2009年5月23日(土)、秋葉原UDXカンファレンスにて「エンジニアの未来サミット 0905:エンジニア・サバイバル」((株)技術評論社 主催、(株)パソナテック協賛)が開かれました。業界をリードするアルファギークと若手エンジニアたちによるディスカッションやUstream.TV中継などの試みが各所で話題になった前回。今回は「エンジニア・サバイバル」をサブテーマに掲げ、深刻な不況の中で求められるエンジニア像などが論じられます。
第一部:「おしえて! アルファギーク ─エンジニアが幸せになる方法」
13時5分より第一部がスタート。モデレータによしおかひろたか氏(独立行政法人 情報処理推進機構)、パネラーにひがやすを氏((株)電通国際情報サービス)、谷口公一氏((株)ライブドア)、楠 正憲氏(マイクロソフト(株))を迎え、ITエンジニアの仕事を語っていただきました。
人生の転機:エンジニアの転機
自己紹介を経て経歴の中にある転機を語っていただきました。アルファギークの中でも王道と言われる経歴のよしおか氏。「基盤系ソフトウェアを作りたいエンジニアにとって当時はハードウェアベンダへの入社が王道だった。それがソフトウェアベンダに代わり、オープンソース化によって今や意志さえあれば自分自身でキャリア設計ができるようになった」と、その発言はIT産業のパラダイムシフトを経験した世代ならではです。
一方、谷口氏の転機は「渋谷Perl Mongersの勉強会でオン・ザ・エッヂ(現ライブドア)のエンジニアと出会ったことと、宮川達彦さん(現SixApart)に憧れて会社に入社したこと」だそう。待遇は低くなれど「自分がやりたかったことができるので楽しくて仕方がなかった」という思い出話には、会場やパネリストの間から「かっこいい!」との声が上がっていました。きっかけは色々ですが目指す目標との出会いはやはり大きいもの。
とはいえ、自社内でのロールモデル的存在が減少し“エンジニアに王道なし”の現在。「勉強会は素晴らしい人に出会うチャンス」と語る谷口氏の言葉を始め、外部との関わりはエンジニアにある種の可能性や刺激を与えてくれると言えそうです。
エンジニアと社会との関わり
勉強会などによる外部との接触という観点から、エンジニアが社会と関わりながらどう生きていくべきかについての提言が進みます。ブログなど社会的に発信できるメディアを持っている人や、勉強会に参加している人を会場から募ると、ほとんどの人の手が上がりました。
「ブログも本もソースコードも書くのは好きじゃないけど、人が喜んでくれるから続けられる」と意外な発言のひが氏や「間違いを指摘してもらえるし物事を自分自身納得できる形に直す力があると感じる」楠氏とさすがはアルファブロガー。発言からもブログが持つ社会的な影響力を感じさせてくれます。エンジニアが自分の得意分野と出会い、仕事で活かす上で大きな武器となるブログ。優れたエンジニアの活動や企業情報が伝わるようになった点も含め、社会と繋がる上で使わない手はないでしょう。
会場からの質問(1):
(1)今後の労働環境はどうなるか、(2)とくに中小企業において、偽装請負やサービス残業などのコンプライアンス問題はどうなるか、(3)SIerにおける上流・下流格差はどうなるか、(4)鬱などメンタルヘルスの問題がIT産業に多い理由を聞きたい。
ひが氏は(3)に関して「上流も下流も重要。上流だけでは用件落とし込みなどの不明点を先延ばしにする傾向があるし、実装側も設計の意図がわからないと顧客に必要な物が作れない。結合テストなどで手間がかかる理由も分業が原因なので、今後は一社ですべて賄える会社がコスト的にも質的にも強くなるはず。下請けに丸投げのSIerは今後苦しくなると思う」と回答。
楠氏は(2)についてブログで情報開示を始めたエンジニアの例を挙げつつ回答し、「ここ数年で企業は優秀な人材を集めるためにも勤労条件を改善しつつある気がする」また「見積もりの仕様やスケジュール変更に柔軟に対応できるようになれば、さらに環境はマシになるはず」とまとめました。
