そもそも、生物多様性とは
生物多様性――、この言葉、ご存じでしょうか? この言葉から受ける印象はどうでしょうか。五文字で漢字ばかりなところは「地球温暖化」に似ていますが、さらに訳のわからない言葉にみえます。強いて言えば「いろんな生き物がいること」、そんな感じでしょうか。確かにそれも一理あります。でも、それだけではありません。
1992年、リオ・デ・ジャネイロの地球サミットで採択された「生物多様性条約」によると、生物多様性とは「すべての生物の間の変異性をいうものとし、種内の多様性、種間の多様性および生態系の多様性を含む」と定義されています。
これを読むと、生物多様性には「種内の多様性」「種間の多様性」「生態系の多様性」という3つのレベルがあることがわかります。
さきほど出てきた「いろんな生き物がいる」とは、どこに相当するでしょうか。それは「たくさんの種類の生き物がいる=種間の多様性」です。
そして、生き物一種一種のなかに、いろいろな違いがあること。たとえば、ヒトにしてみても、目の色や肌の色、髪の色が違ったり、そのほか細かい身体的な特徴にも違いがあります。これが「遺伝子の多様性=種内の多様性」です。
さらに、生き物は、森や林、海や湿原など、さまざまな環境で生きています。その場所に暮らすさまざまな生き物と、生き物を取り巻く空気や水、土など生き物以外のものたちとが、お互いに関わり合い影響し合ってひとつのまとまりとして動いています。このまとまりが生態系です。
森には森の生態系があり、湿原には湿原の生態系があり、そのなかで生命が生まれて死に、無機物に還るというダイナミックな動きが起きているわけです。いろいろな生態系があること、これが「生態系の多様性」です。大きく考えてみれば、地球全体がひとつの生態系とも言えます。
自然の恵み=生態系サービス
では、私たちの生活と生態系、生物多様性はどのように関わっているのでしょうか。そこで出てきたのが「生態系サービス」という考え方です。これは、「生態系から人間が得られる便益」という視点で自然の恵みをとらえたものです。大きく、供給サービス、調整サービス、文化的サービス、基盤サービスの4つに分けられます。
食料や燃料、木材・繊維、水、薬品など、私たちが生きていくために必要なものは、すべて自然の中にあります。これらを供給するのが、「供給サービス」です。自然の恵み、と言われてすぐ頭に浮かぶのがこのサービスでしょう。
「調整サービス」とは、大気や水の流れ、二酸化炭素の量を調整したり、温度を一定に保ったり、病原菌を広がる前に浄化したりと、さまざまな自然の営みを制御するサービスです。それなりに安定した気候がそれぞれの場所で繰り返されるのも、このサービスのおかげです。
「文化的サービス」とは、自然から得られるさまざまな非物質的な恵みです。雄大な景観や四季の彩りなどは、そこに住む人々の心を豊かにするだけでなく、レクリエーションなどの観光資源にもなります。
「基盤サービス」とは、自然の機能全体を支える機能です。たとえば水分や熱が保たれている土は、気候調整の基盤となります。また、土の中の微生物は死んだ生き物を分解し、栄養分として土に還し、その栄養分で植物が育つといった循環の基盤となります。
これらの生態系サービスは、私たちの生活や生産活動を支えています。個人の生活しかり、企業の経済活動しかり。しかし、現在「過度の利用」により、生態系サービスは衰えてきています。今まで「タダ」で「無尽蔵にある」と思っていたものは、実はタダでも無尽蔵でもなかったのです。このままでは、個人の生活も企業の活動もいずれ立ちゆかなくなってしまいます。
自然保護に関心があってもなくても、個人だけでなく企業にとって、生態系とその多様性は、これから目をつぶることのできないテーマとなります。先手を打ってビジネスチャンスを見いだすか、後手に回って大きなコストを支払うか、判断の分かれ目は近づいていると言えましょう。