2010年5月22日、パソナグループ本部にて「クラウドコンピューティングの流れをキャリアに活かしたいエンジニアに贈る インフラエンジニアDay」が開催されました。これからのIT環境を考える上で無視できない「クラウド」についてのセミナーということで、多くの参加者を集めました。
会場となったパソナグループ本部のエントランスにある水田。ほかにも社屋内でざまざまな作物が育てられており、見学者が後を絶たないとのこと。
特に「インフラ」を担当する立場の方々を対象に行われた今回のセミナーは、2つの会場に分かれた計4セッションで熱いプレゼンテーションが展開されました。モバツイの開発者である株式会社想創社の藤川真一氏はユーザーの視点でAmazon EC2を解説、一方IaaSである「True CLOUD」を提供するGMOホスティング&セキュリティ株式会社の大澤貴行氏はサービス提供事業者の視点でクラウドを語るなど、バラエティに富んだセッションが展開されていました。
いずれのセッションも興味深かったのは言うまでもありませんが、さらに各々のセッションを担当したキーマン4人が一同に介し、それぞれのポジションで「クラウドはこれからどうなるのか」 、「 エンジニアはどういったスキルを持つべきか」などをテーマに展開されたパネルディスカッションも大いに盛り上がります。
このレポートでは興味深い内容となった本セミナーの各セッション、およびパネルディスカッションの模様をお届けします。
日本最大のユーザを誇るTwitterクライアント『モバツイ』に見るインフラとしてのクラウドの有用性
A-1のセッションでは「日本最大のユーザを誇るTwitterクライアント『モバツイ』に見るインフラとしてのクラウドの有用性」と題し、株式会社想創社の藤川真一氏による講演が行われました。
株式会社想創社 代表取締役 藤川真一氏
モバツイは2007年4月に始まった、携帯電話でTwitterを利用するためのサービスです。65万人を超える会員を抱え、月間3億PVを超えるまでに成長、さらにWebのベストサービスを投票によって決めるOpen Web Awardsで「Best Mobile Based Twitter app」部門で1位となった実績からも、多くのユーザに支持されているサービスであることがわかります。
当初モバツイは自宅サーバで運用されていたとのことですが、「 Twitterブームで会員数が右肩上がりに増加し、自宅サーバでは追い付かなくなった」ことから2009年6月からAmazon EC2に移転することになります。現在はWebサーバとしてミディアムインスタンスを33、DBサーバとしてラージおよびスモールインスタンスを3つ利用しているということで、積極的にクラウド環境を活用していることが伺えます。
藤川氏はその経験を踏まえ、Amazon EC2には「Webサービスの運営に必要な機能が装備されている」と語ります。具体的には、オプションとして提供されるロードバランスサービス、あるいはOSやミドルウェア、アプリケーション構成をイメージとして保存し、それを複製することによって簡単にサーバを追加できる「AMI(Amazon Machine Images) 」といった機能のメリットが紹介されました。特にAMIに関しては、サーバ環境を容易にコピーできるため、セットアップの手間の削減が可能な上、1度作成したイメージを使って簡単に冗長化のための分散環境が構築できるといったメリットが大きいと話します。
さらにAmazon EC2の大きなメリットとして藤川氏が訴えるのは、「 利益を生むエンジニアになれるチャンスがある」ということ。利用するインスタンスの数、あるいは通信量などによって課金されるAmazon EC2では、サーバの最適化やアプリケーションのパフォーマンスを向上がサービス利用料の引き下げにつながります。こうしてエンジニアの努力によって経費の削減が可能になり、利益が増大するというわけです。
最後にAmazon EC2のコスト見積りの難しさに触れ、「 計算しにくい従量課金要因がたくさんあるが、モバツイに関してはインスタンスコストに20~30%を加えて計算している。こうした数値が経験則として見えていれば、意外と不確実性は高くない。こういった計算ができる経験を積んでおくことが大事」というメッセージで締めくくりました。
既存レンタルサーバはどうなる? クラウド時代のホスティングサービスとエンジニアの目利き
A-2では、「 既存レンタルサーバはどうなる? クラウド時代のホスティングサービスとエンジニアの目利き」と題し、GMOホスティング&セキュリティ株式会社の大澤貴行氏によるセッションが行われました。
GMO ホスティング & セキュリティ株式会社 クラウドホスティング事業準備室室長 大澤貴行氏
大澤氏は2003年からレンタルサーバ事業や新規事業立ち上げなどに関わったあと、IaaS型のパブリッククラウドサービス「True CLOUD」の立ち上げた人物です。
現在のホスティングサービスは、1つのOSを複数のユーザで共有する共用ホスティング、ユーザごとのOSを1つのサーバ内で実行するVPS(Virtual Private Service) 、そして1つのサーバを1ユーザが占有する専用ホスティングに分けられます。大澤氏はこれらがパワーアップし、IaaS(Infrastructure as a Service)に名前が変わったと指摘します。
