増えてきた電子書籍、電子書店、電子書籍リーダー
あけましておめでとうございます。技術評論社の馮です。2014年を迎えました。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
2010年のiPad登場が何度目かの電子出版元年と言われ、2011、2012年と電子書籍に関する専用端末やフォーマット、電子書店が登場し、2013年を迎えました。この3年と比較して、電子出版ビジネスが少し動いたと感じられたのが2013年です。今回は2013年1年を振り返りながら、今年、そしてその先の電子出版と電子書籍の展望について考察してみます。
大手書店が揃い、次は出版社の動きへつながった1年
昨年の正月企画「EPUB3の普及と専用端末へのアプローチ――電子出版業界、2012年の振り返りと2013年の展望 」でも紹介しましたが、2012~2013年の間に、ここ日本でも主な大手電子書店がオープンしました。2013年前半には、ほぼ大手が出揃ったと言って良いでしょう。
EPUB(EPUB3)対応が進み、コンテンツ数増加が期待できる
これに伴い、各出版社から提供される電子書籍数が増えています。とくに注目したいのがEPUB(EPUB3)への対応です。
リリース当初からEPUB3対応をしていた楽天Koboに続き、Google PlayブックスでもEPUB3対応が、そして、Apple iBooksやAmazon KindleでもEPUB3をベースとしたフォーマットでの配信を行っています。
日本の電子書店に関しては、一昨年まではXMDFや.bookといったいわゆるガラケー向けに提供されていたフォーマットが中心だったのが、2012年に対応した紀伊國屋書店が提供する電子書籍アプリ「Kinoppy」に続いて、トゥ・ディファクトが運営する電子書籍サービス用アプリ「honto」でのEPUB3対応も発表され、ほとんどの書店がフォーマットとしてEPUB(EPUB3)を採用することになりました。
この動きは、電子書籍を刊行する出版社から見れば嬉しい動きの1つで、今まで以上に多くの書店への電子書籍配信がしやすくなったと言えます。
既存サービスでの電子書籍展開も
2013年は電子書店が整備されたことに加えて、既存のサービス上での電子書籍展開という動きが見えた年でもあります。その1つが、LINEで読める「LINEマンガ」です。
LINEマンガ
LINEは、全世界で3億人、日本で5,000万人のユーザ数を抱える多機能メッセージングツールで、そのユーザに向けて展開しているのがLINEマンガになります。アプリとしては別のものになりますが、すでにいるユーザに向けてコンテンツをプッシュ(プロモーション・配信)できるというのは、従来の電子書店からの配信とは違って、読者に直接アプローチしやすい利点があるのが特徴です。
後述する、日本におけるスマートフォンの浸透とマンガ文化が組み合わさることで、今後さらに読者数を獲得していくのではないかと、筆者は予想します。
リアル書店との連動も見え始めた年
その他、2013年はリアル書店と電子書籍の連動を行うケースが見られ始めました。
たとえば、「 honto 」では、系列の書店グループで紙の書籍購入者に、電子書籍専用クーポンの配布を行うキャンペーンを実施するなど、紙から電子書籍への導線づくりに取り組んでいます。
それをさらに進めた形と言えるのが、文教堂グループホールディングスが発表した、紙の雑誌を購入すると同じ雑誌の電子版を無料で提供する「空飛ぶ本棚 sky storage service 」です。この他、2013年12月には、三省堂とBookLiveが共同で発表した「ヨミCam(ヨミカム) 」では、今年3月から、スマートフォン向けのARアプリを利用して、リアル書店にある書籍(に付与したマーカー)を通じて、情報提供や購入が行えるサービスが発表されました。
これらの動きについては、実際どうなったのかをぜひ来年振り返ってみたいと思います。
電子書籍の読者は増えたのか?
