人材はまず見つからないと考えるほうが自然」と答え、LayerXでは人材採用を検討する際には「ブロックチェーンについての詳しさ」というのは第一条件に求めていないと説明しました。
理由は、ブロックチェーンのアプリは、ブロックチェーンだけに詳しくても作れないから。きちんとしたプロダクトを開発するには、アプリケーション内のスマートコントラクト部分以外のプログラムに関する理解はもちろん、インフラ運用やビジネススキルも含めて、実務をこなせるリテラシーを備えることが重要である、と考えを述べました。
LayerXでは、そんな「既存のプロダクト開発経験が豊富にある人が、ブロックチェーンに関心を持ってくれるのが理想」と語り、採用の際にはLayerXがすすめるブロックチェーン関連の書籍や課題を与えて、入社してくれたときにスムーズに業務に入れるようなサポートを意識しているそうです。
Akamai Technologysの日本法人(以下、アカマイ・テクノロジーズ)CTOの新村信氏も、自社の技術開発を参考に、同調します。
新村氏は、「当社のブロックチェーンシステムの、コンセンサスアルゴリズムや高速なブロックの転送技術は、当社独自で開発している。
そして、速度やキャパシティを重視したプライベートチェーンで運用しているため、外部へスマートコントラクトを開放する考えはない。
しかし、『トランザクションを何かしらのコントラクトでコントロールしたい』という要求はすでに多くある。
そんな要求に対応するために、コントラクトを構成する『プリミティブ』をあらかじめ用意しておいて、外部のアプリケーションからコントロールしてもらう際には、そのプリミティブだけの使用を許容してる」と、自身の見解を述べました。
このような、コンセンサスアルゴリズムやブロックの転送技術を実装するためのコーディングスキル、そして「プリミティブをあらかじめ用意しておく」という発想は、ブロックチェーンの知識があるから開発できたのではなく、「プログラミングやコンピューターサイエンスの基礎能力があったから開発できた」と、既存のプロダクト開発でも通用する知識や経験が求められることを、新村氏も強調していました。
今後ブロックチェーンの発展のために期待すること
セッションも終盤になり、最後に楠氏はCTOたちへ、「今後の数年間でブロックチェーンが普及するために期待したいこと、そして発展のためにはどんなブレイクスルーが必要か」と、今後のブロックチェーンへの展望についての質問を投げかけました。
周辺技術の発展とステーブルコインへの期待
これまで技術的な課題を多く語った榎本氏は、「ポジティブな話題として、パブリックチェーンでこれまで研究開発されていたオフチェーンやサイドチェーン技術の多くがここ1年くらいで理論ベースの議論から抜け、実装が開始されだした」ことを上げました。
確かに、Lightning Network やCasper(EthereumのコンセンサスアルゴリズムをPoWからPoSへ移行したり、シャーディング技術を採用したりする計画)の実装事例が多く開始され、その動向には注目が集まっています。
そして、榎本氏は「ブロックチェーンの課題と聞くと、これまではスケーラビリティの問題について語られることが多かったが、最近は『データオペラビリティ(≒インターオペラビリティ)』という、以前は深く話題にされていなかった技術的課題へと議論がシフトしている」と最近のブロックチェーン業界の印象を語ります。
榎本氏は「最近盛んに議論されだしたデータオペラビリティの課題がすぐに解決されるとは考えにくく、『ファイナリティ』など他のパラダイムといえる問題も残っているので、ここ1~2年のスパンで、パブリックチェーン上で動かせるプロダクトが登場する、ということはあまり想像できない」としつつ、「直近で期待したいのは、コンソーシアムチェーンで動かせるマネーや証券(金融商品)の登場」と語りました。
いわゆる「ステーブルコイン」とも呼ばれていますが、LayerXでは「Programmable Money」と呼んでいるそうです。
榎本氏は、例として保険のダイナミックプライシングをあげ「お金にまつわるプログラムを金融事業者でも簡単に作成できるようになれば、面白くなると感じている」とステーブルコインへの期待を語りました。
