2015年も残すところあとわずか。毎年この時期になるとIT業界でも「この1年を振り返る」or「これからの1年を占う」的な記事が増えてきますが、ことクラウドコンピューティングに限っていえば、Dockerをはじめとするコンテナの話題を耳にすることが多かったように思います。2014年のDockerはどちらかと言えば開発者コミュニティだけで盛り上がりがちなトピックでしたが、2015年はビジネスユーザを含む幅広い層にコンテナの有用性が知られることになった1年だったのではないでしょうか。
コンテナはなぜ今年のクラウド業界を大きく席巻することになったのか。そして2016年はどのような展開を見せるのか ─本稿では11月18日および19日に米サンフランシスコで開催されたクラウドカンファレンス「Gigaom Structure 2015」の取材をもとに、この1年のクラウドトレンドをもっとも彩ったコンテナの現状と今後の可能性について検証します。
「Gigaom Structure」とは
「Gigaom Structure」とはサンフランシスコに本拠を置くIT系Webメディア「Gigaom」が主催するクラウドをテーマにしたカンファレンスです。毎年2日間に渡って開催され、MicrosoftやIntelといった大企業のエグゼクティブから、起業したばかりのベンチャー企業トップ、大規模なクラウドアダプションを実現しているエンタープライズ企業のIT部門責任者、IT業界で強い影響力をもつベンチャーキャピタリストなど、クラウドに精通しているキーパーソンが登壇し、それぞれの専門分野や事業内容について20分間のセッションを展開します。
Gigaomは2015年3月15日、資金繰りの悪化が理由でオペレーション停止の状態となり、全社員が即日解雇というきびしい状況に陥りました。しかし8月に複数のネットメディアを運営するベンチャー企業Knowingly Corp.に買収されたことにより、新生Gigaomとして再びメディア事業を開始、Structureなどの関連イベントもあらためて開催される運びとなりました。「 Gigaom Structure 2015」は生まれ変わったGigaomがはじめて開催するカンファレンスとなり、約600名のオーディエンスが参加しました。
一度は業務停止状態に陥ったものの、新たな経営者のもとで再開した「Gigaom Structure」 。イベントの雰囲気はこれまでとほぼ同じだが、全体的にエンタープライズ寄りに
テスト環境から本格利用に進むコンテナ
西海岸でもトップクラスのベンチャーキャピタルとして知られるBattery Venturesは、これまでAkamai、Infoseek、XtremIOなど数多くのITベンチャー企業を成功へと導いてきました。そのBatteryにテクノロジフェローとして在籍するエイドリアン・コッククロフト(Adrian Cockcroft)氏はクラウドを含むテクノロジ業界において多大な影響力をもつ人物として知られており、Structureの常連スピーカーでもあります。コッククロフト氏はBatteryに移籍する以前、Netflixのチーフアーキテクトとして同社のAWS(Amazon Web Services)による大規模なクラウドアダプションを成功させており、クラウドのトレンドを語らせたら同氏の右に出る人は世界でもほとんどいないのではないでしょうか。
エイドリアン・コッククロフト氏
そのコッククロフト氏が今回もっとも強調した2015年のクラウドにおけるトレンドがDockerを中心とするコンテナ技術の隆盛です。コンテナが注目され始めたのは2014年でしたが、コッククロフト氏は「2014年はまだDockerが技術者の間で話題になるにとどまっていた。エンタープライズ企業のIT部門が本格的にコンテナを自社のロードマップに取り込み始めたのは2015年から」と指摘しています。
ではコンテナはなぜ今年になってから急速に多くのユーザから注目を集めるに至ったのでしょうか。コッククロフト氏は「( アプリケーションの)ビルド/デプロイ/実行という3つのプロセスにおいて、コードの移動による摩擦の解消、どんな環境にも移行できるポータビリティ、ニーズの変化に柔軟に対応するアジリティ」の3点にすぐれていることを挙げています。「 コンテナはこれまでのITでは実現し得なかった本当の意味での"プラガブル"の可能性を示唆した。コンテナのエコシステムがさらに拡大すれば、ネットワークもストレージもオーケストレーションさえもプラガブルで可能になる。そしてセキュリティのエンハンスもその上で実現できるようになるだろう」( コッククロフト氏)
