「TeXユーザの集い2009」参加レポート

去る8月29日に東京大学生産技術研究所で開催された「TeXユーザの集い2009」告知ページに参加いたしました。この集会では、⁠TeX」および関連ソフトウェアなどの開発・普及に務めてこられた方々(大島氏、奥村氏、中野氏、藤田氏(五十音順・以下同)など⁠⁠、次代のTeX界を担っていくと思われる方々(田中氏、土村氏、山本氏など)の様々なお話がおうかがいできました。また、業務でTeXを用いている方を含む多くのTeXユーザが一堂に会し、直接言葉を交わすことができた点も有意義でした。以下、各講演を簡単に紹介いたします。

開会の辞

最初に、実行委員長の奥村晴彦氏(三重大)による開会の挨拶がありました写真1⁠。実は、日本では現在「⁠⁠日本)TeXユーザーズ・グループ」は活動していないといった事情により、TeXユーザの情報交換・交流などを行う集会は定期的には開催されていませんでした(実際、国内での(大規模な)TeXユーザの集会というのは2001年以来のことのようです⁠⁠。一方、世界ではTeXユーザーズ・グループ(TUG)が継続的に活動を行っているほか、昨年には「Asian TeX Conference 2008」が開催されたといったこともあり、国内外での温度差が大きいように感じられました。

写真1 奥村晴彦氏の挨拶
写真1 奥村晴彦氏の挨拶

TeX挿図用CASパッケージKETpicの開発と今後

最初の講演では、高遠節夫氏(東邦大)によって、数式処理システム(CAS)を用いて(ときとして数学的な)図をTeX文書で利用できるデータとして作成するツールである「KETpic」の紹介が行われました写真2⁠。KETpicは、図そのものを描くために用いる各種の計算(個々の点の座標の割り出し、陰線処理など)を数式処理システムで行う一方、その計算結果をTpicコマンド(多くのdviドライバがサポートする描画指示コマンド)に変換したものを出力します。KETpicはさまざまな数式処理システム(Maple、Mathematicaなど)に対応する一方、出力結果は用いた数式処理システムに依存しないものとなっているそうです。

写真2 高遠節夫氏
写真2 高遠節夫氏

TeX描画のためのCASマクロパッケージKETpic用GUIの開発

中村泰之氏(名古屋大)により、KETpicをGUIで利用するツール(Maplet for KETpic、MapletはMapleのGUIライブラリ)が紹介されました。Maplet for KETpicでは「個々のグラフの線種や座標軸などに関する各種の設定」といったコマンド指定では手間のかかる操作が容易にできるように工夫されています写真3⁠。プロットデータの書き出し・読み込みも可能であったり、日本語・英語・韓国語に対応していることなどにより、図版データの共有(および複数人による編集)に役立つことも期待できます。なお、現時点ではKETpicの機能のうち2次元グラフの描画のみがサポートされていて、3次元グラフの描画などの機能への対応は今後の課題とのことです。

写真3 中村泰之氏
写真3 中村泰之氏

独自数式入力システムの開発とTeXのWebアプリケーション化

町野明徳氏(東大)により、Webブラウザ上での数式入力システム(Suim)が紹介されました写真4⁠。従来、Web上で数式を扱うには「⁠⁠ときとしてTeX風な)テキスト表記」を用いたり「画像化したものを表示」したりしています。しかし、前者は(難しくはないものの)多少の学習が必要であり、後者には「画像であるために検索などの処理ができない」という問題があります。一方、今回紹介されたSuimを用いると、⁠int sin x / root x dx」のようなシンプルな記述からそれに対応する数式を(MathML経由で)生成・表示できるようになっています。また、⁠int」「sekibun」のどちらでも積分記号を表せるという具合に、表記の多様性も考慮されています。ただし、⁠通常の変数」⁠ただのイタリックで表記)「ベクトル」⁠ボールド・イタリックなどで表記)との区別といった数式表記の細かい点をどう扱うかについては今後検討がなされるようです。

写真4 町野明徳氏
写真4 町野明徳氏

高校教科書のオープンソース化(TeXとウェブという視点から)

吉江校一氏(⁠⁠株)コンテンツアンドシステムズ)により、フリー教材開発コミュニティFTEXTの成果物「FTEXT教科書」⁠高校数学教科書⁠⁠、⁠演習問題データベース」に関する報告がありました写真5⁠。これらの成果物は、1.⁠コアメンバ」による作成→2.ユーザの意見の収集→3.収集した意見のフィードバックと再公開→2.に戻る……という流れで作成されます。そこで用いられる情報収集・共有に用いられる手法の変遷と問題点が指摘されていました(⁠⁠掲示板の類を用いると数式の取り扱いに難がある」など⁠⁠。また、人材に関して、教科教育そのものをふまえているだけでなく、教材作成に用いられているツールを使えることおよびリーダーシップが求められるために数が限られてくるという問題もあるようです。

