9月30日~10月4日にかけ、米サンフランシスコで開催されたオラクルの年次イベント「Oracle OpenWorld 2012」。この期間中、サンフランシスコは街全体がオラクルレッドで文字通り赤く染まります。ダウンタウンの中心スポットであるユニオンスクエアも、この期間中はオラクルスクエアに様変わり。会場であるモスコーン・コンベンションセンターの周辺道路は完全封鎖。サンフランシスコ市民にとってはなんとも不便を強いられる1週間ですが、ダウンタウンはもとより、空港近くのホテルまでほぼ満室の状態がつづくこの期間の経済効果ははかりしれません。
オラクルにとってもサンフランシスコにとっても年に一度のフェスティバルであるOracle OpenWorldですが、その主役はやはりこの人、ローレンス・エリソンCEO、通称"ラリー"をおいてほかにいません。世界中のプレス関係者は毎回彼がOOWで何を言ってくれるのか、もとい、どの会社を徹底的にdisるのかを期待に胸膨らませながら、ラリーのキーノートを待つのです。そう、OOWでは毎年、ラリーはある特定の企業にターゲット絞って急接近します。ターゲットとなるのはほとんどがその市場でトップを勝ち得ている企業、つまりラリーとオラクルがなんとしても打ち負かしたい企業でもあります。
過去、俎上に上がったRed Hat、IBM、Salesforce.comなどの名前を見れば、オラクルがどの市場でシェアを獲りたいのかが見えてきます。もっとも4月に日本で行われたOOW Tokyoでは、競合他社に対しての攻撃よりも、Javaパテントの件で係争中だったGoogleに対しての腹ただしい感情を隠すことなくぶちまけていた姿が印象的でした。
というわけで、筆者にとっては久々のOOWでの生ラリー、いったいどんな悪口雑言を聞かせてくれるのかとワクワクしていたのですが……あれ? なんか様子が違う?? どうも今年は社長のマーク・ハード氏にきつく言い含められたらしく、競合他社を攻撃するシーンはキーノートの中でもほとんど見られませんでした。しかし! disらないラリーなんてラリーじゃない!! というのは本人も自覚しているのか、自身の内なるdisりキャラを抑えられないのか、キーノートのところどころでプチdisったーを披露してくれる場面もちょこちょこと。いくぶん消化不良な感はありますが、本稿では数少ないdisり発言の中から、SAP HANAに対する口撃を取り上げ、オラクルの2013年度の戦略の一端を(無理やり)ひもといてみたいと思います。
disりにつける薬なし
ラリーはOOWの期間中、たいていキーノートを2回行います。今回は初日の9月30日、3日目の10月2日にそれぞれ登場しました。
9月30日のプレゼンでは、いきなり4つの新発表を自らの口で公開。こういう発表は日を追って順に行われると思っていた我々プレス陣は大慌て。おかげで、その後のエグゼクティブの発表がどうしてもラリーの後追いにしか聞こえず、インパクトがかなり弱まることになってしまいましたが、これもラリーのせいなら仕方がないでしょう……。
ラリーが発表した4つの新発表は次の4つです。
- IaaS市場への参入
- Oracle Private Cloudの開始
- Oracle Database 12cのリリース
- インメモリマシンに生まれ変わったExadata X3
ここで注目したいのはオラクルのフラグシップデータベースマシンであるExadataがインメモリマシンとして進化したことです。今年ずいぶん耳にする機会が多かったインメモリという単語ですが、そのトレンドをワールドワイドで牽引したのがSAPのインメモリデータベース「SAP HANA」であることは間違いありません。ディスクではなく、メモリ上でデータベース処理を行い、リアルタイム分析などに強い威力を発揮するソリューションとして、ビッグデータブームとも重なり、非常に高い注目を集めています。
オラクルはインメモリ分析アプライアンスとしてTimesTenを搭載したExalyticsをラインナップに持っていますが、正直、知名度としてはSAP HANAのほうがかなり上です。二番手以下という言葉を腹の底から嫌うラリーのこと、インメモリからイメージされる企業がSAPでなくてオラクルであるためには、フラグシップ機をインメモリにしてしまうという発想を得ても不思議ではないでしょう。
Exadata X3のインメモリ機構は、1ラックあたり最大で22テラバイトのフラッシュメモリ(SSD)、そして4テラバイトのDRAMを備えています。つまり最大26テラバイトという計算になります。26テラバイトのメモリをフルに使えば、それはそれは高速なI/Oが実現することでしょう。とくに書き込み速度は秒間100万を超えるとも言われており、オラクルのシステムテクノロジ担当シニアバイスプレジデントのホアン・ルイーザ氏は「20年以上、データベースで仕事をしてきたけど、書き込みがここまで爆速なシステムは本当にはじめて」とコメントしています。
