きっかけは「聖闘士星矢」 ―東映アニメーションが3DCG製作に「Dell EMC Isilon」選ぶ理由

「聖闘士星矢」⁠ONE PIECE」など数々の大ヒットアニメーションを半世紀に渡って作り続けてきた東映アニメーション 大泉スタジオ。⁠anime SQUARE ―生命を吹き込む場所」というコンセプトのもと、現在も"新たな創造(anime)"を生み出すこのスタジオには600名近いアニメーターが働いています。そして彼らのうち約200名は、おもに3DCGを製作する「デジタル映像部」のスタッフとして、フルCG/ハイブリッド/作画メインのCGパートや、CG要素/実写VFX/イベント映像などの製作を担当しています。

東京練馬区にある東映アニメーション 大泉スタジオ。山下氏が所属するデジタル映像部もこの中にある
東京練馬区にある東映アニメーション 大泉スタジオ。山下氏が所属するデジタル映像部もこの中にある

現在、アニメーション業界は紙からデータへ、アナログからデジタルへの過渡期に差し掛かっているといわれています。そしてほかの業界と同様に、デジタル化が進むことでこれまでのワークフローが一変し、膨大なデータを組織としていかに扱っていくかが大きな課題となっています。そうした状況下にあって、国内屈指の実力を誇るアニメーションスタジオのデジタル映像部では、どのようにして大量のデータをハンドリングし、日々のコンテンツ製作に活かしているのでしょうか。本稿では1月31日にDell Technologies(EMCジャパン)で行われた報道陣向け説明会にゲスト登壇した東映アニメーション 製作本部 デジタル映像部 テクノロジー開発推進室 課長 兼 経営管理本部 情報システム部 課長 山下浩輔氏によるプレゼン内容をもとに、アニメーション業界のデジタル化、とくに大量データのハンドリングにおける現状と課題を探ってみたいと思います。

東映アニメーション 山下浩輔氏
東映アニメーション 山下浩輔氏

オーバー100テラ、5000万超のファイルをワンボリュームで

山下氏が在籍する東映アニメーションのデジタル映像部では現在、3DCGの製作にDell Technologiesのスケールアウト型NASストレージ「Dell EMC Isilon」を採用しています。Isilonは画像や音声、文書などの非構造化データの扱いを得意とするストレージで、とくに膨大なビッグデータを扱うメディア/エンターテインメント業界で多くの導入実績をもちます。よく知られているIsilonの事例としては、2009年に公開されたデジタル3D映画の先駆け「Avatar」の3DCGや、米大リーグのインタラクティブメディア/インターネット事業を運営するMLB Advanced Mediaのストリーミング映像などがあり、1月15日にはこれまでのメディア業界における功績から、第71回エミー賞における「テクノロジ&エンジニアリング部門」の受賞企業のひとつに選ばれました

メディア業界で数多くの実績を誇るIsilon。これまでの功績を評価され、第71回エミー賞を受賞
メディア業界で数多くの実績を誇るIsilon。これまでの功績を評価され、第71回エミー賞を受賞

Isilonがメディアの世界で広く使われている最大の理由は、日々増大し続けるビッグデータを単一ボリューム(ネームスペース)のもとで容易に階層化して扱える点にあります。東映アニメーションのデジタル映像部は2012年からIsilonを採用していますが、そのきっかけは旧世代のストレージのリース切れと同時に製作が発表された「聖闘士星矢」誕生25周年を記念したフル3DCG映画「聖闘士星矢 Legend of Sanctuary」でした。それまでは10年近くに渡って"Windows Server + HP製ストレージ(旧Sun MicrosystemsのOEM)"という構成でCGの作画やデジタルデータのアーカイブを行ってきましたが、2012年のリース契約終了時には総容量44テラバイトに対し、最終格納データ容量は23テラバイト、ファイル数は820万に上っていました。⁠フル3DCGの聖闘士星矢となれば絶対にデータ量はもっと増える。より多くのデータを格納でき、シンプルにワンボリュームで管理できるストレージが必要」と判断した山下氏が選んだストレージが「Isilon X200」でした。

3DCGにとってワンボリューム管理がなぜ重要なのでしょうか。山下氏は「3DCGというコンテンツは、1つの3Dファイルから、モデルのデータ、素材のデータ、アニメーション、さらに別のデータ…と次から次へと呼び出していく。また、名前を見ただけではそれが何のファイルかわからないことも多い。もし、一度でもリンクが切れたりネットワークパスが変更されると、ツリー構造をすべて見直して手作業で修正しなけれならず、膨大な手間がかかる。だからこそ1ボリュームで管理できることが重要」とその独特の階層構造による複雑製を強調しています。Isilonに搭載されている専用OSの「OneFS」はワンファイルシステム/ワンボリュームというコンセプトでファイルの管理を行うため、Windows Server時代では叶わなかったワンボリュームが実現できるようになりました。

