前回 は、「 開発側にとって便利であるがためによく利用されているUIが本当に直感的にわかりやすのか、疑ってみよう」というお話でした。世の中でよく利用されているUIや、あなたやあなたのまわりにいる人たち、すなわちスマートフォンをすごくよく利用していてさまざまなUIに対する経験のある人たちであればすぐに理解できるUIが、実際にそのサイト、アプリケーションを使うユーザー層にとって理解しやすいかどうかはじつはわからないのです。
今回は、「 理解しやすい」よりさらに発展した発想である(と筆者が思っている)「 気持ちいい」UIと開発者の関係について考えてみたいと思います。
「気持ちいい」を要素分解すると見えてくる
そもそも、「 気持ちいいUI」とはどういうものなのでしょうか。まずはどういう状況が「気持ちいい」のかを要素分解をしてみましょう。
処理速度が速く、処理の際の待ち時間が少ない
わかりやすく直感的で、やりたいことを迷わずに行うことができる
やりたいことを最低限の手順で行うことができ、手間がかからない
動作が滑らかで心地よく、操作に失敗してイライラさせられることがない
とにかく操作が面倒くさくない
気持ちよさを実現するための要素は上記以外にもありますし、さまざまなところで多くの議論がなされています。しかし本連載は「開発者として使いやすさにどう貢献ができるか」が趣旨なので、比較的開発に関係しやすい部分で考えてみました。もちろん、開発に関係する部分だけをとっても、ほかにもいろいろあると思いますが、これら4つの有無を想像するに、「 心地よさ」を生み出すのに重要な要素であることはまちがいないでしょう。このうち、1と2についてはすでに本連載でお伝えしてきましたので、今回は残りの3から5について取り上げていきます。
なぜ、「気持ちいい」ことが重要なのか?
その前に、1つ考えておきたいことがあります。それは「なぜ、アプリケーションやウェブサイトにおいて、気持ちよさが重要なのか?」です。
気持ちいいアプリ/サイトとそうでないものでは、気持ちがいいほうがいいに決まっています。しかし、それはどれほど重要なのでしょう。たとえば気持ちよさ、すなわち「UXの向上」と「新機能の追加」では、どちらを優先すべきなのでしょうか?
もちろん、そんなことは時と場合によりますが、「 UXを向上させるよりも、機能を追加したほうがユーザーが喜んでくれる」と思っているならば、それはまちがいかもしれません。というのは、数多の類似したアプリやサイトが存在し、何かがはやればすぐに類似品が出てくるようになり、「 同じことをやっているサイト/アプリがほかに存在しない」という状況がほぼありえなくなった今日、より気持ちいいアプリ/サイトがより多くのユーザーを集めているように思うからです。
もちろん、UXにとことんこだわったからといって、利用者が驚くほど増えるわけではありません。時には、ユーザー的にはやや気持ちよさを下げるような強引な手を使ったほうが、ユーザー獲得やエンゲージメントに効果がある場合もあったりして、一筋縄ではいかないのも事実です。しかし、似たような機能や目的のアプリやサイトがいくつもあって、その中からどれか1つを選んで使うとしたら、やっぱり一番手にしっくり馴染むものを選ぶのではないでしょうか。そして、その“ 手に馴染む感” は、別の言い方をすれば、やはり「気持ちよさ」なのだと感じます。
かんたんに修正できるのに放置されている問題はたくさんある
では、どうすれば気持ちいいアプリが作れるのでしょうか?
