2010年最初の“おねえさん”はお花屋コンサルタントの本多るみさん。花屋での勤務経験を経て、現在は花屋を目指す人や経営者に向けた通信講座・講演会などを精力的にこなしています。たまたま飛び込んだ花屋の世界。活動を支えているのは、理系で培ったナゼナニ目線とオタク的凝り性?!
花への愛を伝える濃いサイト
今回の取材のきっかけは、担当編集者さんが見つけてきた本多さんのサイトでした。開いてみると、そこにはとっても「濃い」ものが……!そしてかなり親近感を覚える内田。
――Webサイトを拝見して、すごく充実しているな、と。こういう言い方だとナンですが、本多さんは相当の「お花オタク」ですよね。愛が溢れている。ちなみに私の使う「オタク」は褒め言葉ですので。
本多「自分でも、めちゃくちゃオタクだと思います(笑)」
――好きで作っているということがサイト全体から伝わってくるんですよね。Webの黎明期ってこういった趣味に特化しているサイトが多かったと思います。私も、もともとWebから活動を始めたので、何か近いものを感じるんですよね。でも、本田さんのサイトは趣味に特化しているだけでなく、きちんと見る人のことも意識されていている。
本多「ありがとうございます。私も内田さんの経歴を拝見して、似たようなところからスタートしているなあ、と思っていたんです」
内田が科学コミュニケーターとして活動し始めたきっかけも、一つのサイトからでした。私は苦手な家事を少しでも面白くできないか、と考えて、サイト制作をスタートしたのですが、本多さんの場合は??
――このサイト自体はいつ頃どういったきっかけで制作されたんですか?
本多「2005年です。ちょうど過労で花屋を休養していた時期でして。店頭に立っていたときに常々伝えたかったことや思っていたことを発信する良い機会かなと。根を詰めて作っていたので、結果的に療養になったかどうかは微妙ですが(笑)」
――特に接客業ですと、まとまった時間を確保することはなかなか難しいですものね。お仕事をする過程で、常々思っていたことがあった、と。
本多「はい。毎日毎日お客さまから同じような質問をされていて、なんでこういう質問が絶えないんだろう? と疑問だったんです。休養で時間ができてから、本屋やサイトで花に関する情報を見たり調べたりしてみたら、確かに難しい、マニアックすぎる情報しか載っていないんですね。じゃあ自分で発信してみようということでサイト制作に踏み切りました」
――具体的にはどのような質問があったのですか?
本多「どれくらいの量の水をどのくらいの頻度であげるのか、お祝いに適した花は…、といったことですね。これを毎日、毎日」
――確かにお花を買う私たちが知りたい。基本の部分ですね。
本多「なぜこういう質問が絶えないかというと、本やサイトを見ると、載っていることがプロ向けなんです。せっかく花が好きで知りたいという気持ちがあっても、敷居が高くて難しすぎる。そこをなんとか埋めることができないかな、と。内田さんのカソウケンも同じコンセプトですよね?」
――まさにそれを目的に試行錯誤しています。普通の感覚の人にいかにわかりやすく伝えるか、ですよね。
現在はお花屋さんではなく、このサイトに記されているような内容を基としてコンサルタントやアドバイザーのお仕事を中心にされているのですね。
本多「はい。今の仕事のきっかけの一つがこのサイトなんです。サイト開設の1年後くらいから、ポツポツと花屋さんから相談メールをいただくようになりまして。そういった花屋さんへのアドバイスを中心に仕事をしています」
就職難がきっかけ?! 花屋への道
小さい頃からお花が好きで、スイーツ(笑)な少女時代を過ごしていたのかしら? と思いきや、意外と野性味あふれる子供だったという本多さん。花屋を選択したことも「たまたま」なんだとか。
――小さい頃からお花が好きだったんですか?
