キーパーソンが見るWeb業界

第11回Web業界を目指す皆さんへ(後編)

前編に続き、本座談会で何度も取り上げられている⁠Web業界⁠という業界を意識して話が進みました。

Web業界で意識すること

片山:Web業界を目指す若者が一度は考えるところだと思うのですが、Web制作に関わるときはたくさんのスキルを持っていたほうがいいのですか? それとも、何か1つを集中して勉強したほうがいいのですか?

森田:広く浅く、そして何か1つ得意な技術を身に付けることが大事です。広く浅くというのは、技術力を幅広く身に付けるのではなく、⁠問題に直面したときに)どの技術が必要かを判断できる能力です。たとえば、Webサービスを開発するのであればコンテンツの企画以外にバックエンドのインフラも意識しなければいけません。そのためにはトラフィックをさばくために必要な技術やデータベースの知識が欲しいですよね。⁠システムの概念(アーキテクチャ⁠⁠」を深く知ることが大切です。

阿部:僕はクリエイティブデザイン寄りの仕事が多いので、何か1つの技術に特化してもらうよりも、デザインそのものの経験を積んでもらいたいと思っています。つねにデザインをすることに意識を持ってもらいたいですね。

森田:あとは肩書きにはこだわらないこと。

阿部:そうですね。肩書きとかはあまり関係なくて、自分がどの範囲の仕事をしているか、きちんと把握できていることが大切です。

長谷川:私も森田・阿部両氏にほぼ同意ですが、今の段階では何か1つを決めて深く取り組んでもらいたいです。とくに片山さんはあと1年学生でいられるので、時間的融通が利きやすいと思います。その中で集中できるものを探して取り組んで欲しいです。

というのも、大学のメリットというのは何か1つにこだわれることです。将来的にディレクター、プロデューサーという職業につくとしても、なにか自分の専門を持っていることは大きな強みになります。横断的に見る観点も持ちながらも1つのトピックに徹底的に取り組んで、どこまでやれば自分自身が納得できるのかを学んでほしいです。

阿部: よく僕たちの周りで冗談交じりに話しますが、⁠Photoshopの⁠⁠ パス抜き、あれを延々とやる仕事は一度は経験したほうがいいというのに近いものがありますね(笑⁠⁠。その仕事から大元の仕事の価値を知ることができるだけではなく、1つの技術を極めることにもつながります。

森田:プログラマでも同じことが言えますね。自分が得意な言語を突き詰めていけば、結果として広く浅くがついてきます。

“Web業界”という業界で働くこと

紫竹:誤解を恐れずに言うと、私は会社に就職するというよりWeb業界に就職するという感覚が強いのですが、皆さんはどのように思いますか?

森田:今日の対談中、何度も出てきている「Web業界」という言葉はかなりあいまいで、レギュラーメンバー3人ともその言葉をけっこう慎重に扱います。文脈的に、受託のWeb制作やWebサービス事業会社のあたりを指していると仮定しますね。紫竹君が感じているWeb業界に勤める感覚というのは、裏を返すと(人材の)出入りが激しいことを感じているのかもしれませんね。

業界問わず終身雇用制が崩壊しているともいわれる中ですし、規模拡大に邁進しづらい受託のWeb制作業者などは終身雇用を謳うメリットもあまりありませんから、必然的に会社間での人材移動や退職して独立とかが多々見受けられるのでしょう。しかしそれよりも、自分の腕を試してみたいという気持ちで職場や環境を変える人が多いのが、Web業界の特徴かもしれません。

長谷川:これまで、この連載でも話してきたのですが、実は今はもうWeb業界なんていう業界は存在しないのではないかという気持ちがあったので、今の紫竹君のコメントと質問は意外でした。

たしかに10年ほど前の2000年代初期の頃は、ビジネス・アーキテクツやコンセントなどWeb業界の会社というイメージが強かったと思うのですが、最近は、ビジネスにおけるWebサイトの役割が大きいことが認識されてきたので、⁠制作・デザイン側ではない⁠⁠、企業側が積極的にWebをコントロールすることが増えてきました。さらに、人材を見ても、これまでWeb制作をしていた人が企業のWeb担当者に転職するといったケースが増えて

