2012年3月17日(土)、SwapSkillsdoubbbleの第3回となる「成功するWebサイト戦略手法 "ゲームニクス/ゲーミフィケーション"」がきゅりあんにて開催されました。本稿では前後編に分けて、本イベントのレポートをお届けします。
ゲームニクス/ゲーミフィケーションとは
「ゲームニクス」とは、今回のスピーカーの一人である立命館大学・映像学部教授のサイトウアキヒロ氏が提唱する、UIに関するノウハウの総称です。テレビゲームなどの製品に求められる「マニュアルを読ませることなく、誰にでも見ただけで使い方がわかり、知らないうちに使いこなせる」ノウハウを理論体系化したものです。
一方、「ゲーミフィケーション」とは、「ゲーム化」等とも訳され、一般的には「ゲームのプレイヤーを熱中させるノウハウをゲーム外の分野に応用すること」と解釈されています。2月15日(水)には、今回スピーカーを担当した久保田大海氏がWebにおけるゲーミフィケーションの概要を解説したイベントが開催されたばかりです。
本イベントは、以下の4人のスピーカーによるセッションを通じて、実際にWebサイトの企画、制作にゲームニクスやゲーミフィケーションが盛り込まれている実例をご紹介いただき、人を魅了させるWebサイトを作るためのメソッドが学べる構成となっています。
「おもてなしの心から使いやすさを考える」
(サイトウアキヒロ氏) |
「『ゲーミフィケーション』でホントのところ、何ができるようになるのか?」
(井上明人氏) |
「Webサイト制作でも利用できる すごいゲーミフィケーション」
(久保田大海氏) |
「成功実例から紐解く!人がハマるインターフェースデザインの作り方」
(櫻井優樹氏) |
サイトウ氏セッション概要
最初のセッションでは、立命館大学映像学部教授のサイトウアキヒロ氏が登壇しました。同氏は「おもてなしの心」という言葉でゲームニクス理論の本質を表現しました。日本のテレビゲームの歴史を紐解くと、日本のゲームはあらゆるストレスを極力排して、快適な体験環境をユーザーに提示することに注力してきました。具体的には、プレイヤーは外部デバイスであるコントローラーを使い、テレビ画面(モニター)を自由に操作します。こうした制限下で、プレイヤーとゲームとの間にインタラクティブな関係(ある行為に対する反応があること)をいかに構築するかなど、ゲームの進化は、この工夫の歴史であると同氏は解説しました。
同氏は、テレビゲームの特徴として以下の3点を挙げました。
- (1)マニュアルを読まなくても操作が覚えられてしまう
- (2)いつの間にか段階的に攻略法を学習してクリアできてしまう
- (3)長時間にわたって集中してハマってしまう
そして、任天堂のゲームが、日本が世界に誇るソフト産業の一つにまで成長した背景には、綿密な戦略に基づく独自の開発ノウハウがあったと指摘し、その戦略を紐解いていきました。任天堂は、安易で粗悪なソフトが市場に流通し、ユーザー離れが起きないようソフトの質を維持する仕組みを構築しました。これが「マリオクラブ」という審査機構です。これはユーザー代表がソフトのクオリティを審査するものですが、審査過程の中で任天堂は、ゲームの品質はソフトの面白さだけでなく「操作性」が非常に重要なファクターを握っていることに気づきます。これにより、ユーザー中心主義の優れた操作性を実現するためのノウハウが確立されました。
このノウハウこそが「ゲームニクス理論」であり、「“直感的”“本能的”に操作ができる」「複雑な内容を段階的に理解し夢中になる」という2つの要素を備えています。そして、同氏は、ゲームニクス理論の5つの原則について解説しました。
- (1)直感的で快適なインターフェイス
- (2)マニュアル不要の操作理解
- (3)はまる演出
- (4)段階的な学習効果
- (5)リアルとバーチャルのリンク
同氏によるとゲームニクスには約500項目ものチェックポイントがあるとのことです。具体例として、上記の「マニュアル不要の操作理解」を『スーパーマリオブラザーズ』のゲーム画面を例に解説しました。次に、Webへの応用として、キーボードやマウス、スタイラスペン、指によるタップ等に対応した、UI設計の際に参考にすべき実践的なポイントが次々と披瀝(ひれき)されました。