写真5 吉江校一氏
写真5 吉江校一氏

TeXとDITA

中野賢氏(ネクストソリューション(株⁠⁠)による招待講演「TeXとDITA」が午前の講演の最後を飾りました写真6⁠。講演の前半はpTeXの開発の歴史についてで、昔話のほかに「文芸的プログラミング⁠⁠、⁠Pascal→Cの変換(web2c⁠⁠、pTeX拡張をTeXに組み込む方法などの要点について触れていました。後半はDITA(Darwin Information Typing Architecture)についてのお話でした。このDITAは複数の「トピック」⁠タイトル⁠⁠、⁠節」などの構造をもった、ひとまとまりの情報(文書の断片⁠⁠)を「マップ」を通じて組み合わせることによって多様な文書を生成できるシステムです(写真8⁠⁠。DITAには、コンセプト・トピック(⁠⁠概念説明⁠⁠、タスク・トピック(⁠⁠手順説明⁠⁠)のような基本的な情報タイプから特殊化させることでデータ内容に応じた(機械処理しやすい)情報タイプを作成・利用できるといった特徴があるそうです。また、EWB(Editor's Work Bench、TeXをバックエンドに用いた編集支援システム)を用いてDITAのようなことをするというアイデアにも触れていました。

写真6 中野賢氏
写真6 中野賢氏
写真7(左⁠⁠ pTeXのソース構成、 写真8(右⁠⁠ トピックとマップ
写真7 pTeXのソース構成  写真8 トピックとマップ

BibTeXのスタイルファイルをカスタマイズするツールの開発について

昼食後最初の講演は、萩平哲氏(阪大)によるBibTeXのスタイルファイル(bstファイル)の作成支援ツールの紹介でした写真9⁠。BibTeXというのは、LaTeX文書中で引用された文献を文献データベースから抽出し、所定の書式に整形するソフトウェアです。また、BibTeXでの出力結果の書式(著者名、文献タイトル、掲載雑誌名、発行年といった項目の形式、順序など)を規定するのがbstファイルです。ただ、現実に要求される形式は多種多様で、既存のbstファイルで間に合わない場合に「所望の形式の文献リストを与えるような」bstファイルを一から自作するのは面倒でした。一方、萩平氏のツールでは、文献の種別(論文、書籍など)ごとに文献の形式の「定義ファイル」を用意しておき、それを処理するとbstファイル(のひな型)を作成できるという仕組みで容易にbstファイルのカスタマイズができるようになっています。

写真9 萩平哲氏
写真9 萩平哲氏

Geometry 5.0: A More Flexible Interface to Page Dimensions

続いて、梅木秀雄氏により、geometryパッケージの最新版についての紹介がありました写真10⁠。このgeometryパッケージというのは、梅木氏自身による、LaTeX文書のページレイアウト・パラメータ(テキスト領域の幅・高さや上下左右の余白など)の設定を支援するパッケージです。このパッケージを用いた場合、ユーザ側では「設定したい寸法」のみを指定すればよく、それ以外は自動的に設定されます。さらに、⁠完成したばかりの)version 5.0では「文書途中でのページレイアウト変更⁠⁠、⁠文書自身が想定している用紙サイズとは別のサイズの用紙への印刷』のサポート⁠⁠、⁠JISのB系列の用紙サイズのサポート」などの新機能が導入されたそうです。

写真10 梅木秀雄氏
写真10 梅木秀雄氏

ko.TeX and Korean TeX Society: Past, Present, and Future

先日の「直前レポート」の原稿完成後に、趙珍煥氏(Jin-Hwan Cho氏、dvipdfmx開発者のひとり)「TeXユーザの集い2009」に参加なさる運びとなりました。この日の特別講演の前半はKorean TeX Societyおよびその前身についてのお話で、⁠有償)会員数の拡大、新規開発者の発掘などに関して懸念があるようでした(後者については日本でも似たような状況だと思いますが)写真11⁠。また、Asian Journal of TeXに関して、⁠日本から年に2本分くらい埋められるのでは?」との発言には、そうなるくらいであってほしいという気もしました。講演の後半はko.TeX(韓国語TeX)の変遷と今後についてのお話で、⁠pTeXとは異なり)オリジナルのTeX処理系が使えること、現在のko.TeXは高度な韓国語組版規則をサポートすることなどの説明がありました。今後は、LuaTeXへの対応を進めることや、フリーで高品質のOpenTypeフォントがないといった問題への対処が課題となっているようでした。

