日本人が知らない中国オープンソース最前線 ―「嫌儲」「原理主義」のないOSS文化を読み解く

第6回中国が世界の大規模OSSプロジェクトを主導する

2021年にApache Software Foundationにインキュベートされた5プロジェクトはすべて中国発

OSSであってもプロプラエタリであっても、⁠継続して更新され、価値を生み出し続ける」ソフトウェアに価値があります。

これまでレポートしてきたとおり、SaaS時代になり、OSSをコアにしてサービスを提供し、開発コミュニティの大きさを投資家にアピールして資金調達に成功するユニコーン企業が米中で出てきています。中国のファンドYunqi Capitalが「OSSビジネス化4.0」と呼ぶ時代に、中国はApache Foundation、Linux Foundationなど、OSSを支えるFoundationへの貢献を増やしています。

Linux Foundationから派生したCNCF(Croud Native Conputing Foundation)には26件の中国発OSSプロジェクトがあり、半数以上の14件が2021年に寄贈されています。AI & Data Foundationにも6つの中国発OSSプロジェクトが寄贈されています。

Apache Software Foundationでは、14件がトッププロジェクト、10件がインキュベート中。2021年にApache Software Foundationに新しくインキュベートされたプロジェクトは5つ、すべてが中国発のものです。

表1 Linux Foundation/関係Foundationに寄贈された中国発OSSプロジェクト
プロジェクト Foundation Co-Foundation Project開発/寄贈 Sandbox Incubation Graduate
Occlum LibOS Linux Foundation Confidential Computing Consortium 蚂蚁集团
harbor Linux Foundation CNCF VMWare中国研发中心 2018年8月 2018年11月 2020年6月
TiKV Linux Foundation CNCF PingCAP 2018年8月 2019年5月 2020年9月
Dragonfly Linux Foundation CNCF 阿里 2018年10月 2020年4月
KubeEdge Linux Foundation CNCF 华为 2019年3月 2020年9月
ChubaoFS Linux Foundation CNCF 京东 2020年1月
Volcano Linux Foundation CNCF 华为 2020年4月
BFE Linux Foundation CNCF 百度 2020年6月
CNI-Genie Linux Foundation CNCF 华为 2020年6月
Chaos Mesh Linux Foundation CNCF PingCAP 2020年7月
K3s Linux Foundation CNCF Rancher 2020年8月
OpenYurt Linux Foundation CNCF 阿里 2020年9月
OpenKruise Linux Foundation CNCF 阿里 2020年11月
Kube-OVN Linux Foundation CNCF 灵雀云 2021年1月
Fluid Linux Foundation CNCF 南京大学, 阿里云, Alluxio 开源社区 2021年4月
Vineyard Linux Foundation CNCF 阿里 2021年4月
ChaosBlade Linux Foundation CNCF 阿里 2021年5月
KubeDL Linux Foundation CNCF 阿里 2021年6月
KubeVela Linux Foundation CNCF 阿里 2021年6月
WasmEdge Linux Foundation CNCF Second State 2021年6月
Karmada Linux Foundation CNCF 华为 2021年6月
Inclavare Containers Linux Foundation CNCF 阿里 2021年9月
SuperEdge Linux Foundation CNCF 腾讯 2021年9月
Nocalhost Linux Foundation CNCF 腾讯 2021年11月
Open Cluster Management Linux Foundation CNCF 阿里, 红帽, 蚂蚁 2021年11月
OpenELB Linux Foundation CNCF 青云 2021年11月
Piraeus-Datastore Linux Foundation CNCF LINBIT, DaoCloud, 上海浦东发展银行 2021年11月
EdgeGallery Linux Foundation Edge 华为 2021年10月
Baetyl Linux Foundation Edge 百度 2019年
EMQ X Kuiper Linux Foundation Edge EMQ 2021年7月
FATE Linux Foundation 微众银行 2019年6月
Caliper Linux Foundation Hyperledger 华为 2018年3月
cello Linux Foundation Hyperledger Baohua Yang ⁠Oracle), Haitao Yue ⁠IBM), Tong Li ⁠IBM), Jiahao Chen ⁠VMware) 2017年1月
Adlik Linux Foundation AI & Data 中兴通讯 2019年10月
Angel Linux Foundation AI & Data 腾讯 2021年5月
DELTA Linux Foundation AI & Data 滴滴 2019年10月
Elastic Deep Learning Linux Foundation AI & Data 百度 2020年7月
Milvus Linux Foundation AI & Data Zilliz 2019年12月
OpenBytes Linux Foundation AI & Data Graviti 2021年11月
ONAP Linux Foundation Networking 华为、中兴 2018年1月
XGVela Linux Foundation Networking 中国移动 2020年5月
Feilong Linux Foundation Open Mainframe Project
表2 Apache Foundationに寄贈された中国発OSSプロジェクト
プロジェクト Project開発/寄贈 Incubation Graduate
Apache DolphinScheduler 易观 2021/4/8 2021/4/8
Apache ECharts 百度 2018/1/18 2020/12/16
Apache Ozone 腾讯 2018/11/22 2020/10/21
Apache IoTDB 清华大学 2018/11/18 2020/9/17
Apache APISIX 深圳支流科技 2019/10/17 2020/7/15
Apache ShardingSphere 京东科技 2018/11/10 2020/4/16
Apache Dubbo 阿里巴巴 2018/2/16 2019/5/15
Apache SkyWalking 吴晟 2017/12/8 2019/4/17
Apache Griffin eBay 2016/12/5 2018/11/21
Apache ServiceComb 华为 2017/11/22 2018/10/17
Apache HAWQ Pivotal 2015/9/4 2018/8/15
Apache RocketMQ 阿里巴巴 2016/11/21 2017/9/20
Apache CarbonData 华为 2016/6/3 2017/4/19
Apache Kylin eBay 2014/11/25 2015/11/18
Apache SeaTunnel 乐视 2021/12/9
Apache Linkis 微众银行 2021/8/2
Apache Kyuubi 网易 2021/6/21
Apache ShenYu Dromara 开源社区 2021/5/3
Apache EventMesh 微众银行 2021/2/18
Apache Pegasus 小米 2020/6/22
Apache InLong 腾讯 2019/11/3
Apache Teaclave 百度 2019/8/19
Apache brpc 百度 2018/11/13
Apache Doris 百度 2018/7/18

