2009年5月26日、時事通信ホール(東銀座/東京)にて、「群衆の叡智サミット(WOCS)2009」が開催されました。WOCSは、群衆が持っている力にフォーカスした内容で、毎回、多方面からのパネリストによるディスカッションが行われています。3回目となる今回は、セッションを2つに分け開催されました。なお、パネルディスカッションのチェアはセッション1、2ともにテックスタイル岡田良太郎氏が務めています。
セッション1:「群衆」における情報の流れの変化―供給過多時代における情報、利用技術にまつわる変化
セッション1のパネリストは以下のとおり。
- 佐々木 俊尚 氏(ITジャーナリスト)
- 高須賀 宣 氏(LUNARR Inc)
- 鷲田 祐一 氏 (博報堂)
- 三浦 広志 氏 (Open Street Mapプロジェクト)
- 徳力 基彦 氏 (アジャイルメディア・ネットワーク)
- 山口 浩 氏(駒澤大学)
アメリカ大統領選に見るソーシャルメディア
セッション1では、情報の流れとメディアという観点から議論が進みました。とくにアメリカ大統領選におけるObama氏のソーシャルメディア活用について、TwitterやFacebook、YouTubeなどのWebサービスを利用したことの効果が取り上げられました。この件について徳力氏は「たとえば政治1つを取ってみても、アメリカと日本では扱い方・扱われ方が異なる。とくに選挙についてはアメリカのほうが格段に進んでいる」と述べました。さらに、佐々木氏も、「ネットによる集金(マネタイズ)の仕組みを作ったのが革新的だった」と、米国の政治におけるソーシャルメディア活用の有用性を述べました。
ソーシャルメディアについて、同じく佐々木氏は「ソーシャルメディア時代の情報流路」と題したミニプレゼンテーションを行い、ミドルメディアの爆発的拡大、ターゲティング化・ライフログ化、マイクロコンテンツ化の3点を紹介しました。
ミドルメディアと情報の再集約
中でも、ミドルメディアの爆発的拡大に関して、アメリカは実現できている一方で、まだまだ日本では未成熟であることを指摘しました。その他、これからのWeb、ソーシャルメディアの流れとして「情報の再集約」という表現を使って説明を行いました。
情報の再集約について議題が移ると、山口氏は「日本ではノリが悪い方向に行ってしまうこともある。たとえば2ちゃんねるのように」というデメリットの部分を指摘しながら、ではどうすれば良い方向に集約できるかという話題に移りました。
ここで、チェアの岡田氏からネットの中で集約できる領域として、「4方向への「知」のマッピング」というスライドが紹介されました。
このスライドに対し、「情報サービスを考えるときに完全なものを目指す発想は良くない」(山口氏)、「直観という言葉は軽く使ってはいけないのではないか。もっと分析する姿勢が大事」(佐々木氏)というコメントが述べられました。
これに対して岡田氏は「このスライドの意図は、集団、一人一人における論理的なバックグラウンドと、集約するその人なりのメカニズムを表したい」と答えました。
オープンソースソフトウェア
次の話題は、オープンソースソフトウェアを軸に展開されました。三浦氏が関わっているプロジェクト「OpenStreetMap」および日本の活動である「OpenStreetMap Japan」が紹介され、ユーザ、すなわち本サミットのテーマでもある群衆の力、可能性について述べ、このプロジェクトは群衆の叡智をデータ化した1つのモデルと紹介しました。
一方で、徳力氏から、「集約して可視化することは便利ではあるが、ビジネスにしにくい」という指摘が入り、その理由として、ECのようなわかりやすいモデルになっていないという持論が展開されました。また、三浦氏も「このプロジェクトの難しいところはただ使うだけの人が増えてしまうこと。できる限り参加してもらって、データを増やすことに協力してもらいたい。そのためのフィロソフィーをどうするかが検討課題の1つ」と訴えました。
ビジネスと文化
OpenStreetMapで展開されたオープンなモデルのビジネスに関しては、「もっと構造的に考えるべき。英語圏は日本の10倍以上がいると言われており、母集団の違いによる市場の大きさの違いがある」と佐々木氏はコメントし、さらに、自身を含めたパネリストを「その中でもマイノリティであることを自覚しなければ行けない」と、指摘しました。
そして、今の日本社会における文化には「年寄り文化」「若者文化(東京)」「若者文化(地方)」の3つがあるとし、ネットの中にも文化による違いがあり、とくに地域差を考えなければビジネスにはならないとしました。
セッション1はここで終了の時間となり、休憩時間の後、セッション2へと続きました。
セッション2:「群衆」による変革のポテンシャル―新しい価値の発見と創出の実際と将来の可能性
セッション2のパネリストは以下のとおり。
- 眞木 正喜 氏 (日立システムアンドサービス)
- 戸上 浩昭 氏 (iUG / intra BLOG/SNS Users Group)
- 福岡 秀幸 氏(EGMフォーラム)
- 松隈 基至 氏 (ユニアデックス)
- 高須賀 宣 氏(LUNARR Inc)
- 鷲田 祐一 氏 (博報堂)
セッション1から高須賀・鷲田両氏が引き続き壇上に上がり、新しい価値の創出について議論が展開されました。
需要側のイノベーション
まず、鷲田氏が自身の研究「需要側イノベーションの研究」に関して発表を行いました。ここでは、イノベーションの分類に関して「発明型イノベーション」「カイゼン型イノベーション」「需要側イノベーション」の3つの分類による仮説を立て、さらに価値変換現象の仮説について述べました。
さらに、イノベーションを起こすタイプを6種類に分け、第1層となるイノベーターよりも、それ以降のタイプのほうがイノベーションを起こす確率が高いとしました。これは、イノベーターは使うことを目的にしておらず、第2層が最も本気で使うためという考え方で、「技術は使わないとイノベーションにはならない」とする定義から成り立つものでした。さらに、同じ情報の伝播ネットワークでも、各層によって異なり、その結果、イノベーションが起こりやすい伝播、起こりにくい伝播があるとしました。
日米におけるイノベーションのギャップ
続いて、高須賀氏が自身のアメリカでの経験を元に、日米におけるイノベーションのギャップについてプレゼンテーションをしました。「どうやって生み出していこうかと考えるのは日米でも同じだが、アメリカの場合、それをツール化したり方法論として考えている。そして、その方法を行うことでテンションを高めていくが、日本ではこういった観点があまりない」と、それまで肌で感じてきた体験を元に説得力のあるコメントを述べました。
この点について「日本人は改善をまず考える。なぜなら、フィードバックを機器言えるからだ。これが、先ほどの需要がイノベーションになるという考え」(鷲田氏)と答えると、「私も改善のバリューは認めるが、改善はHow toだけになるのか?実際は、予測しにくい未来でのやり方が、それぞれ異なる」と対応しました。
さらに、「よくコンペを行ったとき、一番良いものだけを残すことが多いが、私はそれが理解できない。なぜなら、コンペに応募されるものにはそれぞれ良い部分があり、それを切り口で見ることによってアイデアが作られていく」と、高須賀氏ならではの論調で、アイデアの創出について述べました。
イノベーションって何だっけ?