写真11 趙珍煥氏
写真11 趙珍煥氏

化学分野の論文投稿・書籍出版とXyMTeX

藤田眞作氏(湘南数理科学研究所)により、⁠LaTeXで原稿を作成した、化学構造式を含む論文の投稿・書籍の出版」についての藤田氏自身の著書などを例にとった解説がありました写真12⁠。XyMTeXというのは藤田氏による化学構造式描画用のパッケージで、⁠XyM記法(化学構造式の表記法のひとつ)をLaTeXの枠内で取り扱い、画像出力を与えるもの」という性格をもちます。このパッケージを用いることで、原稿からPDFファイルを作成し、それを論文投稿・書籍出版に用いるといった一連の作業が(ときとしてフリーソフトのみで)スムーズに行えるようになっています(特にXyMTeXがversion 4.00以降でPostScriptに対応してから、PDF化に都合がよくなっています⁠⁠。また、論文のオンライン投稿時には、論文のTeXソースと論文中の画像をeps形式で送付することもありますが、その際に送付するeps画像などの作成を半自動化する試みについても触れていました。

写真12 藤田眞作氏
写真12 藤田眞作氏

dvibrowser~ピュアJava実装のDVIプレビューア

長尾雄行氏(産業技術大学院大学)により、⁠読みながら書けるプレビューア」というコンセプトのDVIプレビューア「dvibrowser」の紹介がありました写真13⁠。dvibrowserには「Javaで実装⁠⁠、⁠2400dpiでの出力をアンチエイリアス表示」⁠複雑な数式などの細部も必要に応じて鮮明に表示できる⁠⁠、⁠TeXソースの更新に応じて自動的に表示結果を更新」⁠読みながら書ける」というコンセプトの実現)といった特徴があります。また、⁠数式が使えるチャット」という応用例も紹介されていました。

写真13 長尾雄行氏
写真13 長尾雄行氏

プレゼンテーション資料作成作業へのRule of Three適用支援

轟眞市氏(物質・材料研究機構)による、プレゼンテーション技術「Rule of Three」の適用支援についての報告がありました写真14※1⁠。この「Rule of Three」というのは「提示するものは3個にする⁠⁠、⁠重要なことは3回提示する」といった方針です。ただ、この方針を何から何までユーザ自身の管理のもとで適用するのは手間がかかり、難しいようです。そこで、この講演では、LaTeXのプレゼンテーション用クラスファイル(轟氏の場合にはprosper)を用いた場合にどのようにして「Rule of Three」を利用しやすくしているかの実践例が説明されました。まず、⁠TeX)ソースの書法」の面では、⁠定型文字列のマクロ化⁠⁠、⁠統一的な色指定」などが挙げられ、⁠TeX)ソースの管理」の面では「用途に応じた『文書テンプレート』の自動生成⁠⁠、⁠Makefileを用いた、⁠プレゼンテーションスライドとハンドアウトの同時作成といった)文書作成作業の自動化」が挙げられました。また、それらの「書法」「管理」「波及効果」としては「執筆行程・資料の見通しのよさ」などが挙げられました。

写真14 轟眞市氏
写真14 轟眞市氏

ptexliveの開発状況と今後

土村展之氏(関西学院大学)によるこの講演は、LinuxディストリビューションとTeXディストリビューションの比較(各種のソフトウェアなどの集合体でそれらが全体として調和して動作するといった点では似通っているといった話)に始まり、次いで土村氏によるptexlive(TeX Live(欧文用TeXのディストリビューションのひとつ)に追加するpTeX部分)の紹介がありました写真15⁠。また、⁠LaTeXの)クラスファイル・パッケージ類の文字コードをUTF-8に統一、といった処理も行われています。なお、上流のディストリビューション(TeX Liveなど)にpTeXを取り込んでもらうことが最終目標だそうで、そうなった暁にはpTeX環境の構築がさらに楽になることが期待されます。

写真15 土村展之氏
写真15 土村展之氏

FinkにおけるTeXの状況の紹介

岡山友昭氏(東大)により、Fink(Mac OS Xでのパッケージシステムのひとつ)でのTeXの状況が紹介されました写真16⁠。まず、2004年に東大の計算機システムがMacintoshに変更された一方、当時のMacintoshの(標準的な)環境では情報教育で用いられていたソフトウェア(TeX関連ソフトウェアを含む)が利用できなかったり日本語対応が不十分であったことが、パッケージシステムの整備を行う背景であったようです。また、Mac OS X向けのパッケージシステムの中でFinkを選択したのは、Finkではソースコードだけでなくバイナリでもインストールできることによるそうです。なお、東大Finkチームの活動は積極的にFink本家にも提供していて、現在Fink開発者の約1割が東大Finkチームで占められるに至っているそうです。

