AI時代のデータサイエンティストに求められる役割

生成AIの登場で、データサイエンティストの役割が問われています。本稿では、AI時代を生き抜くデータサイエンティストになるための、ビジネス課題を解決に導く思考のフレームワークを提案します。

AI時代のデータサイエンティストの介在価値

現代のビジネス環境において、データはかつてないほど重要な資源となっています。企業は日々蓄積される大量のデータを活用し、競争力を高めようと、製品開発、マーケティング、サプライチェーンなど、ビジネスのあらゆる場面でデータに基づく意思決定が行われています。この大きな潮流の中で、⁠データサイエンス」は特別な企業だけのものではなく、あらゆる業界で必須のビジネスツールとなりました。

特に近年、ChatGPT、Gemini、Claudeといった生成AIの登場は、データサイエンティストの作業環境を一変させました。複雑なプログラムコードの自動生成や、対話形式での技術調査と分析指示が可能になり、以前なら何時間もかかっていた作業が数分で完了するケースも出てきています。

しかし、このようなAIツールの目覚ましい普及は、データサイエンティストに新たな問いを投げかけています。高度な分析ツールが容易に使えるようになった今、私たちデータサイエンティストに求められるスキルとは何でしょうか? AIがコードを書き、分析を実行してくれるのであれば、私たちが介在する価値はどこにあるのでしょうか?

その答えの一つが、⁠ビジネス課題をデータサイエンスで解ける問題に変換すること」です。AIがいかに進化しても、目の前のビジネス課題が何を意味し、それをどのように具体的な分析可能な問いに落とし込むのか、という工程は依然としてデータサイエンティストの重要な役割です。技術的なスキルだけでなく、ビジネスの本質を深く理解し、解くべき課題を見定め、適切なデータを選び、分析方法を考え、実用的な解決策を導き出す能力が、今日のデータサイエンティストにはこれまで以上に求められているのです。

ビジネス課題を「解ける問題」に変える力

では、⁠ビジネス課題をデータサイエンスで解ける問題に変換する」とは、具体的に何をすることなのでしょうか。それは、数式を用いてビジネス課題を数理最適化問題として定式化することです。

ビジネスの現場で直面する課題の多くは、その出発点においては曖昧で漠然としています。例えば、⁠売上を向上させたい」⁠顧客満足度を高めたい」といった目標は明確であっても、それを達成するための具体的な道筋や、何をどう分析すればよいのかはすぐには見えません。実際のビジネス課題では、最終的な目標の水準設定、達成手段の選択、必要な情報の特定と収集、不足情報に妥当な仮定を置くといった、あらゆる要素をデータサイエンティスト自身が能動的に考え、設計していく必要があります。

数理最適化問題としての定式化は、この曖昧なビジネス課題に対し、目的関数、制約条件、決定変数といった数理的な要素を用いて明確な構造を与えるプロセスです。これにより、何を達成すべきか(目的⁠⁠、そのために何をコントロールできるのか(決定変数⁠⁠、そしてどのような制約の中で意思決定を下すべきか(制約条件)がクリアになります。課題の構造が明確になることで、初めてデータに基づいた合理的なアクションを検討することが可能になるのです。この「ビジネス課題の明確化」こそが、AI時代におけるデータサイエンティストの付加価値と言えるでしょう。

ビジネス課題解決のための3ステップフレームワーク

そこで、データサイエンティストがビジネス課題をデータサイエンスの問題に落とし込んで解決するための、統一的かつ実践的なフレームワークとして、以下の3つのステップを提案します。

図1 3ステップフレームワーク
図1
ステップ1:ビジネス課題を数理最適化問題として定式化する
最初のステップでは、解決すべきビジネス課題を数理最適化問題として明確に定義します。具体的には、⁠何を最大化または最小化したいのか⁠⁠、⁠そのためにどのようなアクションがとれるのか⁠⁠、そして「守らなければならない条件は何か」を数式を用いて具体的に表現します。このプロセスを通じて、課題の核心が明らかになり、分析の方向性が定まります。
ステップ2:数理モデルを構築し、未知のパラメータをデータから推定する
次に、ステップ1で定式化した最適化問題を解くために不可欠な「アクションと成果の関係性」を明らかにします。多くの場合、この関係性は未知であるため、数理モデルを構築し、手元のデータを用いてモデル内の未知のパラメータを推定します。この際、分析対象のデータ生成過程に対するドメイン知識を活用し、分析者の仮説を数理モデルに反映させることで、現実に即した妥当性の高い推論を可能にします。
ステップ3:数理最適化問題を解いて最適なアクションを導出する
最後のステップでは、ステップ2で関係性が明らかになった数理最適化問題を実際に解くことで、ビジネス課題に対する最適なアクションを導出します。これにより、勘や経験だけに頼るのではなく、データに基づいた客観的で合理的な意思決定を行うことが可能になります

この3ステップは必ずしも順番通りに進むわけではなく、試行錯誤を繰り返して行ったり来たりする必要があります。ステップ2で適切なデータが入手できない場合や、ステップ3で数理最適化問題の解を見つけるのが困難な場合は、ステップ1に戻って問題の定式化を見直すことが有効です。

ビジネスの現場で遭遇する問題の種類は無限とも言えるほど多様であり、それらすべてに対してあらかじめ「この問題にはこの手法」といった対応表を用意しておくことは現実的ではありません。

そのため、ビジネス課題に対してデータサイエンスという武器を用いてアプローチするための普遍的な「考え方⁠⁠、すなわち「思考のフレームワーク」を身につけ、未知の問題に直面しても解決策を導き出せる応用力こそが、AI時代のデータサイエンティストに求められています。

AI時代を生き抜くために

AI技術が日進月歩で進化し続ける現代において、データサイエンティストに求められる役割は、より戦略的なものへとシフトしています。

定型的な分析作業はAIに代替される一方で、複雑なビジネスの課題を深く洞察し、それを解決可能な形に再定義し、データと数理モデルを駆使して組織を動かす最適な意思決定を導き出すという、本質的な能力の重要性は増すばかりです。

2025年6月27日に刊行されるビジネス課題を解決する技術は、まさにこの変化の時代を生き抜くデータサイエンティストにとって、強力な武器となるスキルセットを養成するための一冊です。ビジネス課題を数式で明確化し、データの力を借りて問題を解決するという一連の思考のツールを手にすることで、みなさんが日々直面するであろう多種多様なビジネス課題に対して、新たな価値を創造していくことができるようになるでしょう。

データサイエンスの道を歩み始めた方、すでに実務でデータ分析の経験を積まれている方、そしてデータサイエンスの力を自社のビジネス成果に繋げたいと考える全てのビジネスパーソンにとって、本書は理論と実践とを結びつける、信頼に足る実践的なガイドとなるはずです。本書を通じて、データサイエンスを真のビジネス価値へとつなげるための「考え方」をぜひ習得してください。

森下光之助(もりしたみつのすけ)

REVISIO株式会社 執行役員CDO データ・テクノロジー本部長。東京大学大学院にて経済学修士号を取得後、データサイエンティストとして活動。現在はREVISIOにてデータ戦略の策定・実行を統括。データサイエンスの知見を活かした実践的なデータ活用を推進している。REVISIOでのデータ基盤移行プロジェクトはSnowflake社の「DATA DRIVERS AWARDS 2023」で最高賞を受賞。機械学習モデルの解釈性を扱った著書『機械学習を解釈する技術』「ITエンジニア本大賞 2022」技術書部門ベスト3に選出された。