もともと超高速データベースマシンを掲げるExadataですが、それをインメモリでさらに加速させたことを自慢したくてたまらないラリー、マーク・ハード社長から「HANAをdisったらダメだからね!」ときつく注意されていたにもかかわらず、キーノートでの「26テラバイトのインメモリってすごいだろ。えーと、SAPのHANAとかいうシステムは0.5テラバイト…? いやーずいぶん小さいんだねえ(ぷーくすくすくす)」という発言を抑えることをできず、我々プレスを大いに喜ばせてくれました。翌日、マーク・ハードは「ラリーには絶対disるなって言ったんだけどなあ……」と苦笑いでコメントしています。disりキャラにはつける薬なしといったところでしょうか。
インメモリDBで勝負をかける
2回目のキーノートでは、インメモリとリアルタイム分析に対するオラクルのフォーカスを強調するためか、「Endeca」という非構造化データ検索を得意とする製品を使ってデモンストレーションを行ったラリー。ラリーが自ら演壇でデモを行うのはOOWでも非常にめずらしい光景です。デモのために思わずメガネをかけたお姿に、いつもエネルギッシュなラリーもいいトシなのね…とちょっと寂しい気持ちがこみあげます。
ちなみにEndecaとは昨年、オラクルが買収したドイツのエンタープライズデータ検索/分析を得意とするEndecaの技術がベースになっています。オラクルは先日、リアルタイム分析マシンであるExalytics上でこのEndecaをエンジンとして連携可能にしたことを発表しました。今回のデモではこのEndecaとExalyticsを使い、「約50億のツイートから、レクサスをプロモーションするのに最も適したオリンピックアスリートを検索する」というリアルタイム分析を行っています。なぜレクサス? と思う向きもいるかと思いますが、実はLexus LFAはラリーが心から愛するクルマのひとつ。豆知識ですが、東京・青山にある日本オラクルの本社ビルには1階にレクサスのショールームが入っています。
閑話休題。TwitterやFacebookといった巨大ソーシャルメディアのデータ分析は、マーケティング戦略上、これからの企業活動には欠かせないと言われています。これらのデータはフロー型であり、リアルタイムにどんどん流れていってしまうため、分析においてもリアルタイム性が求められるケースが増えてきています。また、データ自体も非構造化データといわれるタイプのものが多いのですが、Endecaはこの非構造化データの高速検索に非常にすぐれているソリューションです。
デモではツイートの内容、リツイート数、メンション、ハッシュタグなどさまざまなスコープを通してリアルタイムに分析を繰り返し、体操女子で個人総合で金メダルを獲得したガブリエル・ダグラス選手が、レクサスのプロモーションに最適な人物として選ばれました。まあ、トヨタが彼女を採用するかどうかはともかく、「ほかの企業はビッグデータというとバッチ処理やMapReduceの話ばかり。リアルタイム分析こそビッグデータのメイン」とリアルタイムへのフォーカスを強調します。オラクルもふだんはExadataによるバッチ処理の高速化を謳ったりしているのですが、とりあえず今回は"インメモリ&リアルタイムのオラクル"を印象づけるのが目的ですから、細かいことは気にしないほうがいいのでしょう。
さて、インメモリデータベースで市場をリードする、というか市場を作り上げてきたSAPが黙っているかというと、もちろん反撃しないわけがありません。OOWでは毎回、こうしてラリーにdisられた企業のトップが翌日には反論コメントを公開するのが半ばお約束となっています。SAPでCTOの役職にあり、HANA開発における総責任者のビシャル・シッカ氏は「オラクルは我々が長年提唱してきたインメモリの世界にようやく足を踏み入れた。その事自体は歓迎する。しかし、HANAに対しての間違いを看過するわけにはいかない。そもそもDRAMとSSDを単純に足してインメモリで26テラバイトというのはおかしい」として、以下のポイントをブログで指摘しています。
- 大規模並列、マルチコアの利用を徹底的に極めたHANAはごく小さいシステムから超巨大システムまで自在に、制限なくスケールする
- 我々はすでにIBM、HP、富士通、シスコの4社から16ノードのHANAマシンをリリースしているが、それぞれ16TBのDRAMが利用可能だ。つまりExadataの4倍のDRAMである。ついでに言うとこれらのマシンには32TBまで増設可能だ。IBMなら40TBはいける
- サンタクララにあるHANA最大のシステムは100ノードで4000コア、100TBのDRAMで構成されている。将来的には250TBまで拡張可能だ。ラリーが見たいというならいつでも喜んで招待する
なんだか筆者も書いていてわけがわからなくなってきましたが、要するにインメモリマシンで動くOracle Databaseと、コモデティに近いサーバで動くインメモリデータベースのSAP HANA、単純に比較するのはたしかに難しそうです。Exadataも8ラックまでスケールするはずなので、また数字の戦いになるとややこしい……。いっそのこと、来年のOOWではラリーとビシャル氏、もしくはSAPの創業者でHANAの生みの親でもあるハッソ・プラットナー氏が直接対決していただきたいものです。なんといってもラリーとハッソは同じ68歳、お互い今のIT業界の礎を作り上げてきた功労者どうしですし…(ラリー、若っ!!!)