調査数字から見る考察
このように、2013年は電子書籍・電子書店がきちんと整備され、出版社の電子出版ビジネスに向けた意識が高まった1年だったと筆者は感じます。では、最も大切な「読者の数」はどうだったのでしょうか。
まず、いくつかの調査報告を引用いたします。
MMD研究所が20歳~49歳の男女673人を対象に行った調査(2013年1月~2月実施) によれば、電子書籍利用経験者は56.8%ととなっており、その数字は半分を超えていました。今から約1年前の数字で半数を超えていたので、これは大きな数字と見ることができます。
一方、インターネットコムと goo リサーチの10月に行われたアンケート調査 では、「 電子書籍/雑誌を読んだことがありますか」という問いに対して34.3%(前回34.8%、前々回33.4%)という結果になっています。数字としては約1/3で安定しており、1年を通じて利用者数は大幅に伸びていないという結果です。
もう1つ、日本の電子書店サービスBookLiveが8月に発表したアンケート では回答者の約3割が電子書籍購入経験あり、との結果が出ました。
これらの数字を見ると「確実に増えている」と断言するのが難しいかもしれません(苦笑) 。しかし、どの結果もほぼ1/3は電子書籍での読書体験をしていることから、0ではないことがわかります。
それでも、筆者の2012年と比較した2013年の電子書籍読者数、とくに専門書・実用書に関しての印象は「確実に増えた」です。その要因をいくつか紹介します。
まず1つ目が、2013年7月12日~8月31日までの約1ヵ月半に実施した『100万人から教わったウェブサービスの極意―「モバツイ」開発1268日の知恵と視点 [Kindle版] 』です。この書籍は、2012年1月に紙の本が出て、翌年4月に電子版が発売されたものです。実際のところ、電子版の販売状況は芳しくなかったのですが、キャンペーン直後に売れ行きが伸び、相対的なデータとして、Kindleストア有料版ランキング(全コンテンツ)で最大13位まで上がりました。専門書が、ビジネス書や文芸書と同等に売れ始めたというのは、電子書籍の読者が増えてきたことの裏返しなのではないかと考えています。
もう1つ、こちらは電子版のみで展開した『Vagrant入門ガイド [Kindle版] 』に関するものです。技術系コミュニティで注目を集めたで、こちらはリリース直後からKindleストア有料版ランキング(全コンテンツ)でトップ10に入り、最大6位まで上がりました。
Kindleストア有料版ランキング(全コンテンツ)でトップ10入り(2013年9月13日AM6:00時点)
いずれもKindleストア、限定した期間でのデータではありますが、コミックや文芸書の中に、専門書のコンテンツがランクインするといったデータはインパクトがあると感じています。
この他、伊藤直也氏が刊行した「入門Chef Solo - Infrastructure as Code [Kindle版] 」は2013年3月に配信以来、長期で売れ続けているという数字が見られており、専門書電子書籍の読者数が確実に増えていると感じています。
海の向こうアメリカでは……
海の向こう、アメリカの状況はどうでしょうか。すでに日本よりも数年早く電子出版物マーケットは形成されているのですが、その中でも、昨年末にアドビ システムズが発表した「アドビの統計により、電子出版の読者数の急成長が明らかに 」といった統計報告によれば、2010年のAdobe DPS発売以来、1億5,000万部を超える電子出版物がダウンロードされ、モバイル機器を使って読まれているとのこと。さらに、同報告によれば、デジタル版の読者数は直近12ヵ月の間に2012年と比較して3倍に増えていると発表されています。
これらは、専門書・実用書といった枠を越えたものではありますが、総数で見ると確実に電子出版物のマーケットが拡張していると言えるでしょう。
読書端末の普及と進化
続いて、コンテンツと読者をつなぐ、読書端末の動きについて見てみます。
読書端末にはいくつかありますが、大きく、
の3つに分けられます。
まず、Googleが2013年7月に発表したスマートフォンの利用に関する大規模調査「Our Mobile Planet 」によれば、日本全体でのスマートフォン利用者数が25%(2年前は6%)と伸びているとのこと。これは非常に大きな動きだと感じていて、専用端末やスマートタブレットを購入しなくても、すでに電子書籍読者になりうる潜在読者が増えていると見られるからです。すでに、Amazon Kindleや楽天Kobo、Google Playブックスをはじめとした電子書店は、スマートフォン向けの電子書籍リーダーアプリを展開しており、今後の電子書籍普及の礎になると予想できます。
持ち運びしやすい6~7インチ端末が増えてきた
スマートフォンの普及は電子出版業界にとっては大変嬉しいことの1つと言えますが、それ以上に筆者が期待したいのが、スマートタブレット、とくに6~7インチサイズのデバイスです。
2010年に発表されたiPadは10インチで、登場当初は非常に注目を集めました。しかし、そのサイズと重さから持ち運びするには少々大きすぎるという声がありました。それから、一昨年のNexus7、そして、iPad miniが出て、2013年はそれらのブラッシュアップが行われ、6インチ、7インチの個人向けタブレットが数多く登場してきています。
このサイズの強みは読者にとっては持ち運びしやすい点ですし、コンテンツを提供する出版社側から見れば、コンテンツの表現力を高められるといった利点があります。2014年以降、このサイズのデバイスがどこまで普及するかというのは、電子出版業界にとってカギを握ると思います。
同じく持ち運びしやすい電子書籍専用端末については、筆者はここ数年の“ つなぎ” の位置付けが強いと感じています。今現在は、電子書籍に特化した端末かつ入手しやすい価格帯で提供されていることが、読者にとってのメリットとなっていますが、この先デバイス、とくにスマートタブレットの進化、コモディティ化が進むことで、( 専用端末の)価格メリットは小さくなるわけで、自然に専用端末→スマートタブレットにシフトしていくのではないかと思います。この動きは、日本におけるワープロ専用機→パソコンの動きに近い状況になると予想します。
コンテンツをインターネットの向こう側における強み
最後に、上記3種類の読書端末に共通している強みが、コンテンツ(電子書籍)をインターネットの向こう側に保存できるようになってきたことです。Amazon Kindleストアを始め、購入したデータは、電子書店側で管理され、同じIDを利用すれば、異なるデバイスから継続的に読書ができるようになってきました。これは、電子出版業界にかぎらず、インターネット上でデータを扱う分野すべてに言えることですが、ユーザ自身のデータ保持の概念が変わりつつあり、電子出版・電子書籍に関しては、その変化のタイミングにちょうど良く普及し始めているという印象です。
読者を意識した電子書籍づくり
ここまで、2013年の動きを項目ごとに振り返ってきました。これからは、2014年に向けて、出版社として意識すべきこと、読者のニーズに関しての考察をしてみます。
コンテンツ数を増やすにはどうするか?
