Linuxがもたらす“自動車の未来”とは「Automotive Linux Summit 2011」イベント後記

『Automotive Linux』の記念すべき第一歩

Automotive Linux Summit 2011が横浜のパシフィコ横浜で開催された2011年11月28日は、自動車業界とLinuxにとって記念すべき一日となりました。

ドイツの発明家カール・ベンツが最初の自動車を発明してから125年目、そしてフィンランドの学生リーナス・トーバルズがLinuxのソースコードをインターネット上に最初にポストしてから20年目、この節目の年である2011年11月28日、ついに両者は出会いました。

これまでもLinuxは自動車で使われて来ました。ただその役割は、カーナビ、カーマルチメディア等のごく一部の役割に限られてきました。この自動車とLinuxの関係は今後大きく変わるでしょう。

まずは、トヨタ自動車の近未来のモビリティライフを描いたショートムービー「君がいてよかった」をぜひご覧ください。

近未来の自動車は、携帯端末とつながり、クラウドとつながり、スマートグリッドとつながり、さらにはネットワークを介し自動車から収集された膨大な情報はスーパーコンピュータで分析され、ドライバー向けのサービスに利用されます。

近未来の自動車業界は、これまでの「自動車」の概念を超越した新しいビジネスになることが、このショートムービーの中では描かれています。ショートムービーの中で描かれているような近未来の世界の実現を目指すために、おそらく以下の2つが重要な要件となることでしょう。

  1. さまざまな端末同士の連携を可能にする共通のプラットフォーム
  2. 世界中、かつさまざまなレイヤにおいてイノベーションを加速化される大きなエコシステム

この2つの要件を満たすOSプラットフォームは、現時点ではおそらくLinuxをおいて他にはないでしょう。それは以下の数字から証明できると思います。

  • 組込みOSプラットフォームとしてNo.1シェア
  • スマートフォン向けOSプラットフォームとしてNo.1シェア
  • Top 500 Supercomputerのうち95%以上がLinuxベース
  • Google、Amazon、FacebookなどのWebサービス、クラウドサービスのほとんどがLinuxベース
  • 世界最大の開発コミュニティ(過去1年間で2,889人の開発者と358の企業開発に参画[1]⁠)
Linuxコミュニティの開発モデルについて語るGreg Kroah-Hartman氏
Linuxコミュニティの開発モデルについて語るGreg Kroah-Hartman氏

一方で、自動車業界におけるLinuxの活用をより突きつめて考えると、上記にあるような良い事ばかりではないのが実情です。

自動車のビジネスに必要とされる技術的な要件(Fast Boot、Power management、システムの信頼性向上等)や、開発プロセス的要件(開発リードタイム、サポート期間、ライセンスコンプライアンス等)など、まだまだクリアしていかなければならない課題が山のようにあります。

こういった課題に対して自動車業界を挙げて取り組むために、2011年7月にトヨタ自動車はThe Linux Foundationへの参画を決定し、デンソー等の大手自動車部品サプライヤもそれに続きました[2]⁠。そして、自動車業界の中でLinuxに対するより大きなモメンタムを巻き起こし、⁠Automotive Linux」のイノベーションの加速化をはかるべく、今回のAutomotive Linux Summitの企画が発足されました。

8月にはこのAutomotive Linux Summitの企画に賛同する、インテル、NEC、Genivi Alliance、デンソー、トヨタ自動車、日産自動車、それにルネサスといった自動車業界とIT業界を代表する企業によって、カンファレンスの企画チーム(ステアリング・コミッティ)が発足し、⁠自動車」「Linux」の共同作業が本格的に開始されました。

このようにしてAutomotive Linux Summitと『Automotive Linux』の記念すべき第一歩は踏み出されたのです。

自動車業界にコラボレーションを

自動車の世界にLinuxやコラボレーションに対する理解を促進し、自動車業界全体にオープンなイノベーションモデルに対するモメンタムを起す事を目的に開催されたAutomotive Linux Summitには、当初の想定(150名)を大幅に超える200名以上の参加者がパシフィコ横浜に集いました。しかも海外からの参加者が約30%(60名程度)にのぼる、国際的にも注目を集めたカンファレンスとなりました。

会場の模様。パシフィコ横浜のホールが満員に
会場の模様。パシフィコ横浜のホールが満員に

トヨタ、日産、Genivi Alliance、Symbio、インテル、日産、など業界をリードする企業が基調講演に登壇し、異口同音に訴えたのは、業界や企業間の垣根を超えて協力し合い、Linuxやその他のオープンソースソフトウェアを近未来の自動車ビジネス向けに最適化させるべく、イノベーションを加速化させることでした。

The Linux FoundationのエグゼクティブディレクタのJim Zemlinが冒頭の挨拶の中で、現在情報家電業界は、⁠製品ライフの短期化=収益低下」「開発コストの増加」という課題に直面している事を指摘し、同様の課題が近い将来自動車業界でも顕在化してくるであろうと述べました。

イベント冒頭で熱く語るJim Zemlin氏
イベント冒頭で熱く語るJim Zemlin氏

その上でZemlinは、オープンソースは非競争領域の開発コストを他社と共有することにより、開発コストを低減し、かつ自社独自のサービスビジネスを構築するプラットフォームとなることにより、製品以外の収益確保を可能とする、と述べました。

Zemlinの主張に呼応するかのように、Genivi Alliance会長兼BMW インフォーテイメントアーキテクチャデザイン責任者のGraham Smethurst氏は彼の基調講演の中で「我々(BMW)の競合はGoogleやAmazonである。だからトヨタや日産とも協力をする」と述べました。

Genivi Alliance会長 Graham Smethurst氏
Genivi Alliance会長 Graham Smethurst氏

すなわち、Zemlinが主張するように、非競争領域(ここではLinux/OSS)においては他の自動車メーカとともに協力しあう姿勢を明確にするとともに、彼らが近未来に描いているビジネスはよりサービスビジネスに近いことを、この一言で鮮明に打ち出していたと言えます。

最後に行われたパネルディスカッションの中で、パネリストであるトヨタ自動車第一電子開発部主査の村田賢一氏は、これから自動車業界が将来を実現していくためにはもっともっとコラボレーションが必要で、IT業界からのヘルプも必要としているし、また自動車業界自身もこれまでのようなクローズドな開発スタイルでは無く、もっとオープンな開発スタイルに移行しなければならない、と会場の聴衆に訴えかけていました。

パネルディスカッションで語るトヨタ 村田賢一氏
パネルディスカッションで語るトヨタ 村田賢一氏

村田氏が発した「もっとコラボレーションを…」という言葉こそが、これからのAutomotive Linuxの世界でもっとも重要なキーワードであることは間違いないと思います。また、今回のAutomotive Linux Summitのメインテーマであったと言えますが、トヨタと日産とBMWが同じ壇上で業界に向けてコラボレーションを呼びかける姿は、これまでの自動車業界には無かったコラボレーションを体現していたのではないでしょうか?

パネルディスカッションに参加した日産自動車 ビークルインフォメーションテクノロジー事業本部 チーフ・サービス・アーキテクト 村松寿郎氏
パネルディスカッションに参加した日産自動車 ビークルインフォメーションテクノロジー事業本部 チーフ・サービス・アーキテクト 村松寿郎氏

最初の自動車から125年目、最初のLinuxから20年目の2011年11月28日は、⁠もっとコラボレーションを」という呼び掛けが、きっと自動車とITの世界を動かしていくのであろう、と確かな手応えを感じた1日でした。

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