2017年9月30日、ベルサール六本木(東京)にて、シェアリングエコノミービジネスを展開するメルカリの技術カンファレンス「Mercari Tech Conf 2017」が開催されました。ここではその模様をお届けします。
第1回目のテーマは「NEXT」
Mercari Tech Conf 2017は、その名のとおり、フリマアプリ・サービス「Mercari(メルカリ) 」を支えるさまざまな技術にフォーカスを当て、メルカリが実現してきたこと、これから実現する未来について、専門的な内容で発表するカンファレンスです。
第1回目となる今回のテーマは「NEXT」 。4年間の成長の軌跡、3つのリージョンでの開発、そして、この先に何を見て、どこに向かっていくのか、それを探る1日となりました。
3人の技術キーマンによるリレー形式の基調講演
基調講演は、これまでのメルカリを同社の成長とともに支えてきた3人のキーマンが登壇し、リレー形式で発表を行いました。
メルカリの礎を築い事業コンセプト
トップバッターを務めたのは、株式会社ソウゾウのHead of Engineeringである鶴岡達也氏。ソウゾウの開発チームのマネジメントを担当しています。鶴岡氏のパートでは、メルカリ設立~成長まで、初期のメルカリについて、どのように開発・運用を行い、事業拡大をしてきたかについて説明が行われました。
株式会社ソウゾウ、Head of Engineeringである鶴岡達也氏
「 今でこそこの4年間で最も成長したIT企業として認知された」( 鶴岡氏)と前置きをしたうえで、「 設立時は取り壊し予定のシェアオフィスで経営者である山田進太郎氏をはじめ従業員が同じテーブルで業務・開発をする、いわゆるよくあるスタートアップ企業の1つでもあありました」と当時の社内風景写真とともに、思い出を語りました。
メルカリ創業当時の写真
よくあるスタートアップ企業がここまで成長できた要因として挙げたのが、「 メルカリの事業コンセプト」です。
1つは「優れた出品体験」 、もう1つは「競合よりも早いリリース」です。メルカリが誕生した当時、すでに日本国内にはいくつかのフリマアプリが存在し、立場としては後発だったメルカリが意識したのが、ユーザ体験、そして、後発の強みとして顕在化した課題をあらかじめ解決しながら早くリリースするという意識だったそう。
たとえば、インフラに関しては、リリース当時はスケールよりも開発とメンテナンス性を重視した結果、ハイエンドなサーバに集約する設計方針を採用していたとのこと。これは、サーバは3ヵ月持てば良いという割り切りから決められたもので、それ以上(のサービス規模)になった場合は、新しくサーバを準備するようにしていたのです。
その他、開発言語にPHPを採用した理由として、「 初期のメルカリエンジニアの経験値が最も高い言語だった」「 エンジニア同士の横のつながりが強かった」など、メルカリのエンジニアチームならではの特徴を最大限に活かすためであることを挙げました。
また、「 当初は(開発が複雑な)検索機能を実装しなかった(リリーススピードを優先) 」といった点や「商品画像の最適化(当時の3G回線でより良い出品体験を提供する) 」など、事業コンセプトに沿った開発が進められていたことが公開されました。
ほかにも、当時、開発者の間ではアプリのHTML5化が注目される中、ユーザのレスポンススピードを上げるために、タイムライン部分をあえてネイティブアプリ化で開発することを選ぶなど、技術先行だけではない、今のメルカリの礎を築いたことを伺えるエピソードやテレビCMを放映した際の準備と対応に関する苦労話なども紹介されました。
ビジネスの成長に合わせた組織の変化
続いて登場したのは、VP of Engineeringの柄沢聡太郎氏。鶴岡氏のプレゼンテーションを受けて、ビジネス拡大に伴う組織拡大・変化に関する取り組みと実績、これからについて発表を行いました。
VP of Engineeringの柄沢聡太郎氏
「 この2年間、メルカリは非常に急速にビジネスも組織も拡大しました。その中で、どのように組織変革に取り組んできたのか、組織の広げ方についてご紹介します」と冒頭で述べ、順を追って説明をはじめました。
