“ネ申エクセル”めぐって徹底討論! 「Excel方眼紙公開討論会」開催

9月30日、KFC Hall & Rooms(東京都墨田区)にて、グレープシティ⁠株⁠主催による討論イベント「Excel方眼紙公開討論会」が行われました。

会場入り口
会場入り口

Excel方眼紙とは、セルを正方形に設定してExcelをDTPソフトのように利用する手法で、多くの場合セルの結合や罫線の設定がふんだんに使われており、データの入力・再利用に難があるものが多く、是非については議論が絶えません。イベントではExcel方眼紙反対派、賛成派の登壇者によるセッション、両派によるディスカッションと質疑応答が行われました。

講演1:「ネ申タヒすべし:Excel方眼紙という時間泥棒」
立命館大学情報理工学部教授 上原 哲太郎氏

上原氏
上原氏

上原氏はExcel方眼紙反対派陣営。ソフトウェアハウス、省庁、大学とキャリアを踏む中で、さまざまなExcelファイルと出会ってきたと言います。

最初に上原氏が語ったのは表計算ソフトの歴史について。世界初のPC向け表計算ソフトVisiCalc(VisiCorp社、1979年)からMultiplan(Microsoft社、1982年⁠⁠、Lotus 1-2-3(Lotus Development社、1983年)と変遷していき、1985年にMicrosoft社がMacintosh版のExcelを発売、1987年からはWindows版も提供されました。Excelが登場した当初は、⁠職場の定型業務がほとんどまかなえるので、ソフトウェア工学が無用になるのでは」といった声もあったそうです。MicrosoftがOSとOfficeソフトをバンドルして提供するようになると、各家庭にもOfficeが入るようになり、Excelの、表計算以外の多様な使われ方が生み出されました。表計算ソフトを「表印刷ソフト」にしてしまったのはExcelだと上原氏は指摘しました。

それでは、企業でExcelがDTPソフトのように使われるようになったのはなぜでしょうか。上原氏は和歌山大学や京都大学で業務のシステム化を推進していた時代、自治体とのメールで初めてExcel帳簿に出会いました。時が経って総務省に入省したとき、上原氏はExcel帳簿の起源を知りました。⁠省の中をExcel帳簿が飛び交っており、各自治体のExcel帳簿もここから来ている」⁠上原氏⁠⁠。

このようなExcelの使い方に「ネ申エクセル」という名前が付いたのは、三重大学教育学部特任教授の奥村晴彦氏の2013年のツイートをまとめたTogetter公務員が公開するネ申Excelが日本の生産性を落としている話がきっかけだそうです。

なぜネ申Excelが今も使われ続けるかというと、とくに省庁での⁠紙⁠への信仰が根強いからだと上原氏は分析しています。⁠データのフローを帳票から考える昔からの慣習、証跡=印鑑のある書類への絶対的信頼、そして電子データという見えないものへの恐怖が、ネ申Excelを生き延びさせている」⁠上原氏⁠⁠。

“紙⁠への信仰
“紙”への信仰

ネ申Excel問題解決の鍵は、生産性への着目にある、と上原氏は指摘しました。もしもネ申エクセルを受け取ったら、その送り主に対して、⁠データと体裁の分離」について解説し、そのデータは何に使うのか、そもそもその仕事は必要かと分析を促すように諭すのが解決への道だと提案しました。

講演2:「Excel方眼紙がダメな理由を知りたい」
プログラマ:長岡 慶一氏

長岡氏
長岡氏

長岡氏はExcel方眼紙賛成派陣営。長岡氏のブログの2016年のエントリ教えてほしい。Excel方眼紙って何がそんなに悪いの?が話題となった経緯で今回、登壇の依頼がきたそうです。ただ立場としては「どちらかというと賛成派」で、1文字1セルといった極端なExcel方眼紙には反対とのことです。

