前回、
「ねえ、 すごくいい匂いがするんだけど」
廊下から漏れてきた声で和田はやっと気づいた。さきほどからの歪莉のプレゼンの衝撃で、
「じゃーん! 次はこれだよーん」
歪莉がそう言ってボストンバッグから取り出したのは、
「なにが出るかな? なにが出るかな?」
昼の番組でおなじみになった。あのかけ声だ。巨大なサイコロは、
「ありえない話! 略してアリバナ!」
サイコロの目を笑顔でみんなに見せてから、
「答えるわきゃないだろ。ボケが!」
鬼神のごとき表情で、
和田は、
「はーい。手拍子ー」
歪莉は、
「倉橋ちゃんはね。時々、 みんなに病気って言われるけど、 お医者さんには絶対行かないんだよ。なんでかな? なんでかな?」
歪莉は、
「だってお医者さんに行って病気ですって言われたら公認でしょう。自民党公認とか、 はこだてイカマイスター認定とはわけが違うんですよ。公認されたら、 どうしようもないじゃないですかあ」
歪莉は、
「だからね。倉橋ちゃんは毎日ツイッターを見て、 とっくの昔に公認されたり、 免許皆伝になってしまった人のツイートを見て、 ほっとしてるんですよー。ソーシャルネットワークって楽しいよね」
そこでぴたりと、
うずくまったままの歪莉をそのままにして和田が廊下に出て見ると、
「道を空けてください」
そこに白衣の男たちが担架を持って現れた。
「妊婦はどちらですか?」
どうやら妊婦が産気づいたらしい。どんつく太鼓を叩く音がする。このカオスはなんだろう、
和田が会議室に戻ると、
内山計算は、
「“血まみれでも君は美しい” ……と声をかけてあげたいですな。あるいは “俺は今、 猛烈に感動している” とベタに言うべきかもしれません。それとも “愚民どもにその才能を利用されている者が、 言うことか!” と反発するのもありですな」
篠田が、
和田は、
「倉橋さん、 素晴らしいプレゼンでした。あなたを見くびっていました。これほどまでの才能をお持ちとは……自分の不明を恥じます。これからも断崖絶壁の三叉路ばかりの人生を貫いてください」
和田はこの映像をいつニコニコにアップしようか考えながら、
「貫きたくはないんですけど……でも、 ありがとうございます」
歪莉はゆっくり立ち上がると、
「オレ、 次に会ったらお前と結婚すると思う」
遠い夏の日。転校を翌日に控えた、
今週登場したキーワード 気になったらネットで調べて報告しよう!
- 『Kin-dza-dza!』
- 『炉心融解』
- はこだてイカマイスター認定
- ”血まみれでも君は美しい”
- ”俺は今、
猛烈に感動している” - ”愚民どもにその才能を利用されている者が、
言うことか!”
- 和田安里香
(わだありか) - 網界辞典準備室長代行 ネット系不思議ちゃん
年齢26歳、身長162センチ、 体重46キロ。グラマー眼鏡美人。
社長室。頭はきれるし、カンもいいが、 どこかが天然。宮内から好き勝手にやっていいと言われたので、 自分の趣味のプロジェクトを開始した。
- 倉橋歪莉
(くらはしわいり) - 法則担当
広報室。表向き人当たりがよく愛されるキャラクターだが、人から嫌われることを極端に恐れており、 誰かが自分の悪口を言っていないか常に気にしている。だが、 フラストレーションがたまりすぎると、 爆発暴走し呪いの言葉をかくつらねた文書を社内掲示板やブログにアップする。最近では 『裸の王様成田くん繁盛記』 というでっちあげの告発文書を顔見知りの雑誌記者に送りつける問題を起こした。
口癖は「私もそう思ってたところなんです」。
- 水野ヒロ
(みずのひろ) - 網界辞典準備室 寓話担当
年齢28歳、身長178センチ、 体重65キロ。イケメン。
受託開発部のシステムエンジニアだった。子供の頃からあたりさわりのない、優等生人生を送ってきた。だが、 最近自分の人生に疑問を持つようになり、 奇妙な言動が目立つようになってきた。優等生的な回答を話した後に 「そんなことは誰でも思いつきますけどね」 などと口走るようになり、 打ち合わせに出席できなくなった。
- 内山計算
(うちやまけいさん) - 網界辞典準備室 処理系担当
年齢32歳、身長167センチ、 体重73キロ。大福のように白いもち肌が特徴。
ブログ事業部の異端児で、なにかというと新しい言語を開発しようとするので扱いに困っていたのを宮内が連れてきた。
コンピュータ言語オタク。趣味は新しい言語のインタプリタ開発。
- 篠田宰
(しのだつかさ) - 実例担当
年齢44歳、身長165センチ、 体重48キロ。薄い毛髪が悲哀を感じさせる。
社長室。影が非常に薄く、やる気もない。幽霊のよう人物。ただし脅威の記憶力を持っている。温泉とコーヒーに異常な執着がある。
- 古里舞夢
(ふるさとまいむ) - 年齢36歳。身長165センチ、
体重80キロ。
受託開発部のエンジニア。極端な無口で人見知り。
和田のファン。何かというと和田に近づき、パントマイムを始める。どうやら彼なりの好意の表現らしいが、 和田を含め周囲の全員がどんな反応をすべきかわからなくなる。