カリフォルニア州、俗にシリコンバレーと呼ばれる地域の一角にあるCupertino市のAppleのキャンパスの一角でOpenPrinting Summit/PWG Meeting Cupertino 2012 というイベントが、2012年4月25~ 28日の4日間行われました。
こちらのイベントはプリンターや複合機といった機器を内外から見たり、いろいろな環境から利用したりするといった、特定のOSベンダーによらない印刷技術全般について話しあうミーティングです。実のところ今、印刷関連技術がものすごく面白くなってきているのです[1] 。
Linuxなどのオープンなデスクトップ環境はOpenOffice.orgやLibreOfficeへの移行が進んだ組織において、オープン化の次の一手として検討されていますし、またヨーロッパや新興国のように積極的に政府組織が導入しているところもあります。その印刷環境も、他のデスクトップ環境に負けないようにと、さまざまな進化が起こりつつあります。
一方で、モバイルデバイスやクラウドサービスの普及でエンドユーザーのコンピューティング環境が大きく変容しており、エンドユーザーがアプリケーションから印刷指示を出してローカルのPCからプリンターに印刷する、といういままでのユースケースだけを考えていればよい時代は終わりつつあるのです。いうなれば、今印刷に着目するということは、印刷の次世代を担うことができるかもしれない、ということなのです。
さて私が今回参加した会議ですが、印刷に関する2つの標準化団体の合同ミーティングです。
OpenPrinting はLinuxの普及、保護、標準化を進める非営利団体Linux Foundation の下部組織で、主にLinuxなどのUnix系OSからの印刷の標準化を行なっています。例えばPDF印刷パスやベクター印刷プロトコルOPVP、アプリケーションやプラットフォームによってバラバラの印刷設定画面を共通化しようとするCommon Printing DialogなどがOpenPrintingの活動です。
PWG(Printer Working Group) はIEEEの標準化部会の一つで、プリンターや複合機について、プリンターベンダーやOSベンダー向けの標準化を行なっています。例えばCUPSが主に用いているIPP(Internet Printing Protocol)が馴染み深いのではないでしょうか。なおPWGの議長は、CUPSの開発者であるMichael Sweet氏です。
OpenPrintingは月に一度の電話会議と、年に一回、Linux Foundation Collaboration Summitの1トラックとして会合を持っていました。一方でPWGはもう少し活発で、参加企業持ち回りでホストをして定期的に会合を持っています 。今年は、Michael Sweetの所属するAppleがホストとなり、合同でミーティングを行うことになりました。両者が一緒になることで普段は馴染みがないPWGの活動についても色々と知ることができるチャンスだということで、参加を決めた次第です。
オープンなデスクトップでの印刷環境の進化について興味を持たれている方はもちろん、むしろモバイルやクラウドに長じた読者のみなさまに、今、印刷の界隈でどのようなことが話し合われているのか、それを用いて、モバイルデバイスやクラウドと印刷を組み合わせてどんな面白いサービスが提供できるか、そのためにはどのような標準化が行われたら嬉しいのか、考えるための情報を提供できたらと思い、今回レポートを寄せさせていただきました。ややニッチな分野ではありますが、楽しんでいただければ幸いです。
なお本レポートは、あくまでも一参加者である私が議論を聞きとって書いたものであり、PWGやOpenPrintingの意見を代表するものではありません。特に、筆者はOpenPrinting側の人間であり、PWGのトピックについてはあまり事前知識がないため、その点あらかじめご容赦ください。
以下、すべてのセッションを紹介することをせず、時系列にもあえてこだわらずに、筆者が特に興味を持ったものを紹介します。すべてのプログラムと資料はPWGによるミーティングの公式ページ にありますので、詳細が気になる方はぜひお読みください。
OpenPrinting関係のセッション
前述したとおり、どちらかというと「( オープンな)ホスト側からプリンターを眺めた」標準化活動を行うのがOpenPrintingです。同じエンドユーザーコンピューティングということで、モバイルデバイスで動くプリントサービス的なものもOpenPrintingの範疇になります。
OpenPrinting Plenary
