ヨーロッパに共存していたネアンデルタール人
人間と猿がもっとも違う点は何かと聞かれると、それは言葉を話せ、社会をつくり、技術や文化を持っている点だと答えるでしょう。地球上でもっとも広範囲に分布し繁栄している哺乳類はいうまでもなく今の人間で、そして我々の祖先が進化の過程でさまざまな文化を築いてきたというのも確かです。
我々の祖先が人間らしい生活を始めたのはいつの頃でしょうか。古いところではイスラエルにある遺跡で、80万年近くも前にそのような生活をしていたという痕跡が発見されています。
ヨーロッパでは13万年前にムスティエ文化が始まったと言われています。加工の施された、狩に使用する石器が多数出土しています。この文化は3万5千年前から始まるオーリニャック文化に引き継がれ、ラスコー洞窟として有名な牛、馬、鹿の絵などの洞窟壁画、彫刻、精巧な骨角器、装飾品が残されることになります。
ネアンデルタール人の復元図
20世紀前半まではこのような姿が
推測されていた
ムスティエ文化の担い手はネアンデルタール人で、オーリニャック文化はクロマニョン人だったと言われます。このネアンデルタール人は人間の祖先でしょうか? 昔の中学校の教科書には、だんだん背筋が伸び進化していく過程をたどる人間が描かれ、ネアンデルタール人は「旧人」として登場します。しかし遺骨から得られたDNA分析により、ネアンデルタール人は我々の直系の先祖ではなく、傍系の人類であることが解明されてきました。彼らの化石はヨーロッパ、中東、中央アジアから集中的に発見され、最古の化石は23万年前のものとなっています。一方新しい化石はスペイン南部で発見され、2万7千年前のものと推定されます。つまり当時のヨーロッパの広い範囲にはネアンデルタール人が住んでいて、同時期に現生人類も共存していました。ネアンデルタール人は脳が大きく眉の上が突起していて、顔面が前方に突き出している特徴から、彼らの復元図は絵に描いたような、劣った“原始人”となっていました。はたしてそのイメージは正しいのでしょうか?
ネアンデルタール人を最新の科学で再現すると?
研究の進んだいま、ネアンデルタール人を前かがみの姿勢で毛むくじゃらに描くする研究者はいません。人類は百数十万年前にすでに体毛を失いつつあり、ヨーロッパに到達した頃にはほとんどなくなったといいます。また衣服に棲み着くシラミ遺伝子の研究によって、人類は約7万年前にはすでに衣服をまとっていたと考えられます。
ネアンデルタール人の少女の復元模型
コンピュータによる復元をもとに
シリコンキャストを作り塗装した
では、ネアンデルタール人が脱毛して毛皮を現代風の洋服に着替えれば、現代人に化けられるでしょうか? 2001年にチューリヒ大学のグループは、眉上の突起が目立たない少女のネアンデルタール人を、コンピューターを使って見事に復元してみせました。5歳前後の彼女は多少エキゾチックな雰囲気はあっても現代人にしか見えません。DNA分析によって、髪が赤く白い肌をしていた可能性が高いことも分かっています。ネアンデルタール人の少女が街角で何気に歩いていたら、周囲の人ははたして気がつくでしょうか。
オーリニャック文化の華やかなさに比べ、ムスティエ文化が劣っていたかどうかは分かっていません。スロベニアの洞窟からは骨製のフルートが発見され、近くからはムスティエ型の石器が発見さています。またネアンデルタール人のものと見られる装身具もスペインで見つかっています。
ヨーロッパで生活を営んでいたネアンデルタール人は、約2万7千年前に地上から姿を消しました。しかしその原因はまだ分かっていません。もっとも支持されている説は、我々の祖先との生存競争に敗れたというものですが、火山噴火によって環境が激変した説、我々の祖先との衝突で絶滅に追いやられた説などもあります。
ネアンデルタール人の発見場所。ヨーロッパ各地で発見されている
ともあれ、今の人間が種として生き延びているのは、いろいろな要因が積み重なったところが大きいことが分かります。“アナザー人類”すなわち傍系の人類史を追っていくと分かることですが、我々は覇者であり続けるのか、進化がどちらに向かうのかは、誰も何も言えないのです。