米ビックテックから独立し、Apache Foundationに寄贈されるOSSプロジェクト

中国オープンソース年度報告2021では、OSSプロジェクトを中核に多くのスタートアップが生まれ、米中で資金調達に成功していることがレポートされています。

こうしたスタートアップを生むOSSプロジェクトは、ほとんどが大規模クラウドを前提にしたものです。

図1 Apache Foundationでインキュベートされた中国発のOSS。コミュニティをもりたてる企業は資金調達に成功している。 出典:中国オープンソース年度報告2021

ここで最初に挙げられているApache APISIXは、コンテナやマイクロサービスを多用した複雑なクラウドで、外部へのAPI公開や管理を効率的にするAPIゲートウェイ。
2番目のHAWQは、分散処理フレームワークであるApache Hadoop上でSQLを実行可能にするもの。
3番目のApache Kylinは、大規模データ上のOLAPを可能にするもの。
4番目のApache Pulsarは大規模システム内でPublish-Scribe方式のメッセージ送受信を可能にするサービス。
いずれも、マイクロサービス前提で大規模なシステムを構築するためのプロジェクトです。

こうした大規模なシステムを可能にするOSSプロジェクトの多くは、もともと大規模なシステムを作っているビックテック企業から生まれたものです。

大規模OSSプロジェクトを主導する中国出身のエンジニアたち

ここで挙げたプロジェクトはどれも、発起人の出身が中国というだけで、中国国内に閉じて開発されているわけではありません。Apache Kylinは発起人がeBay在籍中にeBayのプロジェクトして開発されたものですし、Apache PulsarはYahoo.inc発のプロジェクトです。ドキュメントはほぼ英語で、開発には世界中の人が参加しています。もともと開発コミュニティを大きくし、開発パワーを上げるのがOSSプロジェクトの目的なので、開発コミュニティを特定の言語に限定するのは、そもそもの目的になじまないのです。

Rubyの開発者は日本人のまつもと ゆきひろ氏ですが、ユーザーは世界中にいるのと同じです。一方で、まつもと氏やコミュニティの成果でRubyの日本語ドキュメントが充実しているように、中国人開発のプロジェクトだと、中国のドキュメントも充実するようです。上記のプロジェクト名の1つApache HAWQで中国語のドキュメントを検索すると、図などが入ったリッチなドキュメントがいくつも見つかります。

図2 Apache HAWQで検索して見つかる中国語のドキュメント

拡大していくOSSが起業を生む

こうした大規模なクラウド環境を前提としたソフトウェアは、アメリカのビックテック企業で開発された後、より開発コミュニティを拡大するためにOSSとして公開され、Apache Foundationに寄贈されて、より開発コミュニティの拡大や開発ルールなどのガバナンスを整備するインキュベートという段階を経て、Apache Foundationのトップレベルプロジェクトとして公開されます。その過程で、発起人たちが独立起業し、Apache PulsarであればStreamNativeのような企業として資金調達しています。

こうしたスタートアップも中国に閉じたわけではなく、資金調達やメンバー集めの関係もあって米中両方に企業があることが多いです。

図3 Apache PulserをコアにしたStreamNativeのサイト。Foundarは米中両方から集まっている国際的なチーム

過去レポートした分散型DBのTiDB/PingCAP社は中国発の企業で、本社を中国においておもに中国市場での資金調達をおこなっているスタートアップですが、利用者が世界中に広がり、開発コミュニティの規模が大きくなるにつれ、中国語・英語・日本語など、さまざまな言語でコミュニケーションがおこなわれ、コミットの時間も特定のタイムゾーンに偏らないようになっています。とはいえ、本記事の冒頭で挙げたように、中国からの新OSSプロジェクトの勢いは凄まじいものがあります。

こうした、OSSプロジェクトから次々とスタートアップが生まれ、大規模な資金調達に成功する流れは、米中のスタートアップ投資が拡大する中で、ワクチンの開発や宇宙飛行など、さまざまな分野のスタートアップが資金調達に成功していく中で、OSSプロジェクトにもそれが波及したものと見ることもできます。

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