長岡氏がイベント開催前にブログでとったExcel方眼紙についてのアンケートでは、65対35で反対派が有利とのことだったのですが、氏が注目したのは、一部の意見が食い違っていることでした。反対派からは「Excel方眼紙はレイアウトしにくい」という意見が出、賛成派からは「Excel方眼紙はレイアウトしやすい」という意見が出ていたのです。この結果から、両派は同じExcel方眼紙を見ていないのでは、という考えに至ったそうです。不便な使い方がネ申エクセル、便利な使い方がExcel方眼紙なのであって、ネ申エクセル=Excel方眼紙ではないのではと持論を展開しました。

長岡氏は、ネ申エクセル問題はExcel自体の問題、使い方の問題、方眼紙の問題に分解できるとし、便利に使えるはずのExcelをそうは使わないというところに問題の本質があると語りました。

ネ申エクセルの一例「1文字1セル」
ネ申エクセルの一例「1文字1セル」

方眼紙を使用した便利なExcel方眼紙として、長岡氏は普段の業務で使っているDBのスキーマ定義書を挙げました。そこでは結合セルを部分部分で使って読みやすくしている一方、VBAやSQLと連携しやすい作りも心掛けているそうです。そんな「良いExcel方眼紙」の条件として、

  • 便利に使えること
  • 結合セルは極力使わない
  • データを使い回すなら、そのしくみを考えておく
  • 印刷はおまけと考える
  • ページや章の概念は捨てる

の5つを掲げました。最後に提案として、入力用・加工用・表示用シートと、工程でシートを分ける方法を紹介しました。

「ネ申エクセルを語る」パネルディスカッション

最後のプログラムは上原氏、長岡氏に加え、一般社団法人実践ワークシート協会代表理事の田中 亨氏、福島コンピュータシステム⁠株⁠ビジネスシステム事業部の渡辺 恭浩氏も参加してのパネルディスカッションでした。

田中氏はExcelの情報サイトOffice TANAKAの運営や、Excelのセミナーを数多く行うExcelのプロ。渡辺氏はExcelの多機能アドインRelaxToolsの開発者です。

渡辺氏(左と)田中氏
渡辺氏(左と)田中氏

モデレータはPublickeyを運営するITジャーナリストの新野 淳一氏が務めました。

新野氏
新野氏

「ネ申」となる条件

新野氏:最初に「ネ申エクセル」⁠Excel方眼紙」という言葉の定義をあらためて確かめたいと思います。奥村晴彦氏は2013年、論文「ネ申Excel」問題を発表しました。論文では、Excelに代表される表計算ソフトをDTPソフトとして用い、データとしての再利用の困難な複雑な帳票を作成してしまうことが、ネ申Excel問題として提起されました。一方でExcel方眼紙というと、セルを正方形に設定した使い方を揶揄した言葉というイメージですが、みなさんはいかがでしょうか。

上原氏:ネ申エクセルは表をきれいに見せるために、さまざまなテクニックがされているもの。そのテクニックの1つに、正方形の設定があるという位置づけです。

長岡氏:ネ申エクセルとExcel方眼紙は使い分けています。方眼紙は単純にセルの形の設定でしかなく、ネ申と呼ばれるようになるにはまだ早いです。私の中では、文字を打つごとにカーソルキーやマウスの操作が発生してしまい、キーボードだけでは操作が完結しないものがネ申エクセルです。

新野氏:ネ申エクセルの元凶はどのような設定、使い方にあるでしょうか。

長岡氏:セル結合が一番大きいのではないでしょうか。セルの結合が正しい場所で使われていないのが、ネ申への昇格条件だと思います。

上原氏:セル結合そのものというよりは、入力をまったく想定していない、Excelの機能を破壊しているものが元凶だと思います。

田中氏:私はネ申エクセル、Excel方眼紙は一緒のことと思っています。生産性の悪い、また使いにくいものがネ申/Excel方眼紙。セル結合のほかに、円や人といった単位を手で入力させるものは、作り手は表示形式を知らないのではと憤りを覚えますね。

渡辺氏:ネ申は再利用性の悪いもの、方眼紙はセルの設定と使い分けていますね。方眼紙の中にも、良いものと悪いものがあると思います。

新野氏:河野太郎衆議院議員の2016年11月のツイート行革推進本部で文科省をよんで、こういう神エクセルを至急、全廃することにしました。も話題になりました。なぜ全廃の必要があるのでしょうか。