この後、岡田氏から「そもそもイノベーションって何だっけ?」というテーマが上がり、次のディスカッションが始まりました。
まず、戸上氏が行っている営業日報の公開を例に「最初にものを売れる人というのは決まっていて、その次が大切。広がっていくとき、とくに後(に売ってきた)人たちがアイデアを出し始めたときに、価値が高まっていく」と、アイデアの広がり方を紹介しました。さらに、262の法則に関しても、「仮に上の2(20%)の人たちを減らしたとしても、残りの2と6(80%)の人たちの中でまた新しい262の役割が出てくる」という、人の移り変わりなどを説明しました。
その他、「アイデアの伝わり方に関しては、イノベーターへアクセスしやすくなったことにより、(先ほどの鷲田氏の仮説における)第2層が増えてきている」(松隈氏)、「結局、そこで役立つものを考えなければアイデアの意味がない」(高須賀氏)など、情報の伝播の種類、それぞれが持つ意味、さらにアイデアの創出に関しての本質について話されました。
多様性と気付き
続いて、眞木氏が日立システムアンドサービスが取り組んでいる社内SNSなどによる「企業知」を紹介しました。同氏曰く「多様性と気付きが重要で、その場合、人と人、人と情報、情報と情報、これらのつながりがどうやって結びついているのか、あるいはまだ結びついていないのか」に注目し、「第1、第2層と呼ばれる人たちも大事ではあるが、第6層(イノベーターから一番離れている層)にもいろいろなアイデアがあるのでは」と述べました。
こうした考えのもと、「企業の中の知恵を有形・無形にかかわらず、有効にしていきたい。今の取り組みはその一環である」と紹介しました。
これについて、福岡氏から「まさにナレッジマネジメントの歴史にも繋がることで、これまで、いろいろな取り組みが行われてきた。その中で、私は“無知のマネジメント”が重要だと考えている」と答えました。これは「自分の知らないことは知りようがない」と割り切る考え方を意味しています。
こうした議論の後、戸上氏は「気付きというレベルで、人とか情報をつなげても何も意味はなく、結局は行動を起こさせることが大切。私から見ると眞木さんの取り組みは古い」と、眞木氏の考えに真っ向から対立しました。
ここで、一旦岡田氏から、コクヨが提供する「ドット入り罫線シリーズ」が取り上げられ、「これは1つのイノベーションの例であり、たくさんのアイデアが集まって生まれた結果」と、先ほどの多様性と気付きに紐付けるものとして紹介されました。
教育と学校
セッション2の最後は、松隈氏から、ユニアデックスが取り組んでいる情報共有基盤サービス「NeXtCommons」が紹介されました。これはOSSプロジェクト「NetCommons」を軸にした、教育機関における情報共有基盤で、「世の中には今、表と裏のネットワークがあり、学校はその典型の1つ」とした上で、このプロジェクトは「オンラインでどこまでできるかを目指すものではなく、行動を起こさせるきっかけをつくるためのもの」と説明しました。
ここで、議論が展開するかと思いきや、残念ながらタイムオーバー。最後に岡田氏から「まだまだ議論は尽きないのですが、今回はここまで。続きはネットを含めた議論で行いましょう」とまとめられました。
ぜひ、参加した皆さんは、自身のブログやSNSなどで感想エントリをアップし、自分のの考えや意見を述べてみてはいかがでしょうか。その先に、“群衆の叡智”が生まれてくるはずです。
群衆の叡智コンテスト
サミット開催中、入場受付横にスイカとマンゴーが置かれており、実際に持った感覚で重量を当てる「群衆の叡智コンテスト」が行われました。
正解は約10kgだったにも関わらず、回答者の平均は6kg強。この感覚も1つの群衆の叡智として、コンテストの意義に花を添えました。ちなみに、この平均値に一番近かった人に、「ミスター群衆の叡智」の称号が与えられ、計測に使われたスイカがプレゼントされました。