本多「花が好きというよりも、自然が大好きでしたね。友だちと遊ぶよりも、1人で野山に出かけていって、生態系ごと持ち帰って移すという遊びに夢中でした」
――「生態系を移す」という言葉が胸をうちぬきますね(笑)。思いっきりツボに入りました。
本多「例えばザリガニだったら、ザリガニとまわりの土とか草とかエサまで水槽に移すんです。そしてそれを観察する」
――では農学部に進学されたのは自然な流れだったんですね。
本多「はい、植物自体が、というよりも、植物・動物ふくめた生き物全般が好きで農学部を選択したんです。当時流行っていたバイオテクノロジーにも興味がありましたし」
――研究室では土壌肥料学を専攻されていたとか。
本多「川の水質検査とか、土壌改良資材の研究をしていました」
――土壌というと、花屋さんの仕事内容に関係がありそうな気がしますが。
本多「関係がなくはないのですが、そのときは全く花のことは考えていませんでした。就職活動でも研究職を目指していましたし。でも就職が見つからなくて」
――あの頃は氷河期でしたものねえ…(本多さんと内田は同世代)
本多「そう、特に女性はなかったですよね。大学院にもあまり魅力を感じていなかったので、進学するのもなあ、と。そうこうしているうちに1月になっちゃって、焦っているときにふと花屋さんが浮かんだんですよ。それまでほとんど接点がなかったのに。なんとなく花屋でアルバイトをしてみようかな、と」
――え? 密かに憧れていたとかいうわけではなく。
本多「はい。そしてこれも不思議なんですが、もともと積極的に行動するタイプではないのに、なぜかいきなり手当たり次第に“働きたいのですが”と花屋さんに直談判したんです」
――その意欲はすごいです。何か突き動かされるものがあったのでしょうか?
本多「今思うとよくやったなと。ようやく20何軒目かで紹介してもらえたんです。花に対する知識も、自動車の運転免許もないけど、根性はありそうだということで拾ってもらいました(笑)」
接客で役立つ、理屈をみる姿勢
ひょんなことから花屋の世界に飛び込んだ本多さん。理系出身はなかなか異色らしく、ものの見方や考え方に違いを感じることもしばしばあったようです。
――働き始めて感じた“理系ならではエピソード”はお持ちですか。
本多「花屋さんって、アレンジメントを習ってきてから就く方が多いんです。そういう方々とは、花に対する見方が根本的に違うなと感じることは多かったです」
――“植物!”っていう感じで見るんでしょうか?
本多「どっちかというと農産物ですね(笑)。鉢物の商品に関しては学生時代に専攻していた肥料の勉強が役立ちました。あと、光合成などの植物の生きる仕組みの知識があったことも大きかったかな。アレンジメントを習って入ってきた人はあまり知りませんから」
――そんな「植物の生きる仕組み」など最初から知っていると、全然違います? 花を長持ちさせることとか。
本多「ええ、理屈がわかっているので。料理のおばあちゃんの知恵みたく、慣習的にコレが良いって伝わっているものもあるじゃないですか。あの理屈がわかる」
――私が以前から疑問だったのは「水の中で茎を切る」ってことなんですけど、あの理屈は。
本多「あれは水圧ですね。あと、切られた瞬間に植物は空気を吸うので、外で切ると空気が入っちゃうんです。それから水につけても水の吸いはよくならないので」
――なるほど、じゃあうちの近所の花屋さんは外で切っているからダメなところかも……
本多「あ、でも植物によっても違いますし。水を吸い上げる力が強いものは気にしなくてもよかったりします。そこまで神経質になる必要はないんですと。植物がひからびた状態でやるときの話なので」
――ちなみに水を吸い上げる力の強弱の違いはどこですか。
本多「導管の大きさです。あ、導管ってわかりますか」
――はい(笑)。何気なく理系用語が出てきましたね。
本多「本当ですね(笑)。あとはタンポポとか管が一つしかない植物は、表面積が小さいので弱いですね」
――なるほど。調子に乗ってお伺いしてしまいますが、花を買った時につてくる「花が長持ちする液体」、あの正体はなんでしょうか?
