1月28、29日の両日、東京、目黒雅叙園にて「ソフトウェアテストシンポジウム 2010 東京」( JaSST '10 Tokyo/主催:NPO法人ASTER )が開催されている。今年も昨年と同様、1,700名以上の参加者が会場を埋め尽くした。
基調講演の司会を務めたのはgihyo.jpの連載でもおなじみのASTER理事 池田 暁氏。
昨年に続いてオープニングセッションを行ったのは共同実行委員長の香川大学教授、古川善吾氏。昨年からのテストを巡る技術トピックやコミュニティの活動、それらをふまえた今回の見どころをわかりやすく紹介した。
基調講演では「成功するソフトウェア・マネジメント: 17の教訓」と題し、マネジメント分野の著作を数多く手がけているコンサルタント、Johanna Rothman氏が壇上に立った。女性らしいきめ細かな視点から、おもにプロジェクトマネージャやチームリーダーとなる場合の心得について、実例を織り交ぜつつ紹介された。
今回が初の来日となるJohannaさんは最初に「こんにちは」と日本語で挨拶。言葉の違いを十分意識され、できるだけわかりやすい表現を選んで話そうとしている姿が印象的だった。
「今日ここでお話しするのは、すべて私の経験から得たことです。とくに私がやったミスについてお話ししたいと思います」と切り出したRothman氏。まず最初に、2年前のJaSST '08で基調講演を行ったCapers Jones氏 の著作『Software Assessments, Benchmarks, and Best Practices 』 から引用された数字を示した。
同書によると、ソフトウェアの再利用(リユース)による改善効果は350%と非常に高いが、再利用が適用できる局面はそれほどない。一方、比較的どんな現場でも有効なデータとして、有能なマネージャの働きは65%の改善をもたらすという。これに対して、有能なスタッフ(部下)の働きや開発プロセスの変更による効果はそれぞれ55%、35%の改善効果となる。これらの数字を比較すると、もっとも適用効率が良く、改善をもたらすのは、有能なマネージャをもつことなのだ。
では、有能なマネージャの条件とは何か? この点について、その後の時間を使い、さまざまな視点からのアプローチが紹介された。Rothman氏によると「良いマネージャとなる3つの条件」として、以下の3点があるという。
人間(部下)の能力を引き出す
人が働きやすい環境作り、つまり良い人間関係を作る
チーム全体のキャパシティを高めていく
そのために、まず「自分が何のために給料をもらっているか」を常に意識することが重要だという。
Rothman氏は元々技術畑の人間で、管理職の訓練を受けてきたわけではなかった。人間関係よりも技術を追求するのに興味があったのだ。しかし、職務経験を積むうちに次第に管理職のような役割を課せられるようになったという。今では技術を追求するのと同じくらい人間関係にも興味があるとのことだが、そうなったのも、つねに「自分の使命」「 職務と仕事の違い」 、つまり「自分が何のために給料をもらっているか」を常に考え、そのための行動を取ってきたからだ。
自分の仕事(そして部下の仕事)を把握する=ポートフォリオ・マネジメントと呼ばれる手法だが、これが重要とのこと。できる仕事をすべて把握して、それに優先順位をつける。このとき取りこぼしがあると、その仕事のために時間を新たに作らなければならなくなる。また、優先順位を付ける際にプライオリティ1(最高位)のものは1つだけにすることも重要だ。よくいくつも最重要の仕事を抱える人がいるが、それではマネージャとしてやっていくことはできない。また、「 重要度」と「緊急度」を混同しないように。緊急度が上がると仕事の順位づけが変わってしまう。それを心に置いて、本当に緊急なのかを判断しなければならない。
こうして仕事量と期間、割り当てる人数が正確に判断できるようになる。そしてこの次が重要だが、仕事を把握した結果「この仕事には人が足りない」とはっきり上に言うことだ。できる/できない、あるいは今はできないが後でできるということを周知させるのだ。
「YESばかり言っていると、発言自体に意味がなくなってしまう。NOばかりでは周りに信用されなくなる」
