技術広報とは何か
技術広報とは、企業が持つ技術力や技術的な取り組みを、エンジニアコミュニティに向けて発信し、共有していく活動です。単なる自社のアピールではなく、技術的な知見を世に還元し、エンジニアリングの発展に貢献することを通じて、結果として自社のファンを増やしていく──そんな息の長い取り組みです。
採用広報との最大の違いは、「エンジニアリングへの貢献」という視点が不可欠な点にあります。技術コミュニティの利益を第一に考え、その活動の蓄積として、採用などの成果が遠くに実を結ぶ。このようなバランス感覚が求められる、難しくもやりがいのある仕事なのです。
なぜ今、技術広報なのか
2023年頃から、技術広報やTechPRといったポジションを設ける企業が急速に増えてきました。当初はメルカリやLINEといった大企業が中心でしたが、コロナ禍以降のエンジニア採用ニーズの高まりや、人材エージェントの手数料上昇などを背景に、多くの企業が技術ブランディングの重要性に気づき始めたのです。
しかし現実を見ると、専任担当者を配置できる企業はまだごく一部。多くの企業では、人事担当者、採用広報担当者、現場のエンジニアやエンジニアリングマネージャーが兼務で取り組んでいるのが実情です。
筆者が2023年に立ち上げた技術広報コミュニティ「DevRel Guild」には、2025年1月現在、600名近い方々が参加していますが、その多くが経験のない中で手探りで奮闘されている方々です。
本書の狙い
技術広報に関する活動──カンファレンスへの協賛、テックブログの運営、自社イベントの開催など──は以前から存在していました。しかし、これらを戦略的に連動させ、明確な目標設計のもとで推進するという考え方は、ごく最近になって意識されるようになったものです。
その意味で、現代の技術広報は「新しい仕事」と言えるでしょう。筆者が執筆を開始した当初、類書と呼べる書籍もなく、インターネット上の文献も限られていました。技術広報コミュニティの主宰者として多くの方々の悩みに触れる中で、「最初の一歩を踏み出すための実践的な指南書」の必要性を強く感じ、本書を執筆するに至りました。
本書の特徴と対象読者
タイトルに「人事・広報・エンジニアが兼務から始める」とあるように、本書は専任担当者を配置できない企業の現実を踏まえ、兼務を前提として書かれています。経験がなくても取り組みを始められるよう、概念や理想論だけでなく、現場で即実践できる具体的なアクションまで踏み込んでいることが最大の特徴です。
本書は次のような方々を想定しています。
- 技術広報を兼務することになった人事・広報担当者
- 自社の技術発信を強化したいエンジニアリングマネージャー
- 技術広報活動に関わることになったエンジニア
- 技術広報の立ち上げを検討している経営層・マネジメント層
それぞれの立場によって抱える課題は異なりますが、本書では各章でさまざまな視点からのアプローチを提示しています。兼務という制約がある中でも、工夫次第で大きな成果を生み出せることを、具体例とともにお伝えしていきます。
本書の構成
第1章「技術広報のスタート地点に立つ」では、技術広報とは何か、なぜ重要なのか、そして最初の一歩をどう踏み出すかについて解説します。第2章「技術広報に求められるスキルとマインドセット」では、技術広報担当者に必要な能力と心構え、兼務で取り組む際の考え方を紹介します。
特に第3章「テックブログを制するものは技術広報を制する」、第4章「イベント開催は技術広報の総合力が試される」、第5章「カンファレンススポンサーは認知獲得の最大の武器」、第6章「さらにアプローチを広げていくなら」までは、かなり具体的な内容まで踏み込んでおり、明日からでも使えるような知見も多いのではないかと自負しております。テックブログの運営ノウハウから、自社イベントの企画・運営、効果的なスポンサーシップの活用、そしてOSSへの貢献や採用イベント、メディア対応といった発展的な取り組みまで、実践的なアクションを詳しく解説しています。
また、専任の有無は別として、会社としてしっかりとした投資を行う中で技術広報に求められる期待値が高まった結果、管掌することになったエンジニアリングマネージャーなどは戦略や目標設計などの知見に対するニーズが高いでしょう。本書は第7章「技術広報の戦略を考える」と第8章「技術広報の目標設計と効果測定」がまさにその期待に応えられる章になっています。
そして第9章「組織開発と技術広報の交差点」では、良い技術広報は良い組織から生まれるという観点から、組織の土壌づくりの重要性を説きます。技術広報の知見を活かしたインナーブランディングの手法や、社内勉強会・LT大会などを通じて発信文化を醸成する方法まで踏み込んで解説しています。技術広報は単なる対外発信にとどまらず、組織全体の技術力とアウトプット力を底上げできる活動であることを示す章となっています。