田中氏:もともとExcelを使うのは、生産性を上げるため。たとえば月と日を別々に入力させるものは、生産性を逆に下げています。

上原氏:私は生産性、ワークフローを考えてほしいという思いから、ネ申エクセルを悪と言っているというところもありますね。

新野氏:ネ申エクセルの条件にはどのようなものがあるでしょうか。

田中氏:個々の機能で説明は難しい。Excelで扱えるデータは大きく分けて、数字・文字・日付で、それを意識できているかどうかという使い手の問題になりますかね。

長岡氏:キーボードを打っていて、エンターとタブで自然に入力箇所が移動できないものですね。あとは、データの吸い出しやすさが損なわれてしまうような、規則性がないセル配置のもの。

渡辺氏:セルに見せかけた透明なシェイプ(図形)を見つけたりすると、げんなりしますね。私はSIをしていますが、お客様からこういった特殊な形式でやってくれと言われることも多々ありますね。

上原氏:その入力は何のためか。単票の入力であれば、そもそもその単票は必要か。その問いに答えられないのが真のネ申エクセル。Excelファイルがプリントアウトされたものがホッチキスで留められて保存されるだけでは、業務上必要な書類とは言えないでしょう。

許されざるExcel、許せるExcel

新野氏:ネ申エクセルであっても、この設定は許されるなどという妥協点はありますでしょうか。

上原氏:誰かに入力させたデータを何かしら再利用するのなら、Excelにちょっとは仕事をさせてあげてほしいですね。たとえば銀行名と銀行番号の紐づきを別のテーブルに持っておき、銀行名の入力だけで済むような工夫や、ふさわしくない入力をセルの色変えで警告するなどです。

長岡氏:データとして使い回さないのであれば、ネ申エクセルのままでも良いと思います。

田中氏:Excelについて勉強してほしい。最低限、手元の電卓を使わずExcelに計算させてほしい。そこが妥協点かなと思う。

新野氏:具体的に、どこから勉強すれば良いでしょうか。

田中氏:基礎からですね。どこからが基礎なのかは、どんな業務かにもよってしまいすが、⁠そもそもセルとは」⁠そもそもデータとは」という基礎知識ですかね。

上原氏:データと表現は絶対的に違うということを押さえてほしい。そこがないと、日付をデータ形式に変換することにたどりつけない。紙と鉛筆のように使ってしまう。Wordで言うと、スタイルを使わず、インデントを自分で入力してしまうことが挙げられます。

新野氏:これはむしろ便利なのでは、というExcel方眼紙はあるでしょうか。

長岡氏:私が気をつけているのは、結合するセルの数をシート全体でそろえることと、隠し列と隠し行(非表示)は使わないこと。これを守っていれば、VBAからデータを読み出しやすいんですよね。あとは、幅が違う表を複数含んだ書類では、Excel方眼紙として使うようにしています。

渡辺氏:説明資料ではExcel方眼紙は便利ですね。作り終えてから縮小してA4に収めるなど、あとから印刷サイズを決められるので、レイアウトの柔軟性は高いです。PowerPointだと、先にスライドのサイズがあらかた決まってしまっているので。

上原氏:単にDTPソフトとして使うならありだと思います。Excelの中だけで完結するなら、どんな複雑な設定も許されます。表示させるものを入力にも使うのが問題です。

新野氏:先ほど、生産性、ワークフローを考えてほしいという思いから、ネ申エクセルを悪と言っていると伺いました。

上原氏:声高に訴えることで、Excelから業務を構築することにブレーキをかけられるのではないかと思っています。

長岡氏:便利だと感じているExcel方眼紙にも飛び火するのは考え物ですが、いわゆるネ申エクセルがなくなるのには賛成ですね。

田中氏:基本的には同意です。Excelは魔法の道具などではなく、表計算ソフト。それ以外の用途で使う際は、罪悪感があってしかるべき。

新野氏:Excel方眼紙の代替ツールはあるでしょうか。

渡辺氏:宣伝になってしまいますが、ExcelにアドインするRelaxTools、あとはMarkDownもありますね。

田中氏:文書ならWord、アイデアをまとめるならPowerPointやOneNote。なんでもExcelはやめてほしい。

上原氏:会議の出席管理として、Excel方眼紙に入力するように言われたことがあるが、今は調整さんやGoogle FormsといったWebサービスがありますね。

来場者を交えた「ネ申Excel」Q&A

会場:Excelを基礎から勉強してほしいということですが、初心者向けのトレーニング方法はあるでしょうか?