Plenaryという単語は辞書を引いてもピタリの訳が見当たらない[2] のですが、内容からすると「年次総括」的なものでしょうか。OpenPrinting PlenaryはOpenPrintingの現在の活動内容と今後の課題などを総括するもので、OpenPrinting ChairでPWGでも多方面に活躍しているIra McDonald氏が主に説明を行い、トピックによってはOpenPrinting ManagerでLinux Foundation/CanonicalのTill Kamppeter氏が補足していました。
Ira McDonald氏
大きなところではやはり、CUPS本体からUnix系OSしか使っていない各種のフィルター群がOpenPrintingに移管されたことに伴う開発体制と技術的な議論でしょう。新しいフィルター群では中間データ形式をPostScriptとするものは廃止され、PDF印刷パスを全面的に推し進めることになります。この点について、PDFの処理を行うライブラリPoppler の開発とどのように同期するかという話と、またPostScriptプリンターを利用する場合にPDFを経由してPostScriptを作るとパフォーマンスが大きく落ちるのでどうするか、といった内容が話し合われました。
またOpenPrintingの活動の大きな目標である、印刷のための共通UIを提供するための6年越しのプロジェクト、Common Printing Dialogが再び延期されたことも話題に上りましたが、これは別のセッションで言及がありますので省略します。
CUPS Plenary
CUPS開発者の帽子を被ったMichael Sweet氏によるCUPS最新動向のプレゼンです。
CUPSについては、現在開発中のバージョン1.6において、「 いくつかのフィルターがCUPS本体から切り離される」「 プリンターのブラウジングがBonjourだけになる」「 PPDの扱いを下げる(deprecation) 」などと、見ようによっては反感を買いそうな発表がなされたため、意図を再度説明するようなプレゼンとなりました。「 みんな落ち着いてくれ!」と叫んで笑いを誘っていました。
PPD Deprecationの意味を説明するスライド
最後の「PPD Deprecation」については、現在、CUPSはプリンターについての情報を管理するためにPPDを利用していますが、IPPが普及していけばIPPによってプリンターの情報は動的に取ることができるわけだから[3] 、PPDの重要性は減っていくだろう。だから新規の文法やAPIの拡張は行わない、という説明でした。よりきめ細かいプリンター情報の記述や多言語化にはPPDは依然として意味はあるだろうから、使い分けが現実的なのではないかと行った議論が行われました。
それとは別にCUPS 1.6で想定される新機能の紹介があり、主に「OS Xですでに実装されている内容を他のOSでも対応する」というもので、今年夏と言われるリリースが少し楽しみではあります。詳しくは資料(PDF) を参照ください。
[3] IPPは単なるデータ転送プロトコルではなく、印刷ジョブに対する指示(両面・ステープルなど)を行ったり、プリンターの状態(正常かエラーか、エラーはなにが起きているか)や構成情報(両面印刷ができる能力があるか)を取得したりすることもできます。したがって印刷クライアント側がIPPのこれらの情報を活用すれば、機器の状態に応じた設定画面を用意することも可能になります。
Common Mobile Print Client
EPSON AmericaのGlen Petrie氏によるプレゼンです。いろいろなモバイルアプリケーション(この場合はモバイルデバイスを通じてクラウドの向こうのデータを操作する場合も含みます)でそれぞれ印刷設定の仕組みを作り込むのは、印刷についてあまり関心がないアプリケーション開発者には好ましくないから、共通のプラットフォームとしての印刷クライアントを提供しようということです。ベース技術としてはIPPを、UIの構築には、ローエンドも試行したマルチプラットフォームフレームワークであるQt を用いることを検討しているそうです。
興味深かったのは、印刷設定を表すプレビューアイコンについての考察で、せいぜい200pxで必要な情報は盛り込めるとのこと。
まだお話レベルと言えなくもないですが、印刷が専門というわけではない、モバイルアプリケーション開発者のみなさんの意見も問うてみたいところです。
Color Matched Print Paths
OpenICC /Oyranos Project のKai-Uwe Berhmann氏による電話経由のプレゼンです[4] 。
