カンファレンス2日目の様子をお伝えします。
最初に2日目のキーノートについてレポートします。このキーノートの内容は筆者にとってとても衝撃的な内容でした。
その他にPSF(Python Software Foundation)のExcetive DirectorであるEwa Jodlowskaさんへのインタビューや、PyLadiesオークションの模様についてレポートします。
キーノート: Shadeed "Sha" Wallace-Stepter
Shadeed "Sha" Wallace-Stepter氏
この日は2つのキーノートが連続しているものでした(そして、そこには大きな意味がありました) 。トークはSha氏の生い立ちの話から始まるのですが、それはとても重苦しい内容でした。Sha氏はサンフランシスコで5人兄弟の真ん中で生まれ、中学生の時には銃を運んでいたそうです。
この段階ですでに私は「えっ、PyConのキーノートで、このあとどういう話になるの!?」と困惑していました。その後も重たい話は続きます。
おばさんが近くに住んでおりドラッグのディーラーをしているということ、3歳上の兄はギャングに所属していてドラッグの売人をしていたこと、その兄が捕まって刑務所に入っていったこと。そして14歳ですべてが変わったそうです。それは、兄が銃で撃たれて殺されたということです。兄はSha氏の肩にもたれて、氏はその最後の吐息を聞いたそうです(兄はまだ17歳のはずです) 。
そして、自身も18歳のときに犯した罪により27年間の実刑判決を受け、服役することになります。氏は模範囚として服役し、2009年にSan Quentin刑務所に移送されました。San Quentinは、Prison University Project という教育プログラムを受けることができる刑務所です。そこでオーディオとビデオについて学び、起業家精神が目覚めたそうです。
その後2011年から(服役中に)San Quentinテレビでコンテンツ制作者として仕事を始めたり、Podcastを行ったりしたそうです。2016年にはTEDxSan Quentin というTEDxイベントを刑務所内で開催し、自らもスピーカーとして発表したそうです。
そして2017年に刑務所内でのプログラミングに関する教育プログラムでJessica(次のキーノートスピーカーでもあるPythonエンジニア)と出会い、Pythonを学んだそうです。最初は「Python=Jessica」というイメージだったとのこと。
Jessicaは服役囚にPythonを教え、そのチュートリアルを録画しましたが、受刑者はWebにアクセスする手段を持っていません。するとTim O'Reilly(オライリーメディアの創立者)がタブレットを刑務所に提供し、氏はオンラインコースにアクセスできるようになりました。
そして氏は19年の刑期を終え、2018年8月17日に37歳で出所しました。
最初はいったいどういう内容になるのかと思っていたキーノートでしたが、Shaさんの過酷な生い立ちから一転、San Quentin刑務所に入って更生し、Pythonと出会うという素晴らしい内容でした。そしてこのトークを受けて、Pythonを教えた側のJessica McKellar氏のキーノートへと続きます。
2019年11月に米国西海岸で開催されたNorth Bay Python における再演の模様
VIDEO
キーノート:Jessica McKellar
Jessica McKellar氏(後ろの写真はSan Quentinのもの)
Jessica McKellar氏はまず1年前の写真を映して話しはじめました。これはSan Quentinの1年前の写真で、そこには服役中のShaさんも写っています。
まずはじめに現在行っている活動のゴールは、「 監獄に入る人を減らすこと」そして「再度入る人を減らすこと」と言っていました。San Quentinのあるカリフォルニアにも犯罪者は多く、刑務所の運営などに多額のコストがかかっています。当然ですが、刑務所に入る人が減ればこれらのコストを下げることができます。Jessicaさんは会場に向かって、「 技術者にできることがある。なぜなら技術者は仕事とスキルとお金 を持っている」と語りかけました。
まず個人として 次のような支援が可能であると言っていました。
お金やものを支援すること
トレーニングや社会復帰のサポートをすること。それは刑務所の中でも外でも可能
政治的に働きかけること(投票など)
そしてPrison University Project を紹介し、ボランティアの募集などがあることを説明しました。また、このような高度な教育だけでなく、コンピューターやスマートフォンの使い方を教える、といった活動もあるそうです。
