KDDIが提供する「SATCH」は、スマートフォンで手軽にAR(拡張現実)を楽しめるアプリ、およびその開発のためのプラットフォームの総称です。KDDIでは、ARアプリを開発するための無償ツール「SACTH SDK」を提供するとともに、開発者向けのサイト「SATCH Developers」も用意して、AR開発をバックアップしています。こういった環境の整備が進む中、今年もKDDIと技術評論社による、「SATCH」を使用したARアプリ開発コンテスト「察知人間コンテスト」が開催されました。今回は、その決勝戦と授賞式の模様をお届けします。
第2回「察知人間コンテスト」、6作品が最終審査に臨む
KDDIと技術評論社の共催による、「SATCH」を使用したARアプリ開発コンテスト「察知人間コンテスト」が今年も開催されました。2013年5月17日、50点の応募の中から2回の審査を勝ち抜いた6チームが、東京・代官山の「シアターサイバード」に集まりました。なお、この様子はUstreamでも生中継されました。
開会の言葉は、前回に引き続き審査委員長を務める、AR三兄弟の長男である川田十夢氏が登壇。
「おかげさまで『察知人間コンテスト』も今回で2回目を迎えることができました。今回も本当におもしろい、見たことのないような優秀な作品が集まり、審査員の間で議論を重ねた結果、6作品が最終審査に残りました。この6作品はシステム的にもおもしろく、いずれも一般にリリースしても遜色のない品質に仕上がっています。
『察知人間コンテスト』という名前は私が考えたのですが、システムというものは人間が介在して初めて成立するものです。実用性も大事ですが、やはりアプリを使うことで未来がキラキラして見えたり、楽しい、おもしろいと感じられるものが良いと思います。今回の6作品は、二次審査では非常に僅差でした。この最終審査のパフォーマンス次第で、誰が大賞を取ってもおかしくない状態です。みなさん気を楽にして、楽しくプレゼンしてください。私も楽しみにしています」と述べました。
続いて、審査委員が紹介されました。最終審査の審査委員は以下のとおりです。
- KDDI(株) 新規ビジネス推進本部 オープンプラットフォームビジネス部長:鴨志田博礼氏
- AR三兄弟 長男:川田十夢氏
- (株)ワンパク 代表取締役 クリエイティブディレクター:阿部淳也氏
- (株)人間 代表取締役:山根淳氏
- (株)技術評論社 クロスメディア事業部:馮(ふぉん)富久氏
音色カメラ
そして、いよいよ6作品のプレゼンテーションの開始です。プレゼンは、田中雅也氏の「音色カメラ」から始まりました。田中氏は「ARというと、カメラを何かにかざすことで3D画像や動画、情報などが表示されるというイメージがあると思います。でも、ARは『拡張現実』ですから、表示に限定されるものではないと考え、『音』に注目しました」と言います。
とはいえ、マーカーを写すことで音楽を鳴らすだけではおもしろくありません。そこで田中氏は、目の前の色を使って何かできないか、たとえば赤なら「ド」、黄色なら「レ」というように音を鳴らすことで現実を拡張してみようと考え、作成したのが本アプリです。アプリは、マーカーを認識して音を再生する「オートモード」と、カメラで写した場所の音を再生する「マニュアルモード」の2種類のモードを用意しました。ただし、マニュアルモードは「SATCH SDK」では実現できないため、標準のAPIを活用しています。
オートモードでは、画像をマーカーとして登録しています。SATCHの画像認識は特徴点のみ認識し、色は無視するという特徴があるので、それを逆手にとって空いているスペースに色を配置するようにしました。配置した色を順に読み込むことで音楽を再生するようにしたのです。マーカー内に指定できる色の数は、マーカーごとに固定で持たせており、枠内にマーカーを写すと情報を引き抜き、再生ボタンを押すことで音を再生します。一方、マニュアルモードでは、画面に表示されている枠内の色を判断して再生します。
デモでは、まずオートモードを紹介しました。アプリが画像を認識すると色を枠で表示し、再生ボタンを押すことで認識した色を音で再生しました。また、音色はギターやピアノなどに切り替えられます。マニュアルモードでは折り紙やクレヨンで塗った色を写し、色に合わせた音を再生しました。音階だけでなく音声を再生することもできるとして、認識した色を「あか」「きいろ」など音声で再生。さらに信号の絵を写して「動く」「止まる」などの音声を再生し、知育にも活用できることをアピールしました。
田中氏は今後の課題として、太陽光や蛍光灯など環境によって誤認識が発生することを挙げました。キャリブレーション用のマーカーで精度を上げるようにしているのですが、まだ精度に問題があると言います。また、複数の色を同時に認識して同時再生したり、再生にリズムを取り入れて音楽らしい表現を可能にしたいとしました。さらには、音色データをインターネットからダウンロードして追加できるようにしたいと言います。そのために、音色の作成ツール、マーカーの設定ツールも作成しており、審査員を驚かせました。
モアイどこ置く?