本多「延命剤ですね。あの成分は殺菌剤と糖分です。なので、酸性で糖分を含んでいるソーダ水が適しています。洗剤だと殺菌成分が強すぎるので」
――全然知らない人が聞いたらウソーと思うけど、理屈を知ってたら納得!ですよね。理に敵ってる。
本多「理屈を知っているから、本に載っていないことでも予測を立てて試すことができますし、これはどうしてこうなるの? という理由を見ている点が理系ならではなのかな」
――“なぜ”を見るか見ないか、の違いだと思うのですが。
本多「そうですね。アレンジメントの教室はデザインだけを指導しますし、しかも自分が作りたいものを作りますよね。でも商売となると全然違いますから」
――お客さんが求めているものを作らないといけない。
本多「その“求めているもの”をお客さんは具体的に指定できないんですよね。お任せします、になっちゃう。ですので、分析が必要になってくるんです。どういうシチュエーションでどういう目的に使うか、とか」
――わかります。私も確かに花束を作ってもらうときは「送別会用で」のように、目的だけ告げて後はお任せオーダーになってしまいます。
本多「分析して最終的にそこに合うものを作るわけですよね。しかも予算や時間が限られる中で。そういう仕事なので、私が理系から飛び込んでよかったと思えるのは、それが自然にあたりまえのこととしてできたという点ですね」
――ただ、それがモノ(花)だけに終わらず、人の背景まで見ることができるのは、やはり昔から生態系がお好きだった影響かなと。モノだけに集中するいわゆる“理系クン”タイプとは違いますよね。
レポート作成のノリでサイトを作成
花屋の業務に熱心に取り組んでいた本多さんですが、働き始めて8年後、過労で体調を崩してしまいます。休養期間に入り、冒頭のサイト制作にとりかかることに。
――私も一度大学院を辞めて家庭に入っていた時期があったのですが、そのときは自分の中で、あれこれ葛藤があったんです。本多さんはどうでしたか?
本多「ホームページ作成という、つぎ込むところがあったのでモヤモヤ感はなかったですね。これがなかったら相当こたえていたとは思います」
――エネルギーがシフトしたんでしょうか。
本多「ネットって色々できそう!と世界が開けたんです」
――それまでにサイトの作成経験は。
本多「全くなかったです。でも、仕組みがわかればできるだろう、と。そこに関しては妙に楽観的で。理系の良いところは、理屈さえわかればいろいろできると考えられる妙な自信があることですかね」
――それは確かにありますね。私も“プロミングの難しいところはわからないけど、仕組みはわかるからなんとかなるだろう”って思って作り始めましたし。
本多「私はプログラミングはあまり自信がなくて、他のサイトのソースコードを参考に適当に作っているだけですが。本も買ってないです」
――えっ!全て自己学習で作成したんですか?
本多「PCに詳しい人に“サイトのソースを見れば作れるよ”と教えてもらったので。素敵だなと思ったサイトのソースコードを印刷して、それを参考にする。それだけです」
――でも、ソースを見ただけでパニックになる人もいますが…
本多「最初は“何コレ?”って思ったんですが、段々その中の規則性を探すことが快感になってきまして(笑)。ネットだと親切な人がタグの解説も丁寧にしてくれていますので」
――ググるとすぐに出てきますからね。じゃあこれは全てHTMLで作成されたんですね。
本多「はい、今はスタイルシートで作っていますが、初期は見よう見まねで作っていましたので。スタイルシートって便利ですねえ」
――本多さんは結婚式のサイトも作成されていますよね。
本多「あれも言いたいだけで作ったんです。情報を集めて取捨選択してカスタマイズしていく作業が楽しくて(笑)」
――理系の人って、そういう作業が好きですよね(笑)。私も自分のときはハマりました。そのときにかなりノウハウを蓄積したような…それこそサイトを作れるぐらい(笑)。
本多「私はその勢いで作っちゃったんです」
――お話を聞いていて思うのは、本多さんは気になると徹底的に情報を集めるタイプなんですね。
本多「そうなんです。徹底的に情報を集めてそれを分析してヨシ、ってなる。そうすると今度はそれを提出したくなるんですよ」
――提出、ですか(笑)。
本多「自分が調べたものをまとめた、この達成感を誰かに伝えたい!みたいな(笑)。私のサイトはレポートです」
――私の一冊目の本も同じ感覚かもしれません。
本多さんは「よく凝り性と言われる」そうですが、まさに納得のエピソードです。
このサイトがきっかけで、現在は冒頭の通り花屋さんへのアドバイザーとしてのお仕事をされています。
――そしてこのサイトがきっかけで現在に至るわけですね。
本多「はい、ちょうど出産を控えており、力作業の多い花屋の仕事は退職せざるをえなくなったという事情もありましたが」
――体に負担がかかりそうなお仕事ですからね…。
どんなきっかけで、サイトの内容がお仕事になりそうだと感じたんでしょうか?