たしかに、Shaさんのように10代で入所して20年以上刑務所の中にいる人は、スマートフォンなんて触ったことがありません。そのような状態で社会に戻っても、そもそも職を探したり連絡を取ることが困難であり、社会復帰が難しいということは言われるまで全く気がつきませんでした。
次に技術者として 次のような貢献が可能であると言っていました。
技術に特化した仕事のトレーニングと社会復帰サポート
Bootcampに参加して教える
地域の支援団体への技術的なサポート(プロボノ )
そして従業員として 以下の貢献ができると語りました。
記録が残っている人を雇うこと
逮捕歴がある人は就職率が低く、その中でも黒人はさらに就職率が低いとのこと。そういった人を雇う時には以下のことを注意すること
逮捕歴などの情報は確認して記録する
まずは簡単な役割を与える
積極的に支援する
これらの話をしたあとに、Jessica McKellar氏が創立者でCTOを務めるPilot社 の話になりました。Pilot社では積極的に元受刑者を採用しており、彼ら/彼女らをサポートするためのスペシャリストも雇っているそうです。そして、元受刑者のインタビュー動画が流れました。その中では「Last MileプロジェクトでHTML、CSS、JavaScriptを学び、その後Boot Campへ参加などして技術を磨いた」といった話をしている人がいました。
筆者は、The Last Mileプロジェクトなどでボランティアベースで教えに行っているだけでもすごいと思っていましたが、自ら経営している会社で積極的に採用しているというその事実を目の当たりにして、ものすごい衝撃を受けました。確かに、教えには行くけど自社では採用しないみたいな事例は普通にありそうです。自分だったらこんなことができるだろうか、と考えずにはいられないトークでした。
そして最後に会場に向かってTaking Aciton(行動を起こそう) と語りかけました。
これらの活動を推進している人たちに投票をしましょう
自分たちの雇用主や学校に、彼らを雇うことができないかを聞いてみましょう
PyCon 2020までに、最近刑務所を出所した人が就職することを手助けしましょう
2019年11月に米国西海岸で開催されたNorth Bay Python における再演の模様
VIDEO
また、gofundmeというWebサービスでの募金の呼びかけがありました。この募金は、2019年秋に出所予定のAntwan Williams氏が、出所後もサウンドデザイナーとしての仕事を継続するための機材、システム費を募集するという物です。この募金は(予想通り)このキーノートの直後に、あっという間に達成していました。
2人のキーノートスピーカー
筆者にとって衝撃的なキーノートでした。今まで聞いたトークの中で最も衝撃的で心揺さぶられ、考えさせられる物であったと言っても過言では無いです。そう感じているのは私だけではないように、キーノート終了時には私も含め会場中がスタンディングオベーションをしていました。そして、日本から参加した他のメンバーと、この2つのキーノートについて語り合いました。同様の問題は日本にもあると思います。私にも何かできるアクションがないのか、考えてみたいと思っています。
この2つのキーノートですが、非常に残念なことにJessicaさんのツイート によると録画に失敗していたそうです。現在再録画にむけて動いているそうで、ビデオが作成されることを私も心待ちにしています。また、トークの概要について上記のツイートへの返答の形でJessicaさんが書いてくれているので、そちらもぜひ読んでみてください。
PSF Executive Directorへのインタビュー
山下加奈恵(KANAN:@Addition_quince )
カンファレンス2日目のキーノート後に、PSF(Python Software Foundation) のEwa Jodlowskaさんにインタビューしてきました。EwaさんはPSFが初めてフルタイムで雇用した職員であり、現在はExexutive Directorとして活躍しています。そんなEwaさんにPSFのことやコミュニティ活動について、同行した寺田さんを含む4名でお話を聞いてきました。
Ewaさんとはもちろん初めてお会いするので、インタビュー直前は妙に緊張しましたが、笑顔で迎えてくれて一瞬で和やかな雰囲気になりました。短い時間でしたが、たくさんのお話を聞くことができました。
Ewaさんへのインタビューの様子
PSFの主な活動内容や、BDFL からGuido氏が引退したことによる影響などの話も挙がりましたが、中でもコミュニティ活動の話がとても盛り上がりました。