スポンサーだろうが容赦なし
今回、ラリーがちくちくと攻撃したのはSAPだけではありません。「EMCのマシンを何台も並べて無駄なコストをかけて遅い処理を行うか、Exadataでお得に速く済ませるか、どっちがいいかは明白」「クラウドのライバルはSaaSはSalesforce.com、IaaSではAWS。IBMは我々のライバルではない」「Salesforce.comのクラウドではお客はどこにも環境を移せない(ベンダロックイン)。オラクルのクラウドは顧客が置きたいところに置ける」……うーん、やっぱりいつもよりはおとなしい感じがするのは筆者だけでしょうか。
なお、EMCはOOWのスポンサー企業でもあり、3日目のスポンサーキーノートではEMC会長のジョー・ツッチ氏がプレゼンを行っています。日本ならスポンサー企業をキーノートでdisるなんてことはまずありえないですが、そこはツッチ会長も慣れたもの、自身のキーノートでは開口一番、「おとといはラリーからとてもあたたかい言葉をもらって感謝してるよ」とさらっと受け流すあたり、さすがの度量を感じます。みんなラリーのことは大目に見るんだなあ。
余談ですが、オラクルにはあの"ムーアの法則"ならぬ"ラリーの法則"があるそうです。この話を暴露したのは4日目(10月3日)のキーノートに登場したシステム担当バイスプレジデントを務めるジョン・ファウラー氏。SunマシンやSolaris、Oracle Linuxなどの総責任者です。ムーアの法則は2年ごとにCPUの性能が2倍になるというものですが、オラクルでは新世代の製品を出そうとするたびに「前バージョンの2倍の性能にしろ」とラリーから言い渡されるそう。2倍にするって、そんな簡単な話じゃないんですけど……と懇願してもまったく聞く耳をもたず、とにかく「2倍にしろ」とそれだけ。「おかげで我々エンジニアは苦労しっぱなしだよ」とこぼすファウラー氏。今回、Exadataのワークロード処理速度は2倍どころか10倍、場合によっては100倍近くに向上したと言われていますが、それもこうした社内への煽り…じゃなく叱咤激励が奏功した結果なのでしょう。
1年前に世界中から惜しまれて亡くなったスティーブ・ジョブズと大親友だったラリー・エリソン。ジョブズ亡きいま、IT業界広しといえども、ここまで我々の心をがっちりと掴んで離さないキャラをもった企業トップはほかに見当たりません。最近では超美人エンジニアで産休ゼロで職場復帰のマリッサ・メイヤー(Yahoo!)、結婚式の写真がサバンナ高橋といとうあさこのコスプレではないかとも話題になったマーク・ザッカバーグ(Facebook)など、そこそこ目立つCEOも登場していますが、ラリー・エリソンほどの強烈なインパクトをもつには残念ながら若すぎるというか役不足。まあ、たぶん目指してもいないとは思いますが。願わくばラリーには、あと1、2年は引退などは考えず、IT業界の活性化と技術の進化のためにもあちこちでわがままいっぱいに大暴れしていただきたいと心から願っております。