続いて登場したのは、どこおく制作チームの「モアイどこ置く?」です。このアプリは、遺跡や建造物を日常の風景に重ねることで、その大きさを実感することでコンセプトとしています。アプリはカメラ画面と設定画面の2つで構成されており、カメラ画面に風景を写しながら画面下にある遺跡のアイコンを選ぶことで、画面に遺跡を表示します。設定画面には、昼夜のモード切り替えや地面の表示・非表示、カメラの高さ、対比する人物の表示・非表示などの設定が用意されています。
日常の見慣れた風景に遺跡を置くことで、新たな発見をしたり、楽しさやおもしろさを感じることができます。実際に、消防署の横にモアイを置いた写真や、道路際にスフィンクスを置いた写真を紹介しました。表示した遺跡や建造物は、加速度センサを使うことで見上げてみたり、コンパス機能によっていろいろな角度から見ることができます。視点の変更も可能で、たとえば上から見下ろすこともできます。複数の遺跡を同時に配置することも可能で、遺跡や建造物同士を比較することもできるのです。
デモでは会場内にモアイを登場させ、会場を沸かせました。GPSの精度の問題から、思いどおりの場所に置くことは難しいと言いますが、最大といわれている20メートルものモアイが会場に出現したのは迫力がありました。今後の課題については、ARを表示するために日常の風景を取り込む部分での実装が不十分であることを挙げました。これがうまく実装できれば、表示した遺跡などに対して自分が動くことで視点が変わり、リアルさを増すことができるとしました。
てづくりARすごろく♪
3番目のエントリーは、チームM.Labの「てづくりARすごろく♪」です。親子などでボードを手作りして遊べる「すごろく」で、アプリはプレイヤー設定とサイコロ、ポイント計算、そしてマスの内容をARで表示することに使います。まずは紙に道を描き、好きな場所にマスを貼り、各自のコマを用意します。マスは「10ポイントマス」「うれしいマス」「がっかりマス」「ふしぎマス」「スタートマス」の5種類が用意されています。ボードが完成したら、アプリでまず「人数」「世界」「キャラクター」「あがりポイント」を設定します。
世界には動物園や宇宙、遊園地などがあり、世界を選ぶことでそれに合ったキャラクターが選べるようになります。あとはアプリの表示に従って、順番にサイコロボタンを押してコマを進めていきます。止まったマスをアプリでかざすことで、マスの種類に合わせた指示がランダムに表示されます。「SATCH SDK」の機能によって、認識したARマスの画面表示が保持されるので、指示もじっくり確認できます。マスによってポイントが増減したり、なぞなぞや「お題」が表示され、設定したポイントに達したらゲーム終了です。
今後は「世界」や「キャラクター」を増やしていくことを挙げ、また本アプリはボードを自作するため、「考えて工夫するようになる」「協力する大切さに気づく」「親子や友達の絆が深まる」「ものづくりの喜びを知る」といったメリットがあるとしました。実際に、子供達と楽しく遊んでいる動画も流され、会場がほのぼのした雰囲気に包まれました。最後に「子供達にものづくりの楽しさを教えていきたい」として、プレゼンを締めくくりました。
折り紙AR
4番目に登場したのは、弘田月彦氏による「折り紙AR」です。弘田氏は北翔大学の研究生で、なんと北海道からのエントリー。本アプリは、折り紙の折り方をARのアニメーションで教えてくれるアプリで、カメラをかざすことで折り方の次の手順がCGで表示されるというものです。弘田氏はコンセプトとして、「折り方をわかりやすく」「いろいろなものを折りたい」「折った後も楽しみたい」の3つを挙げました。
アプリの仕組みは、模様のついた専用のシートの上で折り紙を折ることで、模様の形状の変化から折り紙の形を認識し、各手順を判別するようにしています。このため、折り紙はごく一般的なものを使用できます。続いて弘田氏は、実際に折り紙を折るデモを行いました。まずはアプリで、折りたいものを選びます。アプリを起動すると「セミ」と「ハト」のボタンが表示されました。折るものを選んだら、専用のシートに折り紙を載せることで、手順がテキストと3Dアニメーションで表示されます。
