5月26、27日の2日間、札幌でITベンチャーの社長、経営幹部が一同に集まりInfinity Ventures Summit(IVS)が開催された。IVSは日本最大級の完全招待制のイベントであり、業務で多忙な東京から離れた場所で行われカンファレンスとその合間に参加者による活発なネットワーキングが行われる。
初日は、震災後に矢継ぎ早にリリースされたネットサービスに関する動きや、海外のソーシャルゲーム事情、スマートフォン端末メーカーの試みなど数々のセッションが行われたが、最後にGMOインターネットの熊谷社長、サイバーエージェントの藤田社長、DeNA取締役の川田氏によるセッションでとくに活発なやりとりがなされ興味深いものとなったので紹介したい。
サイバーエージェント:社員2,000名のうち200名がスマートフォン専任
今回のIVSを通して共通して語られていたキーワードが、スマートフォン、グローバル展開、そしてソーシャルゲーム。GMOの熊谷社長は「最近はまっていることは?」との質問に対し迷わずスマートフォンと答え、最新機種が出るたびに取り寄せていじっているという。
サイバーエージェントの藤田社長は今後のインターネット市場においてスマートフォンは間違いなく本命であるという。すでに社員2,000名のうち一割にあたる200名がスマートフォン専任で働いており、アメーバ事業部内のスマートフォン開発ラインは25存在し、年内に100アプリを制作する予定と語った。
ただ、藤田社長は今後スマートフォンのビジネスがアプリベースになるのか、ブラウザベースになるのかを見極めていきたいという。収益モデルについてもPCでのネットサービスは広告収入を軸としたビジネスモデルから立ち上がり、ガラケーでのビジネスは課金を軸に立ち上がったが、スマートフォンでのビジネスはどちらに進むかの岐路にあると考えていると述べた。
一方で、このひとつ前のセッションで登壇したグリーの田中社長はソーシャルゲームのタイトルの中で、スマートフォン経由の売上が1割に達したものがあると明かしている。この数字はまだ一部のタイトルでのことであり、大きいか少ないか判断が分かれるところだが着実に市場が育っている段階だと言えよう。
DeNA取締役川田氏は、今後のインターネットでは「Emobiment」が重要であると考えており、スマートフォンがその役割を担うのではないかという。Embodimentとは技術が身体を持つかのように具現化することを意味する単語で、その例としてAI技術を日常での掃除の自動化という形で具現化した掃除ロボット「ルンバ」を例に出し、「ネットが常に身体と一緒にある状態を体現しようとしているのがスマートフォン。今後、さらに強くembodimentされたコンピューティングとネットワークと身体が共にあるものが出てくるのではないか?」と語った。またスマートフォンは部品点数が少ないため安くできるのではないかと言われており、製品の低価格化により新興国中心に面白い動きが出てくるのではないかと考えているという。
グローバル展開は成功するまで必死にやるしかない
GMOの熊谷氏はスマートフォンのグローバル展開に関しては誰しもまだ世界戦略では成功していないと話す。ここで成功するために一番重要なのがスピードであるという考えだ。「今までは日本で成功しないと、世界にいっても意味がないと考えていた。しかし、スマートフォン市場では世界同時進行で動いているから動くしかない」。
サイバーエージェントの藤田氏は「サイバーエージェントは買収が苦手な会社。コンテンツ系はグローバル展開難しいので、将来のグローバル展開考え、技術ベースのものに力をいれている」と語る一方で、サンフランシスコに拠点を設けるAmeba picoの海外での売上は月4,000から5,000万円になってきているという。無料アプリを紹介するFree App Kingのアプリダウンロード総数も80万本を超え、広告が順調に入ってきているとのことだ。
DeNAの川田氏はグローバル展開についてはまだ語れるフェーズではないとし、「グローバル展開については結果を出すしかないので、必死こいてやるだけ」と語った。