まず、大きな転換期としては、2014年のサンフランシスコ(US) 、2017年のロンドン(UK)という2つの海外リージョンを開設したことを挙げ、それとともに、メルカリ(アプリ)の断続的なUX改善、戦略的な地域拡大、プラットフォームの拡張(アッテ、カウル、メゾンズ)など、複数の課題に取り組んできたそう。
この間、エンジニアの数は2015年9月に25名、2017年9月は120名を超える規模になっており、最近ではとくにマシンラーニング専属のエンジニアや、SET(Software Engineer in Test)と呼ばれるテスト専任のエンジニアの割合が増えているとのこと。
そして、「 変化を続ける組織」という観点から3つのトピックを紹介しました。
Souzoh(ソウゾウ)
US Growth(アメリカでの成長)
Client Source Code Fork(クライアントソースコードのフォーク)
です。
1つ目のソウゾウ、これは新規事業を開発・運営する子会社です。「 ソウゾウの誕生により、新しいCtoC、領域特化メルカリの拡張が進んでいます」とその成果を紹介し、そのポイントとして「小さな組織と権限委譲」「 まったく新しい挑戦」「 プラットフォーム化」を取り上げました。
2つ目のアメリカでの成長については、このあとの名村卓氏からより詳しく説明されるとしたうえで、まず日本から全力で取り組み、開発リソースも日本中心で行い、今後の事業拡大に応じて現地化を進めていく予定だそうです。
最後のクライントソースコードのフォークは、まさに、2つ目にも関わるもので、元々日本市場向けに開発していたメルカリアプリは1ソースマルチバイナリで開発を進めていた一方で、リージョンが増え、リージョンごとの事業拡大とともにニーズの多様化が進み、現在はリージョンごとにソースコードのフォークも検討・進行しているとのこと。
1つ目の「小さな組織と権限委譲」を体現する戦略を採用していると言えます。
SREやQA/SETなど、横断的なエンジニアチームの存在もメルカリのプロジェクトを支える大きな役割を果たしている
メルカリのプロジェクトチームはリージョンごとに構築されているが、SREやQA/SETなどのエンジニアはリージョンを横断的に担当している
そして、メルカリの行動規範である「Go Bold, All for One, Be Professional」を紹介し※、これこそがメルカリのVALUEであり、エンジニアにももちろん当てはまるものであり、このポリシーに則りながら「さらなる成長を目指していきたい」とコメントし、「 ( この行動規範とともに)これからのメルカリが目指すもの・技術戦略、それは"Scalabe and Elastic"です」と締め括り、最後の名村氏へバトンタッチしました。
※:メルカリの行動規範については柄沢氏への2016年5月のインタビュー記事「Go Bold、All for One、Be Professional――メルカリが掲げるVALUEを実現するエンジニアリングとエンジニアたち 株式会社メルカリ執行役員CTO 柄沢聡太郎氏に訊く 」も併せてご覧ください。
リージョンの拡張と"Scalabe and Elastic"
リレー形式の基調講演、トリを務めたのは現在USリージョンに配属され、2017年4月よりメルカリのCTOに就任した名村卓氏。
メルカリCTOの名村卓氏
名村氏は、柄沢氏の内容を受け、"Scalabe and Elastic(拡張性と伸縮性)"というテーマで、メルカリの技術の今とこれからについて、CTOの立場で紹介しました。
「 2017年現在、3つのリージョンが存在していることで、各リージョンごとに独自の進化・拡大が進んでいます。リージョンごとのバラバラないために"Scalabe and Elastic"なチームづくりを意識します」と、国の壁を越えて存在する組織運営の複雑さ・難しさに対する1つの解としての"Scalabe and Elastic"戦略であることが伺えました。
続いて「"Scalabe and Elastic"を実現するうえで意識しているのが3つの指針です」と紹介されたのが、
Ownership
Automation, Karakuri
Progressive
という指針でした。
Ownershipは、言葉の意味のとおりプロダクトに対してオーナーシップを持てる環境づくりを意味します。これを徹底して実現するための手段として、メルカリ各技術のマイクロサービス化を推進しているとのこと。