デモでは光源の関係で折り紙の折り目に影が出てしまい、認識しづらいこともありました。しかし、無事にハトが完成。「折った後の楽しみ」は、完成したハトをカメラで写すことでハトが鳴きながら羽ばたくというものでした。弘田氏は、折り紙で折った動物などの名前や鳴き声を覚える知育教材としての展開もあるとしました。また、今後の課題として「認識の向上」と「バリエーションの追加」を挙げ、プレゼンを終えました。
Trap Hole Drawing Game
5番目は、H.P.s.b.Iの「Trap Hole Drawing Game」です。本アプリは、上空から落ちてくるいろいろな立体物の輪郭を描画用のPlayシートに描いて、次々に捕獲していくというゲームです。いかに輪郭を正確に描くかがポイントで、正確性が高いほどポイントも高くなります。また、捕獲した図形が最終的に1つの絵になることも特徴です。立体物をカメラ越しに見ながら、実際の紙にペンなどで形を描くという「リアルとバーチャルが相互作用すること」、そして「ARでなければ実現できないゲーム」です。
開発環境はSATCHとEclipse、ライブラリはOpenCV、OpenGL ESを使用し、言語はJavaを使用しています。SATCH SDKではD'Fusion Argumented Realityの技術を利用して、Playシートを直接マーカーとして使用したり、マーカーが手が隠れてもトラッキングできるようにしています。また、リアルとバーチャル間の座標変換には gluProject( )関数と gluUnProject( )関数を使用しています。とくに輪郭の抽出には工夫がみられました。
デモを実施した後、今後の課題として、落下物の座標によってマスクを作成しているため、ある程度落下位置が離れていないと輪郭抽出ができないことを挙げました。また技術的な課題として、タップして画像を保存しないと輪郭抽出できないこと、Playシートより奥にオブジェクトを描画できないこと、抽出した輪郭の三次元位置がずれるときがあることを挙げました。ただし、解決の糸口はつかめていると言います。ゲームとしては、難易度を変更できるようにして子供から一般向けまで幅広く楽しめるようにしたいと述べました。
乗っ取りカメラ
最後に登場したのは、秋山裕志氏の「乗っ取りカメラ」です。この秋山氏、実は「モアイどこ置く?」のプレゼンを行った秋山氏の旦那さんなのです。秋山氏は、「察知人間コンテスト」という名称から「何を察知するか」を考えた結果、人の感覚は目に見えないものだから、それを察知できたらおもしろいのではないかと思いついたと言います。その発想から生まれたのが本アプリで、このアプリをインストールしている人同士でカメラ映像を「乗っ取り合う」ことが可能になります。
具体的には、ほかの人が持つデバイスのカメラ映像を自分のデバイスの画面に表示することができます。またその際には、自分のカメラ映像も別の人のデバイスに表示されます。アプリには「ARモード」と「乗っ取りモード」の2つのモードがあります。まずはARモードで周囲をカメラで見ると、「セカイカメラ」のようにアイコンが表示されます。このアイコンが「乗っ取りカメラ」をインストールしたデバイスであり、アイコンはそのカメラの映像になっています。AR表示されたアイコンをタップすることで乗っ取りモードへ移行、自分のデバイスにそのデバイスの映像が表示されます。
デモでは、Macをサーバとしてネットワーク環境を構築、川田氏が持つiPhoneと、奥様の持つiPadを秋山氏のデバイスに表示、実際にカメラを乗っ取る様子を再現しました。このデモには会場がどよめきました。秋山氏は本アプリの利用例として、不特定多数によるリアルタイム映像のシェアはもちろん、特定のコミュニティでの利用も提案しました。たとえばライブイベントで活用すれば、いろいろな角度からステージを見ることができます。
また、スポーツ観戦でも見やすい角度から試合を観戦できるほか、屋内で複数の競技が行われる場合にも活用できます。さらに、本アプリを鬼ごっこ、かくれんぼ、サバイバルゲームなどに導入することで、敵側の視界を察知して隠れながら移動したり、風景から場所を割り出すことも可能になります。乗っ取り先からさらに連続して乗っ取って行くこともできるので、いかに遠くまで行けるかというのも楽しそうです。逆に、50メートル以内にあるデバイスだけを認識するなどの活用法もあると秋山氏は今後の展開について語りました。
賞金100万円! 第2回のグランプリ受賞者は!?