筆者は気持ちよさを向上させる重要なポイントの1つが、「 面倒くさい作業を減らす」ことだと思っています。上記の3.で述べた「やりたいことを最低限の手順で行うことができ、手間がかからない」ことです。
開発者目線だと、たとえば以下のように対策が思いつくかもしれません。
ワンクリックで商品を購入できるようにする
写真を撮ったら、勝手に顔認識をして、人物名を推定してあげる
顔認識などは、まさに開発者が技術的に解決することが可能なことです。ただ、これは「機能」にもつながる少し大きな話で、実際に導入すべきかは「実際にそれがユーザーにとってよいものかどうか?」をふまえて判断する必要が出てきます。
しかしもう少し考えてみると、技術的にはさほど大がかりなことでなくてユーザーにとっては気になる問題点は、そこら中に転がっています。
ログインしたら、元見ていたページに戻らず、必ずトップに飛ばされてしまう
セッションを保持する期間が少なく、しばらくアクセス/起動しないとすぐ再ログインを求められる
ネットワークアクセスに失敗すると、セッションが破棄されて、ログイン画面に戻る
一覧情報において、一度に表示される情報の量が少なく、自動読み込みもされないので、なんども「次へ」を押さなければならない
繰り返し行う作業なのに、前回の入力内容や処理手順をサービス側が覚えてくれておらず、毎回同じ作業を強いられる
ユーザー登録や商品の購入などの一連の操作を完了するまでに、自分の必要としない、興味のない作業(たとえば、アンケートの入力など)をたくさんしなければならない
数字だけしか入力しないフィールドなのに、ソフトウエアキーボードが日本語入力モードで表示される
入力フィールドへの入力が終わった時に、ソフトウエアキーボードが引っ込まず、画面を操作しづらい
こうしたものは、よく見かける「ちょっとした不便さ」ですよね。そして、やらないよりはやったほうがいいことばかりです。さらに、技術的には解決するのがさほど難しくないというか、もはや単なる“ 作業” に近いものばかりです。しかし同時に、開発者の視点から見ると、こういう細かい作業はわりと面倒くさくて、ついつい後回しにしたり、「 このくらい、みんな気にしないだろう」と思って放置してしまったりするポイントなのではないでしょうか。
開発者が「面倒くさくて」やらなかったことが、利用者の「面倒くささ」の蓄積につながる
筆者は、そういった開発者が「面倒くさくて」やらなかったことが、利用者の「面倒くささ」の蓄積につながり、その結果ユーザーがアプリやサイトを使い続けてくれない状況を生み出していることがよくあるように思っています。
筆者は以前、"リピーター増加を阻む「面倒くささ」の壁 "という記事を書きました。これはおもにPCサイトの話ではありますが、「 面倒くさい」という気持ちをユーザーに起こさせてしまうと、ユーザーを定着させることが難しいのは、スマートフォンのサイトやアプリでも当然まった同じことです。ある習慣やツールに慣れている人に、別の習慣を身につけさせたり、別のツールに乗り換えさせるのは、「 面倒くさい」という大きな壁をいかに小さくするかが非常に大事です。そして、そこにはおそらくこうした「開発者にとってはちょっとした作業」であることをたくさん積み重ねる必要があるのではないでしょうか。
しかも、そうした点を改善しようという意見は、筆者の経験から言うと、意外と開発者以外のチームメンバーからは出ない場合も多かったりします。それはおそらく、以下のようなことが原因でしょう。
そもそも、それがちょっとした作業で解決できるのかどうかが判断できない
そういう技術的な選択肢があることを知らなかったり、技術的な知識がないため思いつけない
解決が難しいと思って提案しない
ひとことで言えば、我々開発者と彼らが普段触れている情報の違いでしょう。開発者から提案すると「そんなことできるんですね!」と驚かれた経験、あなたもないでしょうか?