日本でも「リブラ(Libra)」のようなプロダクト開発を
そして、榎本氏のステーブルコインへの言及を受けて曾川氏が「メルペイはもともと資金移動業で、資金決済法上でいう前払式支払手段にあたる。前払式支払手段に分類されるようなステーブルコインの機能を、すでに事業として研究している」と榎本氏のステーブルコインへの期待に同調します。
「メルペイは研究開発にすでに取り組んでいるが、ステーブルコインを実現するための機能が広く一般的に公開されて、もっといろんな事業者が参加して盛んに開発されるなら、そうなってもよいのではとも感じる」と続け、「日本では規制が厳しいので難しいかもしれないが」と前置きしつつも、「『リブラ』のようなプロダクトを日本でも開発しよう、と考えている方は、私の観測範囲ではお見かけする」という注目の発言もされました。
最後に「日本でもそのようなステーブルコインがいずれ立ち上がれば、当社のこれまでの取り組みが役立つかもしれないと期待している」と、曾川氏もステーブルコインへの期待を語りました。
ペイメント以外の使い道の模索
新村氏は、今後ブロックチェーンが発展するには「ペイメント以外の用途で何に使えるのか、模索しているところ」だと語ります。
ブロックチェーンにおけるペイメントのトランザクション管理性能を追求していますが、「異なるペイメントカンパニーのビューを作成しようとするだけでも、ブロックチェーンシステムのみで実装するのが非常に困難」だと語ります。
それではアカマイ・テクノロジーズではどうやってビューの作成を行っているのか?というと「ブロックチェーンにはデータを保存しておくが、わざわざブロックチェーンとは別のRDBのストレージへコピーを書き出してからビュー作成を行っている」と、ビューの作成というデータベースにおいてはよくある単純な用途でさえ、わざわざ多くの手間をかけないといけない実状を説明しました。
新村氏は、最後に「現在のペイメントシステムのビュー作成だけでこんな手間がかかるのに、トランザクションシステムとして応用して、より高級なアプリケーションを開発した場合、ビューはどうやって提供すればよいのか?正直、方法が現段階では想像すらできない」と語り、「もしこの課題も解決できないようならば、ブロックチェーンではペイメントシステムくらいしか使い道がないのではないか?」と、ブロックチェーンへの正直な見解を語りました。
以上、「CTOスペシャルトークセッション ブロックチェーン技術の課題」の模様をお伝えしました。
途中、曾川氏、榎本氏から、新村氏へ「一般論として、分散管理のブロックチェーンシステムは中央管理のシステムより処理速度は遅いといわれるが、技術的にどうやって高速処理を実現できているのか?」とアカマイ・テクノロジーズのブロックチェーンシステムについて深掘りしようとしたり、楠氏が注目のデジタル通貨「リブラ」についてCTOたちの見解を引き出そうとしたりするなど、より幅広い議論へと展開しかけた場面もありましたが、残念ながら1時間足らずのセッション時間の都合上、多くが割愛されてしまいました。
今回のセッションを振り返ると、ブロックチェーン研究開発の最前線に立つCTOたちは、パブリックチェーン上にアプリやサービスを運用させるビジネスモデルの展開は、現時点では概ね厳しいだろう、という見解を持っていたように思えます。
しかし、「オフチェーン、サイドチェーン、秘匿化技術の発展」、「アペンドオンリーのデータベースゆえの高速処理の可能性」、「(コンソーシアムチェーン上の)ステーブルコインへの期待」と、今後着目すべきであろう周辺技術の進展やブロックチェーンの技術的特徴などが、CTOたちの知見を通して浮き彫りになった印象もあります。
2019年10月31日には、調査会社ガートナージャパン株式会社の最新レポート「日本におけるテクノロジのハイプ・サイクル:2019年」で、ブロックチェーン技術は「幻滅期」に入った、と発表されました。
そして2021年前後にこの「幻滅期」を抜け出し、実質的な市場浸透が始まる「啓蒙活動期」へと移行すると見通されています。
今回のセッションで浮かび上がったブロックチェーンに関するさまざまな視点が、「啓蒙活動期」に至るまで、どのように着目され解釈されていくのか、今後もブロックチェーンの技術動向には目が離せません。