カラーマッチングの説明をくどくどすることは止めておきますが、本セッションでは、フリーデスクトップの印刷において、色補正をするための情報であるICCプロファイルを提供する方法として、キューごとに一つ割り当てるか、セッションごとに行うか[5] 、中間印刷データ形式であるPDFのOutputIntentという仕組みを使って埋め込むか、ということで得失を比較していました。
3つのICCプロファイル供給方法の比較
Berhmann氏の本命はPDFに埋め込む方法のようで、KDEのフォトレタッチ・ペイントアプリケーションであるKritaにてこの方式を試験実装しているとのことでした。Michael Sweet氏が、この方法はOS Xで採用されている方法であり[6] 、ユーザーが任意のICCプロファイルを選ぶ[7] ためにアプリケーション側に手当が必要だが、それ以外はうまく動いていると補足していました。またIPP Everywhereのようなドライバーレス印刷において、入力データであるPDFにOutputIntentで付与されているプロファイルをユーザーによって置き換える方法を検討しようという提案がありました。
多分この議論ですぐにcolordを用いる現在のFedora/Ubuntuの方式が軌道修正をされることはないと思いますが、colordの開発を行なっているRed HatのRichard Hughes氏がどのように答えるのかが注目されます。またBerhmann氏はopenSUSE側でいろいろ活動しているようなのでopenSUSEの動向もチェックしたいですね。それから、現在フリーなデスクトップ向けにカラープロファイルを提供しているプリンターベンダーは残念ながら存在しないので、ここをどうクリアするかも気になるところです。
[4] なお今回のプレゼン方式はなかなか面白かったです。基本はプレゼン資料を事前にPDF形式で提出しておき、プロジェクターに常時接続されているiMacを使ってホストのMicheal Sweet氏がPDFを投影します。このとき、Cisco社のWebEx というシステムを用いて、OS XのPDF表示アプリであるPreviewを共有しています。これによって、電話経由で参加している人たちも高解像度で会場のプレゼンを見ることができるわけです。逆に電話経由でプレゼンする場合や、会場でも自分のPCからアプリを投影したい場合は、WebExでiMacと各々のPCの画面を共有するのです。非常に面白いやり方だと思いましたが、ネットワークの帯域がある程度保証でき、なおかつWebExのライセンスを持っていないと使いにくいですね。
Ghostscript Color Management
Berhmann氏のプレゼンに引き続き、Ghostscriptの開発元であるArtifexよりMichael Vrhel氏が登壇し、Ghostscriptの内部での色処理について紹介しました。
プレゼンするMichael Vrhel氏
Ghostscriptはプリンターの内部などで描画エンジンとして使えるほどのさまざまな機能を有しているので[8] 、色処理もかなり高機能です。そのためにかなりの部分速度が犠牲になっているところもあるそうですが、これについても徐々に改善が進められているとのこと。
筆者に面白く感じられたのは、Ghostscriptはさまざまなコマンドラインオプションで色補正の動きを制御できるということ。例えばグレーのドキュメントに色補正を適用したときに、CMYも使ってしまうのでカラー扱いになるというよくある問題に対して、コマンドラインオプションでグレーのページは強制的にK一色にするという機能があるというのは筆者には面白く感じました。これはうまく使うとLinuxの印刷でも有効そうです。
内容は非常に盛りだくさんだったので、色処理に興味がある方はぜひVrhel氏の資料 を読んでみてください。
printerd: a new print spooler
Red HatのTim Waugh氏はsystem-config-printerの開発者であり、Linuxの印刷技術の標準化に実装面で多大な貢献をしてきた一人です。その彼が今年の3月に書いたブログの記事 が話題になり、短いプレゼンを行うことになりました。
まだまだ荒削りで、最初の実装 ができあがったばかりですが、CUPSやGoogle Cloud Printをバックエンドとして統一的に扱う新たなスプーラーを作るというアイディアは面白いと思います。データフォーマットとしてPDFしか考えていないのは応用範囲を狭めるためJPEGやPWG Rasterも考えたほうがいい、CUPSとの責務分担は少し詰めたほうがよいのでは、といった議論がありました。