谷口氏は(4)に関して、自身の鬱直前まで行った経験から「サービス残業含め自分を犠牲にして働くエンジニアが多い状況を早く変えていくべき」と力説。「メンヘル系のノウハウがマネージメント層にもないのでメンタルケアカンファレンスをやってみたい」というアイデアのほか、よしおか氏の書籍のチーム執筆プロジェクトを通して人的マネジメントを行う案など、興味深い提案が多数出ていました。
エンジニアの未来・ITの未来について
ひが氏や楠氏は近い未来の予想として、バズワードから現実のビジネスになりつつある「クラウド(コンピューティング)」をピックアップ。「小さなチームが作るサービスがビジネスになっていくと思う」(ひが氏)、「各自治体独自に運営されていたインフラを共有・統合すべきという話のきっかけを作った点は評価できる」(楠氏)と語りました。先のメンタルヘルス問題を受け「心を病んでまで働く業界か」と疑問を掲げながら、むしろ「働く人のモチベーションが見えないブラック企業などは淘汰され、働きやすい環境が広がる気がする」という希望的観測を述べた谷口氏。IT企業にも淘汰が起こり、今後は企業の浮き沈みのスピードもさらに速まりそうな状況にあります。
そんな中で「技術を社内の所有物ではなくコミュニティの物であるという考え方を受け入れられるならば可能性は大きく広がるはず」(よしおか氏)、「枯れた技術が動き出す今こそチャンス。第一人者になれる土壌で勝負をしてみては」(ひが氏)など、不況だからこそ見いだせる光も出てきていると言えそうです。
会場からの質問(2):
こんな技術者が出てきてほしいという理想像を教えて
谷口氏は「近い未来に叶う気がするが、東京は技術力が集結しているのでグーグル的集団が生まれればいいと思う。あとは幸せで羨ましがられるエンジニアになってほしい」と回答。「日本はダメだと言うような人をぎゃふんと言わせられる人」というひが氏ほかどのパネラーも、日本ににおける優れたエンジニアの増加を指摘していました。
会場からの質問(3):
(1)IPAフォーラムでの、インテグレーターと学生が二極化した理由について、(2)情報系の学校の存在意義と、学生は何をすべきか
「個人的には資格にはそうこだわる必要はないと思う。専門系学校卒の人は社会で著しく成長することが多いので、適当な学部で適当に学んできた人よりは高く評価している」という谷口氏を始め、パネラーの大半は資格に重要性を感じないとのこと。また楠氏は「世代によっても参考になる部分は違うので、自分が行きたい業界の人が書いているブログをチェックしておくといいと思う」とアドバイスされていました。
まとめ
「自発的な活動の中で自分のできることを積み重ねていければ未来は明るくなるはず」(よしおか氏)、「前回とは違って伝えたかったことが話せてすっきりできた」(谷口氏)、「3年、5年単位で変化する業界であり、会社も一人ひとりの人生に責任を持てない状況。そんな中で自分の参考になる物を見つけるためには、実際に目で見、自分が楽しめる物をはじめ自分を知った上でその道を模索してほしい」(楠氏)、「今回は伝えたいことを事前に用意し、結論が出なさそうなことはなくすように心がけた。その辺りの評価も含め、ぜひ感想をブログで教えてほしい」(ひが氏)。
4者のディスカッションには、不況にあっても日本のエンジニアが秘める可能性を感じさせるなど、比較的明るい見通しを感じさせる内容となりました。
第二部:「弾 vs. 個性派エンジニア ─サバイバル討論」
15時35分からの第二部は「弾 vs. 個性派エンジニア ーサバイバル討論」とし、前回その個性的な語り口で強烈な印象を残した小飼弾氏(ディーエイエヌ(有))にさまざまなエンジニアのみなさんが挑みます。個性派エンジニアには、山崎徳之氏((株)ゼロスタートコミュニケーションズ)、高井直人氏(伊藤忠テクノソリューションズ(株))、閑歳孝子氏((株)ユーザーローカル)、井上恭輔氏((株)ミクシィ)、米林正明氏((株)Abby)が参加。モデレータは馮富久氏((株)技術評論社)が勤めます。
テーマ1:エンジニアのスキルとは
スキルについて
前回に続き2回目の参加となる高井&米林組、出版社勤務からエンジニアという珍しい経緯を持つ閑歳氏、唯一の80年代生まれ井上氏など多才な顔ぶれが並んだ今回。エンジニアに必要なスキルとして「自分の取り組みや技術をエンタテインメント的に表現できるスキル」を提案した井上氏、その勢い溢れる語り口はまさにスーパールーキーといった印象です。