2015年に大きく飛躍したコンテナとDockerですが、コッククロフト氏は「エンタープライズでの本格的なアダプションは2016年から」と予想しています。現状ではまだ本番環境でのコンテナアダプションは限られており、テスト環境として利用している企業がほとんどとのこと。「 現状ではコンテナ自体のライフスパンは非常に短く、たいていのコンテナは作成後、1時間以内にその寿命を終えている。これは"コンテナのためのコンテナ"として利用しているケースが多いことのあらわれだろう。ただし、2016年はより本番環境での採用が進むはずだ。現在、多くのスタートアップがDockerエコシステムにおけるセキュリティ、マネジメント、モニタリング/ロギングツールといった分野でのローンチを狙っており、その活動が本格化している」とコッククロフト氏は指摘しています。開発ツールやコンフィギュレーションといった技術者が好む分野だけでなく、エンタープライズに欠かせないセキュリティやマネジメントといった分野が成熟していけば、コンテナがその勢力を拡大する可能性はさらに高くなりそうです。
"真の意味"でのアプリケーションレベルによるインフラ構築が始まる
コンテナといえばDockerとイコールで考えがちですが、コンテナをめぐるエコシステムにはDocker以外にも重要なプレイヤーがいくつも存在します。その代表ともいえるCoreOSのCEOであるアレックス・ポルヴィ(Alex Polvi)氏、そしてGoogleでKubernetesプロジェクトを指揮するインフラストラクチャ部門シニアバイスプレジデント エリック・ブリューワー(Eric Brewer)氏が揃って今回のStructureに登壇しました。
エリック・ブリューワー氏(左)とアレックス・ポルヴィ氏(右)
前述のコッククロフト氏のセッションでもあったように、コンテナの利用シーンは2015年に劇的に増え、ブリューワー氏、ポルヴィ氏とともに登壇したCloud Technology Partnersのデビッド・リンシカム(David Linthicum)氏によれば「( コンテナの数は)毎月5倍ずつ増えている」ほどの成長を遂げています。その理由についてGoogleのコンテナ担当SVPであるブリューワー氏は「コンテナはより多くの魔法を可能にする(Containers enable more magic) 」とコメントしています。魔法とは、これまでできなかったことができるようになったことを指しており、それは「本当の意味でアプリケーションレベルでのインフラを構築可能にした」と続けています。
従来の仮想化技術は分散コンピューティングの世界に多くの変革をもたらしましたが、ハードウェアの存在を忘れるというレベルまでには到達できませんでした。その制約を解き放ち、ハードウェアではなくアプリケーションを中心としたシステムの構築を可能にした存在がコンテナだといえます。「 コンテナは"ビルディングブロック(building block)"という言葉を現実の感覚として捉えることを可能にする」というブリューワー氏の言葉に、インフラ構築の世界がコンテナにより大きく変化したことが伺えます。
もっともその"魔法"も使い方を間違っては効果が薄くなります。ブリューワー氏はコンテナを扱うために忘れてはならないポイントとして「パッケージングのためのコンテナと、単独でパフォーマンスを出すためのコンテナ、これは分けて考えるべき。一緒にしてはいけない」と強調しています。
コンテナの提供するベネフィットを受けるのはアプリケーション開発者だけではありません。ポルヴィ氏は「コンテナはアプリケーションの利用率を向上させ、一貫性を保持する。このメリットはビジネスにとっても大きい。とくに一貫性はポータビリティを担保するものであり、クラウドやデータセンターを併用しているハイブリッドな環境にとってより重要な特徴になる」と強調しています。この特徴は、現在多くのユーザが懸念している"クラウドベンダによるロックイン"を回避するにも有効だとされており、とくにオンプレミスとパブリッククラウドのハイブリッド環境でのコンテナ普及が拡がるポイントとなりそうです。
「AWSロックイン」へのカウンターとして期待されるコンテナ
前述したように、クラウドの普及が進む米国企業の間では現在、特定のクラウドベンダによるロックインを警戒する空気が強くなっています。もっと踏み込んでいえば「AWSによるロックインはできるなら避けたい」というニーズは確実に顕在化しています。「 AWSは現在のところ、多くのクラウドユーザにとって非常にハッピーな場所であることはたしかだ。しかしその威力も時間とともに小さくなっていくだろう。いま、クラウドの世界でイノベーションの主役はAWSではない。主役はオープンソースだ」 ─ これは今回のStructureに登壇したMesosphereのCEOであるフローリアン・レイバート(Florian Leibert)氏のコメントです。
フローリアン・レイバート氏
現状、AWSにロックインされていると主張する企業はそれほど多くありません。しかしオンプレミス全盛時代、特定のベンダにロックインされた経験をもつ企業は、クラウドでも同じことが起こらないよう、その予防線を張り始めています。クラウドであってもデータをいつでもどこでもポータブルな状態にしておく、そのニーズの強さが現在のコンテナブームを後押ししているのは間違いないようです。