毎年恒例で5月ごろ・12月ごろに開催されるIT業界の経営者向け招待制イベント「Infinity Ventures Summit(IVS)」が12月3日と12月4日に京都にて開催されました。IVSはIT業界の経営陣が一同に会するイベントとして知られていますが、今年はイベント直後に登壇した企業の株価が大きく変わるなど影響力を増しているようです。
年の瀬を前に、今回のIVSの様子を振り返ってみたいと思います。
30代後半からデンマークで起業したZendesk
今年のIVSは、カスタマーサービスを効率化するクラウドサービスとして知られるデンマーク生まれのベンチャーのZendeskのCEO、Mikkel Svane氏のキーノートから始まりました。
けっしてスタートアップが多い国とは言えない人口600万人の小国デンマークでの起業。しかも共同創業者3人は30代後半からの起業でした。屋根裏のロフトで働き始めた3人は、カスタマーサポートをより良いものにできるのでは、と考えZendeskというサービスを作り上げていきます。
Zendeskの顧客の半分はカスタマーサービスへのシステムには投資したことがなく、Zendeskの登場によって企業のカスタマーサビースソリューションという新たな市場が生まれることになります。
しかし、Zendeskがアメリカ市場に進出し、資金調達を行おうとしたときにシリコンバレーに人脈が無かったためとても苦労したそうです。転機となったのが、Yammerやtwitterといったシリコンバレーでも有名な企業がZendeskを使い始めたこと。 そうした顧客からの声が現地のベンチャーキャピタルの信用を勝ち取る助けとなりました。
それにより急成長を続けているZendeskですが、Mikkel氏によると「6ヵ月ごとにまったく違う会社になっている」のだそうです。創業から500人に増えた社員の1/3が入社半年という状態で、会社を経営していて常に新しい課題が生まれ続けているとか。そのために「 素晴らしい人材を雇うことが何よりも大事だと思う。自分もリクルーティングには半分の時間をかけている」そうで、会社を成功させるために次の4つのことに注力していると語りました。
- とても健全な原則が必要
- 素晴らしい製品をつくる
- 顧客をハッピーにする
- 素晴らしいチームをつくる
B2B系の発表が目立った今年のIVS
前述のZendeskもそうですが、今年は他のセッションやIVSの名物であるスタートアップによるピッチイベント、LaunchPadでもBtoB系の企業が目立ちました。
LaunchPadで見事グランプリに輝いた、会員登録やパスワードを忘れたときに使われる読みにくい文字列の入力システムを改善するCapy CAPTCHAをはじめ、企業向けにクラウドソーシングによるA/Bテストを提供するplanBCD、スマホサイトでも活用できるサイト内分析ツールUSERDIVEが注目を集めていたほか、動画での就職活動、採用活動を支援するレクミーや美容師アシスタントとカットモデルのマッチングを行うhairmoなど、BtoBではないものの企業を顧客としたサービスが多く見られました。
また登壇者側に目を移すと、楽天の執行役員を経て、シリコンバレーでスマホアプリ向けアプリストアSEOツールのSearchManを起業した柴田尚樹氏がシリコンバレーでのモバイルアプリビジネス事情を紹介していました。
新しい成長の軸を模索するインターネット企業各社
ここ数年のIVSでは、ゲームをはじめソーシャルサービス関連などBtoC向けの発表が多くみられましたが、今回のIVSではBtoB関連のものが増え、また登壇した各社も新たな成長の軸を模索している様子が感じられました。
スマホやソーシャルネットワークサービスよるイノベーションが一段落する中で、次の機会や事業リスクを考えながら、各社が持続的な成長を続けていくために組織づくりに注力をしているようにもみられました。
「いい会社ほど危機感を持ちにくい」~危機感を持って会社を変化させようとするヤフー経営陣
「いい会社ほど危機感を持ちにくい」そんな言葉が飛び出したのは、「強い経営チーム・組織を創る」と題したセッションでのことです。そんなヤフーが危機感を持って取り組み始めたのが、今年10月に発表したEコマース革命。