開発者が「面倒くささの壁」を乗り越えるために必要なこと
ということで、こうした改善は我々開発者も提案したり、自らすすんで作業したりということが必要になります。しかし、そのために開発者である我々自身の「面倒くささの壁」を乗り越える必要があるというのは、なかなか皮肉な話ではあります。ただ、こちらは自分たちの脳内のことなので、利用者の面倒くささの壁よりはおそらく乗り越えるのがかんたんなのではないでしょうか。
どうすれば我々が「面倒くささの壁」を乗り越えられるかといえば、「 そのサービス、アプリケーションを本当に良くしたい!」と思い、単なる開発者としてだけではなく、ヘビーユーザーになることだと思います。「 Eating your own dog food ]」という言葉もありますよね。これは開発者がプロジェクトにどういう形で参画しているかにもよりますが、もしあなたが開発者ならドンドンそのサービス/アプリを使うべきですし、プロジェクトのリーダーであるなら、うまく開発者が自分でサービスを使うように彼らの気持ちを持っていくのが「開発者の上手な扱い方」なのでしょう。ただし一方で、やり方をまちがうと、開発者は改善だけでなく勝手に新機能を追加してしまったりしだすので、バランスが重要ではありますが。
「何もしなくていい」ようにすれば使い続けやすくなる
さて、ユーザーにとっての面倒くささに話を戻しましょう。筆者が最近「面倒くさい」という感覚を利用者に抱かせないための一歩進んだ方法として常に意識しているのは、「 ユーザーが何もしなくていい」ようにしてあげることです。
筆者がずっと使い続けている"Moves "というアプリケーションがあります。これは移動した場所や移動手段などをずっと記録してくれる、行動記録系のアプリケーションです。このMoves、2014年4月にFacebookに買収され、その際に変更されたプライバシーポリシーが不安な感じ ですが、フリーランスで仕事をしており、移動が多い筆者はとても重宝しています。
図1 Moves
こうした記録系アプリは、これまであまり使い続けることができなかったのですが、Movesはずっと使い続けることができています。その最大の理由は、このアプリが面倒くさくないからだと考えています。
記録系アプリの最大の問題点は、「 定期的に記録する」という作業が最高に面倒くさい点にあると思います。「 どこにいったのか」「 何をしたのか」などを1つ1つ記録していくのは、大変面倒な作業です。これまで筆者は、使い始めた時には「よし、きちんと毎日記録するぞ!」と思っていても、見事に三日坊主というか、徐々に使わなくなっていくことばかりでした。
しかし、Movesはバックグラウンドで起動さえしておけば、後はほぼ何もしなくても勝手に記録を続けてくれます。移動速度などに応じて徒歩か自転車かなどを認識してくれ、1箇所にとどまっていればその場所を記録してくれます。最初は移動した場所がどこかを認識してくれるのは難しいのですが、FoursquareのAPIを利用して何回か入力していると、あとは勝手にほぼ同じ座標にいった時にはその場所を入力してくれるようになります。
もちろん、旅行に行ったり、まったく新しい場所にいった時には新たに入力をしなければいけませんが、それは「どこかに行ったらすぐにやらなければならない」というものでもなく、ずっと後から修正することもできるので、心の負担になることはありません。そもそも、普段の生活において、筆者はほぼ入力を修正する必要はなくなっており、人間というものは意外と同じ場所ばかりを移動するものだなあと驚かされています。
たとえ精度が低くても、推測してくれたほうが面倒くさくないことも
Movesの良いところは、精度が完璧ではないものの、移動手段、行った場所などを「とりあえず推測」して入力しておいてくれることです。そのおかげで、とにかく何もしなくても、勝手に情報が記録されていきます。たとえ推測の内容がまちがっていても、筆者はあまり気になりません。その理由は、「 何もないところに1つ1つ入力していくことよりも、まちがっているものを直すほうが面倒くさくない」ことにあると思います。
よくマーケティングなどでも使われるツァイガルニク効果 という認知心理学の言葉があります。これは「目標が達成されない未完了課題についての記憶は、完了した課題についての記憶に比べて想起されやすい」というものです。かんたんに言えば、「 中途半端な状態はすごく気になるので、修正したくなる」ということです。1から記録するよりも、まちがっていてもとりあえず入力されたものを修正するほうが面倒くさくないと感じるのも、これに関連していると思います。
この手の類推は、精度が低いと開発者としてはどうしても利用をためらってしまう傾向にあります。しかし、それでも場合によっては、使わないよりはユーザーの面倒くささを解消するのに役立つことを忘れないようにしてください。
今回は、スマートフォンサイトやアプリケーションの使い心地を気持ちよくするために、「 面倒くささ」を技術的に解消してあげることを考えてみました。次回はこれに引き続き、気持ちいいUXを実現するために開発者である我々ができることについて考えていきたいと思います。