「ちゃんと指示したのに、なぜか違う方向に進んでしまう」
「報告は上がってきているのに、何か不安が拭えない」
「ルールを導入したのに、現場では誰も使っていない」
海外開発拠点と同じプロジェクトで働く中で、このような経験をしたことはありませんか。
私自身、キャリアの初期からインド・中国・ベトナムなどの様々な海外拠点と開発プロジェクトを進め、現在は日本を含む複数の国・地域にまたがる開発チームのマネジメントを担っています。数百名規模のエンジニア抱える多国籍開発組織の統括を任される中で、日々このような「なぜ?」に直面してきました。異なる国と文化を背景に持つエンジニアたちが、一つの成果物に向かって協働する現場では、言葉や時差といった分かりやすい違い以上に、「何を優先すべきか」「どこまでが自分の責任なのか」「この仕事にはどんな意味があるのか」といった前提が、十分に共有されないままプロジェクトが進んでしまうことがあります。
「仕様はきちんと伝えたはずなのに、別の解釈をされていた」
「レビューのテンプレートを配布したのに、誰も活用してくれなかった」
「離職理由をヒアリングしてみたら、『上司とほとんど話したことがない』という声が返ってきた」
こうした出来事は、単なる文化の違いやコミュニケーション不足では片付けられません。より根深い、しくみと関係性のすれ違いによって引き起こされていると、私は実感しています。
駐在当時は私以外が全員ベトナム人というチームからスタートし、インド・日本のメンバーとも日常的に連携しながら、5 年以上にわたりマネジメントの責任を担ってきました。最初の数か月では見えなかった、メンバーの考え方や仕事の進め方、そしてすれ違いの背景が、日々の挑戦を通じて少しずつ浮かび上がってきました。
本書が扱うのは、「ベトナム人はこういう国民性だから~」「だから日本人が気をつけるべきは~」といった表面的な異文化理解ではありません。多国籍チームの現場で本当に問題になるのは、「良い/悪い」ではなく、「かみ合うか/ずれるか」です。文化の違いを知識として理解するだけでは、プロジェクトはうまく回りません。
同じプロセスでも、意味のとらえ方が違えば、運用はまったく別物になる。
同じフィードバックでも、伝え方が違えば、モチベーションへの影響は真逆になる。
同じ仕様でも、背景の共有がなければ、品質は安定しない。
つまり、どれほど正しいしくみを導入したとしても、それだけでうまくいくとは限りません。プロセスやルールを導入しても、現場でどう受け取られるか、どのように解釈されるか、そして最終的にどのように運用されるかによって、成果は大きく変わってしまうのです。「誰が責任を持つのか」といった基本的な前提の認識が揃わないだけで、同じタスクを進めているはずなのに結果が大きくずれることもあります。形式的には守られているように見えても、実際には形骸化していたり、逆に現場に負担を増やしていることすらあります。そうした現場の現実に直面するたびに、私は「しくみ」と「人」をどう組み合わせれば、多様なチームが力を発揮できるのかを模索し続けてきました。
実務を通じて積み重なったのは、「制度そのものの設計よりも、それが現場でどう使われ、どう活かされるかこそが成果を左右する」という確信です。どれほど立派なルールや制度を導入しても、現場が納得せず形だけの運用にとどまれば意味がありません。逆に、シンプルなしくみであっても、メンバーが自ら工夫して運用し、改善を重ねていけば、大きな成果につながります。つまり重要なのは「しくみ」と「人」の両輪をどう設計し、どう循環させるかという視点なのです。
こうした試行錯誤を振り返る中で、私自身が強く意識するようになったのが、「プロジェクトマネジメント」という言葉の捉え直しでした。一般にプロジェクトマネジメントというと、計画立案や進捗管理、品質管理といった管理技法を示します。しかし、複数の拠点や文化をまたいで進む開発の現場では、それだけではプロジェクトは前に進みません。前提や期待が揃わないまま仕事が始まり、責任の境界が曖昧な状態で判断を繰り返し、そうした状況下でも成果を出すためには、「何を管理するか」以上に、「何をどう共有し、どう関係を設計するか」が問われます。
本書で扱うのは、このような多拠点環境における実践的なプロジェクトマネジメントです。手法やツールを当てはめることよりも、仕組みと人の関係性をどう整え、現場で機能する形に落とし込むか。その試行錯誤を、現場の視点から言語化していきます。