前回に続き、AMD Ryzen 7 PRO 4750G搭載PCでUbuntuを動作させ、ベンチマークを行った結果を報告します。比較対象のハードウェアについては、第631回 の前編をご覧ください。
前編の補足
前編である第631回 の補足事項が2つあります。
まずはチップセットというかマザーボードの選択で、「 一部の例外を除くと現状はチップセットにX570とB550を採用しているモデルであることが必須で」と述べましたが、先週末からA520チップセット を搭載したマザーボードの販売が開始されました。Mini-ITXでもNMVe SSDスロットが2つ必要などということでもなければ、安価なためこちらのほうがいいかもしれません。採用しているチップ的に有線LANにも無線LANにも悩む必要がなさそうです。
前編ではグラフィックが正しく認識されないということでMainline Kernelの5.8を使用しましたが、試しにRadeon Software for Linux 20.30 から取得したドライバーをインストールしてみると、対応機種一覧にはなさそうに見えるのですが、正常に認識するようになりました。何らかの事情でカーネル5.4を使う必要がある場合には試してみてください。なお、この環境でのベンチマークのやり直しは行いませんが、第528回 での結果を鑑みると大差はないものと思われます。
CPUベンチマーク
その1:LibreOfficeビルド編
では実際にベンチマーク結果を見ていきましょう。まずは(たぶん)世界でここだけでしか見られないLibreOfficeのビルドベンチマークです。Ubuntu 20.04 LTSでLibreOffice 6.4.4のビルドを行った時間をtimeコマンドで計測しました。
Ubuntu 20.04 LTSのLibreOffice(少なくとも6.4.4)はどうも依存関係に問題があるらしく、fonts-opensymbolパッケージをアンインストールしないとLibreOfficeのビルドができません。もちろんこのパッケージを削除するとLibreOfficeが動作しなくなりますので、気をつけください。
今回はわかりやすくLibreOffice Calcで作成したグラフにしてみました。図1です。
図1 パッケージ版LibreOffice 6.4.4のビルド時間。数字は分と秒を“ .” で区切っている
Ryzen 5 3400Gはコア数・スレッド数が半分なのでダントツで遅いのは当然の結果です。Ryzen 7 PRO 4750Gがあまり振るわないことに気づきます。Ryzen 5 3400Gの半分の時間なんて夢のまた夢で、Ryzen 7 3700Xと比較しても約1.3倍もの時間がかかっています。Ryzen 7 3700Xは圧倒的で、Ryzen 5 3400Gの半分以下とは恐れ入ります。
Ryzen 7 PRO 4750Gは遅すぎではないかと思ってCPUファンを交換してみましたが、結果は誤差程度にしか変わりませんでした。すなわちサーマルスロットリングは発生していないことがわかります。次に考えられるのは、LibreOfficeのビルド時間はCPU性能を正しく反映していないということですが、この推測は過去の経験からも棄却されます。とはいえ別のベンチマークを走らせれば白黒つくことです。
その2:Phoronix Test Suite編
次に実行したのはPhoronix Test Suite で、バージョンは9.8.0です。可能な限りたくさんのベンチマークを実行しましたが、そのうちのいくつかを紹介します。
Phoronix Test Suiteにはカーネルのビルド時間を計測するベンチマークがあります。まずはこれを見ていきましょう。
図2のとおり、LibreOfficeのビルドとおおむね同じ傾向であることがわかります。ということはLibreOfficeでの結果はRyzen 7 PRO 4750Gの実力と見ていいでしょう。しかもRyzen 5 3400Gの半分以下の時間という希望もかなっています。
図2 偶然ではあるもののUbuntu 20.04 LTSと同じカーネル5.4のビルド時間のベンチマーク
もうひとつマルチスレッドの結果であるXZの圧縮は図3です。
図3 マルチスレッドに対応したXZ 5.2.4の圧縮のベンチマーク
これもほぼ同じ傾向で、よりLibreOfficeでの結果に近い感じになっています。
ではシングルスレッドの性能はどうでしょう。Coremarkの結果がわかりやすいので、図4を見てみましょう。
図4 Coremark のベンチマーク
純粋なシングルスレッド性能は、Ryzen 7 PRO 4750GもRyzen 7 3700Xもほぼ同等であることがわかります。
あとマルチスレッドでの性能差を説明できそうなこととしては、L3キャッシュのサイズと内部構造の違いです。
残念ながらベンチマークからL3キャッシュの差が明確にわかるものはありませんが、内部構造の違いはわかるものがありました。図5はCPUコア間のレイテンシを計測しています。
図5 CPUのコア間のレイテンシを計測するベンチマーク
Ryzen 7 PRO 4750G、Ryzen 7 3700Xともに、Ryzen 5 3400Gのほぼ倍の時間がかかっています。Ryzen 7 PRO 4750GとRyzen 7 3700Xはわずかな差ではありますが、もともと単位がns(ナノセカンド)であり、少しの差が積もり積もって大きな差になっている可能性は否定できません。
一般的な用途(?)のベンチマークをいくつか見ていくと、x264のエンコード結果が図6のとおりです。シングルスレッドの結果のように見えますが、マルチスレッドでの結果です。
図6 x264でH.264形式にエンコードするベンチマーク
7-Zipでの圧縮が図7のとおりです。
図7 7-Zipで圧縮するベンチマーク
パスワードクラックツールであるJohn The Ripperの結果が図8のとおりです。
図8 John The Ripperのベンチマーク
7-ZipとJohn The Ripperの傾向はよく似ています。LibreOfficeとのビルド時間の傾向とも似ているため、リアルな実力差なのかもしれません。
メモリベンチマーク編
今回はPhoronix Test Suiteでメモリの速度も計測してみることにしました。複数のベンチマークを走らせてもほぼ同じ傾向だったので、図9だけ紹介します。
図9 Tinymembench のベンチマーク
メモリコントローラーはCPU(APU)に内蔵されているのでマザーボードによる差は考えにくく、また同じメモリを使用しているので純粋にCPUによるメモリ性能の差であり、VRAMと共存するAPUは不利に働いているのではないかと思われます。
ということは、より高速なメモリを使用すればAPUの全体的なパフォーマンスが向上することも期待できます。
GPUベンチマーク編
使用したビデオカード
Ryzen 7 PRO 4750はローエンドのビデオカードと同等のGPU性能があると言われています。ローエンドとはいえ本当に画面が出ればいいモデルではなく、1万円前後のモデルと本当に同等の性能があるのであれば、コストパフォーマンスがいいということになります。
そこでRyzen 5 3400GとRyzen 7 4750Gはもちろん、筆者が所有する3つのローエンドビデオカードと比較してみました。具体的には次のモデルです。
メーカーはすべてMSIです。
ケースはそのままだと入らないため、IW-BL057B/300B に変更しています。
GeForce GT 1030 2G LP OCとGeForce GTX 1050 2GT LPではカーネルのバージョンを5.4に戻した上で、NVIDIAのプロプライエタリなドライバーを使用しています。
GPUベンチマーク
GPUのベンチマークはやはりPhoronix Test Suiteを使用しました。ただ、正直なところGPUのベンチマークはこれというのがあまりなく、実態を表していると思われる結果は図10の2つのみでした。
図10 3Dベンチマーク2つ
「AMD Picasso」はRyzen 5 3400G、「 Gigabyte AMD Renoir」はRyzen 7 4750G、「 MSI AMD Radeon 540」はRadeon RX 550 4GT LP OCの結果です。
図のとおりGeForce GTX 1050 2GT LPが頭一つ飛び出ているのを除いてはどんぐりの背比べです。ここまで似ているとドライバーがハードウェアの性能を引き出していないのではないかという疑惑を持ちます。
結論
これらの結果からわかることは、純粋なCPU性能を求めてRyzen 7 PRO 4750Gを購入すると性能の悪さを感じてしまうということですが、ビルドマシンでもない限りはあまり気にすることはなく、それよりもビデオカードを必要としない消費電力の少なさを重視すべきでしょう。
GPU性能に関しては、1万円前後のビデオカードを購入する必要はまったくないことがわかりました。ただしこれは前モデルのRyzen 5 3400Gでも同じ傾向です。
Ryzen 7 PRO 4750Gは(あくまでも今回の構成では)Ryzen 5 3400Gよりも低消費電力で、アイドルは18ワット前後で5ワット前後消費電力が低く、高負荷時は85ワット程度で3ワット前後高いくらいでした。コストパフォーマンス、ワットパフォーマンスは素晴らしくよく、Ryzen 5 3400Gから乗り換える価値は充分にあるといえるでしょう。前述のとおりWraith Stealthという必ずしも強力とはいえないリテールクーラーでも充分に冷えるほど発熱が低いのも特筆すべきことです。
ただし現段階では使えるマザーボードが少なく、入手性もいいとはいえないので、そのあたりの踏ん切りがつかないうちはいつか来るであろうリテール版の販売を待つのがいいのかもしれません。