写真16 岡山友昭氏
写真16 岡山友昭氏

Vine Linux 5.0における日本語TeX環境の特徴――利用者・現場・開発者の情報共有――

山本宗宏氏(Project Vine・⁠株)ウルス)によりVine Linux 5.0でのTeX環境の変更点などについての報告がありました写真17⁠。まず、task-tetexパッケージをインストールすることでTeX環境が構築されるという点は従来通りですが、beamerなどのプレゼンテーション用クラスファイル、OTFパッケージなどが追加されているそうです。また、リュウミンL-KLなどの標準的なモリサワフォントのOpenType版を用いる場合、フォントファイル名とCIDフォント名にずれがあるという点がフォント(mapファイル)の管理上の問題でしたが、それを解決する方法が提案されています。また、tt2001のfmex7.pfb、fmex8.pfb、fmex9.pfb(数式での可変サイズの括弧を含むフォントのType1版)の左パーレン(丸括弧)の一部がPDFでのプレビュー時に欠落するという問題への対処もなされたそうです。

写真17 山本宗宏氏
写真17 山本宗宏氏

upTeX/upLaTeXの開発と今後

田中琢爾氏により、upTeX(内部処理をUnicode化したpTeX)およびupLaTeX(upTeX上のpLaTeX)の紹介と今後の課題についての解説がありました写真18⁠。従来のpTeXでも単にUnicode文書を扱うだけであれば一応可能でしたが(内部処理はUnicode化されていないため)扱える文字種については従来のままでした。それに対し、upTeXでは内部処理もUnicode化しているため「丸数字」等の従来「環境依存」文字とされてきた文字もそのまま扱えます。また、⁠いわゆる1バイト文字・2バイト文字の区別が不要になったことで)upTeXには欧文部分に関してもオリジナルのTeXとの互換性が高くなったといった利点もあります。⁠Unicode対応のTeX」としてはXeTeXなども知られていますが、upTeXは「pTeXとの高い互換性をもつ⁠⁠、⁠日中韓混在文書の組版が容易」といった特徴により日本のTeXユーザにとってはupTeXは大変魅力的と考えられます。ただ、現時点ではpTeX関連ソフトウェアのうちmendex(索引作成を支援するソフトウェア)のUnicode対応に難しいところがあるそうです。

写真18 田中琢爾氏
写真18 田中琢爾氏

upLaTeXを用いた多言語文献目録の組版

しばらく開発寄りの話が続きましたが、最後の2講演は多言語処理に関するお話で、まず、守岡知彦氏(京大)により、⁠東洋学文獻類目」の組版システムに関する報告がありました写真19⁠。この「東洋学文獻類目」は多種多様な言語で書かれた文献を収録するだけでなく、Unicodeに含まれない外字も扱う必要があり、しかも新しい外字が毎年現れるといった大変なものだそうです。⁠東洋学文獻類目」の組版システムの変遷は、1.当初はEBCDICベースのテキスト+LaTeX組版という形、2.2001年にUTF-8化して外字が非常に減少(組版にはΩ/CHISEを利用、OTP(Omega Translation Process)により柔軟な処理ができたが、処理が遅い⁠⁠、3.2002年にpTeX+OTFパッケージに変更(キリル文字・タイ文字の取り扱いに困難⁠⁠、4.2005年よりupTeXを採用、のようになっていたそうです。

写真19 守岡知彦氏
写真19 守岡知彦氏

TeXを用いたWeb上での稀覯書の電子復刻

永田善久氏(福岡大)による「稀覯書の電子復刻」⁠稀覯書(きこうしょ⁠⁠、流通数が少なく入手困難である書籍)にTeXを活用した例の報告が、この日最後の講演となりました写真20⁠。まず、TeXを利用することで(復刻されていない)オリジナルの書籍をテキストデータベース化、電子文書化できるといった利点があります(その際「小添字e式ウムラウト」を実現するパッケージなどを利用して表記上の細かい点も再現できます⁠⁠。また、テキストデータベースとほかのアプリケーションとの組み合わせによりWeb上で多様なサービス(全文検索や自動組版サービス)を提供できるといった利点もあります。この講演では、電子復刻の例として『グリム兄弟による子供と家庭のメルヒェン集』⁠第2版、1819年)の場合を取り上げていました。

写真20 永田善久氏
写真20 永田善久氏

閉会の辞

最後に、大会委員長の大島利雄氏(東大)による閉会の挨拶がありました写真21⁠。数式の記述に用いるツールについての昔話に始まり、TeXとの出会い、dvioutの開発の経緯などが続き、実行委員および講演者への感謝の言葉で締めくくられました。

写真21 大島利雄氏の挨拶
写真21 大島利雄氏の挨拶

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