2007年6月30日、産業技術総合研究所臨海副都心センターにおいて、「ESPer2007」が開催された。
ESPer2006/ESPer2006秋の陣に続く3回目となる同イベントには、未踏ソフトウェア創造事業に採択された実績のある開発者、および現在未踏ソフトに採択されている開発者が集まり、各種講演やデモなどが行われた。
以下に、同イベントで行われた講演の模様をお伝えする。
「リサーチャーとエンジニアの究極合体」
西川徹氏(有限会社 Preferred Infrastructure 代表取締役社長 最高経営責任者)
研究が実用化されるまでにはさまざまな障壁があり、長い時間と多くの費用がかかってしまう。これを、できうる限り最短化したいというのが、西川氏の考えである。
Preferred Infrastructureでは、最先端の研究/技術について調査している。そして、有用と判断した研究/技術を実用化に結びつけるために、それぞれ専門の技術分野を持つスタッフが日々開発を行っているとのこと。
実用化に至った例として、圧縮サフィックス・アレイ方式という全文検索技術を利用した「Sedue」など、さまざまな成果が紹介された。
また、会社設立当初は営業のノウハウもなく、理解が得られずに製品がなかなか売れなかったことなど、実体験に基づいた内容も語られ、技術をビジネスに結びつける難しさを窺うことができた。
「私的所有の生物学的起源-presentationとrepresentationの融合-」
鈴木健氏(株式会社サルガッソー代表取締役社長)
鈴木健氏は、「『伝播貨幣』のデモンストレーションソフトウェアの実装」というプロジェクトで未踏ソフトに採択され、スーパークリエータに選出された人物。講演では、このプロジェクトの成果物である「PICSY」の紹介が行われた。
PICSYは、伝播投資貨幣(Propagational Investment Currency SYstem)の略で、ある集団に対しての貢献度に応じて、価値が変動するというもの。はてなでは、このPICSYの概念を利用してボーナスの配分を行っているとのこと。
また、presentation(存在)とrepresentation(表現)の融合について、私的所有の生物学的起源や体性感覚などに触れながら解説した。
「研究と未踏とビジネスと」
首藤一幸氏(ウタゴエ株式会社 取締役CTO)
首藤一幸氏は、池長慶彦氏の共同開発者として「実ネットワークに適応するオーバレイマルチキャスト放送基盤」をテーマに開発を行い、2006年度上期スーパークリエータにも選ばれた。
講演でとくに印象に残ったのが「未踏とビジネス」についてで、未踏の成果を利用してビジネスを行う際の権利関係の難しさなどについて、実体験を交えつつ解説した。
また、未踏に参加する際の、仕事との両立の難しさについても触れた。所属している企業の理解が得られない場合、採択者は業務時間外に開発を行うか、より開発に専念するには休職/退職をしなければならない。ただ、現在の日本では、未踏ソフトでの開発のために会社を辞めるのはリスクが高いことを指摘した。
「企業にとって、社員が未踏ソフトに参加するのは『能力発揮の触媒』『企業のプロモーション』などのメリットもあることも考慮してほしい」と首藤氏は語った。
「学生が挑んだ未踏“ユース”の内情 with ブラウジングコミュニケータAntwaveのご紹介」
井上恭輔氏(津山工業高等専門学校 専攻科)
井上恭輔氏は、他の人の動きや気配が感じられず、意思疎通も難しい現在のWebブラウジングを変革するべく「Antwave」の開発を行い、2006年度上期未踏ユースでスーパークリエータを受賞した。
「Antwave」を利用すると、同時に周辺のWebページを閲覧しているユーザを表示し、チャットやSkypeによるコミュニケーションが行える。また、ユーザが通ったリンクは可視化され、よく人が通るところは太く、そしてほとんど人が通らないところは細くなっていく。これにより、多くの人が参照して人気があるコンテンツを覗いてみる、といった、人の流れに任せたナビゲーションも可能になる。この他、複数の人と同時に同じWebページを閲覧し、書き込みなどさまざまな情報を同期して表示する「あいのりブラウザ」など、独特で魅力あふれる機能を紹介した。
