著者の一言

生成AIを多用する人ほど、批判的思考力が低い――。

2025年、スイスビジネススクールが666人を対象におこなった研究が、この衝撃的な結果を示しました。AIに頼れば頼るほど、自分の頭で考える力が衰えていく。とりわけ若年層でその傾向が顕著だというのです。原因として指摘されたのは「認知的オフロード⁠⁠、すなわち思考という本来自分がすべき作業をツールに丸ごと委ねてしまう行動です※1

同じ年、Microsoftとカーネギーメロン大学が319人の知識労働者を対象におこなった研究でも、AI依存によって批判的に考える機会そのものが減少し、自らのスキルに対する自信を喪失していく傾向が確認されました※2

※1 スイスビジネススクール(2025年)の研究では、AIツール多用者は批判的思考力が低く、認知的オフロードがその一因である可能性が示唆されている。
https://www.mdpi.com/2075-4698/15/1/6
※2 Microsoft・カーネギーメロン大学の共同調査(報道ベース)では、AI依存傾向が批判的思考の機会を減少させるという傾向が報じられている。
https://www.theguardian.com/technology/2025/apr/19/dont-ask-what-ai-can-do-for-us-ask-what-it-is-doing-to-us-are-chatgpt-and-co-harming-human-intelligence

つまり、AIは使えば使うほど賢くなれるツールではない。使い方を誤れば、むしろ自分の思考力を蝕んでいく存在ということが明らかになってきたのです。

便利な時代が来た。だれもが一定水準の成果物を素早く作れるようになった。しかしその裏で静かに進行しているのは、⁠思考の空洞化」「実力格差の拡大」という深刻な問題です。

私は外資系コンサルティング会社で人材育成リーダーを務め、数千人のコンサルタントを育成してきました。現在は多くの企業の次世代リーダー育成研修を手がけており、受講者にはAIを積極的に活用しながら新規事業企画や自社課題の解決提案に取り組んでもらっています。

そこで目の当たりにしているのは、明確な二極化です。AIを武器にして驚くほどの成果を高速で叩き出す人がいる。その一方で、⁠AIを使ってもこの程度なのか」と言わざるをえないアウトプットしか出せない人がいる。

両者を分けているのはAIの操作スキルではありません。その人自身が持つ思考力の差です。

AIは自分の鏡です。もともと思考力のある人がAIを使えば、成果は何倍にも増幅されます。問いの立て方が鋭い人は、AIからより深い洞察を引き出せる。構造的に考えられる人は、AIの出力を的確に整理し、説得力のあるアウトプットに仕上げられる。

しかし、思考力が鍛えられていない人がAIを使えば、本質を外した見かけだけ美しいスライド、心を動かさないそれっぽい長文、浅い納得感のない分析が量産されるだけです。きつい言い方をすればいわばデジタルゴミです。

余談ですが、以前のコンサルティングファームでは若手コンサルタントが一生懸命作ったアウトプットを、プロジェクトマネージャーから「分析が浅い。ゴミだね」と言われて目の前でびりびりとやぶられる光景をよく目にしました。今ではパワハラとして許されないことだと思いつつ、自分のアウトプットの品質を厳しく評価される機会にめぐまれないことは本人の成長だけでなく、それを提出するクライアントのためにもならないのではとも思います。

AIに作らせたそれっぽい成果物が量産され氾濫している光景に、私は強い危機感を覚えています。⁠AIを使えば誰でもこれくらいできるでしょ?」という安易な考えはとても危険です。

では、どうすればいいのか。本書はその問いに向き合います。

まず明確にしておきたいのは、本書はAI専門家がAIを語る本ではないということです。私はプライスウォーターハウスコンサルタント(現IBM)で企業変革戦略のコンサルティングチームをリードした後、⁠人が変わらなければ変革は成し遂げられない」という信念から人材育成の領域に軸足を移しました。以来20年以上にわたり、ビジネスパーソンの思考力を鍛える教育に携わってきました。40から50のフレームワークを自在に操り、目の前の事象を見た瞬間に最適な型を選べるよう指導してきた人間です。

ビジネス書も20年に渡り20冊以上執筆してきましたが、ありがたいことにロングセラーとなっている本が多くあります。それは読者が小手先のテクニックではなく本質的な思考力を求めているからではないかと考えています。

そして近年、AI専門家ではない私のもとにAI研修の依頼が次々と届くようになりました。当初は「なぜ私が?」という戸惑いがありましたが、これもAIを真に使いこなすためには結局のところ思考力が必要なのだと気づいた人が確実に増えている証拠なのではと受け止めています。

本書を読むことで、3つの変化が起こります。第一に、AIへの丸投げからの脱却です。AIに「こう考えてほしい」という思考の補助線を引くことで、⁠拡張脳」として使いこなせるようになります。第二に、市場価値の向上です。AIの回答に自分ならではのインサイトを乗せ、誰にも真似できない付加価値を生む力が身につきます。第三に、スキルの再構築です。AI時代において何を鍛え、何を手放すべきかが明確になります。

ただし、2つだけ注意していただきたいことがあります。

1つめ。本書はプロンプト集ではありません。世の中にはプロンプトを集めれば大丈夫と考えている人が少なくありませんが、そういう人こそ思考の空洞化が始まっていると言えます。プロンプトは自分の思考が形になったものであり、人のプロンプトをコピーするだけでは本当に必要なものは得られません。

2つめ。本書では思考の型つまりフレームワークを数多く紹介しますが、型は万能ではありません。使い方を間違えれば、⁠この型を使ったから大丈夫」という安心感が思考停止をまねく――すなわち空洞化の入口になります。型を使うことが目的ではなく、型を通じて自分の思考を磨くことを目指していただくものです。

本書は、以下の構成でAIを活用するための思考法を紹介します。

  • 序章 マインド編 AIを効果的に活用するためのマインドと注意点
  • 第1部 インプット編 AIに解像度の高い問いを与えて欲しい結果を出す手法
  • 第2部 プロセス編 思考の補助線を引いてAIを拡張脳として活用する手法
  • 第3部 アウトプット編 相手を動かすための成果物を作成する手法
  • 終章 習慣編 成長し続けるためにAIの活用前後ですべきこと

テクノロジーは加速度的に進化していきます。AIの性能は来年にはまた大きく変わっているでしょう。しかし、本質的な思考力さえ備えていれば、その変化は恐れるものではなく、むしろ追い風になります。道具は変わっても、考える力は決して裏切りません。

本書が、あなたの「思考OS」をアップデートし、AI時代を自分の力で切り拓く一助となれば幸いです。

清水久三子(しみずくみこ)

株式会社 AND CREATE 代表取締役。

1998年にプライスウォーターハウスコンサルタント(現IBM)入社後,企業変革戦略コンサルティングチームのリーダーとして企業変革をリード。その後,人材開発部門リーダーとして人材ビジョン策定,育成プログラムを展開。「プロを育てるプロ」と認知されるようになる。独立後は大手企業へのコンサルティングや研修を実施するほか,日経ビジネススクール,日本能率協会,プレジデントアカデミー,大前研一ビジネス・ブレークスルー,宣伝会議などで多数の公開講座を提供。著書に『リスキリング大全』『プロの課題設定力』『一流の学び方』(いずれも東洋経済新報社),『残業だらけ職場の劇的改善術』(PHP研究所),『一生食えるプロのPDCA』(かんき出版)ほか多数。

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