固定レイアウト型EPUBとリフロー型EPUB
冒頭で、EPUB(EPUB3)の普及について触れました。各書店がサポートし始めたことで、出版社としては今まで以上にEPUB(EPUB3)制作へ注力しやすい状況になったと言えます。しかし、ここで1つの課題があります。それは、複雑なレイアウトの表現です。
ご存知の方も多いと思いますが、EPUBというのは、International Digital Publishing Forum(IDPF) が制定する、電子書籍特化した標準フォーマットです。マークアップ形式で記述を行い、CSSを利用することでさまざまな表現を行えます。見た目以外にも、音声や動画を掲載することも可能です。
しかし、EPUB自体の特性、また、それを表現するためのビューワの限界から、表現できるレイアウトが制限されてしまうのが現状です。たとえば、筆者が所属する技術評論社が刊行する入門書のように、版面(ページレイアウト)が紙のサイズを意識しているものについては、固定されていることが前提になっており、電子書籍のように見るデバイスや環境によってレイアウトが異なる場合には不向きです。
これを解決する方法の1つが「固定レイアウト型」と呼ばれるEPUB形式です。これは、紙のレイアウトデザインをそのまま活かし、1ページ(または見開き2ページ)を1つの画像として扱うものになります。楽天Koboは、リリース直後からこの固定レイアウト型EPUBに対応しており、Amazon Kindleも2013年夏以降、固定レイアウト型EPUBをベースにしたフォーマットをサポートするようになりました。
その結果、出版社がすでに持っている書籍のデータを、EPUB形式に変換しやすくなり、とくに専門書・実用書を扱う出版社にとってはコンテンツ数を増やしやすくなったのです。これはコンテンツ数増という観点では大変良いことですが、1つだけ気をつけなければならないことがあります。それは、視認性・可読性の問題です。
つまり、レイアウトが固定されているため、スマートフォンで見る場合でも、10インチのタブレットで見る場合でも、レイアウトが一定となります。その結果、あまりに小さい文字や複雑なレイアウトに関しては、ディスプレイサイズが小さいデバイスでは非常に見えづらくなってしまうからです(この点については各電子書店で制作仕様を策定していますが、現状完全に守られているとは言えない状況です) 。
また、制作の仕方次第で検索機能に対応することができますが、現在、市場に出ている固定レイアウト型EPUBの多くは、検索機能に対応しておらず、せっかくの電子書籍のメリットを殺してしまっているとも言えます。
ですから、可能な範囲では、固定レイアウト型ではない、「 リフロー型」と呼ばれるEPUBを制作することを筆者は勧めたいです。制作コストや技術的な難関は多くありますが、読者から見た読みやすさ・利便性の観点では、リフロー型EPUBが増えることが、電子書籍普及につながると考えているからです。
この点は、どちらか一方という話ではないと思いますし、ビジネス的な要因が大きく関係するため、非常に判断が難しいところですが、筆者としては電子書籍を制作する人たちが、「 ただ楽だから固定レイアウト型EPUBをつくる」ではなく、コンテンツの特性をふまえて、固定レイアウト型/リフロー型EPUBを選択できる状況を目指したいですし、2014年はその基礎づくりの年を心がけていきたいと思います。
EPUB3派生問題
もう1つ、リフロー型EPUBに関して起きているのが、EPUB3派生問題です。
問題と表現すると大げさで、ちょっとネガティブに感じられるかもしれませんが、先に書いたとおり、EPUB、とくにEPUB3の電子書籍を作ることはまだまだ障壁が大きい状況です。これを解決すべく、各種団体や出版社が、「 出版社が作りやすく、かつ、読者にメリットのあるEPUB3仕様」を制定する動きが出てきています。
たとえば、日本電子書籍出版社協会が2012年から提供している、通称「電書協フォーマット 」や、KADOKAWAが「KADOKAWA-EPUB PORTAL 」内で公開した仕様です。こうした動きは大変好ましいと思います。それでも、たとえば、電書協フォーマットの場合、IDPFが策定しているEPUB3仕様と比較すると、画像周囲をテキストが回り込むようなデザインや凝った見出しのレイアウトおよび固定型のレイアウト等が異なっているのが現状です。
