ノウハウを口伝えする「レビュー」の場
前回に引き続き、IMJモバイルDirection本部本部長の川畑隆幸さんにお話を伺います。前回は、研修やワーキンググループでの活動にフォーカスしてお話を伺いましたが、今回は普段の業務の中にみる学習機会を掘り下げてみたいと思います。
まず企画書や見積書といった提案をクライアントに出す際は、事前に社内で「レビュー」の場を設けているとのこと。川畑さんは、大げさなものではないとおっしゃっていましたが、大げさなものを時折花火のように打ち上げるより、こうした積み重ねを地道に続けることこそ効果を生むのではないかと思い、詳しく伺ってみました。
川畑さん「Webの業界に限らない話かもしれませんが、プロデューサー、ディレクター、プランナーといった職種でトッププレイヤーにいた人たちのノウハウって、なかなか下に伝承されることがないんですよね。たまたま次の世代のトッププレイヤーがポンッと出てきて、トッププレイヤーが代替わりしているだけで、それが繰り返されている状態。たぶん業界全体的にそうなんじゃないかなぁと思っています。
ですので、場数を踏んだメンバーが場数なりの経験を若手メンバーにフィードバックする機会を設けている感じです。『自分は過去にこういう提案をしたとき、クライアントからこういう突っ込みがあったから、ここはこういうリアクションを用意しておくべきじゃないの?』とか、『こういうプロジェクトは、こういうリスクが必ず潜んでいるから、リスクヘッジのためにも、クライアントとコミュニケーションをしっかりとっておいて』というアドバイスでしかないんですけど。
ただ、それがないと、過去に先輩が失敗したことを、次の世代もまた同じように失敗して、それぞれが失敗の中で学ぶ繰り返しになってしまう。すでに先輩がしているなら、後輩は同じ失敗しなくてもいいんじゃないの?という話ですね。先輩たちが自分たちの経験を伝えていく場を意識的に設ける。そんな取り組みをしています」
部長・本部長が顔をそろえ、社長もしょっちゅう参加する
こうしたやりとりは、上司・部下間、先輩・後輩間でされている方もいると思いますが、IMJモバイルのレビューは、現場でトッププレイヤーとしてやってきた部長・本部長クラスが顔をそろえ、川合社長もしょっちゅう参加してアドバイスをされるそう。これは、レビューされる側は大変そうですが……、相当鍛えられそうですね。
川畑さん「川合はとくに、クライアント側の気持ちとして、その提案をされたらどうかという視点でレビューをします。私たちは、どうしても提案する側の論理で物事をまとめがちですが、『そういう提案をされてクライアントは嬉しいのか?』みたいな、クライアントのロジックでアドバイスをくれることが多いので、非常に有意義な場だと思っています。
また、レビューにはプロジェクトアシュアランス本部も参加して、プロジェクト進行上のリスクがないかもチェックしています。クライアントの反応だけでなく、『そもそもこの内容で、その見積もりで大丈夫なのか?』というチェックも兼ねています」
IMJグループとして外に出すもののクオリティを担保する機能も担っているんですね。これは、なんとも高そうなハードル。「受け止める側の反応は?」と尋ねたら、まずは苦笑されました……。
川畑さん「現場のメンバーは、かなり忙しい中で提案書を作り、クライアントとのアポイントを取って、やっとできた!と思ってレビューに持ってきたら、けちょんけちょんにされるってこともあるわけで。『あのレビュー、苦手なんだけど……』っていう率直な感想を持っているメンバーはいると思います(笑)。提案までのプロセスが一つ増えるので、とくに初期の頃は『本当に時間がないんだけど……』という声がよく挙がっていました。
ただ、一部のメンバーと話をしてみると、『確かに指摘された観点では提案書を作っていなかった』とか、『そういうリスクがあると気づけたので、事前にクライアントとコミュニケーションがとれた』と言っていたりもします。
研修と同様に、レビューでもらったアドバイスをどう吸収・消化していくかも最終的には本人に帰結する話なので、受け止め方は本当にさまざまだと思いますが、有意義なものとして受け止めているメンバーは非常に多いですね」
アウトプットが仕上がるまでは大変そうですが、結果的にクライアント先で恥ずかしい思いをしないで済んだとか、後から振り返ってみればあのおかげでずいぶん鍛えられたなと思える貴重な学習機会と言えそうですね。
コンペ負けの理由を確認して、レビュワーも反省する
お客さんに出した後には、振り返りのレビューも行っているそう。お客さんの反応がどうだったか、何が良くて何が悪かったのかを、コンペに勝っても負けてもできるだけレビューしているそうです。
川畑さん「すべてのプロジェクトでできているわけではないですし、なかなか聞けないことも多いですが、コンペに負けたときには、クライアントに『弊社の提案の何が良くなかったでしょうか』と確認させるようにしています。『お見積もりが高かったです』というのもあれば、『提案内容は、他社のほうが良かったです』とか、『こういうポイントで他社のほうが良かったです』とか、さまざまなリアクションがありますが、それを基に振り返りのレビュー会をします。
そこで、レビュワーも学ぶことができ、次に同じようなことがあったときには、『前の負けちゃったプロジェクトではこういうことがあったから、こういうことを考えたほうがいいんじゃないの?』とフィードバックできる。レビューする側もそれなりに成長しないと、やっぱりまずいので(笑)」
提案後にもきちんとレビューの場を設け、レビュワーも含めた反省会をしているのがいいですよね。提案前はレビュワーも入るけど、結果が出てしまったら反省会もプロジェクトメンバーのみってことになると、全社的にノウハウ共有されないだけでなく、ベテラン層やマネジメント層のノウハウが固定化し、時代遅れのものにもなってしまいかねない。そうなると現場との心的距離も遠のいていってしまいかねない。ともに反省する場を共有することで、若手の成長に留まらず、中堅から上層部まで含めた成長機会を設けて組織力をアップしているのが素晴らしいなと思いました。
小さなプロジェクトを育成のために活用する
普段の業務の中でどう学ぶかという観点では、比較的小さなプロジェクトが発生した際、その分野の未経験者や経験の浅い層をメンバーに加えて育成に活用することもあるそう。
川畑さん「プロジェクト進行上は、常にその分野のエキスパートがアサインされる状態が良いに決まっていますが、育成に適切なサイズの案件が来たときは、『こいつ今までスマートフォンやったことないから、ちょっと工数かかると思うけど入れさせてよ!』とプロデューサーとコミュニケーションをとり、チームを編成しています。もちろんクライアントに迷惑をかけないことが大前提なので、世話役をつけて2人1組で投入するなど工夫しています」
いくら本人にやる気があっても、未経験者だからと敬遠してアサインされなければずっと未経験者なわけで、一向にその分野の戦力にならない。とはいえ、その案件を預かるプロデューサーとしては、できればエキスパートをそろえたい。そこでしっかり、全プロジェクトを俯瞰した立場から、適切なプロジェクトに育成対象メンバーを投入する道筋をつくっている。現場に勝る学びの場はない中、これはとても有難いですね。
プロジェクト終了後は、臨場感ある体験談を全体共有
こうして1つのプロジェクトが終わると、そのプロジェクトのオーナーが『プロダクトニュース』という形でIMJグループ全体にメールを発信するのだそうです。こんなことやりましたとか、ここに苦労しましたとか、誰が関わったとか。読むのは身内のみなので、内容もけっこう赤裸々な生の声が書かれていて、ものすごい臨場感が伝わってくるのだとか。
新人の初々しいコメントも微笑ましく、みんなで応援する雰囲気があるそう。マネジメント層が新人を投入したところで、現場が受け入れ拒否状態では、本人も尻込みしてしまって効果も半減。IMJグループが現場で育成することを実現できている背景には、新人を応援する風土があることも大きいのではないかと思いました。
「それやらないと生き残れないよ」という死活問題
さて、これまでフィーチャーフォン(これまでの携帯電話、いわゆるガラケー)を強みにしてきたIMJモバイルですが、スマートフォンが台頭し、事業の軸足もより広い意味での「モバイル」にシフトしています。転換期まっただ中のIMJモバイルで、社員の中長期的キャリアをどう受け止めているのか伺ってみました。
川畑さん「これまでずっとフィーチャーフォン専門にやってきた社員にしてみれば、今からフィーチャーフォン以外のものをゼロから学び直すのは、なかなかハードルが高い話ではあります。ただ、そこは『それやらないと生き残れないよ』っていう話なんですよね。本人たちにしてみれば、年齢とか関係なく純粋に死活問題です。やらざるをえない状況なんだろうなって思っています」
目をそらさず、問題の大きさを適切に捉えることの重要性を考えさせられたお話でした。問題が大きいほど直視して受け止めるのはつらいから、どうしても問題を過小評価したり、先延ばしにしやすくなる。でも、それこそ“死活問題”級の問題に直面しているなら、早期に腹をくくって策を練り、動き出したほうがいい。と言葉で言うのはたやすいですが、なかなか難しいものですよね……。
市場の変化によって、自分の強みが一気に弱みに転じる
実際フィーチャーフォンを強みにやってこられた社員の皆さんは、この転換期をどんなふうに受け止めているんでしょうか。
川畑さん「何かのデバイスに特化した高い専門性は、ある転換期に来たとき、ものすごい弱みになるって理解してくれていると思います。デバイスに対応する知識だけではダメなんだなと、頭が切り替わってきている。デバイスは、あくまで消費者とクライアントのデジタルマーケティングを支援するための1個のツールに過ぎないので、クライアントのやりたいことができるんだったら、フィーチャーフォンでもスマートフォンでもPCでもタブレットでも構わないって思えるかと。
また、今はとくにフィーチャーフォン専門でやってきた人の転換期と言えますが、PCサイトをやってきた人も今後こうした転換期に直面するだろうと思います。言い方に語弊があるかもしれないけれど、作るだけだったら安くできるところはたくさんありますので(笑)。それ以外の価値を出していかないと」
自分の専門性が強みになることもあれば、一気に弱みに転じることもある。「それができる」と「それしかできない」は紙一重。市場の状況によって一変してしまうのは、恐ろしいことだけれど現実です。変化の激しい業界で仕事をする上では、これを前提に自分のキャリアを捉えていくことが欠かせない。それだけに、時勢が変わっても価値を持ちつづける普遍性高い能力を並行して養っていくことが必要不可欠と言えます。
「クライアントとより多く話すこと」が、自分の学ぶ方法論
最後に、川畑さんご自身が何かを学ぶときのスタンスや方法論について伺いました。
川畑さん「結局、興味だと思います。興味本位でないと私は学べない人なので(笑)。あと、クライアントから学ぶことはとても多いです。クライアントや消費者とより多く話すことが、自分にとっては一番の学びだと思っています。そこで気づいたことの細部・各論を改めて勉強しているだけで、そういう意味ではクライアントが疑問に思わないことは学んでいないかもしれないですね(笑)」
デジタルマーケティングの分野で、お客さんのより良い相談相手でありたいという前編のお話が、ここに通じていますね。そういう想いが根底にあるから、お客さんの話を聴く中で、より深く専門的なサポートをするために必要な知識・スキルが具体化され、自然新しいことを吸収していく、そういう好循環がまわっているように思いました。
実際作ってみる、とにかくやってみるのが学習スタンス
また、「本読めない人なんですよ」と苦笑する川畑さんの学び方も、非常に刺激的なお話。
川畑さん「Webで情報収集したり、テクニカルなことは技術書を読んだりもしますが、実際に手を動かして作ってみるほうが多いですね。エンジニアではないので、そんな深くまでものを作れるわけじゃないですが、たとえばFacebookが来るぞって言われたときは自分でFacebookにページを作って、5,000円くらいいいやと思って広告を出してみたり。スマートフォンサイトってどんな感じなんだろうと思ったら、ライブラリをWebからダウンロードして自分のサイトをコーディングしてみたり。
それで、できないことが出てきて初めて本を開いてみます。よく一緒に仕事をするエンジニアからは、『説明書を読まずにプラモデルを作るタイプ』って言われます(笑)。まずはやってみる、手をつけてみるっていうのが私なりのスタンスかなと思います。さすがにすべてにそのやり方は通用しませんけど。
自分でやってみると、自分の技術レベルではどうにもならない限界を知ることもできます。ここから先はエンジニアの仕事だって境目もわかるので、実際にやってみる価値は大きいですね」
本を読まなきゃとか、まずは座学で知識から固めなきゃとか頭でっかちに考えず、まずはやってみる。やってみることで、自分の不足している知識やスキルが具体的になり、それがわかるようになりたいと思うから技術書にも手が伸び、読めば頭にも入ってくる。自分に合う学習スタイルを確立していることの強さを実感させられるお話でした。皆さんも、自分はどういうやり方が一番身になるのか、ゼロから考え直してみてもよいかもしれません。
いかがでしたでしょうか。今年もさまざまな学びの場を紹介していきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします!