グラフ仕事人六道数人~陥りやすいデータ分析の誤りと効率的なグラフの利用方法

第15回万能の散布図 その3:散布図の万能パワーと、六道家の大団円

本稿では直感でわかるデータ分析⁠2015年9月30日、技術評論社刊)の一部内容を参考にし、データなどを転載しています。

  • 「お父さん、いかがですか?」

数人の問いかけに、様也は頭を抱えた。数人のアポロンのごとき美しい相貌が蛍光灯の仄白いに浮かび、さながら六道家の食卓はゼウスの宮殿のように華やかな雰囲気だ。

  • 「ほんといつまでもあきないよね」

美希が両手の中指を立てて笑った。鳳晏は長い吐息を漏らす。

  • 「お父さん、さあ回答をどうぞ」

数人に促されて様也は血の涙をこぼしながら顔を上げた。凛とした光が目に宿っている。何かがいつもと違う。

  • 「ケース1は、満足度についての質問だ。満足度は相対的なものであるため、1回きりの調査で把握するものではなく、時系列の変化を追うことが肝要だ。変化を読み、その要因を探り、対処し、その後の変化から対処方法の成果を評価する。一連の流れの中に位置づけるべきものである。したがって、⁠満足度は1回ごとに内容を最新のものに変更し、その都度最新の結果のみで解釈すべきである』『満足度は1回ごとに棒グラフにするとよい』は誤り」

突如として流れるように様也が解説を始めた。美希と鳳晏が顔を見合わせる。

  • 「したがって正解は、⁠満足度は1回ごとの評価だけではなく、過去のものと比較し時系列変化をとらえることが重要である』⁠満足度は複数の年次を散布図にして比較するとよい』⁠満足度は複数の年次を折れ線グラフにして比較するとよい』の3つだ。ケース2は当然散布図しかありえない」

数人が目を見開く。

  • 「お父さん……合っています。とうとうデータの神に愛されたのですね」

カナリアのような声が震える。その瞬間、数人の目の前から父の姿がかき消えた。呆然と立ち尽くす数人だが、美希と鳳晏は平然としている。

  • 「お父さんがいなくなってしまった。これはどういうことです?」

日ごろは神のごとき平常心の数人が迷子の幼子のように取り乱している。白魚の指でつややかな髪をかきむしる姿は、見る者の心を妖しく乱す。

  • 「やっと元にもどった」

鳳晏がほっとしたように息をついた。

  • 「ほんとどうなるかと思ったよ」

美希は立ち上がると、数人を抱きしめる。

  • 「どういうことですか?」

母の熱い抱擁を受けている数人は、まだ事情がのみ込めないでいる。なにが元に戻ったというのだろう?

  • 「全部は思い出せないか……無理もない」

美希が数人を抱きしめたまま、耳元でこれまでのことを語って聞かせた。

  • 「なんかお母さん、いやらしい」

と鳳晏がつぶやく。

六道家の主人である様也は1年前に他界していた。重要な報告書で誤ったグラフを作ったことを苦にしてだった。当時すでにグラフの神童だった数人は父の悩みを解決できなかったことを悩みぬき、敵討ちに父の務めていたコンサルタント会社でバイトを始め、めきめきと頭角を現す。

類い希なる頭脳で、学業とコンサルタント業を両立させていたものの、じょじょに精神に破綻をきたし、あたかも父が生きていてコンサルタント会社に勤めているかのような言動を行うようになっていった。

父の仕事を助けることができなかった悔しさを、妄想と幻覚の中ではらそうとしたのだ。

だが、それも今日で終わった。明日は様也の一周忌。その準備を行っている母の姿を目にして、数人は現実を取り戻したのだった。

  • 「なるほど、長い間ご迷惑をおかけしました」

数人は、母の抱擁をとくと美しい顔を歪ませ、頭を下げた。

  • 「いいのよ。おもしろかったから、血の涙とかいう芸も堪能させてもらったし」
  • 「全部録画してあるから、あとで編集してYouTubeにアップする」

鳳晏が笑う。

  • 「さすがにそれは止めてくれないかな⁠
  • 「冗談だって。でも欠陥のない兄貴のダメなところを見られて、兄妹なんだって実感が湧いてきた」
  • 「僕は、あまりよくない兄だったのかもしれないな」
  • 「人生はセックス、ドラッグ、ロックンロールだからいいんじゃないの?」

美希が中指を立てると、期せずして数人と鳳晏も中指を立てた。驚いて顔を見合わせて爆笑する。

  • 「明日の一周忌もローリングストーンで行くからね。喪服の背中に『成仏上等』って刺繍しておいた」

数人と鳳晏は困った顔で苦笑いする。

不遇の人生を送った様也をよそに、六道一家は楽しい一周忌を迎えることができそうだ。

次回からは、これまでの「読者への挑戦」の回答状況とおさらいを行います。

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