このパワーアップの具体的な内容として挙げられたのが、「 グリッドコンピューティング」と「ユーティリティコンピューティング」でした。グリッドコンピューティングはネットワーク上のコンピュータを集約し、高度な計算能力を実現する技術、一方ユーティリティコンピューティングは、CPUやメモリ、ストレージなどのリソースを必要なときに必要なだけ利用し、使用した分だけ料金を払うという仕組みです。大澤氏は、この2つによってホスティングサービスをパワーアップさせたのがIaaSであるという考え方を示します。
さらに大澤氏はこの2つの技術の根底にあるのが仮想化であるという認識を示し、仮想化を活用したIaaSではハードウェアにとらわれないことが大事であると語ります。
サーバ環境を構築する際、サービスを提供する上で必要な性能を見積り、それに応じてハードウェア構成などを決定するキャパシティプランニングが重要になります。しかし、実際には予想以上のアクセスで性能が足りなかったり、あるいは高性能なサーバを用意したのにアクセスが伸びなかった、といった例は少なくありません。一方、仮想化の技術が組み込まれたIaaSであれば、状況に応じたリソースの追加や削除が容易であり、ハードウェアにとらわれることなくサービスを提供可能というわけです。
最後に「いつでも誰でもどこからでも、快適にアクセスできる『おもてなし』の心を持ってWebサイトを運営しなければならない時代になった」とし、これに応えるためにはクラウドしかないと強調します。そして「快適な環境をどうすれば提供できるか。システムエンジニアはそこに目を向けて欲しい」とメッセージを送り、セッションを終えました。
クラウド・エンジニアサバイバル~先が読めない時代に生き残るために~
最後は「クラウド・エンジニアサバイバル~先が読めない時代に生き残るために~」と題し、株式会社技術評論社の馮富久氏をモデレータに、各セッションの講師が一堂に会してパネルディスカッションが行われました。
パネルディスカッション会場
各パネラーの自己紹介が行われた後、まず最初の話題として馮氏から提示された話題は「技術視点から見た日本のクラウドの現状」です。これに対して株式会社NTTデータの濱野賢一朗氏は、「 ここ1年くらいでクラウドの提案を持ってきて欲しいという話が増えた」と話します。ただ、単にクラウドを使いたいというのではなく、個別最適で構築したシステムを標準化したいなどの思いをクラウドで実現したいなど、別の意図があるという現状を紹介します。
株式会社ゼロスタートコミュニケーションズの山崎徳之氏は、部品になっていく課程にあるという認識を示しました。CPUやストレージ、あるいはApacheなどシステムはさまざまな要素(パーツ)で構成されていますが、クラウドもしょせんそれらの中のひとつの技術に過ぎず、現在はそうしたパーツのひとつに落ち着いていく課程であるというわけです。
株式会社NTTデータ 濱野賢一朗氏(左)とゼロスタートコミュニケーションズ 山崎徳之氏
同時にクラウドという言葉に踊らされてはいけないと言葉をつなげると、GMOホスティング&セキュリティ株式会社の大澤貴行氏も同意します。「 クラウドという言葉はどうでもいい。根幹を流れる技術や考え方、そしてシステムに対して何が求められているのかを理解しなくてはいけない」と話します。
続けて、話題はクラウドのメリットとデメリットに及びます。これに関して大澤氏は「すぐに始められて、すぐに終わらせられる」と説明します。デメリットはクラウドの種類によって異なるとのこと。「 パブリッククラウドは大勢で使うため、自由度が抑えられていることがある。大規模な案件で要求が厳しい場合は、純粋なパブリッククラウドでは対応できないかもしれない(大澤氏) 」
株式会社技術評論社 馮 富久
モバツイを運営する株式会社想創社の藤川真一氏が指摘するのはレイテンシの問題です。特にソーシャルアプリケーションをAmazon EC2上で運営している事業者はレイテンシを気にしているという現状が紹介されました。
「都合がいいところだけクラウドを使うべき」というのは山崎氏。「 米国ではストレージサービスのAmazon S3だけを使うというケースが多い。また分散処理とバッチ処理だけをクラウドで実行するということも考えられる。使って得するところだけに適用すればいいのではないか」と話します。
最後はクラウド時代に求められる、インフラエンジニアのスキルについて。藤川氏は「クラウドによってエンジニアの力で直接利益を改善できるようになった。そういったところにフィットできるエンジニアになってほしい」とエールを送りました。
インフラエンジニアが日の当たる場所で活躍するようになると話すのは大澤氏。「 使っている人のメリットを最大限に考えるのがおもてなしの心。エンジニアにはその視点を持って欲しい」と期待します。
濱野氏は「ユーザ規模が大きくなったときに、クラウドでスケールするかどうかを考えてほしい」と述べ、インフラエンジニアにとってはスケーラビリティの追求が1つのポイントになるとの見解が示されました。
ネットのトランザクションが向上し、クラウドを含めたインフラの重要性が増していることを指摘したのは山崎氏。「 クラウドによって、インフラエンジニアが同じ土台で話せるようになったのだから、エンジニア同士のコミュニケーションが増えて盛り上がっていくといいのでは」と話します。
全体を通して感じたのは、クラウドが登場したことによってますますインフラエンジニアの重要性が増しているということ。その期待に応えるために今何をするべきなのか。インフラエンジニアとしてのスキルアップを考える上で、多くのヒントが得られたパネルディスカッションだったのではないでしょうか。
会場受付。