Future of OpenPrinting
最終日に急遽入ったセッションで、タイトルからして具体性のない明後日な議論になるのかと思っていましたが、予想に反してかなり面白かったです。特にCUPS開発者のMicheal Sweet氏による「Printing Interfaces」というプレゼン が非常によいところをついていて非常に良かったです。
特に共感したのはGoogle Mapsの経路検索の印刷を例にして「WYSIWYGはもう終わった」と述べたところです。筆者もことあるごとに主張しているのですが、Webで見る画面とモバイルで見る画面、それに印刷結果が同じである必要はまったくなく、それぞれに最適な配置が存在するはずです。最適な配置を知っているのはコンテンツホルダー(この場合はGoogle)であって、プリントサービスの提供側は、単に言われたままを印刷するという時代から、コンテンツの再配置に必要な情報とサービスを提供する時代に変わりつつあるのではないかと思いますので、彼の主張には大いに我が意を得たりの感がありました。
また、Common Printing Dialogが6年経ってまだ完成しないのは、D-BUSを用いたアプリケーション向けの共通UI呼び出しAPIの作成と、ユーザビリティ研究を元にした「本当に新しいUIの作成」の2つのうち、後者に開発リソースが割けないからで、その前にまずは「すべてのアプリにCommonなUIを提供する」というゴールを目指す近道[9] を考えた方がよいという主張ももっともと頷けるところがあります。
それからモバイルデバイスについてはアプリケーションとは別にプリントサービスが存在したほうがいいこと、軽量なスプールサービスであるprinterdの活用を考えたほうがよいのではないかとか[10] 、非常に示唆に飛んだプレゼンでした。ぜひ、皆さんもご覧ください。
PWG関係のセッション
プリンターベンダーに属しているごく一部の人以外はそもそもPWGという名前すらご存じないでしょう。PWGは「プリンターの内側から外を見る」標準化を行うグループになります。つまり、外界からプリンターや複合機を制御する方法を共通化しようというものです。今までは「外界」のソフトウェアは、WindowsやOS X、CUPSといったOSやミドルウェアに限られていましたが、モバイルやクラウドの世界になると、ぐっと広い立場の人がPWGの仕様を利用することになります。また特に複合機は、内部にドキュメントサーバー的な機能を持つようになってきました。エンドユーザーはWEBなどを利用してこのサーバーにアクセスするようになります。そのため、PWGの活動はより身近になっているといえるのです。
今回のイベントはPWGの通常のface to faceミーティングを兼ねています。したがって、標準のレビューなども普通に行われることになります。私がPWGの方面に疎いことを差し引いても、標準のレビューというのは聞いていて正直退屈なものです。標準化という作業の泥臭いところ、例えば、まだ実装のないところで想定されるケースを洗い出し、用語を吟味し、他の標準との矛盾をチェックし、という作業も当然やっていくわけです。もちろん標準というのはそういう部分がきちんとしていないと誤読を産み、標準として機能しないものになってしまいます。それは分かるのですが、こういう特別なイベントでは、もう少し中身の議論に重きを置くのは難しかったのでしょうか。
そんなわけで、今回はすべてのセッションの紹介は行わず、筆者にとって面白いと思ったものをかいつまんで紹介します。
PWG Plenary
初日の口切りのセッションです。PWG議長のMicheal Sweet氏が全体を通し、個々の分科会活動についてはそれぞれの担当者が話すといった感じで進みました。
Michael Sweet氏
プレゼンはPWGの活動紹介といった内容で、詳細は省略しますが、特にPWGのPR活動やマーケティングが必要であるといった内容が筆者には強く印象に残りました。
前述したとおり、プリンターや複合機がネットワークに接続されてサーバー的機能を持つようになり、クラウドやモバイルといった新しい使い方について標準化を行なっている以上、実際にモバイルデバイスやクラウドサービスを用いて何かを提供している人たちにPWGがリーチする必要があるのは必然といえるでしょう(この記事もそういう意図で書かせていただいているつもりです) 。各ワーキンググループのML[11] はアーカイブも公開されていて参加も自由ですし、Wiki は誰でもアクセス可能なので、ぜひ覗いてみてください。
