2012年の振り返り
あけましておめでとうございます。技術評論社の馮です。2013年を迎えました。昨年の日本は、復興支援に向けて引き続き取り組みが行われ、また年末には3年半ぶりに政権が交代するなど、変化の進む1年だったと思います。IT/Web業界に関しては、iPhoneやAndroid端末を中心としたスマートフォンの普及が加速し、さらに年末からはタブレット端末の登場にも注目が集まりました。
それではまずはじめに、2012年の日本の電子出版業界を振り返ってみましょう。
風穴を開けた楽天Koboの登場
2012年7月、最初の大物、「楽天Kobo」が登場しました。2010年、2011年、来るぞ来るぞと言われていた海外のプラットフォーマーに先駆け、(海外企業の買収ではあるものの)国産企業の楽天が新たな電子出版サービスを始めました。
ここで注目されたのは、専用端末の発売、そして、EPUB3への対応です。これまで、日本の電子書店の多くは、XMDFや.bookなど、日本のフォーマットに対応するものがほとんどでした。また、2010年ごろから普及し始めたiPhone/iPad向けの電子出版コンテンツでは、PDFなどを活用した独自アプリ形式となっているものが多い状況でした。その中で、楽天Koboは、EPUB3のみでの販売に踏み切ったのです。私は、楽天Koboの登場が、日本の電子出版市場、とくに出版社に対してEPUB3への舵切りに向けて大きな影響を与えたと考えています。
Google Playブックス、Amazon Kindleストアなど海外のビッグプレイヤーがついに上陸
続いて、9月にはGoogleが展開する電子出版サービス、「Google Playブックス」がサービスインしました。これはもともと、Google eBookstoreという名称で「書籍」に特化したサービスの予定でしたが、その後のGoogleの戦略変更により、電子コンテンツ提供サービス「Google Play」内において、「書籍」カテゴリとしてスタートしています。
発表に関しては、7インチタブレット「Nexus 7」の発売を前面に押し出し、その中のサービスの1つという見せ方で紹介されたのが印象的です。このとき、Google会長Eric Schmidt氏が来日したことからもわかるとおり、日本向けのモバイル展開について注力していることがうかがえました。
翌10月には、すでにECとして一大勢力となり、書籍販売数も年々拡大しているAmazonの電子書店「Amazon Kindleストア」がオープンしました。Kindleについては、すでにアメリカでの実績もあり、専用端末に関しては日本向けにも展開するなど、多くのユーザが待ちわびていたと思います。この他、個人でも電子出版が行える「Kindleダイレクト・パブリッシング(KDP)」の発表もKindleストアならではの特徴でした。
発表にあたっては、楽天Kobo、Google Playブックスと同じく、専用端末として「Kindle Paperwhite」「Kindle Fire」「Kindle Fire HD」を発表(発売は発表よりも後に)し、コンテンツ+専用端末という戦略を取りました。
パブーや達人出版会などの新興勢力、出版社主導の電子出版ブランド展開も
ここで日本の電子出版サービスに目を向けてみると、昨年の「主戦場はWebへ――3年目に向けた電子出版ビジネス」でも紹介した株式会社paperboy&co.のパブー、EPUBとPDFによるコンテンツ販売を行う達人出版会などは、積極的な展開を行っていました。
パブーは、これまでの路線を踏襲しながらも、楽天KoboやKindleストアへの配信提携をするなど、販路の拡充を行い、また、達人出版会は既存のIT系出版社のコンテンツを、試験的に販売開始するなど、それぞれの独自性を強化したように思います。
この他、インプレスR&Dからは同社の電子出版ブランド「Next Publishing」がスタートするなど、IT系出版社からの電子出版へのアプローチが登場してきた1年でもありました。
電子書店はリアル店舗との連動を意識
日本の電子書店を見てみると、海外サービスや新規サービスと比較して、関係企業・協力企業である取次や書店と連携したものが多く見られました。まず、大日本印刷が展開する「honto」では、同社のグループであるCHIホールディングスと協力して、丸善書店などのリアル店舗とも連携したポイントサービスをスタートしています。とくに書店で専用のポイントカードの配布をしているので、今後の布石として、リアル店舗での購入からの展開、それによる出版社との連携強化を意識したものと言えるでしょう。
また、ビットウェイが展開する電子書店「BookLive!」は、専用端末「BookLive!Reader Lideo」を発表し、端末自体の三省堂書店での店頭発売の他、店頭での電子出版コンテンツ販売サービスを行うなど、リアル書店へ足を運ぶ読者を狙った展開をしているのが特徴的です。
日本でもEPUB3対応への動きが加速
冒頭で、EPUB3への舵切りについて話をしましたが、日本の電子出版サービスもほぼ同時期に多くの電子書店・電子出版サービスでEPUB3対応の強化を発表しています。
まず、春先にSONY Readerが、7月には紀伊國屋書店の電子書籍アプリ「Kinoppy」がEPUB3対応を発表するなど、国内でのEPUB3対応への動きが加速しました。こうした動きの背景には、これまで扱われていたXMDFや.bookからEPUB3への変換を一括で行う技術や体制が整備されてきたという要因が挙げられます。その結果、文芸(読み物)やコミックなど、すでに日本独自の形で普及していた電子出版コンテンツは、他のジャンルのコンテンツに先駆けて電子化が進んでいる状況です。
ただし、EPUB3で完全に一本化できるかというと、各プラットフォームや電子書店ごとに多少異なる仕様を採用していたり、また、既存のXMDFや.book、あるいは紙の書籍で使われるDTPツールInDesignからの変換においては、完全にEPUB3に変換しきれないケースがあるため課題はあります。それでも、2012年は電子出版コンテンツのフォーマットの本流として、「EPUB3」が定着した1年だったと言えるでしょう。
2013年に向けて
続いて、2013年の電子出版業界を展望してみます。
最後の雄Apple iBooks Storeはどうなる?
