日本人が知らない中国オープンソース最前線 ―「嫌儲」「原理主義」のないOSS文化を読み解く

第7回「いいOSS」とは何なのか? ~OSSプロジェクトの健全さを測るCHAOSSプロジェクト

中国では、2014年末ごろからテックスタートアップブームが起こり、その後2021年頃からOSSムーブメントが活性化し始めました。アメリカではOSSムーブメントのほうが先にあり、OSSによって優れたWebアプリを中核にしたスタートアップViaWebの起業とEXITに成功したポール・グレアムとロバート・ノイスがその後スタートアップ・アクセラレータであるYCombinatorを創業してスタートアップブームを起こしましたが、順番としては逆です。

そのためか、中国ではOSSプロジェクトそれぞれに対しても、スタートアップ企業を見るような視点で検証されることが多いです。

OSSプロジェクトの健康度合いを測るCHAOSSプロジェクト

Linux Foundationのプロジェクトの1つCHAOSSプロジェクトは、⁠OSSプロジェクトの健全度を数値で定量的に測定しよう」というゴールに向かって、まずどういう指標がありうるか検討するところから始めるもので、2017年にスタートしました。

株式会社には、売上や利益、資本回転率や時価総額といったさまざまな評価指標があります。上場企業であればIR資料として公開が義務づけられていますし、非上場の会社でも投資家向け資料として整備されます。CHAOSSは、OSSプロジェクトに対して定量的な評価と、最終的にはどのプロジェクトにも適用可能な「OSSプロジェクトの健全さや持続可能性」を検証することを目標にした、ガバナンスの1つとして活動しています。

エンジニアリングの成果であるOSSプロジェクトでは、ソフトウェア工学でもともとあるIssueの発生とクローズまでの期間など、いくつか定量的に評価可能な項目があります。定量的に測れる価値がOSSのすべてではありませんが、OSSへの注目が高まるにつれ、GitHubのForkやStarの数など一部の数字がわかりやすく取り上げられて独り歩きすることが出てきています。

Apache Wayで「Community Over Code」というように、ソースコードそのもの以上に、コードを常にアップデートし続けるコミュニティが重要です。コミュニティの健全性や持続可能性を測ることは、コードの健全性を測ることよりもさらに難しいですが、CHAOSSプロジェクトはそこを目指しています。

CHAOSSの中には、以下の3つのカテゴリの目標があります。

  1. 実装にとらわれず、指標を開発する
  2. 指標に基づいてコミュニティを分析する
  3. 分析に基づいて、他者も検証可能な再現性のあるレポートを発行する

それぞれのターゲットに向けて、⁠多様性とインクルージョン」⁠リスク評価」など6つのワーキンググループが作られて活動しています。

新しくOSSプロジェクトにコミットする人にとって、プロジェクトが健全で持続可能かどうかが事前にわかるのは大事です。それぞれのプロジェクトの運営から見ても、健全さを表す指標があることは、中身を置き去りにした数値ハックに陥らなければ有用です。

このプロジェクトが、中国のOSS界で大人気になっています。会議やレポートへの中国人のコミットも増え、2021年には王晔晖がBoard of Directorの1人に選出されました。毎年発表されている「今はこういう評価指標を考えている」というCHAOSSプロジェクトのレポートも、英語版と中国語版が発表されています。

CHAOSSの考える「いいOSSプロジェクト」とは何か

CHAOSSが指標としているのは、コード量やコミット回数、Star数、Issueの追加やクローズまでの期間のように容易に数値化可能なものだけではありません。たとえば、活動にどれだけ幅広いメンバーが関わっているかを表すエレファントファクター[1](たとえば中心になる企業の社員が活動のほとんどをおこなっている場合は、彼らの間でだけ通じる、新入りにわからない話題が多すぎて、新しい貢献者にとって魅力的でない)といった実験的な指標まで含めて定義をしようとしているのは面白い試みです。

また、定量評価だけでなく、以下のようなさまざま定性評価も試みようとしています。

  • Code of conduct(行動規範)が定義されているか
  • メンター制度があり、機能しているか
  • 管理が1人でなく委員会の合議制になっていて、委員は多様で開かれているか

以前OSSプロジェクトを中核にしたスタートアップ投資についてレポートしましたが、その際に例に挙げられたPingCAP社のTiDBは、開発コミュニティが成長するに従ってコントリビューションの時間帯がプロジェクトが始まった中国の昼間から、やがて24時間まんべんなくコミットがおこなわれる様子を発表し、プロジェクトの健全性を表す1つとしていました。投資対象であるスタートアップの活動の一環としてOSSプロジェクトを見る姿勢は、アメリカのOSS文化、特にスタートアップブーム前のそれに強く影響されている日本とは大きく違います。

「OSSプロジェクトも企業活動も同じように評価指標で測ることができる」という考え方自体が、CHAOSSプロジェクトのような活動が中国のOSS界に広く受け入れられている現れでしょう。

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