この動き自体はメルカリのエンジニアチーム内の一部(SREチーム)ではすでに進められていたそうで、それを全社的に推進する動きになりました。とくにリージョンごとに共通化するためのAPI Gatewayを構築したとのこと。また、クライアントアプリケーションの置き換えのタイミングで通信部分のマイクロサービス化を図ることで、時間的短縮も実現できたそうです。
メルカリにおけるマイクロサービス化のアプローチ。API Gatewayの構築から展開している。kubernetesによる管理の自動化も進めている
ちなみにマイクロサービス化を進めるにあたって採用されている言語については、「 USリージョンでは(結果的に)Go言語が多いです」と名村氏は補足しています。
2つ目の「Automation, Karakuri」 、これは「いわゆる気合で解決」ができない規模感になった組織として、また、個人のスキル・知識だけでは対応できない状況をなくすための指針として用意されたものです。
「 社内の業務において2度同じことをした場合は自動化のサイン」とし、サインが出た場合は自動化を検討しているそう。また、自動化をするために重要なものがKarakuri(カラクリ)で、物事の仕組みを理解して解決する考え方を指します。
この指針が生まれた背景には「ミスをしてはいけない環境づくりではなく、ミスをしても良い(対応できる)環境を作ることを目指したから」( 名村氏)と、エンジニアリングと言えども最終的には人が関わる部分が多くある中で、「 ミスは起こりうるモノ」 、そして「万が一のミスで状況を悪化させないことが大事」という、同社の理念が垣間見えたように筆者は感じました。
3つ目の「Progressive」は、スタートアップやベンチャー企業にとっては欠かせない指針です。「 たとえ規模が大きくなってきても、つねに足を止めず、新しい技術、良い手法を探求し採用する意識を持っていたい」と、挑戦者の気持ちをなくさないための指針を言語化したものと言えるでしょう。
こうした中、今、メルカリのエンジニアチームの中でとくに注目されているのが「AI&マシンラーニング」と「ブロッチェーン」の分野とのこと。
AI&マシンラーニングに関しては、すでにメルカリのサービス内で実験的に採用されるなど、今後、形になって出てくると予想されます。一方のブロックチェーンについては現状発表できるものはないとしたうえで、「 C2Cマーケット×ブロックチェーン」の組み合わせで、新しい価値を創造していきたいと、名村氏は力強くコメントしました。
国産ITベンチャーでは珍しいヨーロッパリージョンの展開~メルカリUKの今とこれから
基調講演のほか、もう1つ、印象的なセッションがあったのでレポートします。クロージングセッションとなった、VP of Engineering, Mercari Europeを務める田中慎司氏による「イギリスでの開発チームの作り方」です。
クロージングセッションを務めたVP of Engineering, Mercari Europeの田中慎司氏
ヨーロッパリージョンの開設は2016年9月の開発はじまり、2017年3月にメルカリUKがリリースされています。このヨーロッパリージョンにおける開発およびチーム構築を担当したのが田中氏です。
開発スタート時は3名の日本から出向しているエンジニアチームで、その3名からメンバー増員とプロダクトリリースを並行して行ってきたとのこと。
「 ( UKという外国なので)英語力が必要とも考えましたが、最初のチームメンバーは英語力よりも技術力を優先に選びました」とのこと。このあたりは、まずしっかりとしたプロダクトを作ることが大事であるという考えの表れでもあります。
3つのリージョンでいつも頭を悩まされるのが時差とのこと。3リージョン同時の会議を検討するとUKの時間帯が深夜になる
その後のメンバー採用のフローについては、日本と大きく変わらないようで、当初はエージェントを利用して採用活動を進めていったとのこと。ただ、このときいくつかの問題点もあったと、田中氏は採用開始時を振り返りました。
「 まず、UKではメルカリ自体の知名度がそれほどなく、また、そもそもロンドンには日本のインターネット企業があまり存在していなかったことで、認知されるのが大変でした。一方で、ロンドンには日本のナショナルクライアント(大企業)は進出しており、先入観からハードワーク(≒残業が多い)といった印象を持たれるなど、日本企業のネガティブイメージが採用活動に影響した場合もありました」と、当時の苦労を説明しました。