前述のとおり、これまで期待されていた大手電子出版プラットフォームの多くが2012年にサービスインしました。残るプラットフォームは「Apple iBooks Store」です。
プラットフォームとしてのiBooks Storeについては、2012年末次点で正式な発表はありません。しかし、2012年10月にアップグレードしたiBooks 3.0でEPUB3および縦書に対応するなど、日本展開に向けて期待のできる動きが見えてきました。
Appleに関しては、すでにiPhone、iPad、そして直近のiPad miniと端末の普及については他の端末よりあたま1つも2つも先に進んでいるので、このサービスが出ることで電子出版市場の拡充は期待できます。
専用端末に向けたアプローチ――マルチデバイス対応
プラットフォームの登場に加えて、専用端末が出揃ったのも2012年の特徴です。ここで気になるのは、端末を横断的に使えるかどうか、です。先ほど述べたようにApple端末各種の普及率は大きい一方で、Nexus 7やKindle Fire/Fire HDなどのタブレットの普及も予想されています。単価が下がっていることもあり、読者としては複数端末で利用することが予想されます。
しかし、電子出版プラットフォーム、とくに電子書店に関してはまだまだ横断的に利用できる体制が整備されていないのが現状です。また、同一サービスでもビジネス的な観点から、利用できる端末数を制限しています。ですので、しばらくはどの端末を使うか、どのプラットフォームを利用するか、読者にストレスを与えてしまう状況が続くと、私は予想します。
それでも、コンテンツプロバイダーとなる出版社としては、将来的にどの端末・どのプラットフォームでも利用できるよう、
- コンテンツの意味(文書構造)
- コンテンツの見せ方(表示とデザイン)
をしっかりとしておく必要があります。そのフォーマットとしてEPUB3という選択肢は非常に重要になるでしょう。ただし、EPUB3の場合、紙の表現(デザイン・レイアウト)と比較して、表現方法に制約があるため、コンテンツによっては見せ方(表示とデザイン)について再考する必要があるかもしれません。
また、デバイスによって表示サイズ(画角)の違いはもちろん、最近は解像度が異なるケースが増えています。とくに、E-Inkデバイスとタブレット(含PCディスプレイ)では色味が異なる問題があります。図版を多く使用するコンテンツの場合はとくに注意が必要です。
これらの課題は出版社だけではなく、とくに制作を担当する制作会社やデザイナーの方々にも意識を持ってもらうことを期待したいです。2013年は、いわゆる表示“だけ”できるEPUB3の制作ではなく、どのようなデバイスに持っていっても汎用性を担保できる、“マルチデバイス対応”のEPUB3の制作について、出版社・制作企業が協力して環境と体制を整備していきたいと考えています。
Gihyo Digital Publishingの取り組み
最後に、私たち「Gihyo Digital Publishing」の展開について紹介します。
既刊書籍のPDF販売の強化、EPUB3販売への取り組み
2012年は既刊書籍の電子化(PDF)および販売を促進しました。2012点時点で120を超えるコンテンツを提供しています。とくに年末からは、紙の発売とほぼ同時に行える体制を整備しました。また、PDFでの展開がしやすいGoogle Playブックスへの配信も進めています。なお、楽天Koboについては、現状楽天Kobo向けのEPUB3対応に注力しており、今後定期的に配信できるよう取り組む予定です。同じく、Amazon Kindleストアについては、当初は数点レベルになるとは思いますが、配信可能なコンテンツを選びながら販売を始めていく予定となっています。
新規コンテンツへの取り組みと電子コンテンツ制作フローの見なおし
また、2011年には数点ほど展開していたEPUB3コンテンツの制作・販売について、2013年に再び取り組む予定となっています。こちらについては、Gihyo Digital Publsihingだけではなく、楽天KoboやAmazon Kindleストアなどへも同時配信できるように進めています。春頃から始動予定です。
EPUB3コンテツの制作にあたっては、Markdown記法の採用やGitを利用した制作フローを準備し効率化を目指しています。こちらについては、アウトプットである新規コンテンツができた時点で発表したいと思います。
2013年も技術評論社ならびにGihyo Digital Publishingをよろしくお願いいたします。