お金は今のうち集めておくべき?ネット企業の資金調達戦略
こうしたソーシャルサービスとスマートフォン市場の盛り上がりはバブルとも呼ばれる状況を生み出しており、モデレータのライフネット生命副社長岩瀬氏からは、LinkedInの時価総額が売上の30倍である70~80億ドルになっている現状や、グリーのCFOである青柳氏がTwitterで「ソーシャル系の企業はできるだけ今集められるうちにお金を集めておいたほうがいい」とつぶやいたことについて登壇者に投げかけた。
DeNAの川田氏は「ソーシャルサービスはバブル状態。起業家にとっては天国で投資家にとっては地獄のフェーズ」とバブルに近い状況にあることに同意し、こうしたフェーズでは集められるうちに資金を集めるのが鉄則であるという。一方で「お金の調達が難しい中で育った企業はキャッシュポジティブになる重要性をよく知っている」とし、それがベンチャー企業が強くあるために非常に重要であるという。
GMO熊谷氏は「起業コストが低くなっているので自分のお金でやったほうがいい。創業者のシェアは高いほうがいい」との考えで、資金調達をこれから上場で行うのであれば香港でやったほうがいいとの考え。コミュニケーションコストはかかるが、調達できる資金が全然違うと話した。
サイバーエージェントの藤田氏は上場による資金調達により安定した財務基盤があったからこそ困難を乗り越えられてきたという。市場が急変化するときに舵をきれるように企業の体力が必要であるという考えだ。反対に子会社に対しては資本金をしぼっているという。「ゆっくりやられたら困るというメッセージと、準備時間が長いほど事業の失敗の可能性が高まる。だからキャッシュリッチにならないようにしている。」
報酬はガラス張りで全従業員開示? それともシレッと渡す?
続けて話題は資金調達から企業の報酬制度へと移り、GMOでは役員以上の報酬が開示されており、今後はさらなるガラス張り経営を目指しており、数年以内に全従業員の報酬を開示したいと熊谷氏は語った。報酬制度は社員の中から立候補した人で決めてもらい、全員が納得した制度の上で運用されるから報酬は開示されても問題はないという考えだ。
反対にサイバーエージェントの藤田氏は、「それは難しいんじゃないかな……」と率直な反応を返す。入社のタイミングによって報酬に違いが生まれてしまうことなどもあり「誰がいくらもらったか聞くと、喜びが半減したりモチベーションに影響を受ける人もいる。だから報酬はサッと決めてシレっと渡している」そうで、「従業員のモチベーションを高くた持つには社会的に見ても高く保ちたい。でも高くするとモラルハザードが起こる場合もある」と悩みを語った。
タブレット市場はまだこない?市場に雪崩が起こるのはいつか?
続けて会場からPC市場がタブレット端末市場にいつシフトすると思うかという質問が登壇者の3人に投げかけられた。
サイバーエージェントの藤田氏は、「市場の動きに合わせてサービスを出すには早すぎてもダメ、遅すぎてもダメだが(藤田氏の)肌感覚ではまだ動かなくていいかな、というところ。もうすぐくるぞというピリピリした感じはない」とビジネスへの嗅覚を来場者に感じさせた。
GMOの熊谷氏は「タブレットよりもキーボードがついているほうが入力処理が速い。タブレットはお風呂場やキッチンなどで使う用途別PCに向いているのではないか?」と考えているという。
最後にDeNAの川田氏は「いつPCがタブレットに置き換わるのか? 10年後にはそうなっているだろうと思う。ただいつその雪崩が起こるのか? 新規ユーザの動きだけでなく、既存のPCを利用している人がPCからタブレットに買い換える動きがいつ起こるかに注目したい」とまとめた。
このように三者が三様の考えを展開したが、興味深いのは昨年の12月に開催されたIVSでグリーの田中社長が「5年後にはガラケーはなくなる。(そうすると)自分たちのビジネスは5年後にはなくなる。」と話してから半年で各社が大きくスマートフォン市場へと舵を切っていることだろう。次の半年も目が離せない展開が続きそうだ。