その他、Internet Printing Protocol(IPP)を用いたドライバレス印刷の標準IPP EverywhereはAirPrintなどで利用されている技術をより一般化したもので注目すべきですし、Cloud Imaging Groupが、「 クラウドサービスからの印刷」と「クラウドに接続されたイメージングデバイスの操作」の両方をフォーカスに入れ、フェーズ0から2までの3段階を考えていることなどは興味深かったです。
IPP Working Group / IPP Everywhere
PWGのIPP Working Group のミーティングということで、IPP WGについての概略説明と、先日に行われたプリンターのIPPサポート状況のテストを一斉に行うIPP Interoperabilityの中間報告[12] 、それに2つの仕様書IPP EverywhereとMSN2のレビューがありました。
IPPを改めて説明しますと、Internet Printing Protocolの略で、HTTP(S)の上に実装された印刷のためのプロトコルです。単に印刷のためにデータやジョブについての指定を送信するだけでなく、プリンターの能力(attribute) 、ジョブの情報、ステータスなどを取得することもできる、非常に高機能なものです。現在は印刷だけですが、将来はスキャンやFAX送信への応用も検討されています。しかし残念ながらIPP Interoperabilityの結果によると、すべてのテストスィートをパスしたプリンターはまだ存在しないとのことで[13] 、状況の改善を期待したいところです。
IPP Everywhereは、ごくかいつまんで説明すると、Zeroconf(Avahi/Bonjour)によるサービスディスカバリとIPP 2.0によるプリンター情報の取得とデータの送信、特定のデータ形式(PWG Rasterというビットマップ形式とPDF)の処理能力をプリンターに用意することによって、さまざまなデバイスからのドライバーレス印刷を可能にする技術です。AppleのAirPrintと技術的には非常に似通っていますね。したがって、モバイルからの印刷で何かアイディアをお持ちの方は、ぜひ動向に注目していただきたいです。
MSN2はMedia Standardized Name 2の意味で、メディア[14] の名前付の標準化です。IPPでは通信によって機器がサポートしているメディアを取得したり、逆に印刷ジョブのメディアを指定したりしますので、名前付のルールが決まっていないとベンダーごとにまちまちの名前となってしまいます。そのためMSN2のような標準が重要になります。
どちらの仕様書も2ヶ月後のミーティングでレビュー完了を目指し、今年中には投票フェーズになるとのことで、非常に丁寧なレビューがされていたという印象を持ちました。
熱心なレビューの様子
PWG/OpenPrintingともに、IPPを次世代の標準印刷プロトコルと、またIPP Everywhereをモバイルからだけではなく幅広く応用の軸に据えたいと考えているようです。実際に実装が存在し、分かりやすいのもIPPの魅力です。PWGの各種仕様の意味がよく分からないという場合、IPPおよびIPP Everywhereからはじめるのがよいでしょう。
[12] といってもテスト結果がぜんぜん集まらず、結局手元にあるプリンターでMichael Sweet氏が独自でテストしたそうです。まだテスト期間は終わっていないので、みんな送ってくれ!というアナウンスがありました。
Semantic Model Working Group
PWGの分科会の一つ、「 セマンティックモデル」についての標準化を目的とした分科会PWGのSemantic Model WG のセッションです。
そもそも「セマンティックモデル」って何? というところから説明しましょう。
例えば、IPPでプリンターに印刷することを考えます。アプリケーションはプリンターに、自分が使いそうな機能、例えば両面印刷やカラー印刷、サポートしている用紙サイズ、その他の、「 プリンターについての情報(A) 」を問い合わせることになります。これに基づいてアプリケーションはユーザーに「このプリンターの両面印刷機能を使う?」「 モノクロだけど大丈夫?」などといったことを確認し、それに基づいて、今度は「この印刷物はA4で、カラーで、両面印刷してくれ」といった「印刷ジョブに関する情報(B) 」を、印刷データとは別に渡すことになります。こういった(A)や(B)のデータが、IPPとそれ以外でまちまちなのは望ましくないので、こういった情報の「意味」のモデルを標準化しよう、というのが「セマンティックモデル」の考え方です。印刷を例にしましたが、セマンティックモデルは印刷だけでなく、スキャンやFAXなどについても視野に入れています。