「Isilonは最初、聖闘士星矢の映画専用に5ノード導入し、その後5ノード追加し、合計10ノードで本格運用を開始した。総容量は160テラバイトでこれをすべて聖闘士星矢で使い切った。最終格納データ容量は123テラバイトでファイル数は5100万。念願のワンボリュームにすべてのフォルダがずらりと並んでいる状態を達成できて本当にうれしかった。劇場版のフルCG製作を乗り切ったことで"(これからも)Isilonでいける"と確信した」と山下氏。なお、当時は「聖闘士星矢」以外の作品(⁠⁠プリキュア」のダンスCGなど)は別のストレージ製品を使って制作してたそうです。以来、デジタル映像部では3世代に渡ってIsilonを運用し続けています。

デジタル映像部にとって現在の最大の悩みが容量の増加。Isilonに移行した2012年以来、総容量(赤)だけでなく、ファイル数(青)もほぼ同じペースで増えている。2015年あたりに急激に跳ね上がっているのは、第2世代のIsilonにリプレースした時期で、ストレージの総容量が196TBから800TBと大きく増大したから。右下のグラフは1ファイルあたりの平均ファイルサイズの変遷。こちらもじわじわと増え続けている。
デジタル映像部にとって現在の最大の悩みが容量の増加。Isilonに移行した2012年以来、総容量(赤)だけでなく、ファイル数(青)もほぼ同じペースで増えている。2015年あたりに急激に跳ね上がっているのは、第2世代のIsilonにリプレースした時期で、ストレージの総容量が196TBから800TBと大きく増大したから。右下のグラフは1ファイルあたりの平均ファイルサイズの変遷。こちらもじわじわと増え続けている。

容量ペタバイト、ファイル数は「億」

2020年1月時点でのデジタル映像部のネットワーク構成は以下の図のとおりです。図の真ん中右にある「Isilon H500」⁠6ノード)および「Isilon A200」⁠8ノード)がシステムの中心で、H500の下には約200台の作画などの作業用ワークステーションが接続されており、A200はアーカイブのほか、約200ノードのレンダリングサーバがつながっています。レンダリングを他の作画処理と分けた理由について山下氏は「レンダリングの処理が走り始めるとものすごい量のアクセスが発生し、ネットワークが詰まってしまう事態に陥りやすかったため、現在ではレンダリングの経路を別にしている。こういう使い分けができるのはやはりIsilonならでは」とコメントしています。

現時点でのデジタル映像部のネットワーク構成図。2つのIsilonクラスタが作業用とレンダリング用に経路を分けて存在する。作業用のワークステーションは約200台、レンダリングサーバは約200台、合計400台が接続されている
現時点でのデジタル映像部のネットワーク構成図。2つのIsilonクラスタが作業用とレンダリング用に経路を分けて存在する。作業用のワークステーションは約200台、レンダリングサーバは約200台、合計400台が接続されている

この2つのストレージシステムの総容量は約1.5ペタバイト(H500×6ノード:約600テラバイト、A200×8ノード:約830テラバイト)で、現在は約1ペタバイトのデータ、約2億4000万のファイルが格納されているとのこと。なお、オフラインにバックアップ済みの過去作品データは約500テラバイト(約2億ファイル)にも上るそうです。

ユーザにまったく気づかれずに移行が完了

前述したように、デジタル映像部では2012年から3世代に渡ってIsilonのアップデートを続けています。世界中のメディア業界でひろく使われているIsilonですが、山下氏はIsilonを高く評価するもうひとつの大きなポイントとして「移行のしやすさ」を挙げています。

いまからちょうど1年前となる2019年初頭、デジタル映像部では2015年から使い続けてきた「Isilon X200」⁠10ノード)および「Isilon NL410」⁠4ノード)を、現在の「Isilon H500」および「Isilon A200」にリプレースする作業を行っています。このとき、旧Isilonの総容量は820テラバイトで、そのうち90%にあたる約700テラバイトを使用していました。これとは別に重複排除されたデータが300テラバイトほどあり、実施のデータ量はほぼ1ペタバイト、ファイル数は現在とほぼ変わらない2億、この膨大なデータを「Netflix配信用の聖闘士星矢のシリーズ(30分×12話)の納品が間に合わなくなっては絶対に困る」という現場からの強力な要請により、システムを止めることなく移行する必要がありました。しかしスケールアウト型のIsilonの場合、旧クラスタに新ノードを追加し、Infinibandでデータを移行したのち、旧ノードを切り離せば移行が完了します。UNCパスも変わらず、ネットワークドライブの張り替えも必要なし、⁠ユーザにまったく気づかれることなく、瞬間的に2ペタバイトのストレージが生まれ、移行が終了」したと山下氏は振り返っています。

