日本人が知らない中国オープンソース最前線 ―「嫌儲」「原理主義」のないOSS文化を読み解く

第5回オープンソースは社会を変える、だから教育の形も変わる~中国の大学に新コース

前回に続き、2021年10月30、31日の2日間にわたって開かれた「中国オープンソース年度大会」⁠COSCON21:China Open Source CONference)から注目のセッションを紹介します。今回は、オープンソースが大学教育を変えようとしている話です。

北京大の周教授が語る「理想と商業の間で揺れるオープンソースの歴史」

北京大で計算機科学を専攻する周明辉教授は、⁠开源技术的发展 ― 理想主义和商业的博弈历史」つまり「技術と商業の間で揺れるオープンソースの歴史」というタイトルで、ストールマンとGNUといった歴史の話から始まり、クラウドネイティブの時代になってオープンソースの商用利用が全盛を迎えた話を中心にOSS商用化について語りました。

実際に、Red Hatなどのサポートでコストを回収していた時代から、現在Cloudera、Confluentなどのオープンコアサービスが中心になり、オープンソースの開発とクラウドサービスの提供によりマネタイズが両立されています。

中国でも、クラウドネイティブのソフトウェアをオープンソースで開発し、サービス提供で儲ける会社は増えてきて、いくつかのユニコーンも出てきています。また、Linux Foundation、Apache Software Foundation、CNCFなどに中国企業のスポンサーや理事も増えてきました。一方で、中国内のオープンソースを主導するファウンデーションや中国企業が海外との取引で使えるライセンスはまだ発展途上です。

国外企業と中国企業がオープンソースのライセンスで契約できるMulanPSL

周教授は、米Open Source Initiative(OSI)でも認証された中国発のライセンス、Mulan PSL2の起草者でもあります。Mulan PLS2は、⁠このライセンス上で作られたソフトウェアは、必ず同じライセンスでソースコードを公開しなければならない」というGPL系に比べて、商用利用を含めて制限の緩い、パーミッシブなものです。

同じくパーミッシブなApacheライセンスに似ていますが、裁判所と行政の関係がアメリカと中国で違うので、その部分を中国にあわせています。英文と中文が併記された形でOSIの認証を受けていて、中国企業と海外の企業がこのライセンスをもとにオープンソースの契約を結ぶように作られました。このようなところからも、商用化に向けて本気で、社会全体に広げていく狙いを感じます。

「大学も変わるべきだ」オープンソースデジタル社会学という考え方

計算機科学を専門にしている周教授ですが、⁠オープンソースは社会を変えるものだ」として、オープンソースデジタル社会学(開源数字社会学)を提唱しています。社会学の分野に統計とデータ主導の考えを持ち込み、社会学の分野もオープンソースの手法で研究のやり方を変えていこうという考え方で、東京大学・松尾豊先生のソーシャルセンサ(SNSのデータ分析を社会学に応用する)などと共通性を感じます。

専門の計算機科学のコースでも実験的な取り組みをしていて、北京大のコンピュータサイエンス過程ではオープンソースソフトウェアの公開とコミュニティづくりまでをコースにしているそうです。

「教科書をアタマにコピーする勉強でなく、手を動かして他人とシェアして学んでいくこと、それぞれが別々の答えを持つことが、これからはますます必要になる」―そう語る周教授は、会場からの「若い人は何を気にすべきか?」という質問にも「Scratchのように作ったものをシェアする前提の学びをすることが大事だ」と答えていました。

「オープンソースは教育も変える」華東師範大学の王教授

上海の華東師範大学でコンピュータサイエンスを教える王伟教授も、コンピュータサイエンスのバックグラウンドから社会を見つめる研究者です。GitHubのコミットログを分析して、中国からOSSへの貢献がどのようなものか研究するX-Labプロジェクトを立ち上げ、オープンソースやコミュニティ活動についての書籍を多く英語から中国語に翻訳するだけでなく、大学で「オープンソース基礎」という授業を立ち上げています。この授業は、技術的な内容が半分、オープンソースのコミュニティ運営について学ぶのが半分で、⁠その両方を身につけることがオープンソースを学ぶことで、本質的に学際的な分野になるから、新しいコースを立ち上げることが必要だ」と語ります。

「中国の教育は今も正解を習って身につけることが中心なので、オープンソースについての教育はそういう中国教育全体に対してのチャレンジでもある。コントリビュートとは何かを教えるのは、先生の能力も必要になり、それもチャレンジだ。しかし、オープンソースには包括性(インクルーシブ)やシェアなど、いま学ぶべき大事なものがすべて詰まっている。難しいチャレンジだが、実際に開発者やOSSコントリビュータがすごい勢いで自然に増えているのは大きな兆しだ」

そう言ってトークをまとめました。

コンピュータサイエンスがほかの学問を上書きする

「ソフトウェアがすべてのビジネスを食べ尽くす」とマーク・アンドリーセンが語ってから、その言葉は日々現実になりつつあります。周教授、王教授とも、コンピュータサイエンス専攻でありながら、社会学や教育学、経営学などを含めた多くの学問を「オープンソース」の旗印のもとに上書きし、再定義しようとしています。

それは、中国やアメリカでのコンピュータサイエンスの地位の高さの証とも言えますし、インターネット以後にさまざまな社会、そして学問が再定義されている様子の反映とも言えるかもしれません。

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