また、「未踏ユース」について、「未踏本体の機能限定版のように見られることもあるが、応募者の年齢層が低いことによる吸収のはやさなど、本体にも劣らない魅力がある」と語った。
「Interactive Smart Computers」
五十嵐健夫氏(東京大学大学院情報理工学系研究科コンピュータ科学専攻 准教授)
直感的にアプリケーションを操作するためのユーザインターフェースの研究を行っている五十嵐健夫氏は、数多くある研究成果のデモンストレーションを行った。
対象物の直感的な操作から、2D/3Dのグラフィックの描画、音声認識を利用した操作など多岐に渡っていた。どれも非常に直感的な操作で行われており、会場からは歓声があがった。
研究成果や操作を体験できるデモは、五十嵐氏のWebページに公開されている。
「技術は国境を越える」奥地秀則氏(Nexedi CTO)
奥地秀則氏は、GNU GRUBの開発者の1人であり、「次世代GRUBブートローダの基本設計と実装」で未踏ソフトに採択された。未踏ソフト後はフランスに渡り、オープンソースのERPソフトウェア「ERP5」の開発などを手がけるNexediのCTOとして活躍している。
講演では、日本は技術的には外国に劣っていないのに、世界からは弱く見られていることを指摘。ソフト産業も輸入超過で、「一般に、競争にさらされなかった生物種は脆弱である」として、現在の状態から脱却し、日本のソフトウェア技術が海外へ進出することを期待していた。
「ソフトウェアを効率よく書くために」
川口耕介氏(Sun Microsystems, Inc.)
川口耕介氏は、いかに開発の生産性を上げるかについて講演を行った。
「書きたいプログラムが多すぎる」と語る川口氏は、最初は自分の生産性を上げることにより、同じ時間でより多くのプログラムを書くことを考えていたが、この方法では、たしかに生産性は上がるものの、メンテナンスにかかる時間もどんどん増え、結局自分のところに仕事が集まってしまい、開発に集中できない状態になってしまった。
そこで、他人を生産的にすることで、全体としてのアウトプットを増やすことを意識するようになった。そのためには、いかに勉強の必要がなく、そして楽をできるかという怠け心をくすぐるのが良いことがわかり、「Hudson」を開発したとのこと。
Hudsonは、ビルドからテストまでを自動で行うソフトウェア。どのバイナリがどの部分で使われているのかを追跡したり、テスト結果を自動的に追跡するなどさまざまな機能を持つ。また、変更は簡単にロールバックできるため、メンバーはどんどん変更を反映するようになるなど、生産性が大きく向上したと川口氏は語った。
「未踏発 ネイキッドテクノロジー起業」
平野未来氏(株式会社ネイキッドテクノロジー代表取締役)
平野未来氏は、SNSにおけるマーケティングエンジン(SNME)の開発で未踏ソフトに採択され、その後にネイキッドテクノロジーを起業した。現在は、SNMEを利用した事業の他、リアルタイムレコメンデーションなどの研究開発を行っている。
起業する前にも仕事はあり、開発メンバーのレベルも高かったが、行き詰まりを感じていた。そのとき平野氏は、「ブレイクスルーさせるには、仲間/勇気/環境が必要で、今の自分たちに足りないのは勇気と環境だ」と思い、起業を決意したという。現在は、「ビジネスのスピード感やマーケティングニーズも少しはわかるようになった」と、起業した充実感を感じ取れた。
どの講演も、開発者としては非常に興味深い内容で、講演後のQ&Aではさまざま質問が行われていた。より詳しく知りたい人は、ESPer2007の案内ページに講演の動画が公開されているので、そちらを参照して欲しい。
同イベントは、未踏ソフトの開発者が多く集まるが、それ以外の方も自由に参加できる。今後も定期的に開催するとのことなので、未踏ソフトに応募を考えている方や、興味のある方はぜひ参加してみて欲しい。