「これまでのファイルサーバの移行では、現場の作業を止めないように、作品のスケジュールとすり合わせをし、すべての部門で確認を取り、現場との申し送りを完璧にしている必要があった。だが、どれだけ慎重に調整しても、こちらの意向を無視するかのように同期の日に出社したり、新しいファイルを放り込んできたり、レンダリングを始めたりするスタッフがいる。仕方がないから誰もいない深夜に1台1台クライアントPCを確認して設定変更し、せっせと同期やパスの張り替えを行い、移行が終わったあとも何が起こるかわからないからつねに警戒態勢を取っていた。それに比べるとIsilonは本当にいつの間にか移行が終わっていたとしか言いようがない」⁠山下氏)

山下氏がIsilonを高く評価する最大のポイントが移行のしやすさ。2019年のリプレース作業ではほぼ無停止で1ペタバイトのデータを移行させることに成功したという。また旧世代から新世代のIsilonに移行したことにより大幅なダウンサイジングも実現、⁠これまでのラックがスカスカになった」⁠山下氏)ほどスペースが削減できた
山下氏がIsilonを高く評価する最大のポイントが移行のしやすさ。2019年のリプレース作業ではほぼ無停止で1ペタバイトのデータを移行させることに成功したという。また旧世代から新世代のIsilonに移行したことにより大幅なダウンサイジングも実現、「これまでのラックがスカスカになった」(山下氏)ほどスペースが削減できた

もっとも、管理者である山下氏にとって"移行のしやすさ"は重要なポイントですが、経営層にとってはかならずしもそうではありません。山下氏は経営層に対しては他社製品も含め、評価機を社内環境にもちこんでベンチマークやテストを実施、⁠作業用のワークステーション400ノードからいっせいにアクセスしても、Isilonが圧倒的なパフォーマンスを出していた。移行後のピーク性能は旧世代に較べて7倍になっている」としています。⁠大事なのはユーザにとって使いやすいことなので、よりよりパフォーマンスが出る製品があれば(Isilonからの)乗り換えも検討する」とのことですが、スケールアウト型、ワンボリューム管理、パフォーマンスなどのメリットを考慮すると、同社の3DCG作成現場に適したファイルサーバは現状ではIsilon一択のようです。

デジタル化が進む現場とともにシステムの進化も不可欠

冒頭でも触れたように、アニメーション業界は現在、紙からデジタルに向かう過渡期にあります。東映アニメーション デジタル映像部が2009年に最初のストレージ(HP製)を入れたとき、ファイルサーバの総容量は23テラバイト、ファイル数は820万に過ぎませんでした。それが10年後の現在には総容量1.5ペタバイトと60倍以上、ファイル数は2億3000万で約30倍に増大しています。また数だけではなく、3DCGの素材は数Kバイトから数Gバイトまでさざまざまサイズが混在し、アニメーション自体も3DCGとのハイブリッド化/フルデジタル化が進んでおり、それがファイル数増加に拍車をかけています。

「増え続けるデータをどうハンドリングするのがいいのか ―デジタルのデータをテープに起こすのか、それともクラウドに上げて同期を取るべきか。正直落とし所がまだ見えていない。クラウドは一般の会社にとっては良い作業現場になるかもしれないが、アニメーションの現場はスピードが命であり、また価格面からも、クラウドでレンダリングなどを行うのはまだ現実的ではない」と山下氏は現状の課題をこう指摘します。新しい作品だけでなく、今後は過去の作品の4K/8K/HDR化といったリマスターの機会も増えてくることから、膨大なデータからスムースに目当てのデータを探す必要も生まれるでしょう。

さらに「いままで紙でやってきた世代の人たちに、デジタルの文化をどう伝えていくか、非常に悩ましい。PCすら触ったことがない人には"Windowsをアップデートしてください"すら言いにくい」⁠山下氏)というスキル/人材面での悩みも尽きないようです。⁠いろいろ課題は山積しているが、システム管理者の人材が少ないのが最大の悩み。ずっと求人を出しているが、管理者2名でユーザサポートからレンダリングサーバの管理、ストレージのアップデートまで担当するのはかなりきつい」という山下氏のコメントに、業界は違えど共感するIT管理者は多いかもしれません。

また、東映アニメーションのほかの部署との制作環境の標準化も課題のひとつです。山下氏によれば、Isilonを使っているのは現在デジタル映像部のみで、他の部署ではおもにIBM NetAppを利用、スタッフは作画作業のほとんどをローカルで行い、最後にサーバにアップするというスタイルだそうですが、⁠今後、フルデジタル化が進めば、このやり方では行き詰まることは目に見えている。社内のIT環境がサイロ化されているのは危険だと思っている」⁠山下氏)という現状から、今後は全社規模でフルデジタル化を前提にしたストレージのアップデートも視野に入ってきそうです。

ストレージ/ファイルサーバの地道なアップデートを繰り返しつつ、そのたびに聖闘士星矢やプリキュアなど超人気作品のデジタル化に大きな貢献を果たしてきた東映アニメーション デジタル映像部。フルデジタル化に向けてまだ多くのハードルが残されていますが、これまで魅力的なコンテンツの存在がテクノロジの世界を発展させてきたように、デジタル映像部の現場の声がストレージやクラウドの世界を変えるきっかけになる可能性にも期待していきたいところです。

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