このあたりについて、さまざまな意見が出ていますが、大手電子書店の電子書籍リーダーがIDPF準拠となっているあいだは、あまり独自仕様を派生させすぎずIDPF準拠の仕様に則ることが、読者にとっての読みやすさに加えて出版社としてのメンテナンス面ではメリットが大きいと筆者は考えています。
端末のハイスペック化への対応
コンテンツ制作に関して、もう1つ意識しておきたいのは、端末のハイスペック化です。2013年は、「 Kindle Fire HDX 8.9 」のようにディスプレイ解像度が非常に大きな端末が増えたり、また、楽天Koboからカラー端末「Kobo Arc 7HD 」が登場してきています。
Kindle Fire HDX 8.9
この動きは、端末で読む電子書籍の表現力が高まることにつながりますが、そのためには、とくに電子書籍内に含まれる画像データを、より高解像度にしていかなければいけなくなることも意味しています。現在は、まだデバイスの過渡期で、今挙げた2つのようなハイスペックな端末以外の、一世代、二世代前の端末が利用されているので、どの部分に焦点を当て、コンテンツを作っていくかというのは、出版社を含めた電子書籍制作・提供者側の課題といえるでしょう。
2014年は読みやすさとコンテンツ数が求められる年に
最後に、2014年に向けた電子出版・電子書籍の展望を述べたいと思います。
まず、先のBookLiveの調査報告から、アンケート回答者からの電子書籍に対する要望トップ3を紹介します。
安さ
タイトルの増加
読みやすさ
この結果に挙げられた3点というのは、まさに今回の記事でここまで紹介してきたことであるのですが、これらをきちんと捉え、かつ、ビジネスとして展開していくことが電子出版・電子書籍を扱う出版社の次の命題になると、筆者は考えています。
まず、安さに関してですが、ここが実は一番難しい課題です。先ほど紹介した電子書籍『100万人から教わったウェブサービスの極意―「モバツイ」開発1268日の知恵と視点 [Kindle版] 』や『Vagrant入門ガイド [Kindle版] 』は、前者はキャンペーン価格で320円、後者は通常価格で400円と、専門書の価格帯としては安い設定の上で売れたという見方ができるわけです。しかし、この点に関しては、コンテンツの価値として高価格帯のもの、2,000円、3,000円の商品も販売し、読んでいただけると信じていますし、実際、技術評論社から出ている3,000円以上の電子書籍も売れています。ですから、提供する側としては単に安さで勝負するのではなく、コンテンツの内容に見合った値付けを意識していきたいです。また、紙の書籍では出版制度上行えない、価格変動型キャンペーンというのを有効に活かすことも大切だと考えています。
2つ目のタイトルの増加、読みやすさについては、先ほど「読者を意識した電子書籍づくり」の項で述べたとおりで、とにかく読者が読みたいコンテンツを、読みやすい形で、数多く提供していくことが求められているわけです。出版社だけではなく、執筆者や制作者との協力により、これらを満たしていくことが2014年の最重要課題として認識しています。そのためには、技術評論社としてはもちろん、現在筆者が所属する「電子書籍を考える出版社の会」を通じて出版社間で協力しながら必要な情報をアウトプットするなど、市場形成・熟成の動きに少しでも寄与できる活動を行いたいと考えています。
もう1つ付け加えるとすれば、「 発売のタイミング」です。これは2つの意味で考えていて、1つは紙の書籍がある場合、電子書籍をどのタイミングで出すかということです。電子書籍が普及すればするほど、なるべく同じタイミングで出すことが求められますし、そのためには制作面・ビジネス面両方で改めて出版戦略を考える必要があります。
もう1つは、電子書籍のみで展開する場合です。とくに、技術的な内容を扱うものの場合、技術の移り変わりを捉え、良いタイミングで発行することが必要となりますし、電子書籍であれば、紙の書籍よりもタイミングが合わせやすいという強みがあります。この、発売のタイミング、いわゆる電子書籍の鮮度は、電子出版ビジネスのカギを握っていくのではないでしょうか。
この新春コラムは今回で4回目となるのですが、過去3回と比べて具体的な話に触れられたと思っています。来年は、2014年の成果をきちんと振り返って、その次の5年後、10年後につなげられる内容をお届けしたいです。
2014年も技術評論社ならびにGihyo Digital Publishing をご愛顧のほど、よろしくお願いいたします。