今回の主な議題はtransform service。これはどういう概念かというと、プリンターや複合機がネットワークに接続されて、どんどん高機能化していくと、印刷やスキャン、FAXといったコアの機能以外に、データの変換や加工といった機能が機器の中に内包されていくことになります。例えば、スキャンした画像をOCRにかけてEvernoteにアップロードする、といった場合、OCRやEvernote連携は複合機の本質的な機能ではありません。こういった機能をtransform serviceと呼んでいます。
ここで少しでも勘が働く人なら、「 そのサービスって別に機械の中になくてもよくない?」と気づくのではないでしょうか。そのとおりです。transform serviceは機器とサービスを分離しているので、サービスは別のサーバー(それこそクラウドの向こう)にあってもよいわけです。また、機器の中にあるサービスの一部だけを使って、別のサービスに流しこんでもいいわけです。このようなことを考えると、それぞれのサービスを分離して扱うためのセマンティックモデルが必要なことはお分かりいただけるのではないでしょうか。
今回は、前回のWGのミーティングで出たtransform serviceの例 を眺めながら、ブレインストーミング的にさまざまなサービスを列挙し、定義が完全かどうかを見ていくというものでした。しかしこの議論が非常に発散していて辛い。なおかつ、ここで筆者が書いたような説明は事前にだれもしてくれません。これでは、この議論をずっと追いかけてきた人たちでないと、新たな提案はやりにくいと感じました。
前述のように、transform serviceはプリンターや複合機の中に閉じているとは限らないため、プリンターベンダーとOSベンダーという既存のPWGメンバーだけでなく、WebやモバイルやクラウドからプリンターやMFPを叩いて新たなサービスを提供してみたい、そんな人たちに関心を寄せていただき、議論に参加したほうがよりよいものになると感じるのですが、正直、今のPWGの議論の進め方では難しいのではないかと思います。
それでも、Webやモバイル、クラウドといったところで新たなサービスを模索している読者の方は、ちょっと大変ではありますが議論を追いかけていただけると、プリンターや複合機を外部から眺めた、なにか面白いアイディアが出てくるのではないかと思います。筆者としてはそういった展開を大いに期待したいところです。
Cloud Imaging Work Group
ということで皆様お待ちかね(?)の「イメージ機器をクラウドで使うための標準化を行う」ためのワークグループ のセッションです。
PWGの他の活動同様、例えば「Google Cloud Print に代わるサービスを俺達が立ち上げるぜ!」というようなものではありません。むしろ、クラウドとイメージ機器との関係を明確に定義するというのが目的で、多くの議論がGoogle Cloud Printを土台にしているような感じがありました。まだ立ち上がったのが若いWGなので、実質的な議論が多く、参加していて面白く、例えば「Cloud Print Providerにプリンターを登録する場合、複数のProviderがいた場合はどう考えるのか」「 ロケーションフリー印刷[15] との組み合わせはどう考えるべきか」など盛り上がりをみせました。これからも本WGの活動には注目していきたいです。
図を描いて議論を整理するMichael Sweet氏
[15] セブンイレブンの「ネットプリント」のような、サーバーにデータを置いておいて、特定のプリンターで操作をすることによりデーターを引っ張ってきて印刷する仕組みのこと。「 どこで打つのも自由」という意味で「ロケーションフリー」と呼ばれます。
Imageing Device Security Work Group(IDS)
いきなり余談ですが、Printing Summitの要項が出る前に、HPの複合機で、任意のファイルが読み出せてしまうという脆弱性が発覚して話題になりました。今のプリンターや複合機はネットワークに接続して各種の機能を提供するため、このような事例は今後どんどんと増えることになると予想されます。IDS ではそういう類の話題を話し合うのかと考えていましたが、やや期待はずれでした。セキュリティに関する内容を議論するワークグループなのはそのとおりなのですが。