もう1つ重要なのはスタッフと話すことだという。よく「うまく行っているから放っておく」という人がいるが、状況は常に変わるもの。それを把握するためには、実際の担当者と話し合いを持つしかない。たとえば上司から「君のチームでこの仕事にすぐ当たってくれないか」と言われた場合、Rothman氏は「部下と話をして返事をします」と答え、すぐには引き受けないという。「 こうした先延ばしは日本ではどう思われるかわかりませんが、米国ではキャリアを止めるものと思われています」とデメリットを認めつつ、「 それでも、あえて後で回答することを選んでほしい」と強調した。
スタッフとのコミュニケーションがチームを育てると考えるRothman氏だが、そのコミュニケーションの取り方にも工夫が必要だという。それは「ONE on ONE」つまり各メンバーと1対1で話し合う時間を取ること。週に1度はそうした機会を設け、部下の話を聞くのだ。非常に面倒にも思えるが、Rothman氏によると、慣れれば1人1回15~20分程度で済ませることができ、部下の方も話すことを決めて来るようになるという。こうした1対1の関係からチーム全体の一体感が上がってくる。
また、自己啓発ももちろん重要だが、これをグループで共有していくことで、チームのスキルの底上げになっていくという。
「自分のマネジメントができない人は、チームのマネジメントもできない」
とはいえ、世の中優秀な人ばかりではない。仕事のできない人がチームにいると、他のメンバーをいらだたせたり、全体の志気が低下してしまうのだ。ではどうするのか? Rothman氏は「簡単に言えばクビにする(チームから外れてもらう)べきですが、そうするのは非常に難しい」としながらも、ここでも1対1の話し合いを持っていることが効果的だという。チェックリストなどを用意し、できるだけ正直に問題点を指摘(フィードバック)したり、ある目標を設け、達成度を話し合うことで、本人の自覚を促していくのだ。「 毎週フィードバックをしていたら、たいていの人は自分の問題に気づきます」( Rothman氏) 。
また、部下や自分の過ちについては「ミスをすることは仕方がない」とし、重要なのは過ちをできるだけ早く認めることだという。過ちを認めなかったり、人のせいにしたり、認めるまでに時間がかかるのは非常に良くない。これはあたりまえのことだが、なかなか自分の過ちを認められなかったり、部下の過ちについ激高してしまうのも人情だ。そんなときは、その認められない感情や、いらいらのそもそもの元はどこにあるのかを分析すると良い。日誌や記録を常に取り、読み返すことはこうした分析には非常に効果的だ。同じ過ちを繰り返さないためにも、記録を取り分析することは役に立っているという。
逆に、優秀な人はより認めてたたえるべきとも言う。「 人は何のために働くのか? もちろんお金も必要ですが、それだけでは十分ではありません。みんな他の人から認められ、たたえられたいのです。お金以上のものが得られるのです」( Rothman氏)
「部下の手柄は認めなさい。チームが認められることは自分のためにもなるのです」
またチームを作る際に、もし採用に関わることができたら、なるべく自分とは違う個性や人格を持った人を集めるべきだという。自分が思ってもみない発想に触れることができるからだ。もちろん企業文化のようなものは尊重すべきで、ある程度合う人を採用すべきだが、同じような思考回路を持った人だけで仕事をするべきではないという。
最後に、「 部下の視点から思いついた改善は上司にどう切り出せばいいのか」という来場者の質問に答え、「 これが改善ソリューションです」と断言したり、否定から入ってはいけないという。できればいくつかのオプション=選択肢を用意して、「 この中からどうですか?」と聞いてみたり「こんなソリューションがありますが、ほかにどんな改善が考えられるでしょう」と意見を求めるようにもっていくのが良いとのこと。
さらに一歩進めて、改善提案を行うトレーニングの時間を定期的に決めたり、メール、Wiki、「 つぶやき」など何でも良いので情報を共有できるシステムを作っておくと、より意見が出やすい組織にできると結んだ。
休暇を取ることも大事。仕事は時間をかければ良いものではない。
Rothman氏の勧める方法はすべて、人の心や感情、個性を認めた上で、それらを仕事を進める方向にうまく集約していく手段だと言える。ソフトウェアテストのみならず、開発や仕事全般にも応用できる手法や心構えが詰まった講演だった。
JaSST ソフトウェアテストシンポジウム
URL:http://www.jasst.jp/