それでも、「 各分野(API、iOS/Android、QA)の最初の1人目のエンジニアが、その後の各分野のアウトプット、ひいてはメルカリUKのアプリ全体に関わる、非常に重要な役目を果たすため、1人目のエンジニア選定にはとくに力を入れ、厳選して採用を進めました」( 田中氏)と、ただその瞬間で良い人材を確保するのではなく、その後の長期的ビジョンも見据えた採用活動をしていったことにも触れました。
そして、メルカリUKリリース時には20名ほどのエンジニアチームになったとのこと。採用自体も当初はエージェント経由だったのが、Webを通じた募集や社員紹介などの直接採用と、少しずつ採用環境が整ってきているそうです。
印象的だったのは、「 日本の採用に比べて、応募者が自身のTitle(肩書)を非常に重要視している」という話です。とくにロンドンのIT企業では、1つの会社に在籍する平均年数は2~3年ほどだそうで、一人ひとりが意識的にキャリアパスを考え、そのために肩書を意識しているとのこと。そのため、肩書にあった業務内容であることが大事で、リードという立場で採用した場合は、本当にリードとしての業務でなければ、採用すらできない可能性があるのです。
現在はロンドン、UK内での採用を進めているとのことですが、将来的にはヨーロッパ全域から採用を進め、ヨーロッパ内でのメルカリの認知度を高めていきたい、と田中氏はこの先のビジョンを語りました。
そして、これから先のゴールは、「 リリースではなく、リリース後の保守・改善、そして、ロンドン開発チームの成長とし、そのためには、日本やUSリージョンと同じように、ヨーロッパリージョンを成長させていきたい。そのために、もっともっとマーケットフィットしたプロダクトを目指します」とコメントしました。
先進的な技術はすべてマーケットフィットのため
今回、基調講演とクロージングセッションを紹介しました。ここでは紹介しきれなかった、インフラやデバイスごとのクライアントアプリの話、メルカリを実現するための要素技術など、非常に多岐にわたる、そして、内容の濃い発表が多数行われました。
また、展示スペースではスピーカーとの対話スペースや、メルカリ初のIoTプロダクトとなるメルチャリ、ほかにも実際の自動化テストの様子など、まさにメルカリ技術大解剖となる1日となりました。
大盛況の展示ブース。基調講演で紹介されたテストの自動化のデモも実践されていた(右)
このカンファレンスを通じ、筆者が強く感じたのは、同社の行動規範の先にある「ユーザのためのマーケットフィット」です。メルカリのようなC2Cビジネスの場合、利用するユーザのリテラシーはもちろん、国ごとの商慣習や価値観によって、求められるニーズ、最適なユーザ体験が異なります。
その多様性を満たすにはどうすべきか、C2C、シェアエコノミーという軸をぶらさずに、すべてのユーザニーズを満たすための技術力、その追求を日々行っていることが伺えた内容だったと思います。
また、各セッションで必ず耳にした「マーケットフィット」という言葉は、まさにユーザを意識していることの裏返しであり、研究開発のための技術ではなく、ユーザに使われるための技術をつねに考え、プロダクトやサービスに適用しているように感じます。
最後に、基調講演を務めた3名からイベントの感想についてコメントをいただきました。そちらを掲載して、今回のレポートを締め括ります。
鶴岡氏:
たくさんの方から参考になった、満足したと聞けて良かったです! 来年はメルチャリのような IoT プロジェクトの成果や、ソウゾウでの新プロダクトの話もご期待ください!
柄沢氏:
ご来場いただいたたくさんの皆さまから「良かった」とフィードバックをいただき、励みになるとともに、安心しております! 皆さまのおかげさまで大盛況となりました。来年以降にむけて、さらにおもしろい、刺激的なコンテンツを用意できるようにしていこうと思いますので、またぜひ足をお運びください。
名村氏:
メルカリが考えている技術の姿を一部ですが話すことができて良かったです。少しでも皆さんの考えの刺激になり、より良い技術に向けた議論の種になれば幸いです。来年はもっと成長したメルカリの考え方、成果を発表できればと思います。