前回(第15回 )から、約5ヵ月振りになります。第15回で解説した電子書籍ワークフローもすでに古くなっており、新しい記事として用意することにしました(2011年1月上旬頃を予定) 。国内の電子出版業界もめまぐるしく変化していますが、私自身も変革の年になりました。今回は、近況報告を兼ねて、自ら実践中の電子出版について取り上げておきます。
まず、書籍のご紹介。12月9日に「電子書籍の作り方 」( 発行:技術評論社)という本を出しました。概論と実践編で構成されており、EPUBフォーマットの電子書籍に関するプロダクションワークの記述が中心になっています。1年前から始めた電子書籍関連のポッドキャスト番組の内容がベースになっています。200回分あるため、400ページ以上になってしまいました(書籍は240ページにまとめていますので、ご安心ください) 。デリバリーのプロセスは含まれていませんので、ご興味のある方はポッドキャストのアーカイブをお聴きください。
「電子書籍の作り方 」( 四六判/240ページ/定価1,449円)
電子書籍専門の出版社
もう一つは、出版社の立ち上げです。まさか、自分がパブリシャーになるとは思いませんでしたが、絶好のタイミングだと判断し、行動に移しました。電子書籍専門の出版社ですが、App Storeなどのメガプラットフォームで販売することは考えていません。また、著者の立場で運営しますが、自分の書籍を電子化するわけでもありません。海外ですと、「 A Book Apart, A List Apart, An Event Apart 」が最も近いモデルで、ウェブとライブ・イベントが密接に連携したプロジェクトになるでしょう。本の企画段階から公開していく、コミュニティ・ベースド・パブリッシングが主です。
出版社以外では、以下のプロジェクトを始めます。
有料メルマガの専用サイトをリニューアルし、映像や音声などのマルチメディアレポートを配信。購読者向けのクローズド・サイトだが、一定期間過ぎたコンテンツは、Facebookなどで公開していく予定(現在リニューアル中。1月7日オープン)
「デザインの未来」( 母体は学校法人)教育プロジェクトで電子出版をスタート。ネット講座と連携。iTunes Store EPUB eTextbook(iTunes U Podcast)とAmazon Kindle Storeが対象。準備中(旧サイト:http://www.commonstyle.jp/ )
イーブック・エディトリアル・ポリシー
電子書籍のパブリッシャーとして、最初に手掛けた仕事はイーブック・エディトリアル・ポリシーの作成でした。現在の混沌とした状況の中で、近視眼的な行為をとってしまうと、結果的にコモディティ化した量産競争、価格競争に巻き込まれていく危険性があります。長期的な視野で、継続可能な電子出版事業を考えてくことにしました。電子書籍のプロジェクトで最も重要なことは、理念やビジョン、戦略について明確にし、著者や編集者、出版に関わる全ての人たちのコンセンサスを得ることではないでしょうか。
現在準備中の出版社は、オープンスタンダードな規格であるEPUBにこだわりました。自分の著書(IT関連の実用書)を電子書籍化するのであれば、ボイジャーの.bookか、シャープのXMDF3(次世代XMDF)を選択することになりますが、前述したウェブとライブ・イベントを絡めたコミュニティ・ベースド・パブリッシングでは、フォーマットやプラットフォームはあまり重要ではなくなります。
電子出版の方針を明確にし、戦略的に技術(電子書籍フォーマットなど)を採用する
文芸書フォーマットにおけるマシンリーダブルとヒューマンリーダブルの関係(イーブック・エディトリアル・ポリシーより抜粋)
イーブック・エディトリアル・ポリシーでは、「 トランジショナル・イーブック」と「ユニバーサル・イーブック」に分け、長期的には「ユニバーサル・イーブック」の利得を選択するというビジョンを明確にしています。トランジショナル・イーブックとは、” 移り変わっていく電子書籍” のことで、読みたい人がいればどんなフォーマットでも電子書籍として定義します。Wordで書いた文書でも、スキャンしたJPEGのZIP圧縮でも、Twitterのツイートをまとめたテキストでも、プログラミングで作り込んだアプリケーションでも、Ajaxでつくられたブラウザ上の本でも、とにかく、読者が存在すれば、どんなものでも「電子書籍」として定義できるという考え方です。
また、本の寿命についても触れていません。開発元の会社がアップデートを終了し、読めなくなっても、やむを得ないという範疇で考えます。A社のリーダーでは読めるが、B社のリーダーだと一部の情報が欠けてしまうという特定の環境に依存した電子書籍も問題にしません。
ユニバーサル・イーブックとトランジショナル・イーブックに分ける
一方、ユニバーサル・イーブックは、” 誰でも等しく「読書体験」を与えられ” 、” 10年後、20年後も読める” 電子書籍として定義しています。「 相互運用性」や「発展性」を重視していますので、古いリーダーから新しいリーダーへの乗り換えも可能、時代が変わって技術が新しくなっても容易に移行できるフォーマットであることを考慮して採用します。
現在のところ、EPUBが最も理想的なフォーマットになっています。15年前につくられたWebページが、最新ブラウザで閲覧できるように、現在つくられているEPUBの電子書籍も、10年後、20年後の新しい技術で問題なく閲覧できるでしょう。もっと言えば、「 あらゆる電子書籍がWebに収斂されていく未来」が到来しても、容易に移行できると思います。
たくさんの著者を抱えている出版社にとって、DRMは絶対に必要な仕組みであり、ユニバーサル・イーブックの考え方は通用しませんが、新作からスタートし、コミュニティ・ベースド・パブリッシングを主とした新しいパブリッシャーは理想を掲げることが可能です。
ユニバーサル・イーブックの概念(イーブック・エディトリアル・ポリシーより抜粋)
デジタルパブリッシング・ワークフロー
ワークフローについては、現在も頻繁にアップデートしています。今回は、過去の概略図を掲載しておきます。プロダクションワークについては、 Ustreamのイベントで実演したり、セミナーでデモをやりましたので、映像のアーカイブが残っています(以下は7月開催のアーカイブですが、すでに古いワークフローになっていますのでご了承ください) 。
最初のワークフロー概略図。現在はアップデートされ、作業の内容も以前より効率化されている
最新のプロダクションワークの実演(Ustream配信)Digital Publishing Live 第3回を予定しています。Ustreamの配信は、クローズドになりますが、ダイジェストのビデオをYouTubeにアップする予定です。こちらの連載記事でも映像解説付きで取り上げたいと思います。
Digital Publishing Live Vol.03のプロダクションワーク
次回からはパブリッシングレポートも掲載
5ヵ月前、第15回の記事を執筆したときは、まだ電子出版の動向を探る「著者」でしかなく、自分がパブリッシャーになるとは夢にも思っていませんでした。判断の決め手は、Facebookなどのソーシャルメディアネットワークを活用した成功事例(Gary VaynerchukのCrush It!など)でしょう。「 紙の本より、埋もれる可能性が高い電子書籍をどうやって広めていくのか?」という最大の障壁を突破するヒントを得て、コミュニティ・ベースド・パブリッシングというモデルにたどり着きました(既存の友の会方式やファンクラブ方式の延長線上にあるモデルだと捉えてください) 。ミドルクラスの出版事業で、App Storeなどのプラットフォーム依存に陥ると、長期継続がかなり難しくなるため、海外の成功事例に習いつつ、日本版として調整しながら進めていこうと思っています。
次回からは、パブリッシャーとしての立場で生々しい記事も加えながら、電子書籍に関する情報をレポートしていきたいと思います。