最後に同氏は、日本のゲームにおいてゲームニクスが発展してきた理由を解説しました。ゲームニクスは、「きっとこういう操作をするに違いない」「ここで使用法がわからなくなるだろう」と、常にプレイヤーの先回りをしながら、押しつけがましくない、さりげないサポートを行うことです。そして、その底流をなすのが、日本文化の「おもてなしの心」であると同氏は言及します。
その後、ゲームニクスの他メディアへの応用例として、カーナビの操作性を改善した事例を紹介し、今後の電子書籍やモバイル端末などへの応用可能性に言及してセッションは終了しました。
井上氏セッション概要
続いて、国際大学GLOCOM助教の井上明人氏のセッションが行われました。井上氏は、「『ゲーミフィケーション』でホントのところ、何ができるようになるのか?」と題し、Webにおける具体的なゲーミフィケーションの活用事例について解説しました。
同氏はまず、「#denkimeter」(デンキメーター)というWebサービスを紹介しました。これは同氏が公開したもので、家庭に備え付けられている電気メーターの数値を利用し、節電状況によって遊ぶというゲームです。Twitterアカウントを用い、自宅の電気メーターの電力使用量の数値をチェック、サイトの計算フォームに入力するとともにTwitterにツイートすると、プレイヤーの「戦闘力」が表示されるという仕組みです。ゲームに参加することで、いつの間にか節電にのめり込んでいくという演出がなされています。
このように、ゲーミフィケーションは、人の日常的な活動の様々なシーンに入り込んでいることがわかります。上記の電力使用量のゲーム化に加え、ネット上の交友履歴(ソーシャルグラフ)は言うに及ばず、体重やカロリー管理、ランニングやウォーキング、位置情報、そして後述する「マイカップの利用」などを同氏は挙げました。マイカップの利用とは、スターバックスが開催する紙コップ利用を減らすためのアイデアコンペで優勝した「KarmaCup」のことです。これは、マイカップの利用者がちょうど10番目、20番目、30番目だった場合にコーヒー一杯を無料にするという試みです。マイカップの利用を促進するために、カップのデザインではなく、ユーザーの「行動の促進」をデザインした事例です。
同氏は、ゲーミフィケーションで大事なことは、モチベーションを加速、維持させる仕掛けであると解説しました。ゲームのルールやゴールだけではなく、「アテンション」が必要だということです。この例として、2004年の「ハワード・ディーン・フォー・アイオワ」というゲームと、2008年のアメリカ大統領選における「myBarackObama.com」の取り組みが対比されました。
「myBarackObama.com」は、アカウント登録、個人情報の入力、友達を誘う電子メールの送信といった、誰でも簡単にできる事を少しずつ続けていくと、サイトのなかでのレベルが上昇していく仕組みです。一方、「ハワード・ディーン・フォー・アイオワ」はあくまで与えられたゲームを遊ぶための「ゲーム」でした。言い方を換えると、オバマ氏の取り組みには、プレイヤーを選挙活動という「行動」に駆り立てていく「プロセス」が設計されているということです。
同氏は、「アンロック」と「レベルデザイン」という手法についても解説しました。「アンロック」は、ゲームの中でできることが少しずつ増えていく手法で、「鍵」を一つずつ解錠していくように、プレイヤーはそのゲームの楽しみ方を知らず知らずのうちに学んでいくという手法です。「レベルデザイン」は、ゲームのプレイヤーに暗黙のうちに意図した行動を行ってもらうための手法です。
最後に同氏は、こうした手法をWebサイトに活用し、UXをデザインすることでユーザーに製品やサービスを繰り返し利用してもらい、関係性を強化することの可能性について、具体的なWeb事例(「foursquare」やfacebookの社内システム「Rypple」)を交えて紹介しました。
本イベントを電子書籍化したものが5月中に発売されます。講演で実際に利用したスライドを元に、各スピーカーが書き下ろした内容になるようです。時間の都合でイベントでは説明できなかった部分なども電子書籍用に補完され、随時アップデートされていく形となるので、イベントに参加した人も、できなかった人も、セッション内容に興味がある人はチェックしてみてはいかがでしょうか。