6チームのプレゼン終了後、最終審査が行われました。その結果、グランプリは、秋山裕志氏の「乗っ取りカメラ」に決定しました。準グランプリにはチームM.Labの「てづくりARすごろく♪」、特別賞には弘田月彦氏の「折り紙AR」、田中雅也氏の「音色カメラ」、H.P.s.b.Iの「Trap Hole Drawing Game」がそれぞれ受賞しました。
各賞の授与が行われ、グランプリを受賞した「乗っ取りカメラ」について川田氏は「二次審査のときに可視化されていなかったのが、デモとして動いていたことに努力を感じました。アプリとしても、いろいろな使い方が考えられ、これからの広がりが期待できるということも含めて、素晴らしいアイデアだと思いました」とコメントしました。
準グランプリを受賞した「てづくりARすごろく♪」について、阿部氏は「全体的に二次審査の際に見たものよりもクオリティが上がっていて、マーカーひとつとっても可愛くなっていたり音が入っていたりと、そういうところが評価されました。また、プレゼンで流れた実際に使って遊んでいる映像も良く、ワークショップなどで使えるキットとして成立しています。その完成度の高さも高評価でした。そして何より、二次審査からの3週間ほどでここまでのクオリティに持ってきたことがすごいと思います」とコメントしました。
特別賞の「折り紙AR」について鴨志田氏は、「二次審査のときから完成度が高かった。ARの技術を使って、一歩進んだアプリのイメージがありました。SATCHの技術をふんだんに使ってもらっていますし、今後にも期待したい」と述べました。また「音色カメラ」について馮氏は、「ARが拡張する『感覚』の中で、映像だけでなく音という概念を合わせたことは、二次審査のときも評価されていました。音の色のイメージは人それぞれ持っていると思いますので、使う人によって楽しみ方も変わり、可能性があると思いました」と述べました。
そして「Trap Hole Drawing Game」について山根氏は、「企画書の段階から大好きなアプリでした。とくに、現実と画面上のことが生理的にイヤーな感じにマッチしているところが良かったです(笑)。今後はゲームとしての作り込みに期待したいと思います」とコメントしました。
続いて、受賞者からの一言がありました。「てづくりARすごろく♪」を制作したチームM.Labは、「このようなアプリを作れたのはSATCH SDKを提供していただけたおかげだと思います。私でも使いやすく、作りやすいものでした。ありがとうございました」(古賀氏)、「ありがとうございました。二次審査の後にいろいろな人にデモやテストなど協力していただきました。そういう方たちの協力あっての準グランプリだと思います」(勅使瓦氏)。
また「乗っ取りカメラ」を制作した秋山裕志氏は、「順番が最後だったので、他の方のデモやプレゼン資料のクオリティの高さに心が折れていたけど(笑)、グランプリをいただけて良かった。アプリはなんとなく『こんなことができたらおもしろいな』という思いで作っていました。それを評価いただき、おもしろいと言っていただけたことが、すごく嬉しいです」と述べました。
鴨志田氏はコンテストを総括して、「今回で2回目になりますが、第1回目に比べてクオリティもさることながら、発想がすごく広がっている印象を受けました。最近、いろいろなメーカーがARを使ってキャンペーンなどを展開していますが、今回選ばれた皆さん、アイデアを含めて幅や発想の広がりを感じました。審査をやっていて、グランプリなど『事業化できないの?』というお話をいただいたりと、ARがより身近な技術になってきていると感じる今回のコンテストでした。KDDIもますますSATCHを盛り上げていきたい。今後ともよろしくお願いします」と述べました。
コンテストの終了後には懇親会が開催されました。審査員、最終審査を戦った方々、関係者などが名刺を交換し、ARについて熱く楽しく語り合う姿が見られました。また懇親会では「乗っ取りカメラ」「モアイどこ置く?」の秋山夫妻が感想を聞かれ、旦那さんは「このコンテストを知ったのは、技術評論社Webサイトの『100万円』というバナーでした。アイデアのみでOKだったので、とりあえず応募しました。一次審査を通って、あわててアプリやSATCHの勉強をしました。ここまでがんばってきましたが、グランプリをいただけて良かった。ありがとうございました」とコメントしました。
奥様は「最終審査まで残れるとは思っていませんでした。場を盛り上げられるアプリになったらいいなと考えていたので、盛り上がってもらえたので成功かなと思います。まさか2人で残れるとは思わなかったのですが、良かったです」とコメントしました。最後に川田氏は「とても良いコンテストだと思います。次もぜひやりたいですね。見れば絶対におもしろいですから、次回はアプローチも工夫して盛り上げていきたいと思います。ARをおもしろいと思ってくれた方も引き続き楽しんで欲しい」と述べ、締めくくりました。