今回は多くの仕様書のレビューだったので、そこが辛かった理由でもあります。一つはロギングの仕様で、攻撃を受けたときにログを調べるのは基本なのでそういう仕様を議論するのはむしろ当然ですね。もう一つはIDS Modelというセキュリティモデルの仕様で、一般的なセキュリティモデルの仕様をイメージ機器に合うようにリモデルしようというもののようです。こちらは延々と定義の話になっていましたが、想像するに多くのプリンターや複合機はセキュリティ機能を実装していて、ISO/IECなどで定められた認証を取っているはずですので、そこを後追いする意義はやや乏しいように思いました。
イベント滞在時の生活とAppleさんありがとうの話
今回のイベントのために筆者が宿泊したホテルは、会場があるDe Anza Blvdという道路脇にあって会場から徒歩10分ほどの「Cupertino Inn 」というホテルでした。一泊210ドルとやや高いですが、一般のホテルでも宿泊費がやや高めのこの地においてはレンタカーを借りるよりは安いですし、朝食と夕刻のビールサービス、無償無線LANつき、さらに日本では考えられない部屋の広さなので非常に快適でした。
Cupertino Inn
AppleのあるCupertinoという市はシリコンバレーの一角ですが、約10年ぶりに訪れたところ、Appleの社屋だらけになっていました。いたるところにリンゴマークがありますね[16] 。今回の会場は本社(Infinite Loop 1)の道一本挟んで隣、De Anza Threeキャンパスの"Beatles"会議室です。さすがに看板もおしゃれ。
De Anza Threeキャンパスの洒落た看板
今回はAppleから毎日、朝食と昼食、それからドリンクとお茶菓子の提供がありました。よくあるパンとフルーツの朝ごはんだったりしますが、参加費無料なイベントなのに、実に気前がよいですね。ありがとうAppleさん!
初日の朝食はパンとフルーツ。コーヒーやお茶も提供された
二日目の昼食が並んでいる様子
いただきます
ディナーについては特にイベントはありませんでしたが、参加者同士で誘いあわせてご飯を食べに行ったりする雰囲気もまた楽しいものです。筆者は初日はKamppeter氏らとシーフードを食べに、3日目は中国系のみなさんに混ぜてもらって美味しい中華料理をいただきました。
また3日目の昼はMichael Sweet氏が先導してみんなでApple本社にあるCompany Storeに行きました。ソフトや周辺機器も社員がいればディスカウント価格で買えますが、なんといっても店内にあまたあるAppleグッズはここ限定だそうです。皆さん、思い思いにおみやげにTシャツやマグカップなどを買っていました。ベビー服などデザインが可愛く、もしお近くに小さなお子さんがいる方ならぜひおすすめしたいところです。店内の写真はあえて公開しませんので、ぜひ皆さんの目でご確認を。
Apple Company Storeの看板
人数もさほど多いイベントではないので、全体的に和やかな雰囲気ですね。
会場の雰囲気
参加してみて
正直、万人向けのイベントかというと、うーんと首を捻りたくなりますし、退屈なセッションがあったことも否定しません。なんといっても資料はWebで公開されていますし、議事録もMLにポストされるので、あとから追いかけることは可能です。また筆者はOpenPrinting側の人間ですが、今回はOpenPrinting側の参加者が少なく、全体的にPWG寄りだったことも残念ではあります。
では後悔しているかというと、来てよかったと心から思っています。
というのは、「 どんな話題のときにみんながいきいきとするのか」といったライヴ感は参加してみないとわかりませんので、「 今みんなが本当に関心を持っていることは何か」というのが感じられます。また、休憩時間や終わった後のディナーなどで、所属組織を離れた自由な議論ができることも楽しいです。メールでしか見たことがない人と実際に話して意見を交換することの楽しさは、このイベントに限らず、どのイベントでも共通ではないでしょうか。
さすがに皆さんに「参加しよう」と薦めることは難しいですが、もし本レポートが「印刷っていう世界にもなにやら楽しそうなことがあるかも?」という興味を引き起こして、PWGやOpenPrintingの活動に目を向けていただくきっかけになれば幸いです。
最後に、本ミーティングの開催で中心的に活動したPWG ChairのMicheal Sweet氏、OpenPrinting ChairのIra McDonald氏、OpenPrinting ManagerのTill Kamppeter氏、プレゼンターの各氏、議論に付き合っていただいた皆さん、そしてミーティングをホストいただいたApple Inc.に感謝して本稿を終わらせていただきます。