他方、「一般の人でも使いやすいようデザインや使い勝手にこだわることが大切」と語る閑歳氏の発言は、Award on Rails 2008大賞を受賞しただけに説得力がありました。最終的な全員の共通意見は、「技術力をつけた上で、人とコミュニケーションを取る技術や伝える技術を磨くこと」に。
ではそのスキルアップの方法にはどんなものがあるのでしょう。「トラブル対応で経験値をつけた」山崎氏のような追い込まれ型、「努力を少しずつ積み上げ続けた」米林氏のようなコツコツ型に加え、高井氏は「つまずきは技術評論社の本を読んで解決する」発言で会場を沸かせます。さらに会場からのコメントとして、前回のパネリスト庄司嘉織氏((株)ドワンゴ)からの「チュートリアルを写経した後で実際に作るのが一番」との意見もあり方法はさまざま。読解能力の必要性なども含め、習得にはやはり“急がば回れ”。技術書の読解と実制作の繰り返しが確実のようです。
途中、高井氏から井上氏に向けて「最も頭が回転する26歳ごろまでに自分に必要なメソッドを見つけるべき」とアドバイスする場面では、深く頷く来場者の姿も見受けられました。
地域格差について
地域格差問題も地方在住のエンジニアにとっては興味深い問題です。「開発はフェイストゥフェイスの方が効率が良く、密度の高い場の方が成果を出しやすい」(山崎氏)、「サービスを売る営業さんと温度差が出ないよう近くにいたほうが良い」(閑歳氏)など、勉強会の多さやプラットフォーム、開発上の環境などからまだまだ東京に地の利があると言えそう。そうではないエンジニア諸氏にとっては、おそらく小飼氏の「東京に住まなくても出てこれるという気持ちは必要」という発言が落としどころなのかもしれません。
質問(1):
Skypeなどでコミュニケーションを取るような会議ではダメ?
山崎氏の回答は「セッションに限ればアリだが、目の前でないと伝わらないことが多いので技術力を伸ばしたい段階ならば膝をつき合わせる必要があると思う。逆に言えば、技術を身につけてからならば地方でも良い気がする」。その他の発言からも、技術力を向上させるなら東京が強いという結論になりました。
その後、質問を受ける形で、米林氏からの「これまでで最も非効率だった方法を教えてほしい」という質問には、「本を最初に読むのが自分には合わないので人の行動を真似してある程度作ってから読む」(閑歳氏)や「変化球の学び方をすると失敗することが多い」(高井氏)などの回答が。逆説的に見て効率を上げるポイントは「自分の気分を乗せるスイッチの入れ方を知っていること」にあると言えるのではないでしょうか。
テーマ2:エンジニアの未来について
パネラーに過去の思い出を尋ねたところ、かなりバリエーションに富んだ回答が集まりました。データセンター運用時の経験から「ものすごい経験をするとそれよりラクなときに、なんとかなると思える。私は過去にデータセンターのハードウェア差し押さえという経験があり、それを乗り越えたことは非常に大きな糧となっています」と語り、会場から賞賛の声と拍手をもらった山崎氏や、「不運に恵まれて幸運に巡りあった」という小飼氏、入社後にストレス性円形脱毛症にかかったことで「自分を見つめ直し、やりたいことをアピールしたらうまく行きだした。境界線は自分で作った物でしかないと気付いた」井上氏など、壮絶な内容もちらほら。
「こういう考え方をするエンジニアはだめ」トーク後の、失敗談トークでも山崎氏の生々しいトラブル対処経験が炸裂、「大事なのはいかに復旧させるか。バレる範囲をいかに狭くするかと頑張るからこそ経験値が身につくわけです」という笑いを交えた言葉に会場も大いに盛り上がりいました。
今回のイベントではUstreamの反応も積極的に取り込みました。コメントを元に給料に関する質問も投げかけられ、お金を意識することの重要性が見えただけでなく、米林氏の「難しいコードを書いているのに給料が上がらない人の原因には、上司にアピールできていない、自分の開発がどれだけの価値を生み出しているかわかってない」という発言もあり、自己評価の参考になりそうな回答が得られました。
質問(2):
気分が落ちたりした時、盛り返すための方法って?