楽天やアマゾンの後塵を排してきたヤフーショッピング。14年間サービスを継続する中で競合に対して勝つことができず、直近ではエンジニア数人で運営している状態だったそうです。「Eコマースよりもヤフーポータルの数千万円のブランドパネルが売れる広告のほうが儲かるので、経営陣がEコマースに力を入れていなかったのはあたりまえ」だったと別の「小売・Eコマースの未来像」と題したセッションでヤフーの執行役員である小澤隆夫氏は語りました。
しかしスマートフォン市場が想定以上に伸びる中、PCではキングであるヤフーの経営陣は危機感を持ちます。「 広告は人が多く来ているから価値がある。人が来ないヤフーのページには価値がなくなってしまう。人が多く来ている間にやるべきことは?」と考えた結果、成長の余地があるEコマースで「何度もEコマースに力をいれるといってきたが、今度は本気」で取り組むといいます。
そこで白羽の矢が立ったのが元楽天執行役員である小澤氏。「楽天市場の事業のことをやったことがないから(Eコマースについては)知らないよ」と最初は固辞したという小澤氏ですが、「でもいいじゃない、それっぽいよ」とヤフーの経営陣から説得されたそうです。
楽天市場の真似から脱却し、ヤフーが成功してきたことをEコマースに適用するということで「グーグルの検索エンジンを使っているけど、検索がヤフーの強み(笑)」と、「1億の商品を検索できるよりも、10億の商品を検索できるように」出店無料化に乗り出し、売上げに対するロイヤリティまでなくしてしまいます。
「楽天もアマゾンもヤフーショッピングに出店してくれ!」とステージで叫ぶ小澤氏に隣に座っていた楽天執行役員の北川拓也氏もたじたじ。
「有り体に言えばタオバオの真似」というこの無料戦略で、楽天やBASE, stores.jpといったEコマースサイトはもちろん、楽天と同じく登壇していた三越伊勢丹ホールディングス社長の大西洋氏にも呼びかけ会場は大爆笑となっていました。
こうしたノリの良さは、「つまらない会社になっていた。みんなが踊るお祭りの環境をどう創るか」と語ったヤフーの副社長の川邊氏ら、ヤフー経営陣による新しい企業文化と強い関わりがありそうです。そのためにヤフーではヤフーバリューという4つの価値観を掲げ、さらにそれを評価の軸にまで落とし込んでいるそうです。
そのヤフーバリューとは、
- 課題解決で楽しい
- フォーカスで楽しい
- 爆速で楽しい
- ワイルドって楽しい
の4つ。
小澤氏のステージ上でのワイルドな発言はまさにこのヤフーバリューを体現して自ら中心となって踊っているものだといえそうです。
LINE:贅肉をつけない経営。本当に必要な人だけを採用し一番必要なことに振り分ける
ユーザ数が全世界で3億人を越え、急成長を続けるLINEですが、勝って兜の緒を締めている様子が前述の「強い経営チーム・組織を創る」というセッションでのLINE社長の森川亮氏の発言から伝わってきました。
森川氏が社長になったときに「(勤続年数が長くなっている人の給与が高止まりしがちなので)社員の給与を全部リセットした。日本は世界的にみても賃金が高い。オペレーションとクリエイティブをわけてオペレーションを中国と福岡に持っていった」と語りました。
またLINEは人材紹介会社からも採用の基準が高いことで有名で、「人が足りない状況でも、採用のバーが下がるということはない。人材紹介会社から嫌われている(笑)」と言います。
「僕たちの会社は外国人も多く、中途も多かった。『マネジメントが必要じゃない人』が必要です、というのを大前提にしている。お互いに相談しあわないように、プロジェクトに切り分け、なるべく会議や情報共有をなくすようにしている。」そうです。
それによって、「実務に関係ない仕事が結構増えてしまう」マネージャーの仕事を減らし、人事評価も簡素化し1週間以内に終わるようにしていると言います。
「マネジメントが必要じゃない人だけ必要なので、マネジメントが必要な人は辞めていただく。サッカーでいえばドリブルができてシュートまで持っていける人に球を任せている。経営はうまくいっているときとうまくいっていないときで違うが、今はうまくいっているのでいかに邪魔しないか、走っている人に声をかけないようにしている」のだそうです。
「勝つためには速いスピードでいいものを出さないといけない」。そのために、「優秀な人を優先度の高いことに振り分ける」「何をやめるかを大事にしている」そうで、サービスが急成長している最中も贅肉をつけずに集中を続けるために、組織を変化させ、自己破壊を絶えず継続していることが伝わってきました。
森川氏の言葉は、ヤフーほど目立ったものではありませんでしたが、地味ながら手堅く事業を育ていくしたたかさを強く感じることができる面白いものでした。