なぜARはスタンダードにならないのか
前回は、ARの基礎知識についてご紹介しました。現実の映像に仮想的なコンテンツを重ねて表示できるARは、学術的な分野からエンターテインメントまで多様な活用法があります。そして何より、何もない場所にコンテンツが「出現」することには新鮮な驚きがあります。そんな珍しさから、これまでキャンペーンを中心にARが活用されてきました。しかし、それ以上の普及には至っていないことも事実です。ではなぜ普及しないのでしょう。
従来のARの問題点には、①機能性、②開発期間・開発コスト、③オープン性の欠如、④環境の整備などが挙げられます。それぞれ検証していきましょう。
①機能性
従来のARエンジンの多くは、コンテンツを表示するための「マーカー」が必要でした。マーカーとは一般的に、四角い枠の中に文字や図柄が記載されたものです。従来のARエンジンはマーカーを認識して、その場所にコンテンツを表示すると同時にユーザの「視点」を割り出します。
たとえば4辺の枠線の太さがまったく同じで、しかも正四角形に見えていれば、ユーザはマーカーに正対していることになりますし、枠線の太さによって距離も割り出せます。さらに文字や図柄の方向で正面を認識できます。
しかし、逆に言えばARコンテンツを表示するためにはマーカーが必須となり、特定の場所にあらかじめマーカーを設置したり、ユーザに印刷させるといった手間が増えます。開発者にとって、自由なAR空間を作り出すためには、「マーカー」だけの表示では限界があったのです。
②開発期間・開発コスト
これまで、ARアプリケーションの開発には膨大な時間がかかっていました。これは、ARエンジンや開発環境が限られており、また専門的な知識が要求される局面もあったためです。また、多くのARエンジンはライセンス料が高価だったため、万人が広く利用できるという状況ではありませんでした。このため、ある程度大きな規模のキャンペーンなどでの活用が中心になったと思われます。
③オープン性の欠如
前項とやや重複しますが、ARエンジンが高価で開発者も少なかったため、ARアプリケーションの開発は「閉じられた世界」になっていました。Webアプリケーションのようにオープンソースのソフトウェアが存在せず、そのため多くの開発者が参加してコミュニティが形成されるということもなかったのです。
④環境の整備
ARに限らず、新しい技術が普及するためには開発者、ユーザともに容易に利用できる環境が必要です。ユーザの立場でいえば、以前のARコンテンツを楽しむためには個別のアプリケーションあるいはWebブラウザのプラグインをダウンロードし、インストールする必要がありました。
また、これらはコンテンツ単位でその都度インストールする必要があったので、ユーザに敬遠されがちという面もありました。さらに、ARコンテンツを楽しむためのマーカーを印刷しなければならないという手間もあったのです。
一方、開発者の立場ではマーカーという制限のほかにも、コンテンツごとに個別のアプリケーションやプラグインを開発する必要があり、効率的とはいえない状況でした。その結果、多くの可能性を秘めたARでも似たようなコンテンツになってしまいがちでした。
さらに「閉じられた世界」だったため、開発で問題が発生してもメーカーの英語ドキュメントといったサポートを頼るしかなく、開発者が参加するコミュニティも形成されなかったので、開発のノウハウやナレッジが蓄積されることもありませんでした。当然ながらARに特化したポータルサイトなども出現せず、ARアプリケーションを開発しても広く紹介できる「場」がなかったのです。
AR普及促進の要素も盛り込んだ「SATCH」
KDDIが2011年12月に発表した「SATCH」は、上記の問題を解決し得る開発ツールです。モバイルでの平面画像認識、顔認識、インタラクティブなARコンテンツ開発が簡単にできる高性能なマーカーレスARアプリを開発することができます。さらに、単なるARコンテンツの開発環境だけではなく、ARそのものが広く普及していくための土壌をも含めた構成となっています。「SATCH」を活用することで、誰でも無料でARコンテンツを開発することができ、作成したARアプリを世界に発信することができます。ここでは、「SATCH」の具体的な機能や特徴を見ていきましょう。ポイントは①「高機能体験」②「誰でも無償で短期間開発」③「ポータル」の3つです。
①高機能体験
「SATCH」の大きな特徴のひとつが、マーカーレスです。任意の二次元平面そのもの、たとえばポスターや看板、カード、DM、メニュー、CD、写真などをマーカーとして認識できるため、これまで必須だったマーカーから解放されました。
ARを表示させるコンテンツは3Dと2Dの重ね合わせ表示や、アニメーションも可能となっており、コンテンツをタップすることでWebへ遷移させることも可能です。サウンドや動画を再生させることができ、位置に応じてコンテンツを切り替える「位置測位連動」にも対応しています。スマートフォンの各機能と連携することも大きな特徴で、GPSデータとの連動や「Twitter」「Facebook」といった各種SNSサービスとの連携も可能です。
さらに、他のマーカーレスARエンジンと比較して、画像認識速度、認識対象のトラッキング、表示するオブジェクトの安定性において優れた性能を備えています。たとえば、認識画像の60%程度を手で隠しても認識し続けることができます。細かい手ブレにも強く、安定したオブジェクトの表示が可能です。また、一度認識させれば、数メートル離れても追跡し、認識し続けることが可能です。
このように「SATCH」では、多機能性と安定性で今まで以上にユーザに新鮮な驚きを提供できる上、多彩に展開していくことができるのです。
②誰でも無償で短期間開発
「SATCH」には、ARアプリ開発に必要なツールがすべて揃っています。開発ツール「SATCH SDK」は簡単なユーザ登録を行えば無償でダウンロードできます。ツールにはサンプル素材やチュートリアルも含まれているので、チュートリアルに沿って操作していくことで容易にARコンテンツを製作できます。充実したマニュアルも用意されており、初心者でも安心です。これらのすべてが日本語化されていることも大きなポイントといえるでしょう。
ARコンテンツを使用したARアプリの開発までを一貫して行うことができ、iOSやAndroid向けのARビューアライブラリも用意されているので、チェックまで実施することが可能です。もちろん、サンプルアプリも多数用意されています。「SATCH SDK」を活用することで、シンプルなARアプリであれば1日で開発することも難しくないのです。
③ポータル
製作したARアプリは、「au oneマーケット」に登録さえすれば、他のマーケットにも自由に掲載することができます。さらに、「SATCH」のポータルメニューも用意され、作成したARアプリの露出が拡大します。ポータルサイトでは、ARアプリやARコンテンツのリコメンド機能も提供されます。
このように「SATCH」は、単なるARコンテンツ開発アプリの提供だけにとどまらず、検証環境や導線となるポータルも提供することで、誰でも手軽にARコンテンツを楽しめる環境の整備までも考慮されています。
開発者にとっては、開発に必要なツールを無償で入手して開発でき、製作したARアプリも無償で公開できます。「SATCH SDK」の操作に必要なマニュアルやサンプル、チュートリアルも豊富に提供されていますし、完全日本語化されています。ポータルではARアプリを公開するほか、開発者同士が情報交換を行うことも可能になります。
ユーザにとっては、個別のアプリケーションやWebブラウザのプラグインをその都度用意することなく、汎用のビューアで手軽にARコンテンツを楽しむことができるようになります。また、ポータルで新たなARアプリを探したり、サポート情報などの確認を容易に行えるようになります。「SATCH」はARの可能性を大きく広げるための仕組みも、合わせて提供しているのです。
次回は、「SATCH」によって新たに登場してきたARアプリや、「SATCH SDK」のダウンロードとインストールについて紹介します。