回答は「どこまで落ちられるかゲームにする」小飼氏や「過去のある場所まで戻って自信を取り戻す」という理論派の高井氏のほか、友人や同期に相談する派、自然に受け入れる・やり過ごす派などに分れました。
質問(3):
エンジニアとしてやっていくためのモチベーションとは?
「第三者に面白いと絶賛されること」(井上氏)、「名指しで頼んで良かったと言われること」(米林氏)のような他者評価型、「ひらめいた瞬間の気持ちよさ」(高井氏)などの自己追求型と、2パターンに分類されたモチベーション問題。「なくてもいいけどあるとがんばれるボーナス」と捉えているパネラーが大半で、質問者も「知的欲求が第一という人が登壇者には多いと思っていただけに、自分と同じ考えの人がいるとわかって良かった」と感想を述べていました。
まとめ:「エンジニアの今後について」
最後は前回も好評だったホワイトボードコメント。テーマは「エンジニアの今後について」。
- 高井氏:好きこそものの上手なれ
- 山崎氏:一回切り出し 必死にがんばりましょう。そしたらなんとかなるし
- 閑歳氏:先が見えない事を楽しむ
- 井上氏:自重しるwww を目指す
- 米林氏:愛札
- 弾氏 :「Make&Make Sence」
「仕事を好きになることが大切」という高井氏の言葉を皮切りに、トラブル対応で身についた「なんとかなる」論の山崎氏や「考えてもわからないんだから好きなことをやろう」という閑歳氏、経験に裏打ちされた言葉が会場の共感を誘います。また井上氏は「僕にとって“自重しるwww”は褒め言葉、そう言われる位活発な活動をしたい」と最若手らしい言葉を。米林氏は「周囲の人を大事にしながら(愛)、自分の開発がどれだけのお金になるか理解すべき(札)」と挨拶にかけたコミュニケーションの重要性を提示しました。
最後はやはり弾氏。「嫌いな物でもやってみると好きだと気付くこともあるから、作ってから感じてもいいのでは」と、好きなことに焦点が当たりがちなイベントディスカッションに一石を投じる言葉でイベントを締めました。
スポンサーセッション:パソナテック
ディスカッション終了後、本イベントの協賛企業パソナテックによるスポンサーセッションが行われました。スピーカーは同社の入江直樹氏。10分ほどではありましたが、基本的な派遣・就業サービスの説明の他、コミュニティ活動の支援や無料スキルアップ機会の提供など、エンジニア活動に関するメリットを中心にお話いただきました。
今回はIT業界の狭い世界に閉じこもらないこと、積極的に外部と接触し意見交換することの重要性が頻出していました。パネラーが呼びかけていたように、ぜひ今回の感想をブログで発信してみてください。エンジニアの可能性や世界を広げる起爆剤は意外と身近なところに潜んでいるのです。
- エンジニアの未来サミット 0905
- http://gihyo.jp/event/01/engineer/0905