日本での活動として、Python Boot Camp (日本中で開催している初心者向けPythonチュートリアル)やPyLadies Caravan (日本全国の女性Pythonistaとコミュニケーションするイベント)といった、地域に限定しない全国に向けた活動を行っていることを紹介しました。PyLadies Caravanの活動内容については私から説明しましたが、Ewaさんが興味を持って聞いてくれたのが印象的でした。
現在US PyConの参加者に占める女性の割合は35%程度とのことですが、数年前まではそれほど多くはなかったそうです。いろいろな試行を時間をかけて行って、少しずつ女性の参加しやすい環境を作り上げてきたとのことです。私自身USのPyConは初参加でしたが、女性の参加者が多いことと多様性を受け入れる雰囲気を感じていました。やはりそれは、さまざまな人の努力で少しずつ作り上げてきたものなのだと思いました。そして、きっと日本のPyCon JPやさまざまなコミュニティでも同じように少しずつ変えられるとよいなと感じました。
Ewaさんには、まだこれからも目指すべきコミュニティのあり方に向かって推進したいというパワフルさがいっぱいで、日本のコミュニティがより元気になるために、何をやりたいかを考えたくなる良い機会となりました。私自身も、これからのPyLadies Caravanなどの活動で、PyConで感じたことを還元できたらと思います。
インタビューを終えて(右端が山下さん)
PyLadies Auction
この日の夜は、韓国から参加しているYounggunから「楽しいから参加すべき」と強く言われたPyLadies Auction に参加しました。このイベントはすでに8回目らしく、毎年PyConで開催されているようです。
このオークションはチャリティイベントであり、商品を落札することによってPyLadiesコミュニティをサポートする寄付金を支払うというものです。単なるチャリティイベントというだけでなく、普通に入札している様子を見ているだけでもとても楽しいイベントでした。参加者は5ドルを支払って会場に入りますが、ホテルのおいしい夕食がついてくるので、すでにそれだけで5ドル分は元をとったという感じでした(ビール等は別会計です) 。
オークションのおいしいディナー
オークションの商品は企業スポンサーやFellowのみなさんが提供した物で、PyCon 2019のロゴをあしらったタペストリーや、Pythonロゴギター、Pythonイヤリングなどさまざまです。スタッフ(PyLadiesメンバー)が商品を持って会場内を練り歩き、参加者が入札していきます。私の横にいた寺田さんなどは入札しようとしていましたが、すぐに結構いい金額になるため、早々にあきらめていました(笑) 。
Pythonロゴのステンドグラス
次の商品はGuido氏の肖像画のジグソーパズルですが、途中で本人が受け取って開場を練り歩きました。面白いサプライズですし、Guido氏自身もこのイベントを楽しんでいるんだなと思いました。ちなみにこのジグソーパズルは3,000ドルで落札されました。おどろきです。
自分のジグソーパズルを持って歩くGuido van Rossum氏
最後の商品は先ほどのジグソーパズルの元となった肖像画です。これが写真の通りとても大きいです。落札した人はいったいどこに飾るんでしょうか…。また、参加者の一人が「とてもいい額縁だね」と言ってウケてました。この肖像画が席にいるGuido氏の後ろに来たときはシャッターチャンスとばかりに、多くの参加者が写真を撮りに行ってました(私もその一人です) 。そして、この肖像画は9,001ドルで落札されました。約100万円です。すごい(語彙力) 。
Guido van Rossum肖像画(デカい!!)
本人と肖像画
ものすごい金額が飛び交って、オークションに慣れていない私には(キーノートとは違った意味で)衝撃的なPyLadies Auctionでした。
なお、アメリカでは寄付の文化が根付いていることと、寄付をすると税制の優遇があることも後押しになっているのかなと思います。自分がサポートしたいコミュニティに寄付することによって、税制的にも優遇されるのであれば、PyLadiesなどPython関連に寄付することはとてもよいことだなと思いました。また、慈善事業というだけでなく、単体としても楽しいイベントとなっているのはさすがだなと感じました。
まとめ
2日目のレポートは以上です。午前中の衝撃的なキーノート、夜の楽しいPyLadiesオークションと、PyConのイベントとしての幅の広さを感じる1日でした。
次回レポートでは、カンファレンス3日目の前半として、朝のライトニングトークや今後Pythonの仕様を決定するPython Steering Councilの5名によるキーノートの様子をお伝えします。