9月30日、米サンフランシスコで開催されたオラクルの年次イベント「Oracle OpenWorld 2012」の基調講演において、富士通の常務執行役 豊木則行氏は同社の新アーキテクチャ「Athena(開発コード)」を発表しました。Athenaとは、富士通の次世代プロセッサであるSPARC64 Xをベースにしたプロジェクトの総称です。富士通とオラクルの密なコラボレーションの下で進められているこのプロジェクトの概要について、現地の取材をもとにレポートをお届けします。
あのSPARCが超絶進化
Athenaのベースとなっている次世代プロセッサSPARC64 Xは、SPARCエンタープライズサーバファミリのランナップ「M-Series」「T-Series」のうち、ハイパフォーマンス/ハイリライアビリティを謳うM-Seriesに搭載されているSPARC VII/VII+の進化系といえるプロセッサです。富士通が誇るスーパーコンピュータ「京」に搭載されているSPARC64 VIIIfxも同系列ですが、SPARC64 XはVIIIfxをさらに進化させたものです。
基本的なスペックは以下のようになっています。
- 16コア/1CPU、2スレッド/1コア
- 3GHzのクロック周波数
- 最大で64CPU/1024コア/2048スレッドまで拡張可能
- 24MBの2次キャッシュメモリ
- 30億トランザクションを処理可能
- 28nmのCMOSテクノロジ
- 288GIPS、102Gb/sのメモリスループット
8コア/1スレッド、2GHzのVIIIfxから大きく進化していることが数字からも窺えます。
SPARC64 Xはソフトウェアの処理をハードウェア上で行う"Software on Chip"を重要な特徴のひとつに掲げているプロセッサでもあります。そしてAthenaではさらに、このSPARC64 Xをもとに、データベース処理を最適化させようとしているのです。誤解をおそれずにいえば、AthenaはOracle Databaseを可能な超高速で稼働させるシステムとして開発されています。データベース処理の高速化というとOLTP(Online Transaction Processing)をイメージする方も多いでしょうが、AthenaではOLTPにかぎらずデータウェアハウスなどOLAP(Online Analytical Processing)の処理も高速化させることを目指しています。なお、OLTPとOLAPの共存は、オラクルが同社のデータベースマシン「Exadata」で強調している特徴と重なります。
ポイントは冷却技術
基調講演において豊木氏は、Athenaでは
- 京コンピュータ
- ハードウェアの拡張性
- メモリキャパシティ
- 冷却システム(LLC: Liquid Loop Cooling)
- Software on Chip
の5つの技術を主眼に開発を進めていると語りました。
世界一のスパコンとして有名になった京コンピュータではSIMD(Single Instruction Stream, Multiple Data Stream)という演算機構が搭載されていますが、AthenaでもSIMDを含めた京コンピュータの数々の技術を実装しようとしています。
Athenaでは、ハードウェアの拡張性を実現するために、ビルディングブロック(Building Block)方式を採用しています。ビルディングブロックはCPUやメモリといったハードウェアの基本性能をモジュール化したもので、Athenaでは1つのビルディングブロックに最大で4つのCPUおよび2TBのメモリを搭載することができます。つまり1つのビルディングブロックで64コアまで拡張できることになります。また、規模やコストに応じてビルディングブロックの数を1から最大16までスケール可能で、ビルディングブロック間の伝送スピードは最大14.5Gbpsという高速性を実現しています。スモールスタートにもスケールアップにも柔軟に対応できる点は、ビジネスソリューションとして重要な特徴といえます。
ビッグデータ分析やマイニング処理などを高速化するため、メモリに関しても大容量化が図られており、1CPUあたり最大512GB、1システムあたり32TBまで搭載可能となっています。
Athenaで採用されている冷却技術のLLCは、水冷に空冷を組み合わせたハイブリッドなシステムです。熱が発生しやすいCPUの周りなどは液体で冷却し、その熱を冷媒(液体)でラジエータに移動させ、冷たい風で空気冷却を行うことで全体を均等に冷やすことができるしくみです。LLCのメリットとしては、ヒートシンクの小型化や、CPUとメモリ間の距離の最小化などが挙げられますが、こうした設計の一端に富士通の強固な技術ポリシーを見ることができます。
そしてAthena最大の特徴とも言えるSoftware on Chipにより、従来のSPARC64チップや競合他社製品に比べ、非常に高いパフォーマンスを実現しています。たとえばSPECint_rate2006においては、IBM Power 7搭載サーバの約2倍の性能を達成しています。
特筆すべきは暗号化におけるパフォーマンスです。SPARC64 XはCPUの命令レベルで暗号化機能をサポートしており、同じ3GHzのSPARC64 XII+と比較しても、暗号化では162.6倍、復号化でも158.9倍という高いパフォーマンスを実現しています。
豊木氏によれば、Athenaの製品化は「2013年のそれほど遅くないうちに、富士通とオラクルの両社からリリース」を予定しているとのこと。より速いパフォーマンス達成をめざし、現在も検証が続けられています。搭載OSはもちろんSolaris 10および11です。
AthenaはOracle Databaseの動作を前提にしていますが、その他のエンタープライズ向けデータベースもほとんどのものは動作可能です。ただし、Athenaならではの高速性をを活かすにはやはりOracle Databaseが最適だといえます。また、Oracle Databaseも今後はAthenaでの動作を考慮して開発が行われるとのこと。豊木氏の基調講演にはオラクルのデータベース開発における最高責任者であるアンディ・メンデルソン氏も登場し、Athenaに対する両社の強いパートナーシップを内外に示したかたちとなりました。
メインフレームから培ってきた富士通のエンジニアリングDNAをすべて詰め込んだAthenaプロジェクト。豊木氏は具体的な数字こそ示しませんでしたが、Atenaには相当の人員とコストをかけているとコメントしています。だからこそAthenaの成功は富士通がグローバルICT企業として新たな一歩を踏み出すきっかけとなる可能性が高いのです。すこし大げさにいえば、日本企業の技術がグローバルでふたたび認められるかどうか、その試金石となるやもしれません。正式にリリースが発表されたとき、Athenaがどんなパフォーマンスを見せてくれるのかに期待がかかります。