本多「実は花屋になるには資格が必要ないんです。ですので、お店によってスタッフの知識が本当にピンキリなんですね」
――じゃあ、そういう知識は自分で習得するしかない。
本多「はい。あとは、そのお店に代々伝わっている方法とか。でもその方法というのもたいてい口頭伝承なので、きちんとした知識を持っている人は意外と多くない」
――本多さんのように理屈を考える習慣が身についている人はいいですが、そうでない人にとっては厳しいですね。
本多「実際にそれが原因でお客さまとトラブルとなった例もあります。特に仏事やお見舞いといったデリケートな場面では非常になりやすいです」
――これはこの場に持っていく花ではない、と。
本多「でも、伝わってないから知らない。これはすごく怖いことだなと」
――それを伝えるためにも、基本的な情報を掲載したサイトを作成された、と。
本多「はい、もともと花屋さんにも向けてサイトを作ったんです。最初はお客様から感謝のメールをいただいていたのですが、そのうち花屋さんから“こういったお店になるにはどうしたらいいんですか?”というメールが届くようになりまして」
――悩んでいる方が多かったんですね。
本多「良い店になりたいけど、なりかたがわからない。上からのつながりではなく自分で起業する人も増えてきていて、そういう人は意欲があっても知識がない。教えてあげたら役に立つし、仕事にもなるんじゃないかなと思ったんです」
もはや理系は関係ない…でも絶対に役立つ
インタビュー終盤、恒例のあの質問です。
――お答えにくい質問かと思いますが、本書のテーマである“理系女性”に対してどのようなイメージをお持ちですか?
本多「そうですね…うーん…自己実現をするのに向いているのかな。理論的に分析して自分で考えることができますよね。さらに、自分で考えたことをそのままの尺度で話そうとするとただの堅物になっちゃいますけど、そこに女性ならではの視点、一般家庭とのつながりを加えて社会に出すことができるのかなと」
――男女差はないとは思うのですが、傾向としては女性のほうが広く物事を見ているような気がしますね。
本多さんはまさにご自分の好きなことを突き詰めて自己実現されていますよね。
本多「就職活動がうまくいかなくて良かったのかなと。花屋という選択は偶然ひらめいたことですけど、今につながっていて、自分は今すごく満足しています」
――自己実現に向けてのさらなるヒントはありますか?
本多「特に今は、出身大学や性別で差別されることもなくなってきているので、やりたいと思ったことをやればいいんじゃないかな。当然やってみて違うこともあると思いますが。たまに学生さんからメールをもらいますが、皆さん就職についてとても悩んでいるみたいで」
――今の学生さんはマジメですよね。
本多「間違うことをすごく恐れている気がしますね。でも若いからとりあえずやってみればいいじゃん!と言いたいです。この本のテーマは理系とのことですが、理系だから、という制限はないと思います。私も就職活動を始めたばかりの頃は、理系だからなんとなく研究職に就かないと、と思っていましたが」
――理系だから、女性だからと自分で制限を設けることはもったいない、と。
本多「ただ、理系が好きで理系に進学したという資質は社会で絶対に役立つと、理系と全く関係のない花屋という職業に就いて思います。勉強した内容が直接役立つという意味ではなく、その考え方ですね。理屈がわかればなんとかなる、という楽観さでしょうね」
(2009年7月対談収録)
対談を終えて
目の前にあるものに、理屈や法則を探したがる「理系マインド」。本多さんはまさにその理系マインドを使って、一見理系らしくないお仕事と結びつけた方だと言えます。直接、知識が役に立つわけではないけど、その考え方が活かされる。理系女子に開かれている分野は、隠れているかもしれないけどたくさんあるはず! そんなことを本多さんのお話を伺っていて改めて確信しました。
(イラスト 高世えりこ)
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- プロフィール
本多るみ(ほんだるみ)
学生時代の専攻:農芸化学。
東京農業大学農学部農芸化学科(現応用生物化学科)卒業。在学中よりアルバイト契約で生花店に勤務しチーフ・店長へ。途中いったん休養するも11年勤務後出産退職。療養を機にインターネットで情報提供を始め、1000人以上の相談に乗る。現在、生花店コンサルティング・生花店運営通信講座・Webスキル講師を行う他、「ふつうに花のある、おうち」を広める活動(ウェブサイト/ブログ運営・講演・「お花の会」等)を行う。