仕事を生業にする

「生業」という言葉があります。⁠生活のための仕事」という意味なのですが、語源は「五穀が実るように務めるわざ」だそうで、なかなか味わい深い言葉です。

一朝一夕に「五穀が実るように務める」ことはできません。地を耕し、種を蒔き、雑草を刈り、収穫のためにじっくり働く覚悟が必要です。より実り多くするために日々努力して技術を高め、時には天候のようにコントロールできない問題とも付き合わなくてはいけません。

私は「生業」という言葉を重く受け止めます。生業とは、簡単にやめることのできない、まさに一生物の仕事のことだと思います。

あなたはソフトウェア開発という仕事を生業だと思えますか?

この質問に自信を持って「はい」と答えられる人は少ないと思います。⁠プログラミングは大好きだけど……」⁠業界の構造に不満があって……」⁠どうせ自分の会社は……」などといった躊躇を感じているのでしょう。

その一方で、開発者の中には苦労しながらも、仕事を生き生きと楽しんでいる人がいるのも事実です。私の周りにもそんな人たちがたくさんいて、彼らはソフトウェア開発という仕事をまさに生業に感じているかのようです。

私は、仕事を生業に感じられる人たちには共通する特徴があると思います。

まず、技術を持っています。ここでの技術とは、プログラミング言語や開発プロセスに関する知識だけではなく、コミュニケーションやビジネスに関するノウハウも含んだ幅広いものです。

そして主体的です。業界の構造や会社の問題をあれこれ悩んで止まってしまうより、自分の行動や考え方を変えて先に進むことを重視します。

さらに、仕事と生活の両方を大切する価値観を持っています。仕事は人生における目的でも手段でもなく、仕事での経験と生活での経験が相互にプラス作用し、人生を豊かにすることに気がついています。

私は、このような人たちが増えることで、業界全体が変わると信じています。今の受託開発、というよりはソフトウェア業界は行き当たりばったり過ぎます。今年さえ乗り越えられればいいという考えではダメで、年々着実に成長できるような業界にしなくてはいけません。

一つのプロジェクトの成功や満足な仕事ができた喜びだけにとどまらず、そこで得られたことを次の世代の種として蒔くことができる。プロジェクトがうまくいかなかったのであれば、技術を改良し次のチャレンジでは成功させたいと努力できる。ソフトウェア開発の現場にそんな開発者をもっと増やしたい。それが私の目標であり、この本がその一端を担えれば幸いです。

──本書「 はじめに」より