田中氏:講習か入門書かというところは重要ではなく、自分で考えることが重要。⁠だってネットに書いてあったから」はやめて、ひとつひとつの機能に「なぜ」を考えながら勉強してほしい。

上原氏:学びたいのモチベーションを付けることが大事だと思います。成功体験を経験させてあげることが一番ですかね。

会場:ネ申エクセル=悪だと言っている人々を若い世代と仮定して、たとえば20年後、世代交代でネ申エクセルはなくなるでしょうか?

長岡氏:20年後には、ファイルという概念自体がなくなるかもしれないので、世代交代というよりは、技術の変化でなくなるかもしれないとは思います。

渡辺氏:たとえばRedmineのような代替ツールの登場によって、見た目としてのExcelはなくなると思います。

上原氏:大学の学生を見ていると、世代交代で技術の平均値が上がるというのには悲観的。キーボードが打てない人も増えています。スマホの普及で、ファイルという考え方の理解も怪しいほどです。

会場:一人一人にExcelの使い方を啓蒙していくのは無理があると感じています。組織全体での変革はどのように行えば良いでしょうか。

上原氏:担当者を置いてトップダウンで変えていくのが良いでしょう。

田中氏:Excelの間違った使い方をしている人には、⁠上の人が言うから」といった人が多いので、トップダウンによる変革は効果的。加えて、⁠こういう使い方はどうか」といった、ボトムアップでの提案も大事でしょう。

会場:大前提として、A4など規格が決まっている紙を基本に考えることが間違っていると思っています。そこからの脱却は可能でしょうか。

長岡氏:ページの概念をExcelに持ち込むのは悪ですよね。Excelなら項目・値だけの単純なもので良いと思います。

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会場:どのようにタイムスタンプや電子署名を普及させ、デジタルデータへの信頼性を上げれば良いでしょうか。

上原氏:たとえばログインのログをとっておくことで、トラブル時にはそれをたどれば解決できるなど、実際の業務と関連付けて説明するのが良いと思います。

長岡氏:多くの会社で、紙はもう必要なくなっています。各種クラウドサービスも出てきているので、そちらに舵を切る会社は増えてくるとは思います。

会場:DBのスキーマ定義書の作成にはほかに便利なフリーツールもありますが、Excelを使っているのはなぜでしょうか。

長岡氏:Excelはどこの会社でもあるから、というのが大きな理由。フリーのツールであっても、自分だけが使えるものでは不適当。そういったツールの普及度の問題もあります。

会場:DTP関係の者です。Excelで罫線を駆使して作った文書をPDF化したものを納品されることがよくあります。ただExcelの罫線は特殊で、厳密には罫線ではなく矩形です。なので太さ1つ変えるのでも作りなおしになってしまいます。ExcelによるDTPは安く済むというイメージがあるようですが、こういったコストがかかる場合が多いです。Excel、とくにExcelの罫線は、DTPの世界では蛇蝎のごとく嫌われています。

会場:現在プログラマをしています。情報教育の話が少し出ましたが、大学で学んだ情報のほとんどが現在役に立っていません。実用的な情報技術も大学で教えるべきではないでしょうか。

上原氏:大学では、10年20年先に持っておいてしかるべきものを教えています。Excelの技はそれにはあたりません。目の前の問題に対しても、コンピュータの動作原理やデータ構造といった基礎からの延長として対処してほしいという思いがあります。


Excel方眼紙をテーマに取り上げた、恐らく史上初の企画でしたが、Excelの苦労話には会場から同意の声が漏れたりなどと、強い一体感を感じられたイベントでした。

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