12月1日、品川プリンスホテルで開催された、The Linux Foundation主催のエンドユーザ企業向けのLinuxカンファレンス「Enterprise User's Meeting 2011」(略称:EUM 2011)は、Linux/OSSを使う企業にとって貴重なカンファレンスとなった。Linux/OSS先進企業がLinux/OSSとどのように向き合い、ROI(投資対効果)の向上を実現しているのかを知ることができたからである。
エンタープライズ分野にLinuxが採用されてから10年近い。現在では、国内外の多くの金融システムに採用され、証券取引所システムに至っては、世界の70%以上に採用されている。
ユーザ企業は、なぜLinuxを採用しているのだろうか? 彼らはどのようにLinux/OSSと向き合い、ROIの向上を実現しているのだろうか? 現在はユーザ企業にもLinux/OSSの開発者がいて、コードを読み、コミュニティで技術議論をしている。彼等は、なぜその一歩を踏み出したのか?
Linux/OSS先進企業とパートナーシップを持つベンダも、Linux/OSSの利用を迷っている企業も、このような情報が知りたかったに違いない。EUM 2011では、担当者自身からその理由が明かされた。
デフォルトスタンダードからオープンスタンダードへ
NYSE(ニューヨーク証券取引所)はすべてのインフラでLinuxサーバを利用している。そのシステムを開発、運用しているNYSE Technologiesは、2011年10月、マーケットデータ配信用の事実上のメッセージング標準であるMAMA(Middleware Agnostic Messaging API)およびMAMDA(Middleware Agnostic Market Data API)製品をOSS化した(OpenMAMAプロジェクト)。
彼らは、8年以上も商用として販売し、150社以上の顧客が利用している製品をOSS化した。なぜだろうか? NYSE EuronextのHigh-performance Messaging担当ディレクタ マイク・ショーンバーグ氏は「さまざまなミドルウエアが乱立する弊害を避けるため」と語った。技術やビジネスの変化が激しい時代にあって、最新かつ最適なシステムを迅速に顧客に提供していくためには、「特定企業製品のデファクトスタンダードではなく、パートナー、顧客、ISV、競合他社と協力して作り保守していくオープンスタンダードが必要」という。実際、OpenMAMAの運営委員会には、多事業種の企業が参加している。
もちろん、OSS化に当たってはいくつかの課題があった。「他企業の賛同をどう得るか」「OSS前提で開発していないコードをどう公開するか」「減益リスクにどう対応するか」など。他の多くの企業でも、これらの課題は常に存在し、Linux/OSS推進者の肩に重くのしかかっている。
「現状の利益を捨てても新たな道は開ける」と口で言うのは簡単だが、社内の合意を得ることがどんなに難しいか。NYSEも例外ではなく、社内で大議論があったという。しかし、「閉じられたメッセージング・ソリューションから脱皮」することを決め、CTOやCEOの熱心な支援のもと、OSS化を実現したという。この決断は、企業のLinux/OSS推進者にとって、大きな味方になるに違いない。
健康的なエコシステムからROI(投資対効果)の向上が生まれる
ショーンバーグ氏は、「OpenMAMAは、サポートやプロフェッショナルサービスといった新たな収益の道を開く」と言う。CMEグループ アソシエイトディレクター兼Open Systems R&D代表 ビノッド・クッティ氏やYahoo! Linuxチーム シニアマネージャ バルティカ・アガーワル女史も、講演の中でROIの向上に触れた。
CMEグループは、世界最大の先物取引所である。80ヵ国以上で操業し、総額1,200億ドルの取引が行われているが、そのほとんどがLinuxサーバで処理されており、Linuxサーバは5,000台ある。CMEがLinuxを採用したのは、「ITにおける自分たちの課題を、自分たちで解決できる」からだ。
CMEには15名のLinux開発者がいる。「自分達が単なる傍観者にならない」ために、Linuxの動作を知り、障害解析を行い、問題解決に積極的に取組んでいる。実は、それが障害解決時間の短縮という効果につながっている。また、汎用ハードウェアで構成できることで低コストやベンダーロックイン回避を実現し、かつ最新ハードウェア技術も使うことができている。まさに、オープンソースの利点を有効に活用している実例である。
世界に7億人のユーザを抱えるYahoo!は、BSDからLinuxに切り替えた。選択の理由は「ソースコードの共有」「コミュニティの活動も活発」「開発スピードが速い」だという。日本電気株式会社 OSS推進センター センター長の柴田次一氏が、実際のデータを元にコミュニティの開発スタイル、開発規模やサイクル、動向などを紹介したが、他に類を見ないほど活発であり、この選択の正当性を裏付けている。
「他にも多くのメリットがあった」とアガーワル女史は言う。「良い人材の長期雇用」「買収した会社との短期間での統合」などだ。「自分達の戦略にあうライセンス要件と原価/利益モデルを評価して選択すれば、想定以上の効果を得られる」と語った。
ミッションクリティカルなシステム要件も実現
2010年1月4日、東京証券取引所は株式売買システム"arrowhead"の稼働を開始した。目指したのは世界最高水準のシステム。「2006年からコンセプトを検討し、ピーク性能の2倍の処理能力、10ms以下の応答性能、99.999%の可用性など高度なシステム要件を実現した」と東京証券取引所 IT開発部マネージャの早川剛氏は語る。
ひとたび障害が起きれば、世界の経済に影響するシステム。そこにLinuxを選んだ理由として、富士通 プラットフォームソフトウェア事業本部 Linux開発統括部開発部部長 江藤圭也氏は、「自分たちで責任を持って開発できるから」と言った。難しい要件だったが、パートナー企業と連携し、コミュニティと議論や開発を行うことで実現できたと言う。また、開発した機能は、コミュニティでは別の用途にも使われ始めており、新しい技術の種にもなっている。オープンソースならではの相乗効果が出ているようだ。
他にも、日立製作所の大島 訓氏からは社会インフラシステム向け高信頼化技術、SUSEのラーズ・マロウスキー ブリー氏からは障害や災害から守るハイアベイラビリティ技術、NTTの坂田 哲夫氏とNTTデータの笠原 辰仁氏からはPostgresSQL、デル株式会社の増月 孝信氏からはOpenStackと、いろいろな技術が紹介された。まだまだLinux/OSSの進歩は止まらない。新しいソリューションが誕生する日も近いと実感した。
また、最後に日本IBMの武田 浩一氏が紹介した「質問応答システムWatson」には、ワクワクした人も多かったのではないだろうか。Watsonは、アメリカのクイズ番組「Jeopardy!」に挑戦し、勝利を収めたシステムである。未知の分野への挑戦には夢がある。それを実現できるのも、オープンソースの醍醐味なのだ。
今回の講演者は異口同音に言っていた。「利用と貢献の双方向のコミュニケーションができれば、健康的なエコシステムが生まれ、新しいソリューションが生まれる。ROI向上は実現できる」。この言葉は、Linux/OSSを推進する多くの企業や担当者に、力を与えるに違いない。「コミュニティ、顧客、自社の3者間のコミュニケーションも密になる」ことは、ビジネスにとって大きな力になるだろう。Linux/OSSの輪は今後も広がる、そう確信した一日であった。