9月24日、東京・北千住にある東京電機大学にて、「 HTML5 Conference 2017 」が開催されました。本稿では、基調講演の模様をレポートします。
基調講演の進行役であるhtml5j 代表の吉川徹氏は冒頭、「 HTML5の最初の草案が2008年に作成されてから、9年ほど経っています。これまでHTML5 Conferenceという名前でイベントを行ってましきたが、もしかしたら“ HTML5” と冠するのは今年が最後になるかもしれない。そういう意味ではカンファレンスの節目です」と述べました。
そして、村井純氏と及川卓也氏の話がありました。
村井純氏「Internet for 2050」
慶應義塾大学環境情報学部長・教授の村井純氏は、先日IAB(Internet Architecture Board)にて 「Internet for 2050」というタイトルで、2050年に向けてインターネットは何をすればいいのか、という議論を行ったと言います。そのときの議論が面白かったそうで、今回はそのときの村井氏自身の意見を、この場の参加者に尋ねてみたいと話しました。
この本題に入る前に、こんにちのインターネットについて、いくつか話がありました。
WIDEプロジェクトが来年30周年を迎える。管理している、M-Root DNSサーバーは今年20周年を迎えた。2050年がこれから30年と考えると、インターネットをデザインしてきた過去30年のトピックを振り返り、それらを反対側に折り込むと、なにか思いつくことがあるのではないか。
日本のIT周りの法整備の変化。インターネットを国民が使えるようにするための理念をまとめたIT基本法 (高度情報通信ネットワーク社会形成基本法)が2000年に、セキュリティのためにサイバーセキュリティ基本法 が2014年に制定された。そして昨年2016年に制定された官民データ活用推進基本法 で使われるデータは、Webの上で動き、Web上で使われることになる。
科学技術イノベーション予算戦略会議 での資料「官民研究開発投資拡大プログラムについて 」では、ターゲット領域検討の全体俯瞰図における基盤技術として、サイバーセキュリティ、プロセッシング、ネットワークなどのOSに近い技術が示された。
そして、「 俺にとってのインターネット原理」( Principlaes of the Internet to me)という村井氏自身の意見、次の8つの項目それぞれについて、同意するかどうかを参加者に問いかけました。問いかけとともに持論を説明しました。
フラグメントするなよ。グローバル標準だ。( The Internet is the Internet, not internet.)
全部の計算機資源はインターネットで最適利用できる。( Single platform for the global computing.)
洗練された分散処理の理想の基盤であるべきだ。( Ideal platform for sophisticated distributed systems.)
計算速度と量に対する要求はムーアの法則どころじゃない。( Moore type requirements on computing and processing.)
インターネット上のデータ量は無限に増えると考えるべきだ。( Infinity digital data traffic)
経路の冗長性、資源の補完性、その切替の判断がインターネットの命だ。( Redundant path, backup, contingency system)
分散した協調運用が神。安定して、柔軟な運用は分散システムとしてのみ可能。( Solid and flexible distributed system for operations)
システムを守ろう。人を守るのは社会がやる。( Secure the network system, not users)
村井氏は最後、9番目の項目を取り上げるにあたり、スペースシャトルから見える夜の地球、そして日本は昼のように明るいことを示しました。このことは地球がテクノロジーで支えられている環境であることだとし、このことを9番目の意見:
WEBが地球の環境だ(WEB is the environment of the planet)
につなげ、発表を締めくくりました。
及川卓也氏「新しい技術潮流とWeb」
元Chrome開発マネージャーの及川卓也氏は「新しい技術潮流とWeb」というタイトルで発表しました。技術イノベーションは非常に速いスピードで進展しており、そのなかでWebをどう捉えればいいのか、というのが今回の内容だと話しました。
最初に、エマージングテクノロジー(将来、実用化が期待される先端技術)がどういった形で普及していくかを示した、Hype Cycle の2017年版を示しました。取り上げられている技術のうち発表元のガートナーが注目している3つの分野は、機械学習や深層学習などいわゆる人工知能が遍在した社会(AI Everywhere) 、VRやARなどの透過的な没入感の体験(Transparently Immersive
Experiences) 、5Gや
Digital Twin 、ブロックチェーンなどのデジタル基盤(Digital Platforms)だと言います。及川氏は、これらにWebがどう関係するのでしょうか?と問いかけます。
また、2010年のGoogle I/Oで使われていた、デスクトップアプリケーションがWebアプリケーションに遷移してきたことを示す図を元に、及川氏が2017年現在まで拡張したものを示しました。図を見れば分かるとおり、モバイルアプリケーションにいくつか戻っているものがあり、これらはスマートフォンだけでしか体験できないものです。及川氏は「Webアプリケーションは明らかに進展しています。しかしスマートフォンをメインで使っている層が出てきているここ数年は、( Webアプリケーション開発者にとって)過渡期を感じているはず」と指摘し、Webは大きな岐路に立っていると話しました。
次に、先ほど取り上げた先端技術の3分野の技術を「AI」「 AR/VR」「 IoT, ブロックチェーン」に絞り、W3Cがどうしているのかを確認しました。そして、AI以外は、コミュニティグループが活動していることを紹介しました。
AIはW3Cで積極的に話されていませんが、機械学習や深層学習などのAI技術は明らかにどこでも使われる技術になっています。Googleも今年、モバイルファーストからAIファースト と標語を掲げました。ここにきて機械学習が普及し始めた理由は、データが十分なものがそろい、さらにGPUを汎用的に使う技術が広まってきたためです。そしてこのデータ取得の部分で、Webの果たした・果たす役割は大きいものだと及川氏は言います。
Webでのデータ取得は一般的に、スクレイピング、クローリングを行います。ただし機械学習などではデータの数が必要です。このことから「今まで以上にWebは人だけではなく、機械にも優しくある必要がある。つまり、セマンティック性がこの時代にとって大事になってきている」と述べていました。セマンティックにするために現在だとJSON-LDを使う方法があると紹介しました。また、ページ遷移がないシングルページアプリケーション、プログレッシブアプリに対してはHeadless Chromeを使う方法を挙げていました。
一つ心配しないといけないこととして、フェイクニュース を取り上げました。機械が学習した情報を元に自動的にWebページを生成できるようになるわけですが、間違っている情報を元に学習した場合には、間違った情報が掲載されたページ(悪意のあるコンテンツ)が生成されることにつながるからです。これにより機械同士が喧嘩することが起こりかねないと指摘しました。こういったことを回避するためには機械と人を組み合わせたソリューションが最強であり、その方向を目指すべきだと話しました。
まとめると、先に挙げた先端技術とWebの役割は次のような関係にあると示しました。
最後に、及川氏は「結論としては同じなのですが、Webは岐路に立っているからこそ再投資をし、さらには我々自身で再発明して、もう一度位置づけを明確にしていく必要があると思います。機械と人が最強という話をしました。Webというのは今回集まった人の中で語れるような技術だと思います。でも大事なのは人の部分だと思います。ぜひみなさんつながって、次の世代のWebというのを考えられると良いかなと思います」と締めくくりました。
今年のテーマは「We can do anything on the Web.」
基調講演の最後に、進行役の吉川氏は今年のイベントのテーマが「We can do anything on the Web.」であることを案内しました。そして現在、Webでできないことはないのではないか?いうくらい、多くの仕様があることを示しました 。
そして吉川氏は次のように述べて基調講演を締めくくりました。
「人によってはもうすこし足りない、まだまだ足りない、ということがあるかもしれない。けれども、我々はコミュニティなので、現状に即した言葉を言うだけではつまらない。我々はWeb上でなんでもできる、できるようになるという思いを込めて、この言葉を出しました。その可能性をカンファレンスで感じてもらえればと思います」( 吉川氏)