います。

結果として、この業界に人材が偏在化しているのかもしれません。一方で、業務の多様化とともに特定業種に紐付いたWeb制作会社が増えているように思っています。

阿部:結局のところ、どんな業界で働くにしても、働く以上は会社に対する貢献として収益を上げることを目指さなければいけないわけです。夢を持つことは大事だと思いますが、⁠ただ好きだから」とか「期待感があるから」ということだけではなく、企業が企業として成立していくためにはどうあるべきか、そのためにはつねに新規事業を意識して収益を上げることを目指さなければいけません。これからWeb業界に入ってくる人には、この点を意識しておいてもらいたいですね。

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どのような価値観を持つか

森田:WebサイトやWebサービスをつくる仕事の環境は、ざっくりと「プロダクション・制作側」⁠発注側」⁠サービス開発側」の3種類に分けられますが、どこで働くにしても、必要な成果を自分で裁量できる環境がいいと思っています。結局働くということも含めて自分の人生をどうデザインしていくか、みたいなところがありますから。

長谷川:それって、ようは価値観の持ち方でもあります。根本にある価値観に基づいて働くことが大切です。ちなみに2人にとっての(Webに対する)今の価値観は?

紫竹:とにかく面白そうと感じる点です。つくる側にしても使う側にしてもワクワク感を感じます。あとはつくっていく過程を見られるという面白さもありますね。サイバーエージェントではエンジニアであれデザイナーであれ、プロデューサーやディレクターと一緒に企画から開発運用まで一環して携わることができます。そのため自分自身も自分の中にあるアイディアをどんどん世の中に出していって、技術力を高めて日本発のサービスで世界に通用するサービスをつくっていきたいです。

片山:私の根本にあるのは「つくること」の楽しさです。設計したシステムや想像したユーザの経験を現実のものにしていく過程が持っている楽しさでしょうか。つくりたいと思った未来を実現するための手段としてのWebに興味を持っています。

皆さんはこれまで10年この業界で働いてきて、今後はどのような仕事をしていきたいですか。

長谷川:私は、もともと人間の理解自体に興味からはじまって、情報アーキテクチャをはじめとするデザインの分野へ進んできました。これからは、ソーシャルメディアや情報端末などの発達によって、人々の価値観や社会システムがどのように変化していくかに興味を持っています。そういったしくみにかかわるデザインをしていきたいですね。

森田:僕は60歳になっても70歳になっても今のような仕事をしていたいと思っていますが、現状のまま進んでしまうとそれは叶わないとも思っていて、自分の老後が不安なんです(笑⁠⁠。だから、いわゆる定年後でも好きな仕事ができるような社会づくりのためにデザインを続けていきたい。今はそのための土台作りを意識しています。

阿部:僕は、デザインの根底にある、ものをつくる楽しさを伝えていければと思っています。子どものときに持っていた純粋な喜怒哀楽、それを表現できるものづくりをしていきたいです。そして、できあがったものを見た子どもたちが、どうやってつくられているんだろうと興味を持って、デザインに興味を持ってくれたら嬉しいですね。

片山:以前拝見した「東京スイカ研究会⁠⁠、とてもおもしろかったです!

阿部:まあ、あれですよ、あれ(笑⁠⁠。ああいう感覚的なものを、仕事としての成果として残していきたいです。

紫竹:今、この時間お話を聞いているだけでも、お三方がそれぞれ明確な価値観を持っていることが伝わってきて刺激になりました。今日の対談を通じて、Web業界は自分の価値観をきちんと持っている人が集まってくるところなのかなと、改めて思いました。

森田:結局、どういう社会にしたいとか、どういうことを伝えたいとかって、まずそれをいう自分自身が、理念とか価値観とかをぶれずに持ち続けていなければいけないということなんでしょうね。

片山:それと、価値観を持ちながらも、皆さんは非常にフラットですよね。

森田:まだまだ各企業の業態としての構造が完成されていないのと、人材の交流が活発だからというのとで、結果的にフラットになっているのだと思います。また、インターネットを通じて知り合えるスピードがとても早くなっているのも、その要因の1つでしょうね。

阿部:「明日会おう」が気軽にできる、これはWeb業界ならではの良いところですね。これからも世代を超えた人材交流が活発になって、業界が成長していけばと思っています。

今回は、これまでの座談会とは構成を変えレギュラーメンバーと若手という構図でWeb業界について語っていただきました。この内容を聞いてみて、10年という時間的な差はあるものの、Webを軸にすることで世代を超えて共通な部分があることが確認できました。

ゲストに登場した2人が、この先どのようにWebと関わり仕事をしていくのか、また上の世代と交流しどのような化学反応が生まれるのか楽しみです。若い世代が入ってくることでWeb業界がさらに活性化して成長することに期待しましょう。

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