まえがき(渋谷宣亮)
2016年に世間に騒がれたVR元年や2020年のコロナ禍に伴ったメタバース旋風、あるいはそれらよりももっと前の時代から、VRは様々な人々から関心を抱かれています。巨大資本のテクノロジー企業が大金を注ぐことで、日進月歩で技術革新も起きることも珍しくありません。2016年よりも前とその後で一番異なるのは、VRというものがフィクションの中にのみ存在する技術ではなく、10万円未満で誰でも機材を揃えて試せるようになったことでしょう。ただ、VRに限った話ではありませんが、一般市民にも手に届く価格になったからといって爆発的に普及し始めるのかというと、そういうわけでもありません。
筆者が本書を執筆したきっかけは、本書を担当してくださった編集の方に「技術書籍はVRのゲーム・コンテンツ開発に焦点を置いたものが少なすぎる」と嘆いたことでした。2016年以降のVRや技術書籍にも流行り廃りがあり、日本においてはVRChatを始めとしたメタバースとその利用者の生態についての文化人類学的な記録のアーカイブや周辺技術の解説が多数派で、VRの技術そのものや、VRのデバイス、それに向けたコンテンツ開発というものは小数派なのです。かつて2016年から2018年のVR元年直後にVRコンテンツ開発についての書籍がいくつか出てはいましたが、2025年現在におけるVRの技術と乖離しているため、今から参考にするのは様々な面で厳しいところがあります。
そこで、筆者は編集者の方と一緒に、強力な共同執筆者の方を招いて「初学者のためのVRゲーム開発の本」を書くことにしました。この本は「UnityでVRゲームを開発する本」です。VR開発にまつわる知見はネットに散在していますが、「ちょっと開発をしてみたい」という初学者が自力で解決をしながら調べていくのは難しそうです。本書は以下の3つを指針としました。
- 基本操作の部分はある程度圧縮している
- 作るコンテンツは「VRゲーム」に絞る
- 「VRならではの部分(=モーションとの同期など)」を活かしたコンテンツを実現させる方法を、初学者向けに解説する
本書を通して学んだ成果としては、「VRのエンジニアとして現場で働いている/本気で働きたい」というよりは、「ちょっと興味がある人に、思いのほか本格的に作らせる」というぐらいのイメージです。それでも、VRゲームやVRコンテンツの開発に興味がある初心者や未経験者にとっての最初の一歩になれるはずです。
まえがき(中地功貴)
2015年に私が初めて触れたVR作品はジェットコースターでした。室内で椅子に座っているはずなのに浮遊感を感じ、単なる一人称視点の映像とは全く異なる体験だったことを今でも覚えています。
のちに、この時に感じた“浮遊感”は、「ベクション」や「クロスモーダル」といった知覚現象によって説明できることを知りました。日本バーチャルリアリティ学会によるとVirtual Realityは「人工現実感」と訳され、その名の通り人間の感覚を人工的に生起させる技術を意味しています。VRゲームを作る上で“人工的に感覚を生み出す技術”であることを意識することは非常に重要で、プレイヤーにわざわざVRヘッドセットを被ってまで遊びたいと思ってもらえるかどうかのポイントになります。
現在普及しているVRヘッドセットは「ハンドコントローラー」がセットになった状態で販売されていることがほとんどですが、数年前までは当たり前ではありませんでした。以前は操作デバイスとしてキーボードやゲームパッドなどを使うことが多かったのですが、2015年頃から一般消費者向けのハンドコントローラーデバイスが登場しはじめ、その過程でハンドコントローラー自体の入力キーのパターンも収束していきます。その他の技術的な進歩でケーブルレス化も進み、現在VRヘッドセットは機種が違っても一定の雛形が整い、一旦の最終形態と呼べる状態まで進化しきったと思います。
こうした状況はVRゲームを開発したい人にとっては非常に喜ばしいはずです。ゲームエンジンや入門書によって開発のハードルは下がり、VRヘッドセットとハンドコントローラーの組み合わせに向けて作ることで多くの人に遊んでもらえる状態になりました。ただしその一方で、「VRゲームであること」をほとんど意識することなく開発ができてしまう状態になってしまったと言えるかもしれません。
繰り返しになりますが、本来のVRは人工的に感覚を作り出す技術のことです。VRヘッドセットとハンドコントローラーを使うことで3D空間上に飛び込んだような感覚は簡単に実現できますが、これは現在のVRゲームの最低限の水準です。ここからプレイヤーに遊んでもらうゲーム体験については開発者自身が一つずつ作っていく必要があります。VR体験の背景にある考え方や実装方法を知っておくことは、プレイヤーに素晴らしいゲーム体験を届けるための強力な武器となります。また、こうした考え方を知っておくことで色々な応用が効くため、もし今後VRデバイスが大きく変化したとしても陳腐化することはありません。
本書は、単なる初心者向けの入門書に留まらない「VRならでは」のゲームを作るためのノウハウを各所に詰め込んで執筆しました。一般的な入門書同様に手を動かしながら進めてもらうパートも多くありますが、その際にはぜひどんな考え方に基づいているのかを意識しながら進めていただけるとより理解が深まるかと思います。開発の初歩の一歩先まで踏み込んだ内容になっているので、ぜひ大いに活用いただけますと幸いです。