日本の労働時間の長さと生産性の低さが問題視されています。「このままではダメだ」と企業や自治体はこぞって「ワークライフバランス」を唱え、定時退社日の設定、残業時間の制限、有給休暇取得促進などの施策に力を入れ始めました。
それにもかかわらず、残念ながら私の周りのビジネスパーソンから聞こえてくるのは、こんなため息交じりの声ばかり。
- ①定時で帰っているのは一部の部署だけ。皆、相変わらず夜遅くまで残業している。
- ②もっと仕事したいのに、無理やり帰らされてモチベーションダウン。
- ③終わらない仕事が日に日にたまっていく……
- ④仕事の品質が下がり、クレームの嵐。
- ⑤やりかけの仕事が気になって、むしろストレスフル。
- ⑥他人に構う余裕がなく、会話がなくなった。
- ⑦「残業するな」と上司がうるさいので、帰ったことにして家で仕事している。
- ⑧定時退社日以外の日の残業が増えた。カンベンして欲しい。
- ⑨残業はすべて管理職が肩代わり。管理職はいつもゲッソリ。
- ⑩裁量労働制…お金にならない残業が増えただけ。
いかがでしょうか?
この中の1つでも当てはまると思った人、ぜひこの先を読み進めてください。あなたの勤務先のワークライフバランスは、単なる言葉遊びにすぎないかもしれません。そして、このだれも幸せにならない悲しい状況を、少しでもあなたに変えてほしいと願っています。
そもそも、なぜこんな空しい“ワークライフバランスごっこ”が繰り広げられているのでしょうか? 「ワークライフバランス向上」の名の下に行われる、2つの代表的な施策を例に考えてみましょう。
①残業を減らせ!
定時退社日の設定。残業時間の上限設定。裁量労働制の導入。多くの企業が、いずれかに着手します。そして、見た目の労働時間は減ります。
しかし、それだけやってもワークライフバランスは良くなりません。仕事の量は変わらない、仕事のやり方が変わらない、社員の能力も変わらない。それを無視して、制度だけを導入したところでうまくいくはずがないのです。
もちろん、各職場での仕事のやり方の工夫や改善を促す効果もあるでしょう。しかし、多くの職場では仕事のやり方そのものが属人化している。工夫や改善は個人任せにせざるをえない。課長から「来月から残業ダメだからね。よろしく。とにかく、なんとかしてね」と言われて、以上! 結局、「個人の気合と根性でなんとかしてください」の世界はなんら変わらないのです。
残業時間や総労働時間は、結果でしかありません。結果だけの数字に着目して、仕事のやり方や組織のスキルなどのプロセスに目を向けない。これ、何の意味があるのでしょう? 労働時間削減は、人事部門だけの空回り、自己満足に終わっていませんか? 現場はフラストレーションを溜める一方。そうならないために、現場のあなたはどうすべきでしょうか?
②コミュニケーションを改善しよう!
次によく語られるのが、コミュニケーションの問題。
- 「うちの部署はコミュニケーションが弱い」
- 「当社はコミュニケーションに問題がある」
こう漏らす管理職の多いこと、多いこと。
形だけの残業規制を強いても、職場の問題は解決しない。ほんとうの意味でのワークライフバランスは向上しない。そこで、「コミュニケーションがネックではないか」と気づいてメスを入れる。そこまではいいのです。ところが、多くの場合、その対策がとても残念。
- 「プレゼンテーション能力強化のための研修をします」
- 「管理職研修をおこないます」
以上。
え、え、本当にそれで以上ですか?
断言します。社員のプレゼンテーション能力をいくら鍛えたところで、コミュニケーションは良くなりません。半日や1日程度の管理職研修で、劇的にコミュニケーションが良くなる? そんなうまい話はない。
いや、わかるんです。
「コミュニケーションの問題はとても複雑で根が深い。なので、せめてやりやすいところから、目に見えそうなところから手をつける。だから、プレゼンテーション研修や管理職研修を実施しよう」
よくわかります。しかし、たかだか1回や2回の研修だけをやっても意味がありません。
プレゼンテーション能力だけを評価するのであれば、ベテランよりもむしろ新入社員のほうが優秀です。
私は毎年4月に企業の新入社員研修の講師をしています。新入社員のプレゼンテーション能力は、年々高くなっていると実感しています。学生時代から、ゼミやサークル活動でパワーポイントを使った発表や提案に慣れているためです。私は、おそらくあと数年もすれば、新入社員にプレゼンテーションの研修なんてする必要がなくなるのではないかと思っています。それほど、最近の若手のプレゼンテーション能力は高いです。
ところが、そんな優秀な彼らが、2年もすると、もの言わぬ、消極的な社員になってしまう。その結果、上司に「うちの部署はコミュニケーションが弱い」と言わしめる。それはなぜか?
ここにも、個人依存の構造が見え隠れします。
研修は、所詮個人のスキル強化にすぎません。それも大事ですが、個人のスキルアップだけでは、仕事のやり方は良くならない。むしろ、日々の報連相のやり方や会議の進め方などのプロセスを見直すほうが大事です。極論すれば、プレゼンテーション能力が低い人同士でも意思疎通しあえる仕組みづくりや場づくりが重要。そのうえで、個人のプレゼンテーション能力が高ければ鬼に金棒。優秀な人材がさらに輝きます。組織のプロセスづくりをすっとばして、個人のスキルだけ高めようとするからうまくいかないのです。
「プレゼンテーション能力の高い営業マンが辞めたとたん、売上がガタ落ちした」なんて話を聞いたことがあります。個人のスキル依存は、組織のリスクなのです。
さて、もうお気づきでしょう。残業規制のような「制度」と、研修のような「個人スキル」の強化だけでは不十分だと。それは、あなたの職場の根本的な問題に蓋をしたまま、そこで働く個人の気合と根性にひたすら頼っている脆弱な状態なのです。
それが続くとどうなるか? どんどん個人が疲弊します。潰れ始めます。ご存知のとおり、メンタルヘルスの不調者の数は、年々増加の一途をたどっています。少子高齢化が進む日本、いったいどうなってしまうのか!?
では、私たちはどうしたらいいか?
制度面とスキル面以外にも目を向けた、根本的な改善策を打たなければダメです。
具体的には、「制度」「プロセス」「個人スキル」「場」の4つの観点で、あなたの職場の問題点を洗い出し、できるところから良くしていきましょう。
いま日本の多くの企業で取り組んでいるのは「制度」と「個人スキル」の強化のみ。そして、その2つが個人に依存している状態です。これを組織の問題としてとらえて、解決するにはどうしたらいいか?
この本は、その答えをあなたと一緒に探すために生まれました。
本書では、私が過去に勤務した4つ会社(いずれも日系大手企業)と、30以上の日本の企業の現場で見聞きしてきた「あるある」事象を網羅し、「職場の問題地図」を描きました。「制度」「プロセス」「個人スキル」「場」の4つの問題点を浮き彫りにし、「なぜ職場は残業だらけのままなのか?「ほんとうのワークライフバランスを実現するためには何をしたらいいのか?」をとことん「なぜなぜ」分析します。
もちろん、全部がぜんぶ、あなたの職場にキレイに当てはまらないでしょう。なぜなら、同じ環境の職場は2つと存在しないからです。本書の問題地図を、あなたの職場に照らし合わせて、「これはウチの職場にも当てはまる」と思うものを拾ってください。そして、改善策を1つでも多く試してみてください。
この本は、あなたの会社から“ワークライフバランス”なる空しい言葉をなくすためにあります